第97話 荒れ狂う猛鬼と炎剣
魔法の衝撃で巻き上がった土煙が周囲を覆う。
その煙の中、少年剣士が静かに佇んでいた。
鋭い視線。
迷いなく構えられた剣。
倒れた少女はすでに意識を失っている。
サキュバスはその傍へ膝をつき、不安そうな表情を浮かべていた。
そして、それらを守るように。
少年はシールの前へと立ちはだかる。
静かに剣先を向けた。
「ぼーっとするな! 強化だ!」
少年が叫ぶ。
殺気に呑まれ、委縮していたサキュバスがハッとする。
慌てるように歌い始めた。
妖しく響く旋律。
その魔力が少年の身体へ流れ込んでいく。
そして、少年が踏み込んだ。
ザッ____
シールは即座に盾を振るう。
だが、少年はそれを紙一重で躱した。
さらに低い姿勢から斬撃を繋げる。
シールの防御の隙間を縫うように。
盾の死角へ滑り込むように。
少年の動きには無駄がない。
次第にシールは押され始めていた。
ガギッ____
刃がシールの腕を裂く。
「ほう……」
感心したようにシールが呟く。
「おぬし、やるな」
少年の剣はシールの防御を正面から突破したわけではない。
盾の死角。
鎧の隙間。
僅かな綻びに刃を織り交ぜた。
「ワシの防御をここまで見事に掻い潜る奴ははじめてじゃ」
だが、浅い。
腹部へ差し込まれた刃でさえも、魔力で強化された肉体を深くは貫けない。
かすり傷程度で止まっていた。
「ところで兵たちはどうした?」
シールが問う。
「どうした? まさかあれで包囲したつもりだったのか?」
軍の動きを予測した。
包囲網を突破してきたのだ。
<斬り裂け__アイスソード>
少年のサーベルが氷魔法を纏う。
氷に覆われた刃から冷気が白く立ち上っていた。
「私も戦うわ」
サキュバスも槍を構える。
恐怖は残っている。
それでも退かなかった。
「俺が斬り込む。お前は距離を取りつつ隙を作れ」
再び、少年が地面を蹴った。
同時に__
アァァァ__________
サキュバスの歌声が響く。
音波にも似た衝撃が空気を揺らした。
「音か……」
ダメージこそ大きくない。
だが、耳の奥を揺さぶられるような不快感。
それと共にわずかに平衡感覚が乱された。
その一瞬、少年が盾の隙間へと滑り込み、
サーベルを構えて大きく踏み込んだ。
ガギィッ____
氷を纏った刃がシールを斬り裂く。
「どうだ? 魔法を纏った剣の切れ味は?」
少年が笑う。
斬られた部位から血が滴り落ちる。
本来なら守りを突破され、焦るところなのかもしれない。
だが、シールもまた笑みを浮かべた。
「ほう……、お主も魔力を纏えるんじゃな」
その技は勇者パーティの仲間、ヒーロを思わせる。
修練によって磨き上げられた技術で守りを崩し、
魔法を纏った刃で確実に傷を刻んでいく。
派手な一撃はない。
真っすぐで愚直な、勇者らしい剣だった。
そして、それは仲間との旅を。
共に戦った死闘を思い起こさせた。
思いを馳せる。
二人の連携は続く。
音で隙をつくり。
そこへ少年が斬り込む。
少しずつ。
確実に。
シールへ傷を増やしていった。
だが。
「そろそろ終わりじゃ……」
楽しかった時間を惜しむようにシールは呟いた。
ヴゥン____
シールが加護を発動する。
「っ!?」
二人の身体が強引に引き寄せられた。
空間そのものが歪む。
そして、巨大な盾が叩き込まれた。
ドオオオォォォォォ______ォン
二人まとめて地面へ叩きつけられ。
大地が割れた。
ギリ__
さらに、圧し潰そうと、両腕に力を籠めていく。
<切り……刻め……__アイ……ス……カッター…………>
力では抗えない。
少年はギリギリのところで耐えながらに詠唱した。
無数の氷刃が放たれ、シールへと襲いかかる。
それを防ごうと盾を構えなおして、それらを弾く。
その一瞬、盾が離れた隙を突き、少年はサキュバスを抱えて距離を取った。
しかし、サキュバスはすでに意識を失い。
少年もまた体中の骨が砕け満身創痍だった。
銃撃の傷。
圧し潰された衝撃。
足元はふらつき、呼吸も荒い。
もう限界なのは明らかだった。
「なんだ……?」
少年が息を切らしながら呟く。
「空間が縮んだ……のか……?」
「あれだけで気がついたのか」
少年は見ていた。
加護の発動された瞬間、周囲の砂埃が舞う空間が湾曲したように動いていたことを。
そこから能力を推測したのだ。
「そうか……、指揮をとっていたのはお前だな?」
今の戦闘での的確な指示。
状況判断。
一度見ただけで能力を分析する観察眼。
そして、シールの動きへ対応してくる洞察力。
高い水準で持ち合わせている者はそう多くはないだろう。
「お前たちの連携は見事じゃ」
シールは認める。
「だが、まだ甘い」
女オーガを吹き飛ばされた時点で戦線は歪み始めていた。
壁で立て直そうとした判断自体は悪くない。
だが、甲冑兵が単独で止めに来た。
そこが決定的だった。
「他を捨ててでも、三人でワシを潰しに来るべきじゃったな」
もしシールを落とせていれば。
多少犠牲が出ようとも、ここまで戦線が崩れることはなかっただろう。
もう遅い。
七人いた仲間は、すでに四人が倒れている。
この状況から立て直すのは不可能だ。
満身創痍のまま立ち尽くす少年。
その前へ、剣士と女オーガが駆けつけた。
二人は少年を庇うようにシールの前へ立ちはだかる。
今にも飛びかからんばかりの殺気を放つ。
「二人とも……、逃げるぞ……」
それを制したのは少年だった。
呼吸は荒い。
身体もふらついている。
すでに限界が近いのだろう。
だが、その目だけはまだ死んでいなかった。
冷静に戦況を見ている。
加護の力。
倒れた仲間たち。
周囲を埋める軍勢。
どれを取ったとしても分が悪いはずだ。
それをこの場で誰より理解していた。
剣士と女オーガがここへ来られたということは、
包囲していた軍勢を突破してきたということ。
ならば、その突破力に賭け、一気に戦線を離脱する。
導き出した結論としては最善だろう。
「賢明な判断だな」
シールは巨大な盾を構える。
「だが、逃がすと思うのか?」
逃がすつもりなどない。
それを理解した女オーガが地面を踏み砕きながら突っ込んだ。
ゴォォン____
振り下ろされた鉈を、シールは盾で受け止める。
凄まじい衝撃。
土人族にも負けないオーガ特有の怪力だ。
周囲の地面が陥没し、砕けた岩片が吹き飛んだ。
直後、剣士が死角へ潜り込んでいた。
ガギィッ__
炎を纏った斬撃。
シールはその殺気を即座に察知する。
もう一枚の盾を滑り込ませ、寸前で受け止めた。
火花が散る。
シールはそのまま突進し、剣士を押し潰そうとする。
剣士は横へ飛び退き躱した。
反撃の隙。
今度は女オーガが巨大な鉈を振り抜く。
ガァン____
盾で受けるが、女オーガの狙いは単純なものではなかった。
「っ!?」
女オーガはそこで鉈を手放した。
そのまま両腕で盾へ組みつく。
純粋な力比べ。
女オーガの力はシールほどではない。
だが、巨体と怪力によって、シールの動きを止めるには十分だった。
女オーガの背を踏み台にし、剣士が跳び上がる。
上段から振り下ろされる炎剣。
狙いは首。
シールを捉えた。
そう思われたのも束の間。
「甘いわ!!」
魔力を腕に集中させ、強引に女オーガの身体を持ち上げた。
そして、そのまま剣士へと叩きつける。
二人の身体が激突した。
剣士は即座に受け身を取る。
女オーガも地面を転がりながら立ち上がった。
どちらも止まらない。
再び前へ出る。
二人の連携は見事だった。
女オーガが正面から圧力をかける。
その隙を剣士が斬りかかる。
さらに、剣士へ意識を向ければ、今度は女オーガの一撃が飛んでくる。
呼吸を合わせた攻防。
己の長所を活かすような戦い方。
シールほどの実力者ですら、容易く崩せなかった。
戦況はほぼ拮抗していた。
「やはり強いな! ならば!!」
シールが魔力を籠めると、周囲の空間が歪む。
少年の剣士と同じだ。
加護により引き寄せて、圧倒的な質量と膂力で圧し潰す。
単純、だからこそ強力な戦い方だった。
あの対応力に優れた少年でさえ、躱すことは適わなかった。
ヴゥン____
剣士の身体が強引に引き寄せられた。
狙うべきは剣士だ。
女オーガの硬さは厄介。
あの巨体と耐久力を正面から崩すのは、シールでも容易ではない。
対して剣士は違う。
攻撃さえ届けば確実に削れる。
だからこそ、先に落とすべきは剣士だった。
だが、引き寄せられる剣士との間。
そこに女オーガが割り込んだ。
盾を構え、地面を砕きながら踏み込む。
シールの巨体が迫る。
ゴォォォ____ォン
激突。
女オーガの巨体が押し込まれる。
だが、踏み止まった。
両脚を地面へ食い込ませ、真正面から受け止める。
その影から。
剣士が再び姿を見せる。
炎を纏った刃が、シールの脇腹を狙う。
シールは全身へ魔力を巡らせた。
次の瞬間、地面を抉るように回転する。
ゴガガガガガァァァ____
その遠心力と質量が土砂を巻き上げながら、
抉れた地面ごと、二人を強引に弾き飛ばした。
それだけでは終わらない。
シールは即座に加護を重ねた。
空間を歪ませながら、盾を剣士へと向ける。
女オーガも異常だった。
巨体とは思えぬ速度で身を翻し、地面を蹴る。
強引に剣士との間へと再び飛び込んだ。
間に入ることで、
引き寄せられたとしても攻撃を肩代わりできる。
そう考えたのだろう。
だが、シールとの距離が開く。
女オーガは剣士ごと後方へ吹き飛ばされていた。
ゴガアァァァ________ァァン
背後の大岩へ、剣士ごと勢いよく叩きつけられる。
女オーガの巨体に押し潰され、剣士の口から血が噴き出した。
「がはっ」
ついに連携に綻びが生まれた。
「そこじゃ!!」
シールが踏み込む。
加護によりその重量が次第に加速されていく。
巨大な盾を真正面へ構え。
剣士を押し潰している女オーガごと、さらに大岩へと叩き込んだ。
ゴォォォォォ______ン
轟音。
岩壁が砕け散る。
衝撃と共に、剣士の身体が吹き飛ばされた。
地面を何度も転がり、血を撒き散らしながら叩きつけられる。
「ぐっ……!」
さらに、吹き飛んだ女オーガへシールが追撃する。
巨大な盾を振り下ろし、そのまま圧し潰すように押さえつけた。
「終わりじゃな」
シールは倒れた剣士へ視線を向ける。
片腕と足は、不自然な方向へ折れ曲がっていた。
さらに、押し潰された衝撃で骨が肺へ刺さったのか。
剣士は呼吸をするたび、苦しげに血を吐いている。
「お主の剣の腕は見事じゃった」
剣士の技術は高かった。
少年以上に一撃は重く、それでいて鋭い。
そして、甲冑兵以上に、その動きは洗練されていた。
おそらく、純粋な剣技だけなら二人よりも頭一つ抜けていただろう。
「だが、相性が悪かったな」
少年のように、立ち回りでシールの防御を掻い潜れるわけではない。
甲冑兵のように、防御ごと叩き割る膂力もない。
シールの防御術を崩し切る決定打を持っていなかった。
「お主もじゃ」
ドゴォォォォ______
女オーガに、幾度となく盾が叩き込まれる。
一撃、二撃、三撃____
その度に地面が割れ、衝撃が周囲へ走る。
幾度となく蓄積していたダメージが、ついに限界へ達し始めていた。
シールが片腕を振り上げ、抑える力を弱めた一瞬。
何とか押し返し、抜け出した。
直様、距離を取るが、動きが目に見えて鈍くなっている。
女オーガは辺りを見渡す。
追いついた重装兵たちが、すでに周囲を包囲していた。
逃げられない。
シールはトドメを刺そうと近づいた__。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
ミルは話を聞いて、どう思った?
……ラット。
ん?
……少年。
ミルも気づいた?
……トゥーロ。
そうだね。
氷の剣は僕たちとの戦いでも使っていたからね。
……珍しい。
うん。
氷魔法は複合魔法だからね。
……複合魔法?
複合魔法はいくつかの属性の魔力を組み合わせて発動する魔法だよ。
使える人はかなり少ないんだ。
……知らなかった。
まあ、少なすぎて複合魔法って言葉自体が正式なものじゃないからね。
使える人が便宜上そう呼んでいるだけなんだ。
……ん。
それと、トゥーロだと思った理由はもう一つある。
……動き?
そう。
シールの盾を抜けていたでしょ?
……ん。
普通なら、あの隙間を通すなんて無理だと思う。
だから、きっと予見したんだよ。
トゥーロ……すごい。
そうだね。
敵に回したくない相手だよ。
……もう敵。
……。
……。
次回は、決着です。
……よろしく。




