№34
絵葉書の中か、絵画のように綺麗な世界。
それがセイレンの第一印象だった。
広大に広がる緑の大地。
見渡す限りの緑の絨毯にマッチしたように草を食む動物達。
時折鳴き声らしき声が聞こえてくる。
背の高い植物が風にそよぎ、ユラユラと揺れては気まぐれに方向を変える。
たまに風が作ったウェーブがうねりとなり緑の波が端から端へと流れていく。
降り立った誰もがその光景に見入っていた。
「王妃様、皇太子殿下、お久し振りでございます。」
皆の感慨を破ったのは、髪に白いものが混じる、
背の高い老体とは言えない男性であった。
二人の前に進み出ては傅く姿が綺麗であった。
「このセイレンへようこそ、我がアデル家一同嬉しく思っています。
どうかゆっくりとお過ごし下さい。」
言葉はさほど畏まってはいないが、
見た目が後宮統括責任者のアデルと似すぎている為か、隙がないと思えてしまう。
「アデルしばらく世話になります。
この度は、こちらの我侭な願い承諾してくれて礼を言うわ。
お前にとっては…ふふふ、この面子は懐かしいばかりかと…、
どうか気など遣わず気楽に今回の任務に力を貸して頂戴。」
王妃の言葉に頷き後宮の統括と同じようにニヤリと笑った。
皆が口々にその景色を褒め称えている。
その輪に入っていくアデル家当主。
昔の同志達は見た目こそ変わりはしたが、皆の顔は生気に満ちていた。
今回突然国王陛下より秘密裏に下った王命。
一人の異世界人を導き指導し、持てる技を伝授しろとの事。
この老体達は喜んだ。隠居して静かに面白くもない執務をこなしていく毎日。
王城に居ても昔のような張り詰めた空気とは無縁の彼等。
それでも、不穏な動きには持て余している魔力が敏感に反応する。
それをたまに報告をし、そんな事で自分達の役割を果たしていたのである。
そんな彼等に下った王命、ユリア以上にやる気を漲らせていた。
元宰相でユリアの父である、オードノギュー公爵。
元将軍のマクダーモット公、今は家督を息子の現将軍に譲っている。
元神官長のバグウェル公、彼も家督を息子に譲っていた。
そしてアデル家の当主アデル伯爵。
「ここに…陛下が居れば……、あの頃のようですな…。」
バグウェルの言葉に皆が頷く。
奔放と言われた先帝、それでも忠誠を差し出した愛すべき主。
苦労も並大抵ではなかった。それでも国を大事にしていた先帝に思いを馳せる。
現在の国の繁栄は現国王があまり良くない手本を目の当たりにしていたからか、
賢王と呼ばれている。その賢王が選んだ正妃、誰もが認める女性であった。
その類まれな知識からなる判断は正しく、それを上回る強大な魔力と魔術。
心も清く愛情深い王妃は家臣だけでなく国民からも愛されていた。
まだ皇太子妃候補のユリア、彼女が正妃にならないとも言えない。
そうなると、彼等の目指すものは、現王妃セレスティーナそのものであった。
彼らのやる気は壮大。王妃に負けず劣らずにユリアをする事。
本人が知らぬ所で老体達は驚く目標へと向かっていたのである。
後宮統括責任者のアデルは一人緩む口角を隠していた。
目の前の景色に目を奪われ感嘆の息を吐き続ける小さな異世界人の、
後ろに立ち、自分の思惑通りに進む光景に金縁の奥の目を細める。
既に統括責任者のアデルはそれを見定めたと言わんばかりに。
「ユリア様、ここが私の故郷です。」
「アデル、素晴らしいね、とってもいい所…。」
「何分田舎なものでして…、誇れるものは…綺麗な空気と景色でしょうか…。」
「それで十分よ、他になにがいるの? 」
アデルは心底驚いていた。今までこの故郷を手放しで褒め称えた娘など
いないと聞いていた。貴族の令嬢達や豪商の令嬢など、この地をけなしはしても、
褒める者などいなかったからである。アデル家が過去に縁談を申し出ても、
この領地がいつも邪魔をしていた。今ではもう貴族の娘等無縁だった。
華やいだ生活を好む者にとっては何の魅力もない景色だからである。
「サラ達も一緒に来れたら良かったな…。この景色見せてあげたかった。」
「ユリア様、遊びに来られたわけではありません。お忘れなく。」
アデルに小言を言われ苦笑いの彼女、即されるまま屋敷の中に入って行った。
人払いがされた室内、王妃が皆に言葉を告げる。
「国王陛下より、内容は伝わっていると思います。
ここにいる異世界人のユリア・スドウ・オードノギューに、
皆の持てる知識と技をどうか授けて欲しい。正直ユリアの力、
私達も把握できてないのが現状、皆にはそこの辺りも任せて大丈夫と、
陛下も私も思っています。後宮という馬鹿げた場所に住まうユリア、
そこも考慮してこれからの事、私からも頼みます。」
「「 御意 」」
皆の声が重なる。
それから王妃のすすめで簡単な自己紹介が行われた。
皆の紹介が終わった後、残ったのはユリア。
サラに言われた事を頭の中で反復していた。
「はじめまして、ユリアと申します。縁あってオードノギューの名を、
名乗らせて頂いてます。一生懸命頑張りますので宜しくお願い致します。」
簡単な挨拶を終えたかに見えた彼女、しかし立ったまま動かない。
誰もが彼女を見ていた。
そんな彼女は、一度大きく息を吸い込みそれを全て吐き出す。
下を向いていた顔をゆっくりとあげた。
「あの……、私一人の為に本当にありがとうございます。
どうか私に、この世界の厳しさを…、現実を教えてください。
私は…、皆様の想像以上に平和な世界からやってきたと思います。
特に私の国は治安がよく、夜道に一人歩いても安心、
まず、剣や弓、そのような武器を産まれて一度も見た事がありません。
持っている人もいません、稀に所持しているのが見つかると、
それだけで罪になります。軍はありましたが、それも他国に攻めいる
為ではありません、あくまでも自衛の意味です。戦う事を放棄した軍、
それが私の国にある軍でした。たぶん理解できないと思いますが、
私はそんな世界から来ました。自分の身を護る術も知りません。
一人で行動する事も無理です。私が一番辛いのは……、
そんな私を護ってくれる大切な人達が、常に危険な状況だという事です。
生意気な事かもしれません…、
自分の身は自分で護れるようになりたいと…思うことは…、
でも…諦めきれません…。どうか私に力を貸してください。
教えてください…お願いします。」
私は願う気持ちで頭を下げた。
シンと静まり返った室内。
不安で押しつぶされそうだった。
「ハハ、その願い…、わしは力を貸そう、皆はどうだ?
オードノギュー公爵がここに居る今、何の心配もなかろう。」
元将軍マクダーモットの言葉に皆が賛同した。
オードノギュー公爵が静かに立ち上がり皆に頭を下げた。
「まあ、皆様相変わらず良くわかってらっしゃる事、
ここにオードノギューが居る事で十分皆に伝わっているようですわ。
この者は、皆も知ってる通り、ちゃんと物の道理をわきまえています。
ユリアが、皆の力をかりる価値のない娘なら、
辞退を申し出ているはず、オードノギュー、杞憂でしたわね。
あなたの事、皆の方がよくわかっているようですわ。」
王妃の言葉にまた頭を下げる公爵であった。




