№2
一人の騎士が早歩きで宰相の元へと近づいてきては耳打ちする。それに頷く宰相。
「陛下、王子が…。」言葉少なめに王に耳打ちする。
「うむ。」 と王も短く返事を返した。
重厚な扉が開き待ち人皇太子が現れた。いかめしいと言う言葉がよく似合う表情である。
眉間にはおもいっきり皺を寄せ、口を硬く閉じ目は怒ったように釣りあがっていた。
その表情を見たその場の者達は震え上がった。
一気に室内の温度が下がる。皇太子の怒りにも似た魔力が会場を覆いつくす勢いである。
その途端
「殿下っ」と外面様の声で皇太子に声をかけ目の前を塞ぐ騎士がいた。彼の親友オールデンである。
周りに聞こえないように今度は小声で「落ち着け」と言っている。ある意味命がけの仕事である。
皇太子の魔力ははかりしれない。彼にとっては小国一つ滅ぼす事も簡単な事である。
そんな彼を身を挺して止める事ができるのも、残念な事にこの国には数名しかいない。
力で勝つ者は勿論いない、人として受け入れられているかどうかがこの場合の基準である。
場内の者達が縮み上がる。普段はその魔力を殆ど表に出さない彼だが、今日は勝手が違う。
そう、彼は怒っていた、本気でこの嫁候補召還を嫌がっているからであった。
そんな皇太子の魔力を垣間見た者達は途端に青ざめていく。この部屋が跡形もなく消し去られのではないかと不安でたまらない。魔力を持つ者達の集まりだからこそ、余計に彼の力に慄くのであった。
皇太子は視線の端に今回の召還を認めた元凶、自分の父である王を確認した。
足音も荒げに近づくと親子喧嘩の始まりとも言わんばかりの形相である。
その時小さなでも強固な結界を自分達の周りに張り巡らす人物が一人。
「父上、これは何のお遊びですか?私は今朝、事の詳細を聞きましたのですが。」
王である父に冷たい視線を投げかけ、今にもくってかかりそうな勢いであった。
「聞いたであろう皇太子、お前の后候補をこれから呼び出す。肝心のお前が居ないと事が進まない。」
王は目の前の息子に遅れた事への不満を口にする。
「私の意見は無視ですか?自分の伴侶くらい自分で見つけてきます。」
「ん?何を勘違いしておるのだ、三人候補がいるのだぞ、その中から選んで良いと聞かなかったのか?
ちゃんとお前の意見を尊重しようとしているではないか。」
「なっ、父上っ、根本的な事を申しております。」
「決定事項だ。」
「父上っ、」
「デューク、落ち着きなさい…。皆があなたを待っていたのですよ…。」
王妃の柔らかな声が二人の間に割ってはいる。息子の肩に手をやりそっと落ち着かせる様に撫でていく。
咄嗟に王妃へと視線を向けた皇太子、縋る様な視線である。
「準備は全てととのっています、あなたを待つだけに……。」
その言葉に彼はがっくりと肩を落とした。彼の中での母と言う存在はある意味、『白』である。
何が『白』なのかと言うと、母国としての役割をきちんとこなすだけでなく、言動や行動はどこか可愛らしいが、その実中身は聡明で博識、超がつく程の一級の魔術師であり、常識のある大人だったからである。この母さえ味方につければ、今回の馬鹿げた召還も回避できると思っていたからである。
「お言葉ですが…、異世界から呼び寄せられる者達三人の予定ですよね、しかし、私の后となる者は…
一人、残った二人はどうなさるおつもりですか?」
「その者達が不幸にならないようにちゃんと今後の事も考えております。ふふ…安心したわ…、やっぱりあなたは私達の息子ね、陛下今の言葉お聞きになりましたか?」
「ああ…。」 嬉しそうに顔を緩める王であった。
国外の人々はもとより、国内、城内の者達からも恐れられている彼。
誰が言い出したのか今ではわからないが、『冷酷の王子』と呼ばれていた。
人々は口々に言う、血が通ってない悪魔なのではないのかと…。
そう呼ばれているのも、勿論本人は知っている。本人だけでなく、この実父母も知っている。
それでも否定する事はせずにむしろその噂を彼自身は喜んでいるかのようであった。
実際、無駄な殺生などという野蛮な事は決してしない。しかし、火のない所に煙はたたないのが普通。
彼が残虐と言われるのにもそれ相応の理由があった。
表立ってではないが、粛清と言う名の政を秘密裏に彼がやっているからである。
誰かがやらねばならない。勿論相手が居ての事、危険もともなう。
彼の魔力と魔術があるからこそできる事であった。それ以前に彼は国を、国民を愛していた。
ふんっと鼻を鳴らしては心外だと言わんばかりの顔。
「后になる資格が三人全員になかった場合は私は断固として拒否いたしますのでそこの所お忘れなく。」
「あら…、多少の妥協と言うものはないのかしら?」
「あるわけないです。何を言っているのですか?」
「もし…三人とも気に入れば一人は后として、二人は側室ね。」
「側室などいりません。必要ないです。」
「あはは、皇太子よ…、そう気負うな…。まずは会ってみてからではないのか?」
「勝手な事をっ、私はこのままの態度を変えたりはしませんので、その為女性達が傷つこうが一向に構わない。その点も、お忘れなく。」
ニヤリと笑う皇太子であった。
「まあ、紳士としては落第ね…。女性には優しく接してあげないといけませんわ。」
「そうだぞ、折角私に似て見目麗しい顔をしているのに…勿体無い…。」
「…………。」
「…………。」
「陛下、そろそろ結界を解きますよ。おたわむれはお終いですわ。」
「ああ、頼む。皇太子よ、召還の場しっかりと見ていなさい。」
「ちっ。」
「デュークっ。」
彼の魔力を使えば召還の妨害もできると勘ぐっていた王が彼にそれをするなと言うように見ていろとだけ言い放ったのであった。
小さな結界の中で何があっているのかわからない面々は皆一様に不安な顔をしていた。
結界が解かれた中からは怒りが多少は鎮まった皇太子といつも通りの王と王妃がいた。
その姿に安堵するも、すぐさま宰相が指示を出す。
皆緊張した面持ちで持ち場につく面々。
この日の為に幾度となくイメージトレーニングをしてきた彼等は、号令がかかるのを待っていた。
宰相の号令とともに室内の魔力が一気に上昇していく。カタカタと音を出して震える家具やテーブルの上のカップ。三つに分かれた集団の真ん中にそれぞれある召還者がやってくるであろう台が光を出し始める。魔術師達と神官達の髪の毛が逆立っていく。既にベールは外れ魔力を注ぐ彼等の顔が圧縮されているかのように筋肉がぷるぷると震えている。
いつのまにか周りで傍観していた王族血筋の者達が魔力の大小に関係なく力を注ぐ為に立ち上がり両手を彼等の方へと向けていた。
立ち上がる王に対して王妃が止めた。
「何があるかわかりません、王と皇太子は力を無駄に使用するのは危険ですわ。ここは私が…。」
そう言って王妃自ら両手をあげて魔力を彼等に注ぐ。
その途端一気に光が増しゆっくりと台の上に人影らしきものが現れてきた。
建物全体が揺れている。室内なのに風が吹き荒れるように空気が荒々しく動いていく。
室内にいる数名の騎士達がおもむろに剣を握り締めては台に現れる者へと警戒心を強めていく。
異世界から呼び寄せられるはずの三人の女性。
それでも、姿形を確認するまでは何が起こるかわからない。
魔人や魔獣が現れるかもしれない。
その様子を食い入るように見ている皇太子と王。
徐々に光が増していく、もう直視できない程の眩さである。
眩いばかりの光が放たれていた台から光が消え、それぞれの台の上には一人づつ女性が居た。
どうやら召還は無事に終了したようだ。
次々にその場に膝をつく魔術師と神官達。全力を出し切ったのか立つ事もできない者達が居る中、神官長がよろよろとしながらも陛下の前へと跪き無事召還が終了した事を告げた。