№53
煌びやかな室内に庶民の私は口を開けそうになった。
まさに城、THE 城 とでも言うような賢覧豪華な部屋だった。
日本のお城とはまったく違う、日本の城のイメージは日本人でも疑問にさえ思う、
あの開けっぴろげの空間、隙間風というか、冬はどうしていたんだろうと
不思議に思ったりもした。襖を何枚も開けていくあれしか浮かばない…。
日本人の私にはまったく馴染みがない装飾で彩られたそこは、
もうまさに別世界、中世のヨーロッパの絵画の世界というか、
映画で垣間見た宮殿のような世界が広がっていた。
平然としているお姉様方や三つ子達を見て、ド庶民は私だけなんだと、
あらためて確信してしまった。
きっとこの人達は日本人の住宅事情を知ったらびっくりするに違いない。
決して狭くもなかった我が家でも、まあ三世代同居だったからね…。
この人達を気軽に遊びにおいでとは口が裂けても言えない。
きっと、可哀相な子でも見るような目で見られるのが予想できる。
「ユリア、色々と悪かったね、急遽変な事頼んだりして…。」
お兄様、わかってるいるなら、頼まないで欲しいです。
「はぁ…、突然な事で驚きました…。」
「皇太子殿下とは少し話しできた?」
「……、いえ、まったく。」
「あれ?むこうはえらく喜んでいたよ、会話が弾み楽しかったって。」
あぁ…、それは、双方の解釈の違いですよ。
私の中ではまったく会話をしたという意識はありません。
「そうです。と、はい、しか言ってないと思いますけど…。」
「あはは、なんだ皇太子殿下はおしゃべりなんだね、聞き役かユリアは?」
「いいえ、違います。会話がなかっただけです。」
お兄様と私の噛み合わない話がこのまま続くのかと思っていたら、三つ子がお兄様に
無駄にじゃれつき、そこに子供好きな神官長さんが加わり、
一見和やかな私達だった。ただ、不思議そうなお兄様の顔だけが気になったけど…。
それにしても整然と並べられた豪華なディナーのセット、
ながーーい食卓テーブルが、王宮ならではだと感じさせてくれる。
そんな時、あの二人がやってきた。
なんかキラキラなオーラを放ちながら現れたのが、タキーノ国の二人の王子様、
そこそこ室内に人が居たからなのか、あからさまに、入り口で立ち止まり、
戸惑ってる風な皇太子殿下、案の定その隣でオロオロしているおじさん…。
なんか立場逆転のように弟殿下が背の高い皇太子殿下を気遣っているし…。
そうこうしている内に国王陛下と王妃様、皇太子殿下が姿を見せた。
和やかな雰囲気の中、まだ食事の席には着かず私達は過ごしている。
殿下が私達の方へと近づいてくる。すかさず三つ子が殿下に纏わり着く。
大人げない殿下は、嫌そうな顔をして、振り払うけど、そこはやはり三つ子、
入れ替わり立ち代りで殿下に食らいついていた。
うん、あれは何のゲームなんだろ……、三つ子が物凄く笑顔なのが安心する。
微笑ましくその様子を見ていた私…だったけど………。一瞬にして凍りついた。
殿下が鬼のような顔をして私を見ている。私は猛吹雪の中に立ってるように身体が、
ぶるぶると震えてくる。寒いっ、あんた今度は冷気を出すんかいっ。
風邪引くじゃないのっ、と口には出さず、イヤ出せず心の中で文句を言った。
「お前、そこで何をしている。」
まさに地を這うような声とはこんな声ですね、と言いたくなるような低い声、
声で釘が打てますよと、本当に釘を打って欲しいくらいに寒気がしてくる。
ん? 殿下? それって…私への質問?
と首を傾げていると……。
「うぎゃーっ。」
気づいた私は軽く悲鳴を上げていた。
私の足元に体育座りの形で座り揃えた膝の上に顎を乗せてる白馬の王子様の姿。
一瞬静まりかえった室内、皆の視線が私の方へと集中しているのがわかる。
そしてゆっくりと視線が下がっていく…。
一国の皇太子としては信じられない姿。まるで迷子の子供のよう…。否…犬…。
「……ユリア…。」
小さく放たれたか細い声。
その声に視線を向けると、
うるうると不安そうな瞳、犬の耳が垂れているのが見えそう…。
クーンと今にも可愛い声を出すんじゃないかと思ってしまう。
ダメだ…、可愛過ぎるっ。つい構ってしまいたくなる衝動が沸き起こってくる。
動いたのは王妃様だった。
いつのまに横に来たのかと言いたい程の超スピードでやって来た王妃様、
ヒシッと白馬の王子様の手を握り、頭を撫でている。
うん、気持ちはわかります。もはや人間には見えてないのですね。
「お手」
と聞こえたのは、聞かなかった事にします。
「ユリア、こんな状態ならいたし方ありません、彼の面倒を見て頂戴…。」
あの…王妃様、もはや言ってはいけない一言のように思えるのですが…、
そんなにはっきりと面倒を見ろと…、やっぱり犬的愛ですよね。
「母上、私の正妃候補を他国の皇太子に近づけるなど、できるはずありません。」
はい、仰る通りでございます。
私も自分の命は大事です。凍死はしたくありません。
「デューク、わがままを言うものではありません。」
いやいや、王妃様がわがままでしょう。
「ほら、こんなに愛らしい…、」
愛玩動物的発言、なんで誰もツッコまないのよっ。
ハッ、……、……、皆様…既にこの愛くるしい瞳に囚われたようですね…。
うぁぁぁ、お姉様方までもが…、頬を染めて手を胸に……。
三つ子は…、あんた達…不敬罪で捕まるよ。
撫で繰り回して頬ずりしているし……。
「ハハハ、タキーノ国の皇太子は大人気ではないか、」
陛下のナイスな言葉により、なんとか平静が保てた空気。
「さあ、食事としようではないか。」
陛下のその言葉に席へと移動する私達…私…だったけど、
ドレスの裾を掴んだまま、座りこんでいる白馬の王子のせいで動けない…。
視線をやると、ひぃぃぃぃ、私に向けてぇぇぇ、…………。………。
手を差し出しているし………。しかも両手………。
引っ張って立ち上がらせろとの事ですよね…。
私……、どうしたらいいの………。
ふっと後ろの黒い影と禍々しい冷気を感じた瞬間。
白馬の王子の両手を掴む暗黒王子は、躊躇無く投げ飛ばしましたよ…。
ピューーと綺麗に放物線を描き飛んでいく姿につい見とれていたら、
黒い影がヒュンと飛んできて、白馬の王子を壁への激突すんでて止めた。
お見事です、オールデン。
盛大な拍手の中、抱きかかえられた白馬の王子と共に舞い降りる。
暗黒王子は……、三つ子と王妃様から非難の視線を浴びていた。
そして現在、私は非常にいたたまれない状況にある。
あのながーいテーブルとは隔離されたような部屋の隅、
丸いテーブルに座っている。
その席には、私と白馬の王子様と三つ子の五人。
甲斐甲斐しくおじさんが白馬の王子様の世話をしている。
まあ三つ子は意外とお利口さんに品良く食事をしている。
うん、やっぱ食事のマナーは流石公爵家の息子。
それにしても……、このボロボロこぼしてマナーもへったくれもない人は誰?
王族というのは嘘ではないかと思ってしまう。
昼間の食事で一口も手を付けなかったのはこれが理由かも………。
そこわかってんなら直せよ…、あんた仮にも皇太子なんだからと言いたいけど言えない。
あ…、頬に……ソースがベッタリと……。
それ気にならないの?? マジでそれ気持ち悪くないの??
と、マジマジと私が見ていたら、
「……ユリア……拭いて…。」
と…私にナプキンを差し出した。
うっ…、うううっ…、困る。その瞳はまさに犬。
拭いたりしたらダメだとわかっているのに、催眠術にでもかかったように勝手に動く手、
ナプキンを取ろうとした瞬間、何かがそのナプキンをかすめた。
ザクッという音とともにテーブルに突き刺ささる。
ひぃぃぃぃぃぃ、どっからか飛んできたフォークが五本、……五本!!!
ナプキンをテーブルに縫いとめていた。
チラッと向こうに視線をやると、黒いオーラの殿下とお兄様…、と…目の前の三つ子達。
あぁ…五本のフォークはあなた達のなんですね。
三つ子…、犬としては認めても、人としてはダメなのか…。
「大丈夫? …ユリア…?」
ううぅぅぅ、心配されてしまったよ……、人としてどうかと思われる方に…。
あんたにだけは言われたくないわっ。
一人心の中で毒づいていたら…。
「なんとっ、殿下が誰かを気遣われるとは……、私…生きてて良かったです。」
大袈裟に喜び、ハンカチで目を押さえるおじさん……。
てか、そこおかしいでしょ?、人としてどうなのよっ。
「早速、陛下と王妃様にご連絡しなくては、きっと泣いてお喜びになります。」
泣くっ!!! 泣くんかいっ!!!
「やはり…、大国レガーナに来て良かったです。」
そんなに……、凄い事なの……。
泣く程……。
このおじさん…、物凄く苦労してそうだし……、この白馬の王子のせいで…。
年取って見えるけど、実は若かったりして…。
その白髪もきっと……、その皺も……。
うん、そうなんだよね、だって…サラが涙目なんだもん…。
ってサラ……、その涙は…何? 同じ境遇とか思ってないよね…。
私はここまで変じゃないよ。失礼なっ。
でも…サラは…、王妃様につき、ラールさんも居て…、何気に殿下の世話もし…、
そして現在は私………。過酷過ぎるかも……。
……て事は…、このおじさんは…実は物凄く出来る人なのかもしれない…。
そう思ったら、このおじさんがとても偉い人に感じてくる。
とその時、恐ろしい程、冷たい声が、
「皇太子様、ご自分でお拭きになって下さい。」
振り向くと、そこには、冷ややかな笑顔のサラ。怖いですっ。
「それとあなた、」
ビシっとおじさんを指差したサラ。
「あなたが皇太子様を人形のようにしてしまった、そこわかっておいでですよね。
あなたにも、教育が必要ですわね。甘やかすだけではダメだと、
あなた様が気づかないわけがありません。ね………先生。」
先生っっ!!!!!
女官の世界にも学校とかあったのか……。知らない事が多すぎる
このおじさんが……サラの先生だったとは…、信じられないけど…。
サラが先生だと言うなら納得できるのに……。
最初からまったく楽しくなかった晩餐の席が、
もっと楽しくない雰囲気になってしまった。
私…、この席嫌です。
席替え希望します。
こんな変な雰囲気より、よっぽど殿下の暗黒悪魔な空気の方がましだし…。
あの不気味な妖気を巻き散らかされる方がましだし…。
一気に南極か北極のように冷凍世界へされる方がましだし…
たぶん…。
頼ってしまったらダメだとわかっているのに……。
また…いつ…一人ぼっちになるかもしれないのに……。
つい、救いを求めるように殿下を見てしまう自分が嫌だった…。




