第九話 元パーティー、めちゃくちゃ強くなってました
カルナを出て、半日。
俺たちは北東にある岩山へ来ていた。
目的地は〈グラド渓谷〉。
双頭飛竜ヴァルガが縄張りにしている場所らしい。
「ここから先が試験区域だ」
先頭を歩いていたガレスが足を止めた。
今回はギルド長であるガレス自身が試験官として同行している。
少し離れた場所には、ダリオたち五人。
俺とセラはさらに後ろだ。
「改めて確認する」
ガレスがダリオたちを見る。
「討伐対象は〈双頭飛竜ヴァルガ〉。お前たち五人だけで討伐すること」
「分かってる」
ダリオが答える。
「レイとセラは?」
「予備要員だ。基本的に手は出させん」
セラが俺を見る。
「聞いた?」
「聞いてるよ」
「勝手に飛び出さないでよ」
「俺を何だと思ってんの?」
「必殺技を試したくて実技試験中に爆発する人」
「昨日一回だけだろ!」
「一回あれば十分よ」
否定できない。
ガレスがこっちを睨んだので、それ以上は黙った。
「始めろ」
その一言で、ダリオたちの雰囲気が変わった。
先頭にダリオとカイン。
少し後ろにノルド。
さらに後方へリナとフィン。
五人が自然に散開する。
「行くぞ」
ダリオの声に、全員が頷いた。
そのまま渓谷へ入っていく。
俺たちも距離を取って後を追った。
「ちゃんとしてるじゃない」
セラが小声で言う。
「三年前からちゃんとしてたよ」
「そうなの?」
「ああ」
俺がいた頃より、ずっと。
とは言わなかった。
でも見れば分かる。
三年前は、何か起きるたびにダリオが指示を出していた。
今は違う。
ノルドが足跡を見つければ、言われる前に進路を変える。
リナは高い岩へ上がり、周囲を確認する。
フィンは魔力を温存しながら、必要な場所にだけ探知魔法を飛ばしている。
カインは常にダリオから数歩離れ、どちらへでも動ける位置を取っていた。
「強くなってるな」
「分かるの?」
「三年前は俺もいたから」
セラは前を歩く五人を見た。
「悔しい?」
「何が?」
「あんたを追い出したあとに、A級目前まで来てるんでしょ?」
少し考える。
「別に」
「本当に?」
「多少はムカつくけど」
「ムカつくんじゃない」
「そりゃそうだろ」
三年前に追い出された時は、本気で腹が立った。
俺だけ置いていかれた気がした。
でも。
こいつらだって三年間遊んでいたわけじゃない。
今見えている動きは、たぶん何百回も戦って身につけたものだ。
「俺も三年あったからな」
それで十分だった。
渓谷へ入って一時間ほど経った頃。
リナが突然、右手を上げた。
全員が止まる。
「上」
俺も顔を上げた。
岩山の上。
巨大な影が動いた。
二つの首。
四枚の翼。
岩肌と同じ灰色の鱗。
双頭飛竜ヴァルガ
ガレスから聞いていた特徴そのままだった。
「いた」
俺が言うと、セラが杖を握った。
「大きいわね」
「熊よりでかいな」
「比較対象ずっと熊なの?」
「山にいたから」
ヴァルガが翼を広げる。
風圧で砂と小石が舞った。
次の瞬間、岩山から飛び降りる。
「来るぞ!」
ダリオが叫んだ。
五人が散った。
ヴァルガの巨体が地面へ落ち、轟音とともに土煙が上がる。
二つの頭が左右へ分かれた。
片方がダリオ。
もう片方がカインを見る。
「フィン!」
「分かってる!」
後方から魔法が飛んだ。
地面が盛り上がり、ヴァルガの右脚を絡め取る。
動きが一瞬止まった。
「ノルド!」
「おう!」
槍が飛ぶ。
狙いは翼。
深く刺さった。
ヴァルガが吠える。
その隙にリナの矢が左目へ向かう。
頭を振って避けられた。
だが。
「そっちは囮だ!」
もう一本。
反対側から飛んだ矢が、右目へ突き刺さった。
「うま」
思わず声が出る。
セラも黙って見ていた。
「カイン!」
「任せろ!」
カインの剣に炎がまとわりつく。
身体強化しながら魔法も同時に使っている。
俺にはできないやり方だった。
いや。
やったことがない。
「……あれ、今度試してみようかな」
「やめなさい」
「まだ何も言ってないだろ」
「あんたの顔で分かるのよ」
カインが跳んだ。
炎をまとった剣が、槍の刺さった翼を斬り裂く。
ヴァルガの巨体が傾いた。
「ダリオ!」
「ああ!」
最後にダリオが正面から踏み込んだ。
大剣を両手で握る。
ヴァルガの二つの首が同時に口を開いた。
炎が見えた。
「来る!」
セラが身構える。
でも。
ダリオは止まらなかった。
「フィン!」
「三秒!」
半透明の壁がダリオの前へ展開される。
直後。
二つの口から炎が吐き出された。
結界へぶつかる。
激しい音。
フィンの顔が歪んだ。
「二秒!」
結界に亀裂が入る。
「一秒!」
砕けた。
その時には、ダリオは炎の内側へ入っていた。
「うおおおおおっ!」
大剣が振り下ろされる。
一つ目の首が落ちた。
ヴァルガが暴れる。
残った首がダリオへ食らいつこうとする。
「後ろ!」
リナの声。
ダリオは振り返らない。
代わりに。
カインがいた。
「遅い!」
炎の剣が横へ走る。
二つ目の首が飛んだ。
巨体が崩れる。
地面が揺れた。
砂埃がゆっくりと晴れていく。
その中心に、五人が立っていた。
「……勝った」
ノルドが呟いた。
リナがその場へ座り込む。
「終わった……」
フィンも大きく息を吐いた。
カインは剣の炎を消し、ダリオを見る。
ダリオだけは倒れたヴァルガから目を離さなかった。
数秒。
完全に動かないことを確認してから、大剣を下ろす。
「ガレス」
振り返った。
「どうだ?」
ガレスは腕を組んでいた。
「文句なしだ」
ダリオたちの顔が変わった。
「討伐確認後、正式な手続きは必要だが――」
ガレスが少し笑う。
「お前たちはA級だ」
「っしゃあ!」
ノルドが叫んだ。
リナがフィンへ抱きつき、カインも大きく息を吐いて笑っている。
ダリオはしばらく何も言わなかった。
やがて拳を握った。
「……やっとだ」
三年間。
あいつらにも三年間があった。
俺は素直に拍手した。
「おめでとう」
ダリオがこっちを見る。
一瞬驚いた顔をして、それから笑った。
「ありがとな」
セラが俺を見る。
「何?」
「いや」
「だから何だよ」
「ちゃんと祝えるんだなと思って」
「お前、本当に俺を何だと思ってんの?」
「根に持つタイプ」
「多少は持ってるって!」
その時だった。
ヴァルガの死体の向こう。
岩山の奥から、低い音が響いた。
最初は地鳴りかと思った。
違う。
何かが。
歩いている。
ガレスの顔から笑みが消えた。
「全員、構えろ」
ダリオたちも一瞬で武器を握り直す。
「試験終わったんじゃないの?」
俺が聞く。
「ああ」
ガレスは岩山の奥を見たまま答えた。
「終わった」
「じゃあ、あれは?」
「知らん」
岩壁の向こうから。
巨大な爪が一本、姿を現した。
ヴァルガより。
明らかに大きい。
セラが俺の隣で杖を構える。
「レイ」
「うん」
「今度は予備要員の出番かもね」
俺は少しだけ笑った。
「やっとか」




