第98話 神盾、堕ちる
「遅いぞ! お前たち!!」
シールが怒鳴る。
「申し訳ありません!」
駆けつけた兵士が息を切らしながら答えた。
「奴らに包囲部隊を突破された際に……」
兵士は悔しそうに歯を食いしばる。
「多くの兵がやられました!」
その表情には、隠し切れない動揺が浮かんでいた。
「隊を立て直すのにも時間が掛かりまして……!」
「そうか……」
包囲を突破しただけだと思っていた。
人数差があったはずだ。
できたとしても、突破するのが関の山だと考えた。
まさか多数の兵まで討ち取ったというのか。
「そんな事態になっているとは……。やはり油断できんな」
情けをかけるなんてできない。
すでに多くの兵がやられている。
甘さを与えれば、こちらがやられるだけだ。
「他の連中にトドメを刺しておけ」
シールは覚悟を決め、その命令を下した。
「他の連中……ですか?」
兵士たちが周囲を見回す。
そこには倒れていたはずの姿が消えていた。
「なに……?」
シールが眉をひそめる。
魔法使いも。
サキュバスも。
少年も。
つい先ほどまでいたのに誰一人として残っていない。
「まさか、あの状態で逃げたのか?」
一瞬の沈黙、シールは低く笑った。
「くくっ……、まんまとやられたということか」
重傷者を抱えたままの撤退。
シールも完全に警戒を解いていたわけではなかった。
だが、気づけば姿は消えていた。
どうやって逃げたのかすら分からない。
それほど鮮やかな撤退だった。
「まあいい」
シールは倒れた二人へ視線を向ける。
「主力の二人を、ここで確実に殺しておく」
重装兵たちが包囲を狭めていく。
逃げ場はない。
シールが中心となり、女オーガへ次々と攻撃が叩き込まれた。
さらに後方からは砲手や銃士たちの援護射撃。
爆音と銃声が絶え間なく響き渡る。
すでに戦況は一方的だった。
誰もが、完全に勝負は決したと思っていた。
その時だった。
倒れていた剣士が、かろうじて立ち上がる。
折れた骨。
大量の出血。
まともに戦える状態ではない。
それでもなお、その瞳はシールを見据えていた。
「まだ立つか」
シールは低く呟く。
「だが、これでトドメじゃ」
盾を大きく振り上げた。
止めの一撃。
その瞬間だった。
剣士の身体が突如として激しい光に包まれた。
「なんじゃ……?」
シールが目を細めながら様子を窺う。
激しい光。
「なにかするつもりか?」
光って終わりなわけがない。
なにかを企んでいるのだろう。
「これ以上、何もさせん!!」
ここから巻き返すなど、できないだろう。
それでも兵には多大な被害が出ている。
これ以上何かさせるわけにはいかなかった。
振り上げた拳を振り下ろす。
直撃__。
誰もがそう思った。
だが、寸前のところでそれは止まった。
それどころか微動だにもしていない。
シールの腕力は常軌を逸している。
まともに受ければ、たとえ防げたとしても身体ごと吹き飛ぶはずだ。
それなのになぜ?
激しい光のせいで状況がつかめなかった。
そして、光が収まった時だった。
剣士の全身を覆っていた傷が、目に見える速度で塞がっていく。
折れていた腕も。
潰れていた肉も。
まるで時間を巻き戻したかのように元へ戻っていった。
だが、それよりもシールの目を引いたのは、その異様な姿だった。
「なんじゃと……」
剣士の片腕は異常なまでに膨れ上がり、シールの拳を受け止めている。
さらに、足先は巨大な鉤爪へ変貌していた。
その爪が地面へ深々と食い込み、凄まじい力を支えていた。
そこからは、一瞬だった。
剣士の姿が掻き消える。
いや、速すぎて視認できなかっただけだ。
次の瞬間には、女オーガを包囲していた重装兵たちの間を駆け抜けていた。
ガギィギィギィギィッ____
鋼鉄の鎧ごと兵士たちが斬り裂かれ、剣に纏った炎によって燃え上がった。
「なっ!?」
「おわっ!?」
重装兵の防御が意味を成していない。
分厚い盾も。
重装甲も。
まるで紙のように断ち切られていく。
それだけではない。
剣士は止まらなかった。
踏み込み。
斬り払い。
振り抜く。
重装兵たちがいとも簡単に肉塊へと変えていく。
先ほどまでの剣技とは別物だった。
人間族のそれを優に超え、シールの拳でさえ受け止める圧倒的な膂力。
身体から溢れ出す魔力。
それを土台にしながら、もともと洗練されていた剣技は失われていない。
荒々しい。
だが、無駄がない。
力任せに見えて、その全てが急所を捉えていた。
そして、剣士の矛先がシールへと向く。
「いったいなにが起きておる……」
シールは剣士の姿を見据えた。
それらは異様なまでに変化していた。
膨れ上がった筋肉が、圧倒的な力を感じさせる。
戦うため。
自身の剣技を最大限振るうために、肉体そのものをつくり変えていた。
その歪さから一見すると作り物のようにさえ見える。
だが、そこから放たれる圧力は、紛れもなく本物だった。
次の瞬間、剣士が踏み込んだ。
ドンッ____
凄まじい踏み込みにより地面が砕ける。
同時に振り抜かれた炎剣を、シールは即座に盾で受け止めた。
ゴガァァァァン________
激突__。
衝撃だけで周囲の地面が割れた。
「ぬぅっ……!?」
シールの表情が変わる。
重い__。
シールは常人の十倍を超える怪力を持つ。
そのシールですら、ここまでの重さを感じたことはほとんどなかった。
それこそドラゴンのような巨大種くらいだ。
それを__。
まさか自分と大差ない体躯の相手から感じるとは思ってもいなかった。
押し返し切れない。
それどころか。
受け止めた盾ごと、押し込まれていく。
ガギィッ____
ついにシールの巨体が弾かれた。
純粋な力での勝負で、シールすら圧倒していた。
シールの巨体がわずかに揺らぐ。
剣士はその隙を逃さなかった。
間髪入れず踏み込む。
振り下ろされる炎剣。
ギンッ__ガギンッ__ギギギイィンッ______
横薙ぎ。
さらに追撃。
たたみかけられる連撃。
重く鋭い。
受けるたびに、盾を持つ腕が痺れていく。
シールほどの肉体でなければ、とっくに腕ごと砕けていただろう。
「ぐっ……!」
シールの体が大きく揺らぐ。
そして、剣士が深く腰を落とした。
渦巻いていた炎が、その刃に圧縮される。
刀身が赤く輝く。
熱だけで周囲の地面が焦げ始める。
「くるか!?」
シールもまた体勢を低くし、防御の姿勢を取った。
さらに、ありったけの魔力を纏わせる。
防御を極めたシールの全力。
並の攻撃では、決して突破することなどできはしない。
<壱の太刀__灼極>
瞬間、空気が振るえた。
剣へと収束した炎が、周囲の景色すら歪めていく。
危険だ。
本能がそう告げていた。
だが、シールはこの瞬間を狙っていた。
加護を発動する。
ヴゥン____
これだけの速度で動き回られたら、
加護をもってしても捉えられないかもしれない。
だが、正面からなら。
シールの前方。
その空間そのものが歪んだ。
距離が拡張される。
剣士との間合いを強制的に引き離した。
届かない。
そう確信した。
勢いが死んだ、ここで圧し潰す。
だが、
ゴォォォォォォ______
炎が走る。
拡張された空間を、空間の歪みを駆け抜けた。
「むっ!?」
拡張を上回る速度で、強引に踏み越えてきたのだ。
閃光__。
視界が白く染まる。
ゾォン____
赤く輝く刃の軌跡が、火の粉を散らしながら空間へ刻まれた。
巨大な盾が宙を舞う。
ボォバッ____
斬り裂かれた傷口から、遅れて炎が噴き出した。
シールは斬り裂かれた。
盾ごと。
鎧ごと。
そして……。
ドサリ、と鈍い音が響いた。
地面へ落ちたのは、シールの腕。
シールはそのまま血の海へと沈んでいった____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
シールじゃ!
シール、かなりの重傷だったんですね。
まあな。
本当によかったですよ。
そうじゃな。
ところで、相手の強さはどうでしたか?
やはり女オーガじゃな。
旧四天王にもオーガはおったが、それと同等に感じたわい。
旧四天王!?
どうりで加護を使用しても苦戦するはずですね。
やつらは加護を持ってしても、互角以上に渡り合っておったからの。
なるほど……。
あと、やはり極めつけは剣士じゃ。
もともと剣の腕前は強かった。
じゃが、人間族じゃ。
それが力を得たんですね。
そうじゃ。
途中からのやつは、もう手がつけられんかったわい。
加護を使っていてもですか?
ああ。
正直なところ病院で目を覚ましたとき。
隊が全滅したと聞かされても、疑わなかったじゃろう。
……シール。
まあ、次はこうはいかんがの。
再戦ですね。
次回は、戦いの全容がいよいよ見えてきます。
うむ!




