ただ新歓ブースを見て回るつもりだったのに、ACG部の黄美 咲に部長のところへ連れて行かれ、さらには知り合いの楓さんまで遭遇してしまった。
「軽音部の新歓に来てみて!軽音部に入部すると、隠れたスポンサーからケーキやスイーツの差し入れがあるよ!入部も簡単明快、ぜひ見ていってね~」
「水泳部も見ていって!学校のプールは夏はひんやりで、暑気払いにぴったり。冬は体力づくりや、自分の限界に挑戦できるよ!興味がある人は……」
「ACG部も見ていって!入部すれば部長と一緒にアニメを追いかけたり、同じキャラクターが好きな仲間と交流できるよ~」
私はACG部の宣伝ブースを眺めながら、心の中でつぶやいた。
この部、悪くないな。同好の士と交流できるし、部長と一緒にアニメも見られる。悪くないかも……
「パンフレットをいただけますか?この部の紹介を見てみたいのですが……」
宣伝ブースには、少しぼんやりとした、私と同級生くらいの女の子が一人だけ立っていた。
「いただけますか?」
その女の子が、怯えたように私を見つめる。
「か、かまいませんけど……お、お渡しします……」
「お名前を伺ってもいいですか?」
「わ、私は……黄美 咲です……」
「黄美 咲、いい名前ですね」
「初めまして、佐藤澪人です。黄美 咲さん、これからよろしくお願いします」
「私もこれから、ここの部員になるかもしれません。ブースの当番は咲さん一人なんですか?」
「たしかに……はい、私一人です」
いきなりブースの事情を正直に話すなんて、私が下心を持っているかもしれないのに怖くないのだろうか。誰かに利益を侵害されても何も言えなさそうな、こんなにも無垢な女の子は珍しい。
「この部にはどんな特典がありますか?」
「えっと……ちょっと待ってください」
「すみません、私にはよく分からないので、部長のところへ連れて行きますね。部長ならよく知っています」
黄美 咲さんは、私の手をグイッと引くと、そのまま部室の隅の方へ走っていった。
「ちょっと、そんなに急がなくても、黄美 咲さん」
「ダメです!せっかくの部員候補を逃がすわけにはいきませんから……」
「そんなに人手不足なんですか?そんなに焦らなくても……」
「えっと、たしかに少し焦っています」
「生徒会から警告が出ていて、部員数が不足しているため、廃部の警戒ラインに達してしまったんです。これ以上新しい部員が入らなければ、部活動の継続自体が難しくなってしまいます」
黄美 咲さんは、こんなにも大勢の人がいる中で平気で男子の手を引いているけれど、周りの噂話とか気にしないのだろうか。
「黄美 咲さん、そんなに手を引かなくても……」
「な、なにか問題ありますか……佐藤さん……」
どうやら黄美 咲さんも、そこまで何も考えていないわけではなさそうだ。
「どうもー」
ゆったりとリクライニングチェアに寝そべっている男の人が、私の目の前に現れた。同じ制服を着ているのに、その佇まいはとても洒脱だ。
「どちら様ですか?」
「俺はACG部の部長、高橋陽介だ。お前がうちの新しい部員か?」
「いえ……入部を検討しているところで、ACG部のことを聞いている最中です」
「そうか……」
「わかった……」
高橋陽介は何やら意味深に考え込んでいる。その目は何を考えているのか読めない。
高橋陽介が、意味ありげな微笑みを浮かべる。
「それは……入部してみればわかるさ」
「そうですか。じゃあ、もう少し考えてみます……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!それは一言二言で説明できることじゃないから、とにかく入部してみればわかるって」
「そうですか。とりあえず、その言葉を信じてみます」
私は高橋陽介の目をじっと見つめた。彼は嘘をついているようには見えなかった。
「佐藤くん……」
「だ、誰?」
私は慌ててあたりを見回し、見覚えのある顔を見つけた。
楓さん!なんでこんなところに?
「私はただ宣伝ブースを見て回っていただけよ。たまたまあなたを見かけただけで、別にあなたに会いに来たわけじゃないんだから!」
「そうですか。じゃあ、どうぞ見て回ってください……」
「ちょ、ちょっと!佐藤くん、何してるのよ!」
「えっと、ACG部のことを聞いているところです」
「ACG部? あんなのはオタクとサボりたい奴らが集まる場所でしょ?」
高橋陽介部長が目を見開いて、楓さんを見つめる。
「なんだと?」
「うちの部をどうして貶めるんだ!」
楓さんは、自分の発言がまずかったと気づき、慌てて謝罪する。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!うっかり失礼なことを言ってしまいました、本当に申し訳ありません」
高橋陽介部長の表情が少し落ち着いた。
「間違いに気づいてよかった。人の趣味や行動に対して、失礼なことは二度と言わないことだ」
「わかりました、もう二度とそんなことは言いません」
「ACG部に入部させていただけませんか?私の失言の罰として、皆さんの趣味をきちんと理解し、観察させてください」
高橋陽介部長は少し考えた。
「それは……うーん……まあいいか。罰としてな」
こちらは本日の佐藤くんと楓ちゃんの青春日常です。部活勧誘の日、楓ちゃんは偶然だったのか、それともわざとだったのか、佐藤くんと出会ってしまいました。ACGに全く詳しくない楓ちゃんは、うっかり他の人の気分を害してしまい、二度とそんな失敗を繰り返さないために、ACG部への入部を決めたのでした。
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