№25
目の前の光景は、その者達を驚かせた。
ある者は心弾ませ、またある者は畏怖を感じ、
その表情は様々であった。
馬車から身を乗り出して見入る者もいれば、
これからの事を思い武者震いのようにカタカタと身体を震わす者もいた。
小高い丘に立つ象牙色の神殿を思わせる外観が神秘的であった。
その周りをまるで護るように浮遊する、
背に大きな翼がある天使の像がいくつも舞っていた。
どんなからくりなのかと目を見張る程にそれは
自然とその光景に溶け込んでいた。
そこに辿り着くまでに抜ける森さえも
この世の物とは思えない程に静寂に包まれており、
後宮へと続く一本の道だけが安心だと思わせてしまう。
誰が何の為にこのような浮世離れしたものにしたのかは
わからないが、大切な者を護る為だという事だけは想像できた。
その入り口もそれは立派だった。
大きな門から建物までは距離があり
辿り着く時間が緊張の度合いを大きくしていた。
ロータリーへと続く道と他へと続く道にわかれており、
馬車は待ち構えていた玄関を警護する門番達に振り分けられていく。
姫と家臣達を乗せた馬車だけがロータリーへと導かれ、
荷物が乗った馬車は御者でさえも降ろされ、家臣達が乗る馬車へと
移動させられた後、荷馬車は搬入口へと移動されていった。
差別なく行われる一連の事に対して安心だと思っていいべきなのか、
それとも、警戒されていると思うべきなのか悩む家臣達。
建物入り口で全ての人が降ろされた。
各国の姫達もだが、それに付き添う騎士、女官・侍女達全て
全員が降り揃うまで待たされたのであった。
ここ、後宮は、東西南北に向かって棟が伸びていた。
後で建てられた北の棟だけは、
元は北の棟と呼ばれていた現在の中央棟より伸びていた。
中央棟は、正面玄関を含む主に従事者向けに建てられた棟であった。
応接室が数室と調理場、従者用の会議室に食堂、医務室等、
その他にも後宮に必要な部屋が完備されていたのである。
姫達専用のサロンや共同の娯楽室、図書室等は、
四つの棟が交わる中央に作られていた。
その棟と棟の間は、中庭となっており
一つ一つに趣があり、一年を通して景色を楽しませてくれる。
中年の見るからに執事の服装をした、
細い金色をしたフレームの眼鏡をかけた神経質そうな男性が皆の前に立った。
後宮に執事?とそこに居る者達は不思議がる。
「皆様はるばる遠路よりこの後宮にお越し頂きありがとうございます。
私、この後宮を統括しております、アデルと申します。
我がアデル家は代々この後宮を国王陛下より任されており、
そこにおります、息子三人と、私の四人で、皆様方のお世話をさせて頂きます。
端より、長男で東の棟担当、次男西の棟、三男南の棟、
私が北の棟となっております。後宮に男性がと仰りたいでしょうが、
国王陛下より任されている旨、ご承知とご承諾お願い致します。」
四人が全員同じような眼鏡に同じような服装。
わずかに違うのは、統括責任者の父親が他の三人より、
上着丈が長いくらいであった。
後宮に執事、ありえない、それもそのはず、
このアデル家などという者達は本来どこにも存在しないのである。
ましてや、代々国王陛下に任されているというのも嘘っぱち。
これは、将軍が考えた計画だった。
このアデルを名乗る者達は実は、闇の一族の者達。
国王陛下の元、闇の情報収集活動から、護衛にいたるまで、
様々な事で、王族を護ってきた一族、国王直属の闇部であった。
いきなり執事と不安かもしれないが、彼等は闇部、色んな事を想定して
訓練している。他国に間者として潜入したり、勿論国内の危険な貴族の家にも
従者として潜り込む事もある。そんな彼等、執事の仕事もなんなく
やりこなしてしまうのである。
今回この計画がすんなりとできたのも、現時点で後宮には異世界人達しか
滞在していないという事が大きかった。自国の貴族の令嬢達がいない。
そこに目をつけた将軍の発案であった。
それと、この後宮には従事している者達や下働きの者達が普通に働いている。
料理長が率いる、調理場勤務の者達、庭師、洗濯係り、
その他様々な職種の者達がいた。
それこそ条件は厳しいが、皆が真面目で勤勉であった。
それでも、その目を掻い潜ってよからぬ者達が入り込むかもしれない。
アデルを名乗る者達は色んな意味で今回重大な任務についていたのである。
「私どもの事は、一様にアデルとお呼び下さい。
私も息子達も全て、アデルと同じ呼び名にてお願い致します。」
間違うだろ、と誰もが言いたかったが、有無を言わせぬ
統括者の声に反論する者はいなかった。
見た目繊細で神経質そうな彼等、武闘派には決して見えない容姿、
誰もが、彼等の見た目に騙されていくのであった。
ここで疑問に思うのが、各国の姫達に付き従う騎士達の存在。
本来後宮には自国の騎士にて護衛に当たるのが普通である。
それを今回あえて制限を設けなかった。
自分達の身は自分達で護ってくれとばかりに、騎士の後宮入りを
認めたのである。ここでも異世界人達の現時点での状況が大きく作用していた。
異世界人に付く騎士達は男性も含まれていたからである。
正直、共倒れ、もしくは、姫達同士で争い自滅して頂こうという狙いもあった。
そんな事とは知らない各国の家臣達は、
選りすぐりの精鋭部隊を人選していた。
その為、万が一姫の身に何かあってもレガーナは一切責任を負わないと
宣言していたのである。
精鋭部隊の彼等が護れないものをレガーナとてどうする事もできないと
いう事である。
国王と、将軍、それに皇太子が策を練った今回の事、
後宮内にて既に従事していた、サラ達をも非常に驚かせた内容であった。
東の棟には、アイラが既にいて、そこに二人の姫達が入室する。
東に二人入るのは既にアイラも承諾すみ。
闇部の存在もいとも簡単に見破るアイラ。
正直アイラ自身が精鋭部隊の騎士と闘っても負けないだろうと、
判断された為であった。実際騎士が皇太子妃候補と闘う事はありえない。
西の棟には、グリンスがいた。そこには一人の姫が入室する。
南の棟には、ガートルード、そこも、西棟と同様、一人の姫が入室する。
北の棟には、姫は入らない。というか、入る部屋がなかった。
北の棟だけは特別仕様の為、一人の女性の為だけに作られていたからである。
皇太子は勿論の事、国王も将軍も、突然現れた四人目の異世界人を
ただ、準備ができてなかったと言うだけの理由と、東西南北の一棟に
一人づつの異世界人をと思って何気なくした現在の部屋の割り振り、
偶然とはいえ、ユリアが北の棟に入った事、ホッとしていた。
一番危険察知能力がないユリア。
誰もが、北の棟で良かったと安堵していた。
異世界人達さえもであった。
これから姫達と廊下ですれ違う事も頻繁になってくる。
ユリアが上手くあしらう姿など誰一人として想像できなかったのである。
日本人気質だと知らない者達から見たら、
すぐに頭を下げるユリアの行動は、あまり褒められるものではなかった。
どこまでも普通の日本人なユリアであった。




