第92話 束の間の仲間たち
全員が怪我や疲労困憊の状態だったため、ラットたちはさらに数日間、この街で休息を取ることになった。
ミルは療養しながら、図書館に保管されていた博士の資料を読んでいた。
それは完成品の設計図ではない。
構想段階の古い資料だった。
今のミルから見れば、技術的に目新しいものはほとんどない。
新たな発見もなかった。
だが、一つだけ分かったことがある。
博士はこの段階から、すでに今のミルを思い描いていたということだ。
食事をとれるようにする。
睡眠をとれるようにする。
時間と共に成長し、歳を重ねる。
誰かと笑い、悩み、日々を過ごす。
そんな当たり前の生活を送れるように。
資料の至るところに、そのための試行錯誤が記されていた。
効率だけを求めるなら不要な機能も多かっただろう。
それでも博士は、それらを必要だと考えていた。
ミルには普通に生活してほしい。
普通の人間のように生きてほしい。
そんな願いが込められていたことを、ミルは知った。
資料へ視線を落とす。
何度も読んだページだった。
内容はすでに覚えている。
それでも、ミルは再びそのページを開く。
静かな図書館の中。
ミルは何度も何度も資料を読み返していた。
*
ラットは、リタとトゥーロたちの関係について気になり、アリエスに尋ねてみた。
だが、アリエスもトゥーロたちについては詳しく聞かされていないようだった。
そこで少し調べてもらうことにした。
アリエスはリタが世話になっていた博士の元を訪ねた。
その博士は俗世にほとんど興味を示さない変わり者で、自身の教え子であるリタに対しても放任主義だったという。
そのため、トゥーロたちとの繋がりについては分からなかった。
ただ、一つだけ分かったことがある。
リタは力を求めていた。
そのために博士の元を訪れ、短い期間ではあったが、いくつもの講義を受けて魔力や魔法について学んでいたらしい。
リタについて分かったことはそれくらいだった。
一方で、リタがいなくなったことにより、周囲に少なからず変化があった。
リタが突然姿を消したことで、最も落ち込んでいたのはポニだった。
数日間はずっと上の空で、授業にも身が入っていなかったらしい。
そんなポニを支えていたのは、かつてポニに嫌がらせをしていた森人族の三人だった。
アリエスがそばにいられない時は、三人が代わりに一緒に過ごしていたという。
講義についても手助けしてくれていたらしい。
そのおかげもあってか、ポニも少しずつ元気を取り戻しつつあった。
*
それから数日後。
「すごいわね……」
アリエスは感心したようにミルを見た。
「体のあちこちが壊れかけているように見えたのに……」
今のミルは普段とほとんど変わらない。
少なくとも外見上はそう見える。
「もう完全に治ってるんじゃないの?」
「魔力をたくさん……取り込んだから…………」
ミルは小さく答えた。
暴走の際に吸収した膨大な魔力。
その影響で体内のナノマシンが通常以上に活性化したらしい。
おかげで修復速度も大幅に向上した。
とはいえ。
無理をした事実は変わらない。
内部回路には負荷が残っており、しばらくは本来の性能を発揮できないそうだ。
「あと少し性能もあげた……」
ミルはナノマシンによって回復したとはいえ、状態を把握するために、体全体を整備していた。
その際、
今回の戦いで反省したこと。
講義で学んだこと。
これらを元に新たに自身の性能を調整し、向上させたようだ。
「さすが、腕がいいわね」
アリエスが感心する。
「……ふふん」
ミルは少しだけ胸を張った。
そんな二人を見ながら、アリエスは隣へ視線を移す。
「それに比べて、あんたは……」
リオンがぎくりと肩を震わせた。
「仕方ないだろ!」
即座に反論する。
「直前まで楽しく話してた女の子に、出会った瞬間ぶん殴られるなんて思わないじゃん!」
あの時のことを思い出したのか、リオンは頭を押さえる。
ラットは苦笑した。
「そう言いつつ、しっかり反応してたけどね」
「え?」
「あれだけ魔力をこめられた杖だから……」
ラットは真面目な顔になる。
「まともに受けてたら、上半身はなくなってたと思うよ」
リオンは咄嗟に受け流していたからこそ、怪我だけで済んだ。
物理防御も魔力防御も無しで、不意打ちを受けていたら、本当に危険な状態だったのだ。
リオンの表情が固まる。
「おい、怖いこと言うなよ」
「事実だから」
「余計怖いわ!」
アリエスが吹き出す。
だがラットは続けた。
「というか、リオンがいなかったら僕も危なかったかな」
「そうなのか?」
ラットは反応こそできていた。
だが、魔力量が桁外れだった。
もしそれを防御していたら、その上から致命傷を与えられていただろう。
ラットの手助けができたことに、リオンは少し照れたような顔をした。
「それでも油断は禁物だよ。お互いに気をつけよう」
世界には暗殺者もいる。
擬態する魔物もいる。
一瞬の油断が命取りになることがあるのがこの世界だ。
「分かってるよ……」
リオンは苦笑いした。
そのときだ。
アリエスが何かを思い出したようにポニを見る。
「……そういえば」
「はい?」
「あんたの言ってた〝わんちゃん〟って、フェンリルだったの?」
「そうだよ」
ポニの代わりにラットが答えた。
ラットはポニを経由していたため、ちゃんと伝わっていないことを即座に察した。
アリエスは頭を抱えた。
リタは知っていたが、アリエスは今まで事情を知らなかったのである。
「私、あの状況だったから突っ込まなかったけど……」
アリエスは深くため息を吐く。
「あの状況じゃなかったら大騒ぎになってるわよ」
魔獣兵器。
そんなものが街中をうろついていたら、大騒ぎになることは容易に想像がつく。
「使役士としての才能が段違いじゃない」
人間族で精霊魔法を使えるだけでも珍しいのに。
フェンリルに、
巨大ゴーレム____。
ちょっとした町や村を攻め落とすことができる戦力だ。
ポニはあまり理解できていなさそうだが、照れくさそうに笑っていた。
「定期便が来るまで時間もあるし、他にも召喚士向けの付与魔法はあるから、教えてあげるわね」
魔物に乗る時に落ちにくくする魔法。
魔物の動きに対して、体への負担を減らす魔法。
水中で呼吸をするための魔法。
召喚魔法以外にも便利な魔法はまだまだある。
「そういえば、あのゴーレムっていったいなんだったの?」
ラットは見慣れないものに目を輝かせた。
あの通常の倍近くある巨体。
そして造形。
こだわりを感じたからだ。
「学園で研究されてたものと、ポニが契約したのよ」
リタは経緯を説明した。
あの巨大ゴーレムは研究されていたものだと。
そして、ポニは伝えられていた。
好きな時に使っていいと。
召喚魔法によって一時的に呼び出し。
役目を終えれば元の場所へ戻る。
魔力供給が続く間だけポニの元に召喚できるようにしたのだという。
「やはりそうだったんだね。ぜひ一度お話してみたい!!」
ラットは思わず身を乗り出した。
強力な武器だからではない。
世界最大のゴーレム。
加護級の力を受けても完全には破壊されないほどの耐久性を持つ。
既存のそれを遥かに超えようとする探究心。
人の知恵と技術を積み重ね、常識では不可能と思われるものを形にしているからだ。
どうやって作ったのか。
どんな発想で生み出したのか。
どんな失敗を積み重ねて完成させたのか。
強く興味を惹かれた。
ラットが感じた通り、その巨大ゴーレムにはロマンが詰め込まれていた。
「どんな人たちなんだろう……」
そして、その興味は開発者たちにも向けられた。
「そういえば、戻ってきたゴーレムを見た研究者たち、膝から崩れ落ちてたわね」
暴走を止めた後、
ゴーレムの様子が気になったポニは、アリエスと共に研究者たちの元を訪れていた。
先に召喚を解除され戻ってきていた巨大ゴーレムを見た研究者たちは、その場で膝から崩れ落ちていたという。
全身は傷だらけ。
一部は大きく欠損し、誰が見ても大破寸前だった。
当然の反応だろう。
長い年月と莫大な費用をかけて作り上げた成果が、目の前で無残な姿になっていたのだから。
だが、それは最初だけだった。
回収された戦闘記録を確認した途端、研究者たちの様子が一変した。
特級魔法を遥かに超える規模の衝撃。
神の力に匹敵するものとの接触。
それにもかかわらず、完全破壊されることなく戻ってきた。
うおおおぉぉぉ________
その事実を理解した瞬間。
今度は歓声を上げ始めたのだ。
中には机を叩いて喜ぶ者もいれば、涙ぐむ者までいたらしい。
損傷は大きい。
だが、それ以上に得られた成果が大きかった。
研究者たちにとっては、まさに理想的な実験結果だったのだろう。
アリエスはそのときの様子を、苦笑しながら語った。
「研究者ってすごいね!!」
ラットは感心したように叫んだ。
「そ、そうね……」
どうやらラットの熱量に少し圧倒されたらしい。
普段は冷静沈着なアリエスだが、そんな様子を見て、リオンとポニは思わず笑ってしまった。
アリエスは少し顔を赤らめて照れていた____。
*
そして、とうとうラット、ミル、リオンの三人が魔法都市を後にする日が訪れる。
街の門の前には、見送りに来たポニとアリエスの姿があった。
「ポニ……」
ラットは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「巻き込んで本当にごめんなさい。本当なら故郷まで送り届けたいんですが……」
本来ならこんな長い旅をする必要などなかったのだ。
それにも関わらず、ポニは命懸けで力を貸してくれた。
ラットの言葉に、ポニは首を横に振った。
「ううん」
そして、笑った。
「ずっと故郷に閉じこもっていたから……」
空を見上げる。
「全部が新鮮で楽しかったです」
はじめての旅。
立ち寄った町で見たもの。
出会った人たち。
経験した出来事。
どれも故郷では味わえないものだった。
「お友達もたくさんできました♪」
ポニは嬉しそうに微笑む。
その表情を見て、ラットも少し安心した。
続いてラットはアリエスへ向き直った。
「今回は本当にお世話になりました」
ラットは頭を下げる。
「それと……ポニのこと、よろしくお願いします」
「もう!! 急に丁寧にならないでよ。ポニのことなら任せて!」
アリエスは即答した。
どこか頼もしい笑みだった。
「友達だからね!」
そう言ってポニの頭を軽く撫でる。
ポニは少し照れくさそうに笑った。
そして、アリエスはミルへ視線を向けた。
「ミル!」
「……ん」
「私はヴィントシュティレっていう港町で魔法屋をやってるの! 旅が落ち着いたら立ち寄ってね」
アリエスは微笑んだ。
「きっと、また会いましょう」
ミルも小さく頷く。
「……うん」
短い返事だった。
だが、その声はどこか嬉しそうだった。
別れの挨拶を終え、一行は歩き出す。
少しずつ背中が遠ざかっていく。
アリエスはその姿を見送った。
そして、ふと思う。
(最後はリタを助けるのに必死で、それどころじゃなかったけど……)
あの時。
どこか高揚していた気がする。
仲間と共に戦い。
力を合わせて危機を乗り越える。
そんな経験は初めてだった____。
(冒険って、あんな感じなのかしら)
思わず苦笑する。
自分は、魔法職でありながらまともな攻撃魔法は使えない。
前線で戦うタイプでもない。
(私には縁のない話よね)
そう思う。
それなのに、ふと考えてしまう。
(もし、一緒に行きたいって言ったら……)
ラットたちはどう答えただろうか。
少なくとも。
断られる光景はなぜか思い浮かばなかった。
アリエスは小さく笑う。
(居心地のいいパーティーだったな)
だが、すぐに首を振った。
(私は、私のやるべきことをやらないと!!)
やるべきことがある。
友のために。
風の国へ戻る理由があった。
アリエスは遠ざかる一行の背中を見送る。
そして踵を返し、自らの進むべき道へと歩き出した______。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
アリエスよ。
ポニです♪
今回は、二人に来ていただきました。
ポニさんとはフルーテンから一緒に旅をしてきたから、やっぱり寂しくなるよ。
そうですね。
ミルもリオンも、きっと同じ気持ちだと思う。
……はい。
でも、一生のお別れってわけじゃないから。
また、ラインブリースにご飯を食べに行くね。
はい!
お待ちしてますね♪
リルくんも喜ぶと思います!
ははは。
アリエスも、ブルンネンではありがとう。
すごく助かったよ。
ラットとはずっと一緒だったわけじゃなかったけどね。
最後に一緒にリタを助けられてよかったわ。
はい。
僕もそう思います。
それと……。
風の国に戻ったら、ヴィントシュティレに顔を出しなさいよね!
もちろん、ミルも連れて。
必ず……。
約束よ?
約束します。
よろしい♪
なんだか、こうして話してると本当にお別れみたいだね。
また会えるわよ。
そうですね♪
うん。
また会おう。
次回は、新章です。
よろしくお願いします♪
よろしくね。




