第五話 結婚式
リリィが帝国へ来て三ヶ月後。
いよいよリーインとリリィの結婚式だ。
結婚式にはリリィの両親も出席する。久々の再会に、リリィは浮かれていた。
「リリィ、元気にしてた?」
「うん、お父さん、お母さん。来てくれてありがとう!」
「かわいい娘の結婚式だ。来るのは当然だよ。それにしても美しいな、我が娘は」
「もー、恥ずかしいよ」
久々の団欒に癒されていると、リーインがやってきた。
その姿を見て、リリィは眼を見張る。
リーインは白の軍服姿であった。いつもは下ろしたままの長い髪も1つに結われ、とても美しい姿である。
こんな美しい人が私の旦那様になるのかと思うと、リリィは信じられない気持ちだった。
逆にリーインはウェディングドレスを着た番の姿に目を奪われた。
肩を露出はしているものの、全体的にスッキリとしたマーメイドドレス。
この日のためにあつらえたティアラはシンプルながら手の込んだ作りとなっていた。
「リリィ……ああ、ほんとうに美しいな。わが花嫁は。はやく我がモノとしたい」
「ち、ちょっとリーインさん!」
「リリィ、リーインさんではなく、リーインと。もはや我らは夫婦となるのだ」
「り、リーイン。恥ずかしいから、その……」
リリィはリーインの耳元でささやく。
「これからよろしくお願いしますね、旦那様」
この時、リーインは崩壊しそうになる理性を全力で押し留めていたという。
結婚式はつつがなく執り行われた。
誓いのキスにドキドキしていたリリィであったが、帝国ではまさかの誓いのキスの代わりに新郎がひざまづいて新婦に誓いの言葉を捧げるというものがあった。
「我、リーイン・エクリプスは、新婦であるリリィ・フランベルジュへと永遠の愛を誓う」
そう言うと、リーインはリリィの左手の薬指にハマる指輪へとキスをした。
その瞬間、リリィの頭の中へと声が響いた。
『──愛しき番よ、幸せになれ──』
その声は女性のようでもあり、男性のようでもあった。
不思議な出来事に驚いている暇もなく、結婚式は盛大なフラワーシャワーによって終わりを迎えたのであった。
結婚式が無事終わり、夜になった。
そう、初夜である。
リリィはここに初めて来た時のように身体の隅々まで磨かれた。
そして夫婦共用の寝室へと通される。
ドキドキしすぎて口から心臓が飛び出そうだ、と思いながらリーインの到着を待つ。
しばし待つこと数分。
リーインが現れた。
「リリィ」
「り、リーイン……」
「待たせたな。我が愛しき番よ。ああ、何度夢に見たか……」
「リーイン、あのね」
「どうした?……やはり怖いか?」
「う、ううん、怖くないって言ったら嘘になるけど……それよりも、貴方のものになれる方が嬉しい」
「……っ、リリィ」
「わ、私ね、貴方と出会えて本当に良かった。夢も叶えられたし、なによりリーインの優しいとことか真面目なとことか、尊敬できるところとか、沢山好きなところが見つかって。……遅くなってごめんね。リーイン、好き……大好きよ」
「リリィ!」
リーインは感極まったようにリリィへと抱きつく。最初の時のように苦しくないよう、だがしかしキツく抱きしめる。
「リリィ。我はもうそなたを離さぬ。龍神の血が騒いでおる。お主を離すな、幸せにしろ、と……。我はそなたと同じ時間を生きたい。リリィのすべてを……貰っても良いか?」
「……っ、はい、よろしくお願いします」
この日、リリィは沢山の初めてをリーインに捧げたのだった。
結婚式から一週間後。
調理場にはリリィの姿があった。
「お、おかえりリリア! 里帰りは楽しかったか?」
「ただいまです、ビルマさん。おかげさまで、とても楽しかったです」
「そりゃ良かったな。今日からまたよろしく頼む」
「はい! よろしくお願いします!」
「あ、リリアちゃんじゃーん、おかえりー。せっかく皇帝陛下と番様の結婚式があったのに、リリアちゃん里帰りしちゃうんだもん。タイミング惜しかったねー」
「あはは、すみません。今日からまた頑張りますね!」
そう意気込みながら腕まくりしていると、後ろから伸びてきた手がリリィの肩を掴む。
「リーリーアーちゃ〜ん、この指輪はなぁに〜?」
「うわ、びっくりした! あ、マリーさん! え、えと、あのー。私、実は結婚しまして……」
「「「結婚〜!?」」」
「は、はい。ご報告が遅くなり、申し訳ありません」
「いや、構わねぇけどよ」
「うんうん、おめでたいねー」
「そうね〜! だから里帰りしてたのね! んもう、水臭いじゃない!」
「「「結婚おめでとう!」」」
「みなさん……ありがとうございます」
リリィは改めてここで働けて良かったな、と思うのだった。
ちなみに料理番の中には何人かリリィを狙うものもいたのだが、今回の件で撃沈したという。
それから数日後。
いつものように調理場へ向かう途中、どう見ても貴族の子供らしき人が宮廷の脇に座り込んでいた。
具合が悪くなったのかと心配になったリリィは、その子供に声をかける。
「どうしたの? 大丈夫?」
「……うるさい、おれに構うな」
「でも、具合悪いんじゃないの?」
「違うから、あっちいけ」
「でも……」
その時、子供の腹から大きな音が聞こえた。
ぐぅきゅるるる〜
「「……」」
男の子は恥ずかしそうにそっぽを向く。
「あら、お腹空いてるのね。んー、親御さんを探してあげたいとこだけど……とりあえず着いて来て」
「どこに連れてく気だ?」
リリィは笑ってこう言った。
「私の職場よ」
二人が調理場に着くと、他の料理人達はまだ来ていないようだった。
「少し待っていて」
「なにするんだ?」
「なにって──お料理よ」
リリィはそう言って笑うと、準備し始める。
食材は自由に使って良いわけではない。材料費も国庫から賄われているからだ。
だから今使えるのは、焦げかけた食パン、少しの調味料、野菜の皮、肉の切れ端。
本来捨てるようなもの達だが、今は大切な食材だ。
まずリリィは肉の切れ端と野菜の皮を油で炒め始めた。そしてそれに水とハーブの茎を加えて煮たたせ、塩で味を整える。なんちゃってスープの完成だ。
そしてさらに野菜の皮を小麦粉を水で溶いたものにくぐらせ、揚げ焼きにする。
野菜の皮のかき揚げだ。仕上げに塩をパラパラとかける。
焦げかけた食パンは焦げの部分以外を細長くカットし、残った揚げ油でカリカリになるまで揚げ焼きする。
それに砂糖をまぶせば、なんちゃってラスクの完成だ。
「お待たせ。できたよ! 召し上がれ〜」
リリィの作業をじっと見つめていた子供は、空腹には勝てないのか恐る恐るスープに手を伸ばす。
ゴクリ。
「! うま、」
「あ、美味しい? 良かったー!」
リリィはホッとして笑う。
口に合わなかったらどうしようかと思っていたのだ。
子供は次に野菜の皮のかき揚げに手を伸ばす。
あむっ。もぐもぐ……もぐもぐ。ゴクン。
「ふん、まぁまぁだな」
子供はそんな憎まれ口を叩きながらも次から次へと手を伸ばす。
(ふふ、美味しいみたい)
最後に手を伸ばしたのはなんちゃってラスク。
ザクっ。
小気味いい音と共にザクザクと咀嚼音が聞こえる。
子供は小さい声で呟く。
「……うま」
リリィはそれは聞こえなかったことにした。
だが内心嬉しくて仕方がない。
男の子はなんとすべて綺麗に完食した。
「綺麗に食べてくれてありがとう! じゃあ親御さんを探そうか?」
「……あっちが迷子なんだ」
「ふふ、そうなの。じゃあ探してあげないとね」
男の子はこくりと頷くと、素直に着いて来た。
リリィは『所用で遅くなります』と書き置きし、男の子の親を探しに行くことにした。
結論からいうと、子供の親はすぐに見つかった。男の子が座り込んでいた場所まで戻ると、心配そうな男性がウロウロしていたのだ。
その男性は男の子を見つけるなり、安心した顔をした。そしてそばにいたリリィへ何度もお礼を言うと、男の子を連れて帰っていった。
男の子は去り際、こう言った。
「おれの名前はルイス。お前の名前は?」
お前と言った時点で父親は男の子の頭を叩いた。結構痛そうだ。
「私はリリアよ」
「リリア。もしおれが大人になってもリリアが結婚してなかったら、おれが結婚してやってもいいぞ」
「あら、うふふ。ありがとう。でもね、私、もう結婚してるのよ」
男の子──ルイスは明らかにショックを受けた顔をした。
子どもの頃の自分も、近所のお兄さんに恋したことあったなぁーなんて微笑ましく思う。
ルイスはショックを受けたあと、「ふ、ふん。そうか。こんなんでも結婚できるんだな」なんて言って、またもや父親に頭を叩かれていた。
この男の子が、未来で料理番に志願してくるのはまた別の話。




