譲歩の外部不経済と、ぶつかられおじさん
杉山の理論は、単純だった。
人間は、避けてもらえると止まらなくなる。
杉山はそれを、
「譲歩の外部不経済」
と呼んだ。まどろっこしい。
吉岡は気付けば口に出していた
「勝手に経済用語を作るな」
「例えば電車でもそうだ」
「始まった」
「降りる人を待たずに乗る人間がいる」
「いるな」
「普通の人は避ける」
「ぶつかりたくないからな」
「だから乗れる」
「まあ」
「結果として、ルールを守らない人間ほど早く電車に乗れる」
吉岡は考えた。
「……まあ、そうだけど」
「つまり社会には、微量のクズ優遇制度が組み込まれている」
「言い方」
「歩きスマホもそうだ。正面から歩きスマホが来る」
「うん」
「こっちが避ける」
「そうだな」
「すると歩きスマホ側は、一度も進路変更せず目的地へ着く」
「まあな」
「真面目な人間だけがジグザグに歩いている」
吉岡は笑った。
「それはちょっと分かる」
「だろ?」
杉山は嬉しそうに言った。
「だから僕は考えた」
嫌な予感しかしない、と気づけば吉岡は口に出していた。
構わず杉山は続ける。
「社会には一定数、避けない人間が必要なんだ」
「警察とかじゃなく?」
「警察は毎朝あの横断歩道に立ってくれない」
「信号つければ?」
「金がかかる」
「避けるのは、無料だぞ」
「それでは構造が変わらない」
「お前の身体も無料じゃないんだよ」
相変わらず理屈っぽい。
---
二週間後。
杉山は三回目の接触をした。自転車と。
接触、というには軽すぎる表現だったのかもしれない。
会社に来ると、
右腕に包帯を巻いていた。
吉岡が言った。
「社会構造、変わった?」
「少し」
「腕の構造は変わってそうだけど」
「昨日、三台止まった」
「何が。自転車?」
「うん、僕を見て」
「自意識過剰では?」
同時に、「治療費がかかっているから無料ではないよな」と吉岡が思って口に出しかけた矢先、
杉山は椅子に座って、まっすぐに吉岡を見る。
「法律というのは、突き詰めれば抑止力なんだよ」
「急に、でかい話になったな」
「これをやったら罰金になる。この場所では車が止まる。そういう未来の予測が、人間の行動を変える」
「うん」
「つまり、僕が横断歩道にいると自転車が止まるなら」
杉山は言った。
「僕は法律と同じ機能を果たしている」
吉岡は五秒ほど黙った。
「お前、自分を法律だと思ってるの?」
「機能の話をしてる」
「病院行け」




