第94話 鉄火の縁
シールの所在を聞いたラットたちは、西門へ向かっていた。
西門へ向かう道すがら。
リオンが興味深そうにラットへ視線を向けた。
「そういえば、そのシールさんってどんな人なんだ?」
勇者パーティの一員だが、それくらいしか知らないらしい。
たしかに、シールは人間族ではない。
王都にいたリオンは多少の噂を耳にした程度だろう。
ラットは少し考えながら答えた。
「土人族の中ではかなり珍しい人だよ」
「珍しい?」
「そう。まず体格が大きいんだ」
リオンが首を傾げる。
土人族といえば小柄でがっしりとした種族という印象が強い。
「人間族の大柄な冒険者くらいはあるかな」
「でかそうだな……。それ本当に土人族なのか?」
「ちゃんと土人族だよ」
ラットは苦笑する。
「それに腕力も規格外なんだ」
「そりゃ、その体格ならな……」
リオンは呆れたように呟いた。
「たぶん想像してるよりずっと強いよ。あの体格で土人族特有の怪力まであるからね。腕力だけなら、人間族の冒険者の十倍近いと思っていいかな」
「つよっ!?」
リオンはつい言葉が漏れる。
「わたしより強そう……」
ミルも少し気になったようだ。
魔導機械人形であるミルも力は強いが、それを上回るだろう。
「純粋な力比べなら右に出る者はいないって言われてるからね」
「武器はなんなんだよ?」
「両手の大盾かな」
「盾? それも両手?」
「シールは盾使い(フォートレス)なんだよ。勇者パーティのタンク役をやってたんだ」
「タンク役ってことはあんまり攻めるタイプじゃないんだな。ま~、両手盾なら攻めようがないか……」
「そんなことないよ」
「……ん? どういうことだよ?」
「盾を使うってなると、普通なら守るだけなんだろうけど、シールはそれで殴るんだ」
「殴る!? 盾でか?」
「他にも体当たりしたり、盾で押し潰したりもするかな」
「なんか、脳筋だな……」
「それはあるかもね。一度決めたら我が道を行く猪突猛進な性格だから」
ラットは苦笑しながら頷いた。
「そういえば、防御ってことなら勇者さんも得意だよな」
リオンは以前、ヒーロの戦いを見たことがあった。
相手の攻撃を次々と受け流す姿が印象に残っていたのだろう。
「そうだね」
ラットは頷いた。
「ヒーロが技術で守るタイプなら、シールは純粋な硬さで押し切るタイプかな」
大盾を構えたシールの姿を思い浮かべる。
シールの守る姿は、まさに動く城塞だった。
ラットも幾度となく、その背中に助けられてきた。
「普段は土人族の首都にある騎士団で騎士団長をやってるんだよ」
「騎士団長か」
リオンが小さく呟く。
騎士団長。
それは、かつてリオンの亡き両親が務めていた役職でもあった。
リオンは少しだけ遠くを見るような目をしている。
何か思うところがあったのかもしれない。
「うん。だから今回も呼ばれたんだと思う」
火の国との国境。
大軍の目撃情報。
状況を考えれば、シールが出てくるのも不思議ではない。
「でも怪我してるんだろ?」
リオンが眉をひそめる。
「本当なら休んでた方がいいと思うんだけどね」
ラットもそう思っていた。
「たぶん本人が聞かないんじゃないかな」
苦笑混じりに続ける。
「休めって言われても、自分が行くって言うのがシールだからね」
リオンは少し考えた。
「なんかミルに似てるな」
ぽつりと呟いた。
「……わたし?」
「おう」
リオンはあっさり頷いた。
「ミルクのことになったら周り見えなくなるし、やるって決めたら止まらねぇしな」
ミルは少し考え込んだ。
そして、ラットを見つめる。
「ラット……」
「ん?」
「わたし……似てる?」
無表情だった。
だからこそ、褒められていると思っているのか。
それとも不服なのか。
全く分からない。
ラットは少しだけ視線を泳がせた。
「えっと……」
じーーーーーーーーーー
ミルはじっと答えを待っている。
どう返すべきか。
ラットの額から汗がひたりと落ちた。
*
西門の近くへ到着すると、そこはすでに慌ただしい空気に包まれていた。
荷車や兵員が絶えず行き交い、各所では武器や防具の整備、補給物資の確認が行われている。進軍途中の軍が、この街で態勢を立て直しているようだった。
「すごい人数だな……」
リオンが辺りを見回した。
ラットたちは軍の陣地へ近づく。
だが。
「止まれぇ!」
入口を守る兵士が斧を向けた。
「ここから先は軍関係者以外立入禁止だ」
「シールさんに用があるんです。知り合いなんですが」
兵士は怪訝そうに眉をひそめた。
「お前みたいな若造が団長の知り合い?」
そして鼻で笑う。
「はっはぁ、そんなわけないだろぉ。団長の人間族の知り合いなんて勇者様くらいだ!」
ラットの容姿を見て、兵士はまるで信用していないようだった。
実際、ラットの存在は世間に広く知られているわけではない。
それに人間族の知り合いが少ないのも確かだ。
まして、この状況。
怪しい者を簡単に通せないのも当然なのかもしれない。
「それに今は休まれているんだ」
噂では怪我から完全に回復していない。
余計な手間を増やしたくないのだろう。
「さっさと帰れ」
ラットたちは結局追い返されることになった。
「どうする?」
少し離れた場所でリオンが尋ねる。
「出直すしかないかな……」
ラットは小さく息を吐いた。
兵士の言い分も誤りではない。
少なくともシールは無事なのだろう。
無理に押し通ろうとすれば、余計な騒ぎになるだけだ。
急ぎの用というわけでもない。
いったん時間を置き、改めて取り次いでもらえる状況を待つしかなさそうだった。
その時だ。
「小僧っ!」
低い声が聞こえる。
「その剣、ちょっと見せてくれんか?」
振り返ると、一人の老土人族が立っていた。
視線はリオンの腰の剣へ向いている。
「剣? これか?」
リオンは首を傾げながらも手渡した。
老土人族は慣れた手つきで剣を持ち上げる。
重さを確かめ。
重心を確認し。
刃を眺める。
「ほう……」
感心したように唸った。
「一般的な剣とは重心が違うな」
何度か振ってみる。
「だが悪くない。使い手の手に馴染むよう、よく調整されておる」
老土人族は剣から目を離さない。
「小僧……」
「ん?」
「この剣をどこで……。いや……」
老土人族はリオンの手を見る。
「この剣を打ったのはお前か?」
「そうだけど……」
火に強い作業着。
焼けた鉄の匂い。
そして手のひら。
そこには鍛冶を繰り返した者特有の硬いマメがあった。
「やはりそうか。その手を見れば分かる」
老土人族は頷く。
「しかも、お前、相当鍛えておるな」
リオンは少し嬉しそうだった。
「分かるのか?」
「ああ、分かるとも。今までに何人も見てきたからな」
同業者だからこそ見抜けるものがある。
話しているうちに、リオンは自然と自分の夢を語っていた。
最高の武器を作りたいこと。
そのために様々な知識を学んでいること。
何度も失敗を繰り返してきたこと。
使い手の気持ちを知るために剣術まで学んだこと。
ハッハッハッ____
それを聞きながら、老土人族は笑っていた。
そして、これから本場の土人族の王都〝アートベーベン〟で修行したいことを伝えた。
「そうか……」
老土人族は静かに答えた。
先ほどまでの表情とは一転して、どこか寂しそうだった。
まるでなにか思い出したような……。
だが、次の瞬間にはまた表情が変わる。
「気に入った!」
豪快に笑った。
「お前、面白い奴じゃな!!」
そして、ラットたちを見る。
「シールに会いたいんじゃろ?」
「え?」
「見ておったぞ。ワシはあやつの武器や防具を整備しておるからの」
つまりは専属の職人のような立場だった。
「これから会う。伝えておいてやるわ」
「ありがとうございます!」
ラットはすぐに頭を下げた。
「〝ラット・クリアノート〟と言えば、伝わると思います」
「ラット? 分かった」
老土人族は頷いた。
「しばらくしたらまた来るといい。通してくれるはずじゃ」
老土人族は、そう言って軍の陣地へと入っていった。
*
それから一行は街へと戻った。
しばらく時間を潰し、改めて訪れるつもりだった。
だが。
「いたっ! お前さんら!!」
突然、怒鳴るような声が響いた。
ラットたちは振り返る。
そこには先ほどラットたちを追い返した土人族の兵士がいた。
息を切らしながら、こちらへ駆け寄ってくる。
「やっと見つけたわい……!」
「どうしたんですか?」
ラットが尋ねる。
兵士は肩で息をしながら答えた。
「お前さん、本当に団長の知り合いだったのか!?」
「え?」
「しかも、一緒に戦った仲間だと!?」
兵士は頭を抱える。
「勝手に追い返しただろって、めちゃくちゃ怒鳴られたんじゃ!」
かなり街中を探し回ったのだろう。
額には汗が滲み、疲労の色も濃い。
「見つけるまで戻ってくるなって言われてな……」
兵士は深くため息を吐く。
「頼むから来てくれ。団長がお待ちだ」
そして、ラットたちは軍の陣地へと案内された。
陣地の奥へとラットたちは進んでいく。
周囲では兵士たちが慌ただしく行き交っていた。
その中を進むラットたちへ、事情を知らない兵士たちの視線が集まる。
人間族。
土人族で構成された軍の陣地には場違いな存在に見えるのだろう。
訝しげな視線や、不思議そうな視線が向けられていた。
やがて。
ラットたちは陣地の最奥へとたどり着く。
たどり着いたその先には。
勇者パーティの盾、シールが待っていた______。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
とうとうシールと会えるね。
……ん。
本当は最初の目的地だったんだけど、ここまで長かった気がするよ。
……ん。
風の国を出て、水の国を回って。
いろんな人に会ったもんね。
……ん。
それでもようやくここまで来たんだ。
……ラット。
どうしたの?
わたし……似てる?
あ、シールと?
……ん。
……
……
ミルはシールと似てるって言われたら嬉しい?
……わからない。
そっか。
……似てるところもあるかな。
……どこ?
ミルは、ミルクのことになると夢中になるでしょ?
そういうところは少し似てるかも。
シールも一度こうと決めたら一直線。
猪突猛進なところがあるんだよ。
……夢中になるところ?
うん。
でも……
やっぱり少し違うかも。
……なにが?
ミルのはもう少し……
……?
……可愛いかなって。
……
……
……ラット、聞こえなかった。
……なんでもないよ。
……聞こえなかった。
次回は、シール登場です。
……聞こえなかった。




