№54
「お静かにして頂けますかっ。」
「見守るだけに徹して下さい。」
「私の言ってる意味、ご理解して頂けてますよね。」
「……………っ。チッ」
「しゃべるなっ。」
「手を出すなっ。」
「黙れ、ジジイっ。」
私は、消えたい…、この場から消え去りたい…。
出来るのなら、許されるのなら、全力で逃げたい……。
サラの恐ろしい程の殺気と怒号の中、小さい私はもっと小さくなっていた。
普段のサラが居ない…、あれは…誰?
もはや、サラの偽者、クローンとでも言いたい。
冷静沈着で隙がなく、いつも綺麗な笑みを忘れないサラが大好き…。
でも今は…、般若のような顔……怖いーーーっ。
お察しの良い皆様ならもうお気づきですよね。
タキーノ国のあのおじさんと、あ、名前は、コンスタンタン・エーメさんと
そんで白馬の王子様、名前が、アドリアン・アングラード殿下。
名前…聞いていたと思ったけど、すっかり記憶になかったよね……。
色々とあって…、サラが寒々しい氷河期のような世界を繰り広げているのです。
やたらと殿下の世話を焼こうとするおじさんとそれをさせたくないサラ。
そんな静止も聞く耳持たないおじさんがサラと全面対決をしている。
その氷河期の真っ只中、テーブルに小さくなりを潜めたような私と、
むかつく程マイペースな、白馬の犬、否、王子様が座っている。
サラの厳しいスパルタ教育、イヤ、再教育の中、なぜか私も参加していたりする。
誰の再教育かと言うと、はい、白馬の王子様とあのおじさんです。
白馬の王子様が怖がらないようにという配慮?の中、私も復習するべきとの言葉に、
逆らえる事もできずに、甘んじてこの状況を受け入れては見たものの…、
もう…泣きたいです。消えたいです。逃げ出したいです。
ここに来てすぐ後悔しても遅かった……。
今では、この鬱憤が目の前で当たり前のようにペースを変えないこの白馬の王子へと
向かっている。マジでむかつく、マジでイラつく。
王族らしい振る舞いを身に着けていてくれたら、今のこの状況はないのにと…、
手のひらをギュッと握り締め、怒りをなんとか散らす作業に没頭するしかない。
この時の私は、この犬、否、馬になんとか一矢報いたいと心底願っていた。
今に見てろよこのヤロー、私を巻き込んでくれてただで済むとは思うなよと…。
マイペースな殿下はもそもそと食事を進め、め一杯食べ零した後、丁寧に口を拭いた。
おもむろに虚ろな目を窓際に向け、スタスタと歩いていき、ソファーへと
項垂れるように腰を下ろした。
それから、人形のように動かず、外の景色をボーと眺めている。
私は、そんな殿下を見ながら、昨日のアイラ様の言葉を思い出していた。
『隙がない』、今ならその言葉の意味がわかる気がする。
パッと見ただけでは、隙だらけのように一見見えてしまうが、
違う、絶対あれは違う。意図的に作られた姿。
あれは装っているだけだ、完璧に自分を隠し違う皇太子を演じている。
じっくりと観察したから、今日はそれがわかる。
イヤ…、アイラ様の言葉があったからだ…。
私一人の観察眼では…、今も…気づいてはいない、気づけなかったはず…。
自分が気づいたと悟られないようにしなければと思えば思うほど、
落ち着かない心。私には、あんな完璧な芝居は到底できそうにないから…。
今度は、違う意味でこの場から逃げ出したくなってきた。
きっと…、サラも気づいているはず…。
だから、昨日あのおじさんとの関係を皆の前で暴露したに違いない。
あくまで私の想像だけど……、
私が変にあの二人と関わってしまったからだと思う……。
だから、サラは自分からわざと接近したとしか思えない。
一刻も早くこの部屋を出なければならないと強く感じるのはきっと恐怖から…、
犬…犬……気づいた今なら到底思えない…、
犬なんか…そんな可愛らしい物ではない、あれは…猛獣。
牙と爪を完璧に隠した危険な感じがしてならない…。
何人の人がそれに気づいたんだろ……。
少なくても、昨日フォークを投げてきた五人は気づいているはず…。
子供だとばかり思っていた三つ子も……、
自分に魔力が備わったからわかった事だけど、
ライナス程ではないが、明らかに魔力の量は他の騎士達よりはるかに多い。
三人が揃えばまたライナスとは違う安心感が見える。
私の想像でしかないけど、三人力を合わせれば…、ライナスと並ぶかも……。
そう思えば、昨日の席に三つ子が呼ばれたのも何か理由があるはず…、
そうでないと、あんな危険なアドリアン殿下に三つ子を合わせるはずがない。
ぞくりと背中に剣でも突きつけられたような寒気が走る。
早く私をここから連れ出して、あの男から遠ざけてと、
言葉に出せない願いを唱えていた。
「……ユリア……、怖がらないで……。」
いつのまにか窓を向いていた殿下が私の方へと身体ごと向いていた。
あぁ、どうして私は肩を跳ねさせたりしたの……。
最悪な失態、………。
恐怖の色を出さないように必死に平静を保つ、
笑顔とか絶対無理だから、わからないというように首を傾げた。
「……心配しないで……、君は……ユリアだから…。」
クスリと笑う可愛くて綺麗な顔。
見たくないのに、目を逸らせない。
怖い、この人。
「ユリア様、お茶をお入れしましょうか?」
「サラ……。」
びっくりするくらい声に怖いと気持ちを入れてしまった。
「お部屋に戻りますか?」
サラの表情を必死で読んだ。
私に何を言いたいのかを………。
一呼吸置いた私は、
「デザートを……まだ食べてないわ。」
にっこりと笑顔のサラが、
壁際に居た侍女にデザートを即した。
「今日のデザートは、マロングラッセです。」
「あ、大好きだわ、嬉しい。」
なんとか笑顔でやり過ごせた。
そんな私の動揺を知ってか…、
サラがそっと背中を撫でていく。
落ち着けと自分に言い聞かせるように少しだけ目を閉じた私は、
黒縁のメガネをクイッと指であげて
「おかわりあるのかな?」
といつものようにサラに言葉をかけた。
「はい、沢山あります。」
いつものサラが私に笑いかけてくれる。
「ふふ、良かった。」
いつものような振りをする私達、
私達を見つめる視線を感じながら、
マロングラッセに思いを馳せるようにわざとはしゃぐ、
天井裏にある気配が一瞬消えたのが気になったけど、
目の前に差し出された美味しそうなデザートに、
にこりと笑い、大きなそれを一口で食べた。
「先生、この状況今後どうなさるおつもりなのですか?」
「お前には関係のない事、部外者は口出し無用。」
「殿下を王位にはつかせないおつもりですか?」
「他国の事に首を突っ込むな。」
「ユリア様に、これ以上近づかないで下さい。」
城下の一軒の酒場、店の隅っこで酒を酌み交わす男女。
見た目だけは、ほろ酔いの男とほろ良いの女。
誰一人として、この男女に気をとめる者等いなかった。




