№39
なんて損な役回りなのかしら……。
私は大きく漏れそうになる息を押し留めた。
泣き崩れる侍女の姿を目の前に、泣かせたのは自分だと悲しくなった。
隣でいまだに私を抱きしめている殿下は微動だにせずにその様子を眺めている。
この娘はいったい誰なの?
殿下とはどういう関係なの?
私の頭の中はその疑問で一杯だった。
「ビビ、いい加減白状したらどうだ、そんな格好をしていても、
この私は騙せぬ事くらい知っているだろう。」
名を呼ばれた侍女はキッと皇太子を睨んだ。
「分かっていて、わざと見せつけたのねっ。」
えっ?………、………、この子…気づいてなかったの?
うわぁぁ…、天然…鈍感…、それは気づきなさいよっ、
私は殿下を見上げた、聡い彼は私の意図を汲んだように教えてくれた。
「グリンス、この侍女の格好をした者は、ザルザスの第一王女ビビアーヌだ。」
え?………、ええっ?? 王女…? マジ?
…………、………………。なんで侍女の格好…?
「あら、王女様だったのね、本当に侍女かと思ってましたわ。」
辛辣な私の言葉にも殿下は怒りもせずに私の頭を撫でていく。
「ハハッ、グリンス、相変わらずはっきり言うな。」
私と殿下の会話が相当頭にきたのか、顔を真っ赤にして睨んでくる。
王女様なら、王女様らしくしなさいと言いたいわ。
それにしても…何の為に侍女の姿を……。
殿下が私の肩をトントンとつつくので、面倒だと思ったけど…、
諦めて私は鬼となった。
「あなた、何故そのような姿をしているのですか?
仮にも一国の王女でしょ?」
私の言葉に先に反応したのは殿下だった。
私の耳元で小さく『 合格だ 』と囁くその声は、私の肩を跳ねさせた。
クッと耳元で漏れた笑い声に心底むかついてしまった。
いちいちやる事なす事が濃厚なこの男にやめてくれと言いたい。
そんな私の小さな動揺など知る事もない王女は、ゆっくりと立ち上がり、
衣服の汚れを手で払っている。
そして、私へと顔を向けた時には、凛とした王女の顔で立っていた。
「私は、ザルザスの王女ビビアーヌ、お前のような素性も知れぬ、
異世界人の女に、気安く声をかけられたくないわ。」
あら、意外と強気なのね、まあそれでこそ鬼としてやりがいがありますわ。
「ふふ、あまりにも侍女のお姿がお似合いでしたので…失礼。
それに、私はれっきとした皇太子妃候補、国王陛下に認められた者ですのよ、
各国の無理やり押しかけた姫様達とは、違いましてよ。
選ばれてこの世界に呼ばれて来ましたの、お分かりかしら?」
「ビビアーヌ、口を慎め、この者を侮辱するのは、この私を侮辱するのと、
同じだと覚えておけ。」
ヒィィィィィ、この男何を言い出すのよ、アイラ様の時に言いなさいよ、
私は、剣も闘技もできませんのに……。うぅぅ。
「ビビアーヌ姫、私の質問に答えて頂きたいのですが…。」
その先を即させるような殿下の余計な援護射撃に応える為にもう一度問うた。
そして数秒の沈黙の後、姫様は私に視線を向けてきた。
「全ては妹リディアーヌの為よ、我侭を言い殿下の後宮へと入ると譲らない
妹の為に父上から言われて来たのよ、妹はまだ幼い…、後宮で他国の姫相手に…、
上手く立ち回る事など無理なのです…、その妹を助ける為に…私が傍に居ます。」
はっ?……、呆れてものが言えないわ……。父親も馬鹿なら娘も馬鹿ね…。
あまりの理不尽さに頭にきたわ……。
可愛そうに…、殿下を好きなくせに…、賢さが殿下への想いを封じ込めたのね…。
聡い故にレガーナへの後宮入りを断念したはず…、
レガーナは後宮にこれ以上誰も受け入れないという意思を理解して…。
それなのに…、馬鹿な妹の為に自分の好きな相手との仲を助ける役目など…
断ればいいのに……、請け負うとは…そこまでしてこの男の傍に居たいの…?
哀れというか……、不憫というか…。可愛そうですわね……。
この男の心は………、手に入らないのに……。
見るつもりなく、つい…殿下を見てしまった私……。
眉を微かにひそめ、辛そうに笑った…。
あぁ…、だからなのね…。
未練は全て断ち切ってあげようとしていたのね……、
ホントッ、わかりにくい男ね…。冷たいんだか、優しいんだか…。
「あなた、さっさと国に帰りなさい。妹を連れて、殿下は誰にも渡さないわ」
「ビビアーヌ、そう言う事だ。」
「デューク……。」
愛称で呼ぶその声に、彼女の想いが伝わってきた…。
あぁーぁ…、なんて聡い女なのかしら…、こんな自分が嫌になるわ…。
「気安く呼ぶなっ、グリンスの前で。」
最低……、私を使うなんて……。
「殿下、せっかくですから、侍女の方にお茶でも淹れて頂きます?」
この鬼の最低な言葉を、自らの最低な言葉でかき消した。
女として…、一途な姫様に最低な女からのささやかな罪滅ぼし…。
この鬼の優しさを少しだけでも教えてやりたくなっただけ……。
でもきっと…、伝わる事はないわね……、あまりにも酷すぎて…。
「皇太子殿下…、私はまだ、国へ戻るわけにはいかない…、
ここでのザルザスの姫は…、リディアーヌ、私ではないの…、
国の為にもみっともない真似はできないわ、だから…私はここに居ます。
妹を…、無事にここから連れ出す為にも…、戻れない。」
「お前の妹は……、何の成長もしてないようだな…、
忠告はした、私は一切助けはしない。良いな。」
「最初からそのつもり、見損なわないで頂戴。
それから、異世界人よ、私の妹に変な真似したら絶対に許さない。
デュークが……、デュークがたとえあなたを護っても、私は許さない。」
「ふふ…、私は別にあなたと戦おうとは思ってもないわ、それにね、
それはお互い様よ、私も色々と狙われる立場にあるわ、
妹姫様は、私と同じ戦場にいても、あなたはそこにすら立ってないのよ。
せいぜい妹姫様の為に頑張って頂戴。」
はい、これでお終い。もういいでしょ…。流石に私も…疲れたわ…。
震える姫様をただ見つめていた。
私の仕事は終わったのよ…、お願い早く出て行ってくれないかしら……。
私の身体が宙に浮いた。
優しく抱き上げるその腕が私をこの辛い場面から救ってくれると安心した。
今は、この最低な男の腕でもちょっと嬉しい…。
「グリンス、待たせたな。」
何も言わない私を、わかっているように頷く。
「ビビアーヌ、少しは空気を読んだらどうだ。」
私を抱き上げた鬼が残酷な終焉を告げた。
私達を涙目で見つめていた姫様が、部屋を出ていく、
駆け出すこともせず、ゆっくりと本当に優雅に歩いて出て行った。
侍女の服なのに、ドレスでも着ているようなその後姿に泣けてきた。




