表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の引きこもりは、人と生きる意味を知る  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/30

第七話 迫る影

翌朝、ルゼルス辺境都市はいつも通りに目を覚ました。


 門番は欠伸を噛み殺し、商人は荷車の積み荷を確かめ、パン屋は焼き上がった生地を並べ、冒険者たちは酒の残る頭を振りながらギルドへ向かう。


 昨日と同じ朝。


 そう思えること自体が、街にとっては幸福なのかもしれない。


 最果ての森を背負うこの都市では、日常とは壊れていない状態を指す言葉だった。



 白樺亭の食堂で、アルトは温かなスープを飲んでいた。


「本日は依頼を受けましょう」


「ようやく冒険者らしい行動ですね」


 セラフィスが紅茶を置く。


「登録だけして何もしないのも不自然ですし」


「主様は本来、街探索だけで満足されそうでしたが」


「否定はしません」


 ヴァルクは焼いた肉を一口で食べ、短く言った。


「戦える依頼が良い」


「初日から討伐は目立ちます」


「なら護衛」


「それも目立ちます」


「採集」


「消去法ですね」


 ヴァルクは不満そうだったが、食事が美味いので機嫌は悪くないようだった。



 ギルドに入ると、朝の広間は活気に満ちていた。


 依頼板の前には人だかりができ、受付には列が伸び、昨夜飲み過ぎたらしい男が隅で水を飲んでいる。


 リミアは窓口で忙しなく書類を捌いていたが、アルトたちに気づくと表情を明るくした。


「おはようございます!」


「おはようございます。今日は仕事中ですね」


「それはそうです!」


 元気な返答だった。


「依頼を受けに来られたんですか?」


「ええ。まずは無難なものを」


「でしたらこちらです」


 彼女は慣れた手つきで数枚を抜き出した。


「薬草採集、食用茸の回収、森外縁の清水採水。初心者向けです」


「実に平和ですね」


「最初から危険なの選ばれると私が心配するので」


「心配していただけるのですか」


「しますよ!」


 即答だった。


 セラフィスが横で微笑む。


「主様、良かったですね」


「何がでしょう」


「人から心配される経験です」


 アルトは少しだけ困ったように笑った。



 選んだのは薬草採集だった。


 街の北東、森の浅い区域に自生する止血草を十束。昼までに戻れば報酬は銀貨数枚。


 冒険者としては小銭だが、初心者向けには十分らしい。


「お気をつけて」


 リミアが依頼票を渡す。


「危ないと思ったらすぐ戻ってくださいね」


「承知しました」


「本当にですよ?」


「……努力します」


「そこは約束してください!」


 彼女の真面目さに押され、アルトは素直に頷いた。



 街門を出ると、朝の空気はまだ冷えていた。


 遠くには最果ての森の濃い緑が横たわっている。近づくだけで、普通の森とは違う圧がある。


 生き物の気配が濃すぎるのだ。


「懐かしいですね」


 アルトが言う。


「昨日まで住んでいた場所です」


「主様の懐かしいは期間感覚が狂っています」


 セラフィスが指摘する。


「三十年住んで一日離れただけです」


「数字にすると変ですね」


 ヴァルクは周囲を見渡しながら剣の位置を確かめていた。


「浅い区域でも油断するな」


「ええ」


 その声は、街中より少しだけ低かった。


 彼にとって森は、仕事場に近いのだろう。



 採集自体は順調だった。


 止血草は葉裏に白い筋が走る低木で、街近くにもまとまって生えている。アルトが見つけ、ヴァルクが採り、セラフィスが泥を落として束ねる。


 分業が完璧だった。


「これでは依頼というより作業ですね」


「主様が見つけすぎです」


「森の植物は長い付き合いですので」


「三十年の説得力があります」


 途中、小型の魔物が二体現れたが、ヴァルクが瞬時に追い払った。


 平和だった。


 少なくとも、その時までは。



 最初の異変は、鳥だった。


 森の奥から群れが飛び立つ。


 数十、数百。種類もばらばらの鳥たちが、何かから逃げるように空へ散った。


 次に、地面が微かに震える。


 アルトの表情が変わる。


「……これは」


 ヴァルクが剣へ手を置いた。


「来る」


 セラフィスは森の奥へ視線を向ける。


「大型。それも単独ではありませんね」


 数秒後。


 遠くで悲鳴が上がった。


 街道側からだ。



 三人が駆けつけると、門外の臨時集積所は混乱していた。


 採集帰りの冒険者たちが荷を捨てて逃げ、衛兵が叫び、門番が鐘を鳴らしている。


 その向こう。


 森の縁を割るように、一体の巨影が現れた。


 四足獣型。黒鉄のような外殻。肩高は家屋二階ほど。額から湾曲した角が二本伸び、赤く濁った眼が門を睨んでいる。


 足を踏み出すたび、土が沈む。


「……上位種」


 誰かが震える声で呟いた。


 災害級には届かない。


 だが都市単位では十分に脅威となる存在。


 通常なら森深部に棲み、街近くへ出ることは稀な魔物だった。


「なんでこんな所に……!」


「避難しろ! 門を閉めろ!」


 怒号が飛び交う。


 だが巨獣は既に射程圏内だった。



 ギルドの鐘が鳴り響く。


 総動員の合図である。


 街中から冒険者たちが駆けてくる。昨日酒場で騒いでいた荒くれ者も、中堅も、若手も、顔色を変えて武器を取っていた。


 ギルド長シルヴェスターが先頭に立つ。


「前衛三班! 足止めしろ! 弓と魔術師は後方展開! 衛兵は住民避難優先だ!」


 怒鳴り声が場をまとめていく。


 その姿に、昨日の疲れた管理職の面影はなかった。


 現場の指揮官である。


 リミアも門前に来ていた。避難誘導の書板を抱え、必死に走り回っている。


 アルトと目が合い、彼女は叫んだ。


「街へ戻ってください! 初心者依頼の人まで前に出ないで!」


「善処します!」


「またそれですか!?」


 返す余裕があるだけ、まだ状況を甘く見ていたのかもしれない。



 戦闘は、最初だけ優勢に見えた。


 前衛の盾役が巨獣の進路を抑え、側面から槍と剣が斬り込み、後方から火球と氷槍が降り注ぐ。


 並の魔物なら終わっていた。


 だが、上位種は違う。


 外殻が刃を弾く。


 魔法は浅く焦がすだけ。


 巨獣が一度身体を振るうだけで、三人が吹き飛んだ。


「散れえええ!」


 シルヴェスターの声が飛ぶ。


 直後、角が地面を抉り、石と土が爆ぜる。


 若手冒険者が悲鳴を上げて転がった。



 十分後。


 既に負傷者は十を超えていた。


 二十分後。


 魔術師の魔力が尽き始める。


 三十分後。


 前衛の交代要員が足りなくなる。


 巨獣は血を流していた。傷も増えている。


 だが止まらない。


 むしろ怒りで動きが荒くなり、攻撃範囲が広がっていく。


「まずいですね」


 セラフィスが淡々と言う。


「このままでは削り負けます」


「ええ」


 アルトは戦場を見ていた。


 人が倒れ、誰かが引きずって下がり、また別の誰かが前へ出る。


 街を守るために。


 知らない他人の家を守るために。


 その姿は、森では見なかった種類の強さだった。



 リミアが負傷者へ布を押し当てながら叫ぶ。


「次! こっち運んで!」


 血に汚れた手で、それでも止まらず走る。


 昨日の明るい案内人とは別人のようだった。


 だが、あれもまた彼女なのだろう。


 アルトは静かに息を吐く。


「主様」


 セラフィスが低く問う。


「まだ、様子見ですか」


 ヴァルクは既に半歩前へ出ている。


「命令を」


 巨獣が再び咆哮した。


 前衛の列が崩れ、一人の若い槍使いが逃げ遅れる。


 角が振り下ろされる。


 その瞬間。


 アルトの足が、一歩だけ前へ出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ