最終話 エクリプス皇帝の料理番
リーインとリリィが結婚して、約一年が経った。
この日はエクリプス帝国の建国記念日で、宮廷ではパーティーが開かれていた。
もちろんリーインとリリィも主賓として参加している。
テーブルには料理番が気合を込めて作った豪勢な料理が並び、ダンスホールでは楽しそうに招待客が踊っている。
そんな様子を微笑ましくみながら、リリィはリーインと共に談笑していた。
「リーイン、素敵なドレスをありがとう」
「いや。我が番のためならば、たとえ月でさえも獲ってこよう」
「まぁ、リーインたら」
くすくすと笑うリリィは、今日はリーインの瞳の色である黄金色のドレスを身に纏い、髪もアップにした大人っぽい装いだ。
対してリーインは白の軍服にリリィの瞳の色であるラベンダー色のハンカチを胸ポケットに入れ、どこから見ても完璧な美丈夫であった。
「……?」
「どうした?」
「あ、いえ……なんでもないの」
リリィはどこからか視線を感じた気がして周囲を見渡す。だが、特にこちらを見ている人はいない。いや、リーインを見てキャアキャアと色めき立つご令嬢達はいる。
きっとその視線だろうと、リリィは気にしないことにした。
パーティーも終盤に差し掛かった頃。
リリィはお手洗いへと席を外し、身だしなみを整えて会場へと戻る途中。
リリィは会場の入り口付近で何かをジッと見つめる男性を発見した。
なにげなくその男性の視線の先を見ると、そこには令嬢達に囲まれるリーインの姿があった。
(ああ、あれだけご令嬢方に囲まれてちゃ目立つわよねぇ。ただでさえ目を引く方なのに)
リリィはくすりと笑うと、そろそろ囲まれて困っているであろう旦那様の元へと向かう。
すると先程の男性が足早にリリィを追い抜き、リーインへと近づいていく。
え? と思った瞬間にはもう遅かった。
すべての光景がスローモーションのように遅く感じる。
キラリと光る何か。それが真っ赤に染まる。
「きゃー!!」
「だ、誰か! 陛下が刺されたわ!」
リリィは呆然と立ちつくした。
刺された? 誰が? あそこで白い軍服が真っ赤に染まっているのは……誰?
先程リリィを追い抜いた男性が騎士に拘束されている。
あそこに倒れているのは──?
リーインは薄れゆく意識の中で、リリィが呆然と己を見ているのを感じた。
ああ、そんな顔をしないでおくれ。
我が愛しき番よ──。
リリィはミラが「リリィ様!」と叫ぶ声で意識をハッキリさせた。
目の前には愛しい夫が血まみれで倒れている。
「あ……リーイン……。っ、リーイン!」
リーインへと駆け寄ったリリィは、胸元からドクドクと血を流す姿を見て血の気が引く。
「リ…リィ」
「リーイン! い、今止血するから、」
「あい…して、いる」
リーインはそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。
「リーイン……リーイン!? いや、いやぁ!!」
リリィは半狂乱になりかける。
(リーインが死ぬ……? そんなの……嫌!)
その時、リリィは前に頭の中に響いた声を思い出した。
(ええと、たしか、たしか自分の心臓に手を当てて──)
「……我、龍神の番なり。今この時、片割れの痛み苦しみを……すべて我が引き受けたもう──!」
そう言った瞬間、リリィは胸元に強い痛みを感じ、息ができなくなる。
反射的にリーインを見ると、意識はないが血は止まっているように見えた。
「リー、イン……。よかっ……た」
リリィは無事にリーインの痛みや苦しみを引き受けられたのだと確信し。
そのまま意識を失った。
一年後。
「リリィ。今日はいい天気だな。窓を開けようか」
リーインはベッドに横になる人物──リリィへとそう話しかけると、窓を開けて暖かな風を入れる。
あの後、リーインは奇跡的に助かった。
リリィが倒れた後何故か出血が止まり、刺された傷も内臓を傷つけてなかったことが幸いした。
だが、リリィは一年経った今でも意識が戻らない。
もはやこのまま息を引き取るのではないか、との見たてもあるが、リーインはリリィが必ず意識を取り戻すと信じていた。
「リリィ。はやく目覚めねば、料理番の奴らが心配しておるぞ。無論我もだ。愛しき番。……また、あの美味しい料理を食べさせてくれ。今度は、お主が堂々と作るのだ。お主が作る料理が食べたくてたまらぬ」
リーインはそう語りかけると、リリィの額にキスを落とす。
「ん。では、いってくる」
そう言って踵を返した瞬間。
「……いっ、てら、しゃい」
ハッとしてリーインは立ち止まる。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには薄っすらと目を開けたリリィが、こちらを見つめていた。
「リリィ……リリィ、リリィ!」
「りー、いん。だいす、き」
「ああ、我も愛しておる。リリィ……!」
リーインは、生まれて初めて神に感謝した。
リーインを刺した男は、婚約者がリーインに熱を上げているのが気に食わず犯行に及んだと自白した。
ただの嫉妬。それだけで人を殺しかけた犯人は即死刑となった。
リリィはそれを聞いても可哀想とは思わなかった。むしろ当然の報いとまで思った。愛しい人を殺されかけた身としては到底許せるものではない。あの時の絶望感は決して忘れられない。
リリィは一年眠っていたようなものなので、まずは消化のいい食事を食べながら体力をつけ、徐々に歩く練習から始めることになった。
この一年で沢山の人がお見舞いに来たと聞いた。両親はもちろん、料理番の面々まで。料理番の人々にはすでにリリアがリリィであることを話したらしい。
それを聞いたリリィは少し残念に思った。もはや料理番に復帰することは叶わないのだろう。
目覚めてから数ヶ月もすると、普通に歩けるし体力も人並みに戻ってきた。人間の回復力とは凄いものである。
だが、リーインはなにかと甲斐甲斐しくリリィの世話を焼きたがる。これじゃ龍熱の時の逆だなぁ、と思うリリィであった。
リリィが完全に回復したと医師に判断されると、リーインはリリィを連れてある場所へと連れてきた。
「ここは……」
「うむ。歴代皇帝とその番の墓だ」
そこは見晴らしの良い丘の上にあり、皇帝とその番はペアでお墓に入っているらしい。
「……リーイン。私、あの時願いを叶えてくれたのは龍神様だと思うの。龍神様は私達子孫を見守ってくれてる。そして、ここに私達が入ったそのあとは、私達も子孫を見守っていくのよね」
「ああ、そうだな。だから、今回はお礼を言いに来た」
そう言ってリーインはそれぞれの墓に花束を手向ける。
「……我らを救ってくださったこと、感謝申し上げる」
「ありがとうございました」
二人はしばらく墓前で頭を下げていた。
その後、リリィは料理番の面々へと会いに行った。
ビルマには「良かったな」と頭をポンポンされ、ルイには「うぇ〜ん、良かったよぉーっ」と泣かれ、マリーには強く抱きしめられた。お胸で窒息するかと思った。
その他の面々にも口々に祝いの言葉をかけてもらい、やっぱりここが好きだなぁとしみじみ思うリリィであった。
「リリィ、そなたにプレゼントがある」
「え?」
リーインは夫婦の寝室の横の部屋を開ける。
そこには、新品の大きな厨房があった。
「ここは……?」
「リリィ専用の調理場だ」
「え! 私専用?」
「そうだ。ここで存分に料理を作ってくれ」
「いいの!? ありがとう! あ、でも折角作ってもリーインは食べられないのよね……」
「いや、食べる」
「え? でも、帝国のルールじゃ?」
「あくまで暗黙の了解というだけだ。それに、我の血が欲している。愛しき番が作る料理を食べたいと」
真剣な顔でそう言い放つリーインに、リリィは思わず吹き出した。
「仰せのままに、愛しき旦那様」
リリィ・エクリプス。
エクリプス帝国の第五代目妃にして、『エクリプス皇帝の料理番』として名を馳せた人物である。
後に彼女はこう語る。
「私の人生は、ここから始まった」と。
おわり
これにて完結となります。
ありがとうございました!




