№23
見慣れた天井を見ていた。
私は、朝から熱が出てベッドの中でおとなしく寝てる。
何も考えたくなくて、天井の模様を数えたりしていた。
端から順に数えても、途中でもやもやと浮かんでくる顔に腹が立ち、
『 もうっ、』 と声に出しては…、また初めからやり直しだと…溜息をつく
そんな事を朝からずっと繰り返していた。
情けない……。自分が嫌になる。
熱が出るなんて……。
きっと…この事を知られたら…子供だと思われるだろうな……。
お医者さんが言うには、知恵熱だって…。恥ずかしい…。
たかがキスなのに……。
そう思ったら涙が出てきた。
泣くほど嫌かと聞かれたら、たぶん…、うんと言う。
でも…、そんな事聞いて欲しくないって思うのは……、なぜなの…。
それ以上考えたくなくて、私は眼を閉じた。
すやすやと眠る顔を見てホッとした。
熱が出たと聞いて、ここに足が向くのを止められなかった。
本来なら、来るべきではない場所。
ユリアを護る為にそうしなければならない……。
絶対知られてはならない事。
だから、そう自分で決めたはずだというのに…。
彼は眠る彼女の頬をそっと撫でた。
熱っぽい肌に、自分がした事が原因だと思い大きく息を吐く。
昨日触れ合った唇。指で触れその柔らかさに心臓がなる。
手に持っていた包みをベッド脇のテーブルにのせ、
一冊の書物をベッドヘッドの棚に置いた。
寝室を出た彼は控えていたサラに『ユリアを頼む』と一言だけ告げその場から消えた。
晩餐会の会場、美しいドレスを身に纏った女性達が華やかに微笑む、男性達も皆、仕立てのいい正装に身を包み、軽やかに女性をエスコートしている。
異世界人の女性達もユリア以外はこの会場でその煌びやかな容姿と所作でこの場に溶け込みエスコートをする後見人と楽しそうに語り合っていた。異世界人の女性達をはじめて目にする者達は、その溢れる美貌と妖艶な雰囲気に息を呑む。神が選んだ正妃候補達、その姿は噂以上に美しく、また、男性の視線を釘付けにしていた、本人達が意識して出しているわけではないが、滲み出る色香が男性陣を惑わしていくのであった。
「お父様と呼んでくれないか?」ニヘラと笑う将軍にげんなりとした視線を向けるアイラ。
「エロ親父と呼んでもらえよ。」 オールデンが嫌な者でも見るような視線を将軍へと向けていた。
「ふふふ、それはいいですわね。そうお呼びしても宜しいですか?」
アイラが弟オールデンの言葉ににっこりと笑う。
「姉上とは、話しが合いそうです。オールデンと呼んで下さい。」
「殿下と一緒にいらした騎士様ですよね。」
アイラの言葉に頷くオールデン。
その後指を口にあててシッというポーズをして笑った。
ハッとした表情をしたアイラその後、軽く頷き何事もなかったように楽しく会話を再開するのであった。
晩餐会の場であっても、任務を遂行している父と弟、笑顔で会話はしていても、耳と目は周りを観察し微かな情報も逃さないようにしている。そんな二人をアイラは誇らしげに見ていた。
立場は違うが皇太子に決意を告げているアイラは自分も何かをしなければと動こうとした時、その手を父である将軍に掴まれたのであった。将軍がアイラに近づき囁く。
「アイラ、賢い我が娘、お前が動くのはここではない、今は皇太子妃候補として優雅に笑っていれば良い、その美しさを存分に見せ付けておやり、ほら、殿下が待っておる。その代わり……、後宮の事……頼んだぞ。何かあれば私かオールデンにすぐ連絡を…。良いな。お前達四人は神に選ばれし尊き娘、国王陛下が、この国がついておる、その事を忘れるでない。」
そう言ってニヘラっと笑う目は、周りの者からすれば、そんな危ない会話をしていようとは思えない程、砕けた表情であった。その顔にクスリと笑うアイラ、はいと頷き皇太子の元へと急ぐのであった。
既に皇太子の横には、グリンスとガートルードが寄り添っていた。
それを見たアイラはまるで皇太子の虫除けねと笑いを堪えるのに大変。
「殿下、今宵はお招きありがとうございます。」そう言って淑女の礼をとるアイラ。
アイラが軽く自分達の顔の周りにだけ防音壁を作る。
それに気づいた皇太子が薄く笑っている。
「驚いたな…こんな使い方があるとは…。」
皇太子の言葉にアイラがグリンスとガートルードに手短に説明をした。
その説明に驚く二人。
「だって、二人がまるで殿下の虫除けに見えて可笑しくて笑いたかったのよ。」
その言葉にグリンスとガートルードは、そのつもりだと虫除けを認め胸を張るので、またアイラは可笑しくてたまらない。笑うアイラにガートルードが
「アイラ様も虫除けの一員ですわよ、ちゃんとお仕事して下さいね。」
と悪戯っぽく語りかけ、またアイラを笑わせたのであった。
「ユリアが熱を出してくれて良かったわ…。虫除けのお仕事しにくくなってましたわ」
グリンスの言葉に頷く二人。
「だから、今夜がチャンスなのよ、思いっきり見せつけてあげましょう三人で。」
とアイラが言えば、三人の異世界人はその妖艶な瞳を皇太子へと向けた。
「ハハ、承知した。私の魅力に落ちるなよ。覚悟して参れ。」
「誰が落ちますか、殿下の気持ち私達には、バレバレでしてよ。」
グリンスの言葉に苦笑いの皇太子は、
「アイラ結界を解け、そろそろ出陣する。」
まるで戦いにでも行くような言葉をかけ、
魅惑的な微笑でグリンスの手を取るのであった。
中央に進み出る皇太子とグリンスに、楽団が音楽を奏でだした。
優雅に踊る完璧な二人に会場からは溜息がもれ、お似合いだと人々が口にする。
その様子に暗黒のような瞳を向ける姫とその家臣達。
苦々しい想いでその様子を見ていた。
「なんか…ある意味怖いですわね…。」ガートルードのつぶやきに
「大丈夫よ、私達は神に選ばれた娘、国王陛下とこの国が味方なのよ。」
と安心させるようにそっと背中に手をあてた。
将軍から言われた言葉が実はアイラを安心させてくれた。
その言葉でガートルードを安心させたかったアイラ。
グリンスに続き、ガートルード、アイラ、三人の異世界人とダンスをした皇太子。
その三人の誰とも微笑みあい、耳元で語り合うような仕草をし、良い関係が築かれている事をこの会場に来ている皆にアピールした。俗的な会話を好む貴族達は誰が本命なのかと噂をし、その後見人にも目をやり誰に付いたら得をするのかと既にそんな事を考えていくのであった。
三人の異世界人と踊った皇太子の前には、各国の宰相と姫達が待ち構えていた。
獲物を狙うような視線に傍に居た三人も思わず眉間に皺を寄せそうになる。
その表情をグッと隠し、よりいっそう優雅に微笑み姫達を見据えていた。
姫達はというと、近くにきて改めて三人の迫力ある美しさと妖艶で豊満な肉感的身体のラインに、悔しさが滲み出た顔を隠しもせずにきつい視線を投げかけているのであった。
ピリピリとした空気が漂っていた。
各国の姫達から踊りをせがまれた皇太子は、姫達と順番に踊る。
笑顔は一応あるものの、会話もなく、淡々と踊り続けた。
それでも、姫達は皇太子と踊れた喜びに胸が一杯でそんな事には気付かない。
各自がそれぞれに自分のやるべき事を成し遂げた晩餐会であった。
三人の異世界人達は、国王陛下達が退出すると同時にこの会場を後にした。
しかし、彼女達の後見人はその後も居続ける。
殆ど晩餐会には参加しないオードノギュー公爵も夫人を連れてこの会場に残っている。
当のユリアが居なくても、ユリアの為に良好な関係だと思わせる必要があるからだ。
それともう一つの目的。
有力貴族達が、各国の姫とその家臣達に近づく、その会話はありふれたものだが、姫達も一応正妃候補。四人の異世界人には既に手出しができない相手が付いている。彼等の考える事は唯一つ。四人以外の女性が正妃になったとしたら。一か八かの賭けに出る者も居るかもしれない。
後見人達は必ずそのような者達が出てくると踏んでいた。
容易に見つける事ができないのもわかってる。
それでも、危険な動きを少しでも察知しようとこの場を去る事ができずにいた。
後宮とはそのような場所。
昔も今も変わらず、陰謀渦巻く危険な場所であった。




