№40
午後のまどろんだ時間が私の至福の一時。
だったのに……。
窓辺の椅子にそっと降ろされた私の頭にフワッと載せられた大きな手。
今更そんな事しても遅いわ……。
これでも、私の心は悲しい王女を想い折れそうなのよ……。
「悪かった…、嫌な思いをさせて……。」
え?…、意外な言葉ね…。
まさかの謝罪だわ……、今日はそれに免じて許してさしあげるわ…。
「殿下からそんな言葉が聞けるなんて、驚きましたわ。」
「お前は私を何だと思っておる。」
「…………。…………。」
「まったく…失礼な奴だな…。」
あんたにだけは言われたくないわっ。
「説明をお願いしてもよろしいかしら…。」
「用事を済ませたら戻ってくる、アイラとガートルードに、
先に話をしていてくれ。二人にも話しておいた方が良い。」
「わかりました。」
「グリンス、今後の為に二人にも今日のような場面があるかもしれぬと、
説明をしていてくれ。」
「ええー……。私からですか……。」
「考えてみろ、今日の相手がアイラだったら、理解する前に私を殴り飛ばすぞ
ガートルードは……、気絶されても困る。」
「確かに……。」
この場合、嫌でも白羽の矢は私にしか立てようがない気がする…。
「グリンス、機転のきいた行動と発言流石であった。お前は良い女だな。」
ニヤリッと笑いその場から消えた殿下に無性に怒りが沸いてきた。
最後の最後まで人をこ馬鹿にしたような態度がむかつくっ。
心底あの男を好きにならなくて良かったと思ってしまった。
無駄に見た目が良いのも危険すぎる…。
殿下の男としての部分を少しだけ垣間見ただけなのに、
相当危険人物だという事がわかってしまいましたわ…。
あの男……、普段は何をしているのかしら……。こわ…。
とりあえず味方で良かったわ……。
私は気を取り直して、アイラ様とガートルードを招くように侍女に頼んだ。
「アハハ、それは見てみたかったわ、グリンス大変だったわね。」
「もう、アイラ様ったら、次はアイラ様かガートルードの番だからね。」
私は二人に今日の事を一通り説明をした。
あの男のいじわるな行為を暴露してあげましたわ。
アイラ様は面白がっていたけど、ガートルードは顔色を悪くしていく一方。
でも、ここは真実を知ってもらわないと、いざって時に対応できなくなる。
脅しでもなく、本当に事を包み隠さず話しましたわ。
「殿下って…、何処でそういう術を覚えたのでしょうか?」
唐突に言うガートルードに、私とアイラ様は顔を見合わせて笑った。
「知りたいか? ガートルード、教えてやってもいいが…。」
いきなり現れた殿下に私達は驚いた。
何処かに隠れて私達の様子を見ていたのかと疑いたくなる…。
絶妙なタイミングで現れたこの男に……、怪しい…。
「待たせたな、ん? 何だ?」
しらばっくれて、あんた危険すぎるわよっ。
「殿下、話しは聞きました。そのザルザスの王女とはどういう関係なのですか?」
アイラ様が話しを進めていく。ガートルードの事は無視したのね…。
「ああ、幼馴染だ、父上同士が友人で幼少の頃より行き来がある。
そして、私の友の妹でもある。お互いよく知ってる仲だ。」
「では、王女の気持ちも知ってらしたのね…。」
うわぁぁ…、アイラ様聞きにくい事をズバズバと…。
「ああ、もう数えきれない程、私に好きだと告白しておる。」
「「 ええーーー???!!!」」
「何を驚いておる、意外とあいつは凄い……。私も色々と大変だった。
だが、後宮入りは断念してくれて安心していたのだが…、
まさか妹が来るとは、私も思ってもいなかったからな……。
それにしても、侍女の服を着ただけで、私にばれぬと思う所がわからぬ。」
はい、同感です。私もそこはツッコミたかったですわ。
「その妹は、殿下に告白していたのですか?」
「姉程ではなかったが、してきていたな……。
私も、恋愛感情抜きにしたら、二人とも大事な幼馴染なんだが…。
どう頑張っても、女としては見る事ができぬ。」
あぁ…、それは何となく理解できるわ……。
でも…殿下は王女の事を気遣ってるでしょ……。
だから私はそれを確かめたくて聞いてみたの…。
「いくら妹でも…自分の好きな人との仲を助けるのって…辛すぎますわ。」
「そうだな…。私もあれが…不憫に思えた……。
だからと言って、私の気持ちはあいつには向かぬが…。」
よし、許す。あーあ、スッキリした。
本物の最低男ではなかったようですわね。
「モテ過ぎますのも…、大変なようですわね…。」
「上手くいかないものだな、………。」
「天罰ですわね。」
アイラ様…、ナイス。………何故か嬉しい…。
その後私達は、今後、ザルザスの姫達には、
今回のように、殿下と一芝居打つ事にした。
ザルザスは刺客を出す事はないと殿下が判断したからだった。
グリンスの部屋を出て、執務室に戻ろうと思っていたが、
何故か足が向くのはセイレンだった。
その姿さえ見れたらそれで良かった。
「キャーー、見たいまのオールデン、ちゃんと見た?」
「ああ、見た見た。すげーな、さっきより断然できるようになったじゃん。」
「むふふ、でしょーーー。おじいちゃん達のお蔭よーー。」
「俺は?俺、俺も教えただろーー。なーーユリアーー。」
「アハハハ、はいはい、オールデンのお蔭です。」
「分かればよろしい。」
あいつめ……、ぶち殺してやる。
「デューク、家具浮いてるわよ、この施設壊さないでね。」
柱の影から見ていた私は、いつの間にか怒りのせいで、
背中の家具を宙に浮かせていたようだ。
ニマニマと笑う母上に毒気を抜かれた私は、肩の力を抜いた。
それでも中央にいる二人から視線を外せない。
いつのまに仲良くなったんだ……、……。
そんな私の気持ちを知っているかのように母上が
いい訳のように教えてくれた。
「勘違いしないでね、さっきまでライナスもいたのよ。
三人で楽しそうに練習していたわ。」
「そうでしたか。」
それでも、出てきた声音は不機嫌そのもので自分でも驚いてしまった。
「せっかく来たんですものさあ、行きなさい。」
母上に背中を押され、私は中央にいる二人の方へと歩いていった。
オールデンが嬉しそうに私の名を呼んでいる。
「デューク、おーーい、ユリアすげー上達したぞ。早く来いよーー。」
早くと言われても、走るわけにもいかず、歩いて近づいていく。
私の姿に緊張したのか、ユリアが背筋を伸ばすのがわかった。
たったそれだけの事でも、チクリと鈍い痛みとなって返ってくる。
アイラが言うように、天罰だと思った。
ビビに見せた私の行為は、こんなものとは比較できない程酷いものだ。
あいつは…、きっと今頃泣いてる。
私とグリンスの寄りそう姿を思い出して泣いてるはずだ…。
天罰か……。
近づいたかと思った距離は、まったく縮まってはいない…
この現実に…打ちのめされていく。
「さあユリア、デュークに見せてよ。」
嬉しそうに顔を見合わせて笑い会う二人に苛立つ。
ユリアが目を閉じ魔力を溜め込んでいくのがわかる、
結界許容範囲ギリギリまで大きくしてまた小さくしていった。
パッと目を開け、嬉しそうに私の腕を掴み『分かった?』と聞いてくる。
その嬉しそうな顔で私を見上げてくる。
私の言葉に期待しているのが分かり、笑いそうなった。
「ああ、わかった。」
私の言葉に満足したのか、両手を挙げて喜んでいる。
その後、その小さな手のひらに、炎を出した。
見ろとでも言うように、私の前に差し出す。
「殿下見ました? ね、ね、見ましたか?」
何度もたずねてくる。見たというか、まだ炎を出しているではないか、
でもそこは指摘しないで、『ああ、見た。』とだけ言った。
面白いくらいに、満足そうな顔で胸を張る。
そんなに嬉しいのかと言いたかったが、オールデンの視線が気になり、
その言葉を呑み込んだ。
私は、頑張れそうだ。
見上げてくるその顔が私に力を与えてくれる…。
ビビに申し訳ないと考えながら……、
私はユリアから視線を外す事などできずにいた。




