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第93話 肉の匂いに誘われて


 地のエルデラント__。


 この国は、広大な岩山地帯と荒野を中心に形成された国である。国土には切り立った山脈や巨大な峡谷が数多く存在し、砂漠や岩場が広がる一方で、生命力に満ちた大地に育まれた豊かな森も点在している。


 地の大精霊の影響が強く、豊富な鉱物資源と肥沃な大地に恵まれている。そのため鍛冶や加工技術は他国を大きく上回り、優れた装備や建築技術を数多く生み出してきた。


 ものづくりを得意とする土人族ドワーフ鉱石族ストーンフォークが多く暮らしており、国全体に職人文化が深く根付いている。


 近年では勇界ヴァリオンから伝わったとされる〝科学〟を取り入れたことで急速な発展を遂げている。火薬を用いた装備、鉄の装甲で覆われた車両などが次々と開発され、戦場の在り方さえ変え始めていた。技術水準はまだ発展途上ながら、その軍事力は他国を圧倒しており、戦争になれば現在もっとも強大な力を有する国と評する者も少なくない。



「いや~、長かったな~。ブルンネンを出て三月! や~っと地の国の中心まで到着したか~」


 一行は地の国の王都である要塞都市へ向かう道中、地の国の中心部に位置する〝岩路の街フェルゼン〟へ立ち寄っていた。


「この街は地の国って感じがするな!」


 ラットたちは水の国から〝創造の都フェルト〟という町を経由してきた。この町は水の国との国境にあることで水源に恵まれ、地の国の土壌の豊かさとも相まって、畑などの食物が盛んな町であった。


「リオン、フェルトの皆さんに失礼だよ!」


 地の国は他の国から見ると、岩山地帯と荒野というイメージが強いため、リオンがそう形容するのも無理はない。


「確かにな! そういうつもりじゃなかったんだ。気をつけるよ」


 生命力に満ちた大地に育まれた畑。それにより作られた野菜などはまさに絶品だ。フェルトもまた、地の国を代表する町といっても過言ではないだろう。


「それにしても、ようやく肉にありつけそうだな!!」


 森人族エルフ妖精族フェアリは肉を食べないため、水の国では肉料理はほとんど出回らない。さまざまな種族が集まるブルンネンには多少あったものの、やはり水の国ということだけあって種類は限られた。


 さらに、立ち寄ったフェルトは野菜料理で有名な町だ。肉料理が恋しいのはリオンだけではない。


「そうだね! 水の国に転移してから五月。ブルンネンでは肉も多少は食べられたけど、そろそろがっつりとした肉料理を食べたいよね」


「チーズをたっぷり乗せてだろ?」


「よくわかったね」


「さすがに旅も長いからな。お前ら二人の好みくらいわかるっての」


「リオンは肉料理好きなのに、あまり食べれなくて残念だったね」


「そうなんだよ。さっそく食事処にいこうぜ!」


「好きなだけ食べなよ」


「よっしゃ! やってやるぜぇ!!」


 リオンは拳を握りしめた。気合十分なリオンを見て、ラットは苦笑する。


「ラット……」


「ミルはミルクだよね!!」


「……ん」


「ミルクも肉ほどじゃないにしろ、道中切らしてから、しばらく経つしね。好きなだけ飲みなよ」


 ふふん__


 普段よりもわずかに鼻息を荒くしながら、ミルも相当楽しみにしているようだった。


 三人は長い旅路で食に飢えていた。

 肉、チーズ、そしてミルク。


 長い旅の間、思うように口にできなかったものばかりだ。

 自然と足取りも軽くなる。



「それにしてもこの町って、ほんと〝岩〟って感じだよな」


 食事処へ向かう道中、リオンが辺りを見回しながら呟いた。



 ここは〝岩路の街フェルゼン〟___。


 地の国の各地を結ぶ交通の要所であり、多くの街や鉱山都市を繋ぐ中継地点でもある。街道には荷車が絶えず行き交い、商人や運送業者、職人たちの姿が朝から晩まで途切れることはない。


 街並みは地の国らしく、堅牢な石造りの建物で統一されていた。無駄な装飾は少なく、倉庫や工房、宿屋が機能性を重視して整然と並んでいる。通りも広く造られており、大型の輸送車両や荷車同士がすれ違っても支障がない。



「ここはね。地の国の流通の拠点なんだよ。だから、荷車とかが通りやすいように、街中はすべて石畳でつくられているんだ」


「確かに、街並みも綺麗に並んでるしな」


「そうそう。全部流通の為だね」



 街の各所には荷物の積み下ろし場や共同倉庫が設けられ、それらを繋ぐように石畳の道路が張り巡らされていた。ここでは人の流れよりも、物の流れの方が重要視されている。鉱石、木材、食料、魔導機械。地の国で生産された様々な品々がこの街を経由し、各地へ運ばれていく。


 だからこそ、フェルゼンは華やかな観光都市ではない。しかし、この街の物流が止まれば、地の国全体の流通にも大きな影響が出る。フェルゼンはまさに地の国を支える心臓と呼ぶべき街だ。



「おい、あれって魔導車ってやつか?」


「勇界から伝わった科学でつくられた乗り物だね。魔力は使われてないんだよ」


 車輪を軋ませながら進む魔導車は、荷台に大量の資材を積んでいる。


 それを引く馬も魔物もいない。


 にも関わらず、重そうな荷物を載せたまま軽快に走っていた。


「へぇ……。はじめて見たぜ」


「ああいうのにも鍛冶の技術が使われているからね。修行することになったら、リオンも関わることになるかも!」


「勉強になるぜ。ちゃんと見ておかねぇとな」


 興味深そうに魔導車を眺めていたリオンは、ふとあることに気づく。


「なんか魔導機械アーティファクトに似てるよな?」


「……ん。科学の知識も使ってる……」


「そうか。組み合わせたものだから、似てて当然か」


 リオンはすぐさま納得した。


 そんな話をしながら歩いているうちに、一行は食事処が軒を連ねる通りへと辿り着いた。


 石造りの建物が並ぶ通りは多くの人々で賑わい、店先からは香ばしい匂いが漂ってくる。


「おおっ!」


 リオンの目が輝いた。


 綺麗な景色があるわけでもない。

 これといった特産品もない。


 観光名所として名が知られている街ではなかった。

 だが、交易の要所であることから、街は常に人が行き交い、活気に満ちていた。


「土人族に、鉱石族。地の国ってだけあってやっぱり多いな。獣人族ビースタルも結構いるか?」


 地の国ということもあり、土人族や鉱石族の姿が特に目立つ。

 次いで多いのは獣人族だ。


 獣人族の首都は風の国にあるものの、種族によっては地の国の環境の方が適していることもあり、移り住む者も少なくない。


「それで。どこに入るよ?」


「実はここには来たことがあってね。肉料理ならあの店がおすすめだよ」


 ラットが指差した先には、大きな看板を掲げた店があった。


「あれって酒場じゃないか?」


「土人族は酒に強い種族だからね。この辺りは酒場が食堂も兼ねてることが多いんだよ」


「なるほどな」


 酒場へ入ると、昼間だというのに飲んだくれている者が大勢いた。

 この光景もまた、この国では珍しくない。


 一行は空いている席へ座り、食事を注文した。


「さっそく肉だな!」



 しばらくして運ばれてきたのは、大皿に盛られた豪快な肉料理だった。


 こんがりと焼かれた分厚い肉からは香ばしい匂いが立ち昇り、表面には肉汁が艶やかに浮いている。


 ジュワァァァ______


 脇には焼き野菜や香草が添えられ、熱せられた鉄板の上では脂が弾けて小気味よい音を鳴らしていた。


 運ばれてきた料理を前に、リオンが嬉しそうな声を上げる。


「見ろよ、この厚さ!」


 待ちきれない様子で肉へナイフを入れる。

 すると、切り口から透明な肉汁が溢れ出した。


「おおっ、うまそう~~~!」


 長い旅路の末に辿り着いた、久しぶりの本格的な肉料理。

 その香りだけで、空腹がさらに刺激されるのだった。


 リオンは豪快に肉へかぶりついた。


「うめぇっ!!」


 勢いよく噛み締める。

 表面は香ばしく焼き上げられているが、中は驚くほど柔らかい。

 噛むたびに肉汁が溢れ出し、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。


「これだよこれ! こういうのを待ってたんだ!」


 次いでラットも一口運ぶ。


「んっ、おいしい!」


 肉そのものの旨味もさることながら、たっぷりとかけられたチーズとの相性が抜群だった。

 熱で溶けたチーズが肉へ絡みつき、コクのある味わいを生み出している。


「ここの店の肉料理へのこだわりは相変わらずだね!」


 そしてミルの前には、大きな木製のジョッキに注がれたミルクが置かれていた。

 大酒飲みの土人族が頻繁に利用する店だ。


 ミルクであっても、豪快にジョッキで提供されるのがこの店流だ。


「……!」


 ミルは目を輝かせる。

 両手でジョッキを抱えると、一気に口をつけた。


「……んっ」


 満足そうに頷く。


 味そのものは、ごく普通のミルクだ。

 だが、長い旅の間ずっと我慢してきたのだ。

 久しぶりに口にするミルクは、それだけで格別だった。


「……おいしい」


 さらに、ジョッキは大きい。

 普段なら少しずつ大事に飲むところだが、今日は違う。

 たっぷりと入ったミルクを、ミルは幸せそうに飲み続ける。

 その様子を見ているだけで、どれほど楽しみにしていたのかが伝わってきた。



 三人が食事を堪能していると、不意にラットの耳へ別の会話が飛び込んできた。


(おい、勇者パーティのシールが来てるらしいぞ)


(なんじゃと? 前に大怪我負ったって話じゃなかったか?)


(ああ。療養中だったはずなんじゃがな)


(火の国との国境付近で大軍が見つかったらしい。それで軍を率いてやって来たそうじゃ)


(まだ本調子じゃねぇんだろ? 無茶しおるな)


(はっ、だからこそシールなんじゃろ)


(違ぇねぇ)


(まったく、とんだ働き者じゃ)



 それを聞いて、ラットは思わず振り返った。


「すみません」


 会話をしていた男たちへ声をかける。


「シールさんがこの街にいるというのは本当ですか?」


「ああ、本当だぞ」


 男はジョッキを傾けながら気さくに答えた。


「西門の近くに軍が集まっとる。行ってみりゃすぐ分かるわ」


「ありがとうございます」


「礼なんぞいらん。気ぃつけて行けよ」


 食事を終えた一行は、そのまま西門へ向かうことにした。



 思いがけない幸運だった。


 まさか、ここでシールに出会えるなんて。



 ラットは懐かしさを覚えながら、かつての仲間のもとへと向かった____。



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


リオンだ!


リオンは五章後半、出番が少なくて残念だったね。


そうだな……


まさか、あんなことになるとは思わなかったぜ。


油断は禁物ってことだね。


ああ。

次からは気をつけるよ。


それにしても、フェルゼンは交易が盛んだよな。

なんだか王都を思い出すぜ。


そろそろ懐かしくなってきた?


少しな。

でも、それ以上に夢の地へ近づいてきたって感じがしてるよ。


目指すは地の国の王都だもんね。

小さな集落はあると思うけど、大きな街としてはここが最後かな。


そう聞くと、ますます気合いが入るぜ。


いいね。


魔導機械づくりの手伝いも、そろそろ大詰めだからな!

どんどん持って来いよ!!


いいの?


もちろんだ!!


実は、まだこれだけあるんだけど……


……


……


うん、無理だ!


ははは……


やっぱり?


さすがに量がおかしいだろ!?


じゃあ、特に重要なのだけお願いするね。


おう!

任せとけ!


次回は、リオンが意気投合するよ!


よろしくな!


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