№1
あれから私は魔力を隠す練習をさせられていた。完璧に魔力を封じる事ができるようになるまで、なんと、二週間もかかってしまった。その後、魔力をほんの少しだけ他人に見せる練習もした。それは、意外と早く習得ができた。今では自由自在に魔力を調節できるまでになっていた。
「ユリア、よく頑張りましたね。私も安心してあなたを送り出せます。」
「神様のご指導のおかげです。」
「努力家なのね、ユリアは…。」
「そんな事ありません…。」
「これだけは約束して、何があろうと魔力をむやみに他人に見せない事。わかるわね。」
「はい。」
「ずっと気になってたんだけど…ユリア…、その眼鏡は必要ないのでは?どうせ伊達でしょ?」
「これは………必要ですっ。これがないと…人前に出れませんっ……。」
彼女は長年この伊達眼鏡に助けられていた。背が高い事でむやみに視線を浴びてしまう日常で、この眼鏡をかけている事が彼女にとっては、ある意味武装の意味であった。
「そんなもさい眼鏡……。王子様にみそめられなくてはならないのに…。」
ぶつぶつと不満を言う神様に対して、これだけは譲れないと頑張る彼女。
仕方ないと神様が折れた。
「そろそろ時間ね……。ユリア…あなたの幸せを祈っているわ…。元気でね…。」
「神様……、色々とありがとうございました。感謝してます。神様もお元気で…。」
神様にぎゅっと抱きしめられた。この安心感が大好き。全身に力が漲るのがわかる。
血液が皮膚が、身体全身が生まれ変わっていくみたい…。
意識が遠のいていくのがわかる…。これが神様との別れなのかと思っていく。
私は最後の力をふりしぼり言葉を発した。
「神様…いってきます…。」
「いってらっしゃい…、ユリア…。」
ユリア…、あなたの記憶から私の記憶を消し去ります…。
この神の領域で過ごした時間も全て忘れなさい。
魔力の調節については、あなたの潜在意識に落としておくから、無意識にできるようにしとくわね…。
頑張るのよ…。あなたが私を忘れても、私があなたを知っている、だから安心して旅立ちなさい。
「須藤ゆりあに、私の加護を……与えます。」
そう言って神様は彼女の額にそっと唇を寄せた。
「いってらっしゃい…ユリア…。」
その瞬間彼女は、神の領域から飛ばされた。
真昼間だというのに、閉め切った室内。熱気が篭り空気が若干薄くなっていく。
それでも、その事に関して誰一人として言葉を発しない。
頭からローブを被った人々がざっと見積もっただけでも三十人はいる。
その者達を囲むように煌びやかな衣服を纏った者達がこの部屋の四方の壁際に偉そうに座っていた。
壁際の煌びやかな衣装を着た者達の傍には剣を携えた騎士らしき者達がいる。
ここはレガーナ国の王宮の神殿の奥にある神降殿と言われている場所。
いま、まさに花嫁候補召喚が執り行われようとしていた。
だが…、たった一人の為に国家機密事項開始の時間がずれていく。
この淀んだ空気と薄まったかのように感じる空気も、その待ち時間のせいである。
王が少しだけ苛立ったような声で隣にいる宰相に問う。
「王子はまだか?」
「申し訳ございません…。殿下は…そろそろかと…。もう部屋を出てこちらに向かわれているはずですが…。もうしばらくお待ちください。」
いつもの厳しい顔をますます厳しくしている宰相であった。
その待ち人でこの国の王位継承権第一位の皇太子は先刻よりストライキ中。
なぜストライキ中かと言うと、もうおわかりですね。自身の嫁候補を異世界から呼び寄せると言う鬼畜な行いに猛烈に反発しているわけである。別に心に決めた相手がいるわけではない。
「殿下…時間を過ぎてます。どうか諦めてください…。」
「他人事だと思って…、神のお告げかなんか知らないが、何故だ?まったく狂っているとしか言いようがないっ。皇太子妃候補だぞ?この国の国母になるのだぞ?それを……何だと思ってるっ。」
「お気持ちはわかりますが…。これも王が決断された事、王命です。いくら殿下とて王命にそむく事はできません。それでは私は一足先に神降殿にて王へと、殿下がお部屋を出る旨をお知らせしますので、必ず神降殿へと向かって下さい。ライナス、オールデン、殿下の事、頼みましたよ。」
皇太子の傍に控える二人に声をかけて部屋を出て行く宰相。
「デューク…、どうする? 王命と言われちゃ逃げられないぞ。」
ライナスが困ったような顔で言う。
「お前ら俺の立場になって考えてみろよっ、俺の嫁候補だぞっ、嫁だぞっ。」
「わかっているよ…、そのくらい…。」
オールデンが下がり気味の眉をもっと下げては気の毒そうな視線を皇太子へと投げかける。
「なんだその可哀相な人を見るような目はっ、」
この二人、本当に皇太子が気の毒だと思っていた。
皇太子の側近であり、幼馴染の二人は、皇太子の良き友であり、良き理解者であり、悪友でもあった。
ライナス、皇太子付の事務官である。
オールデン、同じく皇太子付の近衛。皇太子付ではあるが、彼はこの国のある特殊部隊の副隊長でもある。
「異世界だぞ? 頭に角とか生えていたらどうする…。目が三つあるかもしれない…。」
「だから、三人召喚するんじゃないのか?」
「もし…、三人が三人とも年寄りだったらどうするんだっっ。」
「「うっ。」」 ライナスとオールデンの二人の声が重なった。
「そんな人と……、……できるか?……。嫁だぞ…。」
「その時は…、後宮に山ほど側室をむかえてやる。」
「俺は…、側室は必要ないと思っているんだ…。後後揉め事の原因になるような事はしたくない。」
なんともまともな発言。皇太子殿下、実はかなり優秀であった。
現国王も優秀であるが、その先帝、彼の御爺様にあたる時代はかなり奔放であったため、現国王はかなり苦労した。その為か必要以上に厳しく教育された皇太子は、この大陸一の王子として名をはせていた。
近隣諸国は現国王とこの皇太子をかなり恐れている。
時はさかのぼり、召喚より一年程前の事。
場所は王の私室、王と后妃と宰相と三人何やら難しい顔をしていた。
「陛下、王子はどこかお悪いのでは?」
「むぅぅ…。」
「宰相、あなたはどう思われますか?」
「はい…、私から見たら何ら普通の若者と変わりはないと思いますが…。別段お身体がお悪いとは…、
思ってもみなかったのですが…。」
「それなら、何故…、全ての縁談を断るのですか?近隣の姫は皆お綺麗な方達ばかりですのに…。」
「はぁ…。何故でしょうか…。」
「まさかっ? 女性に興味がないなどと言う事はないですよね…。」
「何を…、王妃っ、滅多な事を口にするのではないっ。」
「しかし…、健康な男子なら…、多少は……女性に興味があるでしょうに…。」
「心配するな、王子は女性が好きだ…。その点は調べておる…。」
「あらっ、そうでしたのね。それなら…、意中の女性がいるのかしら?」
「いや…、それはない。それも…調べた…。」
「あら、流石陛下ですわね。でも…この分だと…王子に変な噂がたってしまいますわ…。」
この王子、近隣諸国の姫や国内の大貴族のご令嬢から沢山の見合い話が持ち込まれていた。性格はさておき、見目麗しい外見と、スラッと伸びた背に、同じく長い手足。それとその手腕。全てにおいて完璧な王子として見られていたからである。皇太子の隣に立つ事を願う女性はウヨウヨといた。
「陛下…、あの件は…。如何いたしますか?例の神官長の…。」
「何ですの? 神官長がどうかしたのですか?」
王妃が怪訝な表情で問いかける。
そんな王妃を横目で確認した王は、半ば諦めたかのように今まで隠してきたある秘密を告白した。
「王妃よ…、実はな、神官長のもとに…神のお告げが降りてな、王子の嫁を異世界から召喚せよと…」
「神のお告げですか?……………。…………。」
「ああ…、それで余は迷っている…。神を冒涜するわけにはいかない…、しかし……、可愛い息子に異世界の后を迎えるのは…、………。」
それ以上言葉を発せない王であった。
「陛下、異世界の女性だって…、神がつかわす女性ですよ、きっと素晴らしい方なのでは?それに…ねぇ…、宰相…、あなたならそれが一番わかっているでしょ?」
国家機密中の機密。その事を笑顔で話す王妃。
それから、一年がかりでこの国の才を集めた神官と魔術師の一団がこの『皇太子嫁候補召喚』と言う名の国をあげてのプロジェクトにとりかかったのである。
皇太子がまったく知らない所で秘密裏に進んで行く『皇太子嫁候補召喚』プロジェクト。
デュークハインヒル・ワーズナー・ボイト、これが皇太子の名前、年齢二十五歳、見た目超イケメン。
サラサラと額に遊ぶ前髪は銀髪、皇太子らしくこざっぱりとしている。
瞳の色は紫、スッとした鼻筋に薄い唇、切れ長の眼。やっぱりと言っていい程のイケメン君であった。
ちなみに、この大陸で王族で二十五歳と言う年齢は、結婚適齢期からは少しばかり乗り遅れていた。




