第六話 スパゲティ
その日は生憎の雨模様であった。
リリィがいつものように出勤すると、ルイが慌てたように近づいて来た。
「ちょっとちょっと、リリアちゃん。大変だよ!」
「え、どうしたんですか? ルイさん」
「なんでも、二週間後にモーテル王国の使節団が来るらしいんだけど。そのおもてなし料理を僕達が作ることになったんだ」
「え? それっていつものことじゃないんですか?」
「いやそうなんだけど。でもモーテル王国は特殊な食文化でね。パンを一切食べないそうなんだ」
「パンを? なら主食はなんなんです?」
「穀物らしい。米っていうものらしくてね。それを炊いたものを食べるみたいなんだ」
「米、ですか。うーん、それってこちらで手に入るのでしょうか?」
「難しいだろうね。だから大変なんだ」
「なるほど……」
これはたしかに大変だ。
まさか主食なしに料理を食べろと言うわけにもいかない。
米、米……。なんとか少量でも手に入らないだろうか。
「ルイさん、お米って少しでもどこならありそうですか?」
「うーん。あるとしたら行商人がこちらに来たタイミングだろうね」
「そうですか。ではそのタイミングがいつか調べて、少しでも手に入れましょう! 手に入りさえすればこちらのものです」
「そうだね……じゃあ僕は仕入れ担当者に確認してみるよ。リリアちゃんはお米がどういうものなのか調べてみて」
「わかりました!」
ルイが確認したところ、行商人は三日後に来るらしい。そこに米があることを祈るばかりだ。
リリィは図書室へと向かい、米について調べてみた。
過去にモーテル王国へ留学した人物の手記によると、米とはほのかに甘みのある無味なものらしい。おかずと共に食べるか、米に味をつけて食べることが多いとのこと。
「なるほど……。鍋で炊くのね。水加減はどのくらいなのかしら……? そもそも、お米に合う料理なんてあるのかしら」
リリィは他の本も引っ張り出し、色々な資料を集めるのだった。
三日後。
行商人はお米を持っていた。だが使節団が8名に対して手に入れたお米の量は10kg程度。
せいぜい三日分ほどしかない。滞在期間は一週間程度と聞いている。
「うーん、どうしたらいいかな」
「そうですね。とにかく、かさ増しをするか、パン以外の料理にするしかないのでは?」
「そうだな。パン以外の料理か……なにがあるか」
料理長であるビルマでさえ頭を悩ませる。
ふとリリィは以前図書室で読んだ本を思い出す。その名も『これまで食べたもの一覧』。誰が書いたか知らないが、なんとなく興味を惹かれて読んだのだ。
そこには『スパゲティ』なるものが書かれていた。たしかそれは小麦粉を細長い棒状にして茹でたものにソースを絡めて食べるのだとか。
「スパゲティ……」
「スパゲティ?」
「あ、はい。小麦粉から細長い棒状にした……たしか『麺』が出来ると本に書いてありました」
「小麦粉から、麺が? 確かに……できなくはないな」
「ビルマさん、麺をご存知なのですか?」
「ああ。昔俺は旅をしたことがあってな。そこで一度、遠い異国では麺料理が主流だと聞いたことがある」
「そうなのですか。では作り方もご存知なのですか?」
「いや、そこまでは……。だが練り上げて細長くし、茹でればいいんだよな。それならなんとか……なるか?」
ルイとビルマとリリィは顔を見合わせる。
そして、やるしかない、と気合いを入れて作業に取り掛かった。
作業は思いの外難航した。
小麦粉を練り上げ、細長く切るとこまではいい。だが茹でるとすぐ千切れてしまうのだ。
「うーん。どうして千切れてしまうのでしょう」
「そうだな……水の割合も調節しているのだが」
「作り方が違うのかなー?」
「うーん……」
リリィは考える。
千切れてしまう原因は何かと。
水のいれすぎ? それとも……。
そこで思い出したことがある。
パンプディングは卵液を焼けば固まる。
それは卵が熱を通せば固まるからだ。
「あの、ビルマさん。試してみたいことがあるのですけれど……」
二週間後。
モーテル王国の使節団がやってきた。
リリィは皇帝陛下の妃として、使節団と共に食事をすることになっている。
(大丈夫、大丈夫。あれだけ準備したのだもの)
リリィは準備があるため、今回の食事作りには参加していない。
そのため、みんなを信じるしかなかった。
そして食事会が始まった。
「此度は我らモーテル王国使節団を快く受け入れてくださり、感謝申し上げる」
「いや。どうぞごゆるりとお過ごしください」
いつもは見れない仕事モードのリーインに、内心ドキドキのリリィ。
色んな意味でドキドキの食事会である。
前菜、スープ、肉料理ときた後(すべて美味しくなったもの)、いよいよメインであるスパゲティがやってきた。
「これは……?」
「これは『スパゲティ』といって、小麦粉からできた麺料理です。ソースとよく絡めてお召し上がりください」
「麺料理……。では頂こう」
そうして使節団の面々はパスタを口にする。
「!! これは……!」
リリィは緊張しながら反応を待つ。
「なんと美味な……。もちもちとした麺に濃厚なソースが絡み合い、塩味・甘み・旨味が三位一体となっている。おそらくこれは牛肉をミンチにしたものですかな? そしてこの濃厚でコクのある味……。これはどうやって作っておるのだ」
リリィは内心歓喜した。
いや、喜びのあまり口元が緩んでいる。
「詳しい作り方を知りたいのなら、うちの料理長を呼びましょうか」
突然リーインがそんなことを言うものだから、リリィの心臓が跳ねた。
(え!? 料理長……ビルマさんを呼ぶ!? ちょっと待ってリーイン、どうして──?)
焦りながらリーインを見つめる番の姿にもリーインは動じない。
「リン。料理長を」
「かしこまりました」
リリィは思い出す。
料理番の仕事の最中は変身していることを。
そこで一旦心臓を落ち着かせると、リリィは平静を装った。
しばらくして、料理長のビルマが緊張の面持ちでやってきた。
ビルマが部屋に入ってきたとき、バッチリとリリィと目が合った気がするが、きっと気のせいだと思いたい。
「ふむ、君がこの料理を考案したのかね?」
「いえ、これは部下が思いついた料理を形にしたものです」
「ほう。良い部下をお持ちのようだ」
「恐れ入ります」
「して、このソースのコクはなんだね?」
「それは、赤ワインです」
「赤ワイン? 酒が入っているのか?」
「はい。酒は肉の臭みを消し、芳醇な香りとコクを引き出してくれます」
「ほう……素晴らしい。我がモーテル王国では赤ワイン産業が盛んでな。是非エクリプス帝国とも取り引きをさせて頂きたいものだ」
「それに関しては我が引き受けよう」
「おお、ありがたいお言葉」
このようなやりとりが続き、モーテル王国使節団の面々には大層喜んでいただけた食事会となった。
お開き後。
リリィはリーインに何故ビルマを呼んだのか問い詰めると、あっさりこう返ってきた。
「あやつ、リリィの正体に気づいていたからな」
と。
しばらく硬直したリリィは、頭の中でその言葉を反芻する。
「えっ。き、気づいて……?」
「ああ。ビルマはなかなか感の鋭い男のようだな。歓迎会の時に我がいたことがきっかけで気づいたようだ」
「ええ!? で、でも認識阻害の魔法は?」
「稀にいるのだ、魔法が効きにくい者が。あやつはその稀に該当するようだな」
「そ、そんな……」
リリィは愕然とした。
これからどうしよう。
「なに、あやつは気づかないふりが上手いようだ。これからもそのまま気づかないふりを続けるだろう。何も気にすることはない」
「で、でもぉ……」
「……そんなにあの男のことが気になるのか?」
「え?」
リーインの瞳がキラリと光る。
「ならば、考えられぬようにするまで」
その後、リリィはリーインに激しく求められ、ぐったりとしたまま眠りに落ちるのであった。




