第三話 血の記憶
リーインから忠告を受けた日から一週間。
ようやく結婚式の日取りなどが決まり、ついにリリィは念願の料理番として働くことになった。
ハイシャン曰く『エクア王国から来た平民の娘で、料理の勉強をするために単身こちらへとやってきた』ことになっているらしい。
リリィは緊張しながら料理番の制服に着替える。白シャツに黒いエプロン、白のコック帽をかぶるだけで背筋がピンと伸びる気がした。
リリィの今の姿は、ピンクブロンドの髪に翡翠色の瞳である。
調理場まではあの柔らかな物腰の紳士が連れてきてくれた。
コンコンコンコン
「はいよー」
「失礼いたします」
調理場のドアを開けると、そこにはピカピカに磨き上げられた調理場が現れた。
一目で分かる。
ここで働いている人々は、料理を大切にしていると。
「お! お前がエクア王国からきた新人か。俺はここの料理長のビルマ。女だからって容赦しねぇから、覚悟しておけよ!」
「は、はい! よろしくお願いいたします!」
話しかけてきたのは蒼い髪の短髪に黒い目の、おそらく30代前半くらいであろう青年。
一見すると冷たく見えそうな整った顔立ちだが、本人の快活に笑う姿によって頼れるお兄さんという雰囲気がある。
「料理長〜、ダメだよ女の子には優しくしなきゃ。仕方ないから僕が手取り足取り──」
「だまれ、ルイ。お前は女ってなると見境ねーんだから」
「えー、ひどーい」
ルイと呼ばれた男性は紫がかった長い髪を一つにまとめ、水色の瞳をした20代前半くらいの男性。なんとも軽そうな雰囲気である。
「あらあら、私が同じ女性として教えるのが良いのではなくって? こんなむさ苦しい男どもよりも私についてくれば安心よ、子猫ちゃんっ」
「マリー……お前なぁ」
マリーと呼ばれた女性は料理番の格好をしているのが不思議なくらい美しい女性だった。そして身体つきも出るとこは出て引っ込むところは引っ込む理想体型。
リリィは思わず自分の身体を見下ろした。
他にも10人程料理人がいるようだ。
「あの、皆さん、私はリ……リリア・フランといいます。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします!」
「「「はーい、よろしく」」」
こうして緊張の自己紹介は終わった。
何故偽名を名乗ったのかというと、本名では皇帝の妃だとバレバレだからである。
お昼よりニ時間ほど前。
調理場は戦争だった。
「おい、キャベツの千切り足りねーぞ!」
「はーい今すぐ! あ、ねぇねぇリリアちゃん、あそこの保冷庫から豚肉2キロ取ってきて!」
「わかりました!」
「あらやだ、誰よ玉ねぎ切ったの。みじん切りじゃなくてスライスよー!?」
今日のメニューは豚肉と玉ねぎのジンジャー風味らしい。バゲットに挟んで食べると美味しいのだとか。
なにせ宮廷で働く人の大半分を作るのだ、とてつもない量である。
リリィはたまに振られる雑務をこなしながら、ひたすらにバゲットを焼いていた。
実家のお店では経験したことのない目がまわるような忙しさに、リリィは充実感を覚えていた。
お昼前になり、ようやく忙しさがひと段落すると、料理長であるビルマは皇帝の料理に取りかかった。
皇帝の料理を作れるのは料理長だけ。
それがこの国の暗黙の了解であった。
「あ、ビルマさん。あの、もしよければ、お料理作る工程を見たいのですが……」
「ん? ああ、構わねぇが……。俺は正直言ってこの作業が好きじゃねぇんだよな」
「え? 何故ですか?」
「ん、まぁ、歴代の皇帝陛下の味覚に合わせて作ってるんだけどよ。正直、美味しいとは思えねーんだよな」
「え……」
(やっぱりそう思ってたんだ……)
「あの、何故歴代の皇帝陛下の味覚に合わせて作っているのですか?」
「そりゃなぁ、皇帝陛下には龍神様の血が入ってるだろ? 言い伝えによると、初代皇帝陛下がお産まれになった時、龍神様がこう仰ったらしいんだ。『我々の血は記憶である。故に我らが一度好んだものは、永遠に残るであろう』ってな。だから歴代の皇帝陛下が好んだ料理は全部記録に残して、代々引き継がれるようになったんだ」
「なるほど……」
リリィはそんな理由があったのか、と納得をした。しかしなにかが引っかかる。
「……あの、今代の皇帝陛下の好きなものってなんなんですか?」
「それがわからねぇんだよな」
「わからない?」
「ああ。今代の皇帝陛下は寡黙な方でな。料理を食べても無反応らしい。だから好き嫌いがわからねーんだ」
「え……」
リリィは思い出していた。
自分の料理を食べて目を見開き、『うまい』と呟いた姿を。
(うーん……リーインさんにも好き嫌いはあると思うけどなぁ)
次に会った時に聞いてみようと決めたリリィであった。
その日の夜。
リーインと夕食を共にしたリリィは、リーインに尋ねてみることにした。
「あの、リーインさん」
「なんだ?」
「リーインさんの嫌いな食べ物ってなんですか?」
「我の……? 特にないが。ああ、いや、あるな。タコだ」
「タコ……?」
「ああ。あの見た目とコリコリ感が嫌でな」
「なるほど。では好きな食材はなんですか?」
「ふむ。肉だな」
「肉……。焼き加減はレアの方が?」
「いや、欲を言えばもう少し火が通っている方が良いのだが……」
そう言うとリーインは目を伏せる。
(きっとあの『血は記憶』っていうのが関係しているのね。どうしたらいいのかしら……)
リリィはうーむと頭を悩ませる。
そんなリリィを見て、リーインは(今日も我が番は可愛らしい……)と涼しい顔をしながら思っているのであった。
五日後。
リリィはお休みの日になった。
仕事は基本的に完全週休二日制である。
特にすることもなかったリリィは、この国のことを何も知らないのだと思い勉強することにした。
ハイシャンに相談したら図書室へと案内され、好きなだけ読んでよいと許可を貰った。
「えーと、『エクリプス帝国の皇帝史』……これにしようかな」
テーブルと椅子に腰掛け、ページをめくる。そこにはこういった話が書かれていた。
『エクリプスに舞い降りた龍神は1人の女子に恋に落ちる。その女子は龍神に愛と知恵を与えた。その代わりに龍神はその女子に龍神と同等の命を与えた。そしてその子孫であるエクリプス帝国皇帝は番を見つけ、番から何かを受け取ると同時に寿命を与えねばならない。それにより皇帝は愛する番と同等の命になるであろう。皇帝に流れる龍神の血は記憶である。故に我らが一度好んだものは、永遠に残るであろう』
「番から何かを受け取ると同時に寿命を与えねばならない……?」
リリィは最後の一文よりもそちらの方が気になった。寿命? ってあの寿命?
「リリィ様、随分熱心に読まれてましたね」
「わっ! あ、ハイシャンさん。あの、皇帝陛下は番に寿命をあげなきゃいけないんですか?」
「ああ、はい。そうですよ。あげなきゃというより、龍神様の血が入っている陛下は寿命が長いので、愛する番と同時に死ねるのはむしろ本望みたいですけど」
「え……」
(本望……か。たしかに、愛する人が先に死んじゃうのは辛いかも)
そう考えた時に思い浮かんだのは、リーインの顔。
「……っ!?」
(な、なんでリーインさんの顔が思い浮かぶの!?)
ぶんぶんと頭を振ってリーインの顔を思考から振り払ったリリィは、改めて帝国の勉強をしようと頭を切り替えるのであった。




