第四話 作戦
リリィが帝国へ来てはや一ヶ月が経った。
その間リリィは料理番としてめきめきと頭角を表し、ついにメニューの考案まで任されるようになった。
そんな中、帝国ではとある噂が流れていた。
それというのも──。
「ねぇねぇ料理長、あの噂聞いた?」
「ああ、皇帝陛下の番が見つかったってやつだろ。良かったなぁ、これで我が国も安泰だな」
「そうだけどさぁ、番様ってどんな子なんだろね。歴代の番様はなにかしら歴史に残す出来事があるけど……今代の皇帝陛下の番様。きっと美人なんだろうなぁ〜。ね、リリアちゃん。君もそう思うでしょ?」
「あ、あはは、どうなんでしょう……。私には分かりかねます」
「まぁそっかー、リリアちゃんはエクア王国出身だもんねー。番様はこの国でしか見つからないって決まってるみたいだし、関係ないかー」
「あら、知らないの? 今代の番様はエクア王国出身らしいわよ」
「え!? そうなの!? なんでだろ、初めてのケースだねぇ」
「ああ、そうだな。まぁ、番様がどこ出身だとしても俺達のやることは変わらない。美味いもんを作る、それだけだ」
「ひゅー、しびれる〜」
そんなやりとりを聞きながら、リリィは帝国にきてからのリーイン達とのやりとりを思い返していた。
『リリィ、我が番。そなたが見つかったことはしばらく内密にしておく』
『え、なんでですか?』
『そなたが料理番として働き始める時期と、番が見つかった時期が被ればいずれ怪しまれることになる。なにせ此度は前例のないエクア王国から見つかった番だ。何事も慎重に動く必要がある』
『なるほど……わかりました。よろしくお願いします』
そんなやりとりを思い出しながらも手はにんにくの皮を剥き続けていた。
「ね〜えリリアちゃん。そろそろ歓迎会しない?」
「えっ? 歓迎会、ですか?」
「そうよ〜、リリアちゃんが来てしばらく経つけど、してないじゃない? 歓・迎・会!」
「お! いいねぇー、うまい酒飲みたいなぁ僕〜。ね、料理長!」
「ん? ああ、まぁそうだな」
「じゃあー、決まりね! 場所は追って連絡するわ〜」
「え、あ、あの!」
「ん? なぁに?」
「え、えっと……」
(い、言えない……単身来てる設定だから、リーインさんに確認しないと、なんて……)
「い、いえ。楽しみに……しています」
「んもう、可愛いんだからん! リリアちゃんてば」
「あ、あはは……」
(どうしよう、リーインさん許してくれるかなぁ?)
一抹の不安を抱えながら、リリィはニンニクの皮を剥き続けた。
その日の夕方、仕事が終わると一目散にリーインの元へ向かう。
そして事情を話し終え、ドキドキしながら返答を待つ。
しばしの無言のあと、リーインは書類の山を見ながらこう言った。
「我も行く」
と。
聞き間違いかと思ったが、リーインはテキパキと片付けて変身の魔法をかけてしまった。
「え、え、リーインさん!? さすがに関係のないリーインさんが参加してはまずいのでは?」
焦るリリィに対してリーインは無表情のまま首を横に振る。
「問題ない。我が元から料理番の一員であるように認識阻害の魔法をかける」
「え?」
そんなことが? と思ったリリィだが、いざ現地に集合したらあっという間にみんなと馴染む姿を見て、改めて魔法って凄い……と思うのであった。
「うぇーい、リリアちゃん飲んでる〜?」
「ちょ、飲み過ぎですよ、ルイさん」
リリィはお酒など飲んだことがなかったが、勧められるまま甘いカクテルを飲んだら意外といける口だということがわかった。
この歓迎会はリリィのためのもののはずだが、もはや皆関係なく楽しんでいる。
「あー、おい、お前ら飲み過ぎだ」
ビルマは酒に強いらしく、酔い潰れた人の介抱係となっていた。
一方リーインは堂々とリリィの横で飲んでいたが、認識阻害の魔法のおかげで誰も突っ込むことはない。
「ねぇねぇリリアちゃん、あなた恋人はいるの?」
マリーの言葉に、何故かリリィではなくリーインが反応する。
「は、あ、いえ──」
「いる」
「え?」
「だから、いると言った」
「あらぁ〜! いつの間に!? ねね、相手はどんな人なの?」
「え、えっと……」
(恋人、ってリーインさんのことだよね……仮にも婚約者だし。えっと、リーインさんは──)
「リ……彼は、物静かかと思えばお喋りで、強引かと思えば優しくて。私の願いを叶えてくれる、そんな素敵な人……です」
「……」
「あらぁ、なんか謎謎みたーい。でもリリアちゃんがとても大切に想っているのは伝わったわ。んもう、私も恋したくなっちゃう!」
恋人欲しいわ〜と言いながらお酒をゴクゴク飲むマリーは、ルイへと標的を変えて絡みに向かった。
「……帰るぞ」
「え、あ、はい!」
リーインはお酒を飲んだ影響か、ほんのり頬を上気させながらリリィの手をひいて歩き始める。握られた手は、ひんやりしてるはずなのにどこか温かく感じた。
リーインとリリィは番である。
だが、いまだ寝室は別であった。
というのも、表向きは番が帝国に慣れるため、番を大事にしたい皇帝が別にしている、という理由だ。
だが裏ではこんなやりとりがあった。
「リリィ、我はそなたと共に寝たい」
「いやいや、私達は婚約者とはいえ、まだ出会ったばかりですし……」
「リリィは……我が嫌か?」
「い、嫌ではないですが。でもいきなり一緒に寝るのは、心臓に悪いというかなんというか……」
「心臓に……? どこか悪いのか!?」
「いやいや! どこも悪くないです!」
「そうか……? ああ、はやくそなたに我の寿命を与えたい。なんでもよい、なにかくれぬか?」
「そんな、寿命をもらうのにあげられるものなんてないですよ!」
「よいのだ、なんでも。そなたが我にあげたいと思ったものならば」
「ええ……。じ、じゃあ考えますから、それまで待ってください」
「うむ、わかった」
こんなやりとりがあったため、寝室の話はうやむやになっている。
リリィは必死に考えた。
私があげられるもの。
それは──
「やっぱり料理だと思うんですが、どう思いますか?」
「え? あ、ああ。まぁそうですね?」
「もう、ハイシャンさんしかこんな話できないんですから、真面目に考えてくださいよー」
「すみません。まぁ、でもそうなると、帝国のルール的にリリィ様が料理長にならないといけないのでは?」
「そうなんですよねー。でも今はビルマさんていう立派な料理長がいるから、それは無理だと思うんです。そこで……私は考えたんです」
「なにを……?」
「名付けて! 『リーインさんの好物を沢山周知しよう大作戦!』です!」
「主の好物を……? どういうことですか?」
「えっとですね、今はリーインさんの好物の情報が料理長まで行き届いてないから、歴代の皇帝陛下の好物ばかりのメニューになっています。でも、リーインさんがこれが好き、これが美味しいと思うって周知していけば、自ずとリーインさんの好きな料理が並ぶと思うのです」
「ふむふむ。そこまではわかりました。でも結局は料理長が作ることに変わりないのでは?」
「そうですね。ですが、私にもあげられるものがあるんです。それは──メニューです」
「メニュー??」
「はい。私は今料理番として働いていますが、最近メニュー開発も任されるようになったんです。だから、料理長にそれとなくリーインさん用のメニューを提案して、それを作ってもらう。……どうですか? やっぱりこれじゃあげたことになりませんか?」
「ふむ……。なにぶん前例がありませんから、どうなるかわかりませんが……ひとまずそれでいってみましょうか」
「あ、ありがとうございます!」
「ではまずは陛下の食事の好みを周知することから始めましょう。それは俺に考えがありますから、リリィ様は待っていてください」
「わかりました、ありがとうございます!」
こうして、『リーインさんの好物を沢山周知しよう大作戦!』は幕を開けた。
数日後。
街中ではとんでもない騒動になっていた。
なんと皇帝陛下がお忍びで街の料理屋に来店しているというのだ。
フードをかぶってはいるが、チラ見えする髪の色や明らかに美形だとわかる顔立ち、そしてバレバレの護衛達。これはもう皇帝陛下ですと言っているようなものである。
そんな陛下は、数々の料理を注文してはこれはうまい、こちらのが好みだ、などと側仕えらしき人物に言いながら食べ、そして何事もなかったかのように立ち去る。
そんな奇妙な光景が、ここ数日立て続いた。
だがそのおかげで、皇帝陛下にうまいと言ってもらったぞ! と店主達は大喜びし、今代の皇帝陛下はやれこの料理が好きだ、この味がお気に召したと自慢合戦が始まった。
その噂はついに宮廷にまで届き始め、とうとう料理長であるビルマの元へとたどり着いた。
その噂を耳にしたリリィは、(ハイシャンさんナイス!!)と内心歓喜の声をあげていた。
エクリプス帝国宮廷料理長、ビルマは悩んでいた。
最近噂によると皇帝陛下は街に繰り出し、様々な料理を口にしているらしい。
もしや自分の作る料理についに飽きたのか……、もはやお役御免か? と恐ろしい考えに行き着いていた。
だが、これは逆を言えば皇帝陛下の好みを知るチャンスである。
街の料理人に負けるわけにはいかない。
俺だって陛下には美味しいものを食べてもらいたいのだ。
新しいメニューを開発して、食べていただかなくては。
噂によると、陛下はグラタンや甘くないスープ、フライドチキンやミディアムレアのステーキが好みだとか。
一体どのようなものにするべきか……。
そんなビルマに、リリィは話しかける。
「ビルマさん。ちょっとよろしいですか?」
「ん、なんだ?」
「あの、私の生まれた国ではとある料理が人気だったんです。それを踏まえて新メニューを作ってみたのですが、味見してもらえませんか?」
「ああ、いいだろう。どんな料理だ?」
「パングラタンです」
「パングラタン?」
「はい。パンの中心部をくり抜き、そこにグラタンを入れて焼き上げた料理です」
「ほう。パンもグラタンもあるが、合わせたのは初めてだな」
「そうですよね。どうぞ、食べてみてください」
「ああ、ありがとう」
ビルマは運ばれてきた料理に向き合う。
まずは香りがいい。及第点だ。
「これはどうやって食べるんだ?」
「まずはグラタンを食べ進め、減ってきたらパンを切り崩しながら食べてください」
「わかった」
グラタン部分にスプーンを入れると、トロトロのホワイトソースととろけて伸びるチーズが持ち上がる。
一口。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
「玉ねぎや鶏の旨味にミルクのコク、そして香ばしいチーズの塩味。これは最高だ。だがパンと合わさる意味があるかどうか……」
ビルマはパンの一角を切り崩し、グラタンと共に口に入れる。
「!!……これは、バターか」
「はい、その通りです」
ビルマは衝撃を受けた。
ただパンにグラタンを入れただけではない。
くり抜いたパンの中にバターを染み込ませ、その上でグラタンを閉じ込めている。
パンとグラタンを口にした瞬間、より濃厚になったバターやグラタン、そして香ばしいパンの香りが口一杯に広がる。
「……とても美味い。これは陛下にも食べていただきたいくらいだ」
「ほんとですか! では、このメニューを陛下に作って差し上げていただけませんか?」
「……いいのか? リリアが開発した料理だろう」
「いいのです。私も噂は聞いてましたし、陛下には美味しいものを食べていただきたいので」
「そうか……。ありがとう、そうさせてもらう」
「いえいえ! また新メニュー開発したら持ってきますね!」
「ああ、頼む。……そういえば、くり抜いたパンはどうするんだ?」
「あ、それはですね──」
その日の夜。
リーインは見慣れない料理があることに気づいた。
不思議そうにその料理を見ていると、リリィがワクワクした顔でこちらを見ていることに気づいた。
「……どうした?」
「え! あ、いや、美味しそうな料理だなと」
「そう……だな。初めて見る料理だ」
「熱いうちに食べた方が良いと思います」
「ああ」
リーインはグラタンを掬い、一口口にする。
すると、目を見開いて「うまい」と言ったのを、リリィは見逃さなかった。
リーインはパンを丁寧に切り分けると、グラタンと共に食べる。
黙々と食べて減っていくパングラタンに、リリィは内心ガッツポーズをしていた。
そしてデザートの番になると、リーインの眉間に皺がよる。
せっかく美味しい味の口なのに……と残念に思っていると、これまた見たことのないデザートが並べられた。
「……これは?」
「パンプディング、というものだそうです」
「パンプディング」
料理をサーブする紳士は、にこやかに笑って端へと下がる。
リーインはしばしパンプディングを眺めると、そっと口にする。
「……うまい」
(良かった!)
リリィは本日二度目のうまいに感動していた。
パングラタンのくり抜いたパンは、パンプディングというパンに卵液を浸して焼いたものにしたのだ。
「……ありがとう、リリィ」
「え? なんのことですか?」
「いや。……そなたが料理が好きな理由がわかった気がする」
「そうですか? 料理は人を幸せにしますからね!」
ニコニコとリーインが食べる様子を見つめていたら、ふとリーインと目があった。
「……リリィが番で良かった」
「え! あ、えと、ありがとうございます……。私も……リーインさんが番で、良かったです」
顔を真っ赤にする愛しき番に、リーインはしばし癒されるのであった。




