表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界最強の引きこもりは、人と生きる意味を知る  作者: わまたよ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/30

第四話 街の裏側

 ギルドを出た時、陽はまだ高かった。


 石畳の道には昼の熱が残り、人々の往来は絶える気配がない。荷車の軋む音、露店の呼び声、鍛冶場から響く金属音、どこかで子供が笑い、どこかで誰かが怒鳴っている。


 都市というものは、静けさを嫌う生き物らしい。


 アルトは人波の中で足を止め、しばしその喧騒を眺めた。


「主様、宿へ向かわれますか」


 セラフィスが隣で問う。


「そうですね。ですが、せっかくですので少しだけ街を見ていきましょう」


「観光ですか」


「社会見学です」


「主様にしては前向きな表現ですね」


「言い換えただけです」


 ヴァルクは周囲を警戒したまま短く言った。


「人が多い。歩きにくい」


「森にはありませんでしたからね、人混みは」


「森の方が静かで良い」


「珍しく意見が合います」


 そう言ってアルトは微かに笑った。


 辺境都市ルゼルス。


 最果ての森と文明の境目に築かれた街。魔物の素材、希少薬草、鉱石、討伐報酬――危険の近くには必ず金が集まる。


 そして金の集まる場所には、人もまた集まる。



 中央通りは活気に満ちていた。


 通りの両脇には商店が並び、武具屋、道具屋、乾物屋、仕立て屋、簡易食堂、酒場と、視線を動かすだけで次々と店が現れる。


 魔道具店の軒先では、小さな灯り石が昼間だというのに淡く光っていた。


「便利ですね」


 アルトが立ち止まる。


「生活補助用の魔石灯でしょう」


 セラフィスが即座に答える。


「火を使わず一定時間発光します。王国製の量産品かと」


「詳しいですね」


「家事担当ですので」


 家事担当の範囲が広い。


 隣では露店の主人が焼いた串肉を振って客を呼び込んでいた。香ばしい匂いが風に乗る。


 アルトの腹が小さく鳴る。


「……主様」


「聞こえましたか」


「ええ」


「忘れてください」


 セラフィスは既に三本買っていた。


 いつ購入したのか分からない速度だった。



 歩きながら、アルトは街の人々を観察していた。


 荷を担いで汗を流す男。子を抱いて買い物をする女。腕に包帯を巻いた冒険者。笑い合う若者たち。眠そうに店番をする老人。


 それぞれが、それぞれの一日を生きている。


 森では見られなかった種類の景色だった。


「忙しそうですね」


「人は集まると面倒を増やしますから」


 セラフィスの分析は辛辣である。


「ですが、その分支え合えることもあります」


「最近の主様、やや人間寄りの発言が増えましたね」


「そうでしょうか」


「ええ。以前なら“騒がしい”で終わっておりました」


 アルトは答えず、焼き串を一口かじった。


 塩気が強い。だが悪くない。



 中央通りを外れ、一本脇道へ入る。


 途端に景色が変わった。


 石畳は割れ、建物の壁はくすみ、路地は狭くなる。人通りも減り、代わりにこちらを値踏みする視線が増えた。


「……空気が違いますね」


「商業区の外縁です」


 セラフィスが周囲を見回す。


「表通りから溢れた者たちが流れる区域。金の巡りが薄い場所です」


 壁際には座り込む老人がいた。膝を抱え、目だけがこちらを追う。少し先には、裸足の子供が二人、何かを奪い合って喧嘩していた。


 母親らしき女が止める力もなく、それを眺めている。


 アルトの歩みが僅かに遅くなる。


 前世にも似た景色はあった。


 繁華街の裏通り。駅前の段ボール。昼の光が当たらぬ場所に、人の生活は簡単に沈む。


 世界が変わっても、構造は案外変わらないものらしい。


「助けますか」


 ヴァルクが尋ねた。


「全員は無理です」


 アルトは静かに答える。


「ええ」


「今の私にできるのは、知ることです」


 誰か一人へ金を渡しても、今日の食事が一度増えるだけだろう。根を変える力は、ここにはまだない。


 その現実を、アルトは冷たく理解していた。



 さらに進むと、鉄格子付きの建物が見えた。


 入口には屈強な男が二人立ち、薄汚れた看板には《労務斡旋所》と書かれている。


 だが、中から聞こえる声は斡旋所のそれではなかった。


「このガキは安いぞ!」


「女は奥だ、状態次第で値が変わる!」


 怒号。泣き声。笑い声。


 アルトの足が止まる。


 セラフィスもまた、笑みを消していた。


「……奴隷売買です」


「合法なのですか」


「王国内では借金奴隷と犯罪奴隷のみ認可されています。ですが実態は曖昧です」


「つまり」


「抜け道だらけ、ということです」


 鉄格子の隙間から、小さな手が見えた。


 すぐに奥へ引っ込む。


 アルトの表情は変わらない。


 だが、空気がわずかに冷えた。


 ヴァルクが剣の柄へ触れる。


「斬るか」


「まだです」


 声は静かだった。


「……主様」


 セラフィスが低く呼ぶ。


「ええ。分かっています」


 アルトは視線を外し、再び歩き出した。


 今ここで怒りに任せて壊すことは簡単だ。


 だが、それで終わる話でもない。


 この街の裏に何があり、誰がそれを許し、誰が得をしているのか。


 知らねばならない。



 しばらく歩くと、空気が再び和らいだ。


 路地を抜け、小さな広場へ出る。噴水こそ止まっていたが、木陰には老人たちが座り、子供たちが追いかけっこをしていた。


 さきほどまでの重さが嘘のようだった。


「同じ街とは思えませんね」


 アルトが呟く。


「同じ街だからこそ、でしょう」


 セラフィスが答える。


「表だけで成り立つ街はありません。誰かの便利さの下には、別の誰かの不便が積まれます」


「辛辣ですね」


「事実です」


 ヴァルクは子供たちを見て、ぽつりと言った。


「……笑っている」


「ええ」


「なら、全部が腐っているわけではない」


 珍しく長い言葉だった。


 アルトは少し驚き、それから微笑む。


「その通りかもしれません」



 やがて《白樺亭》と書かれた看板が見えた。


 二階建ての木造宿。外壁は丁寧に手入れされ、窓辺には小さな花が飾られている。入口からは煮込み料理の香りが流れてきた。


「ここですね」


「悪くない」


 ヴァルクが珍しく即答する。


「まだ入ってもいませんよ」


「匂いが良い」


 合理的な判断だった。


 扉を開ける前に、アルトは一度だけ振り返る。


 遠く、街の屋根が連なっていた。


 笑う者。稼ぐ者。搾取する者。耐える者。眠る者。諦めた者。


 多くの人間が折り重なって、この都市は形を成している。


 森より複雑で、不自由で、醜く、そして少しだけ温かい。


「……人の街、ですか」


 まだ答えは出ない。


 だが知りたいと思えたこと自体が、以前の自分にはなかった変化だった。


「主様?」


「入りましょう」


 アルトは扉を押した。


 温かな灯りと、食事の匂いが彼らを迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ