第91話 双雄、それぞれの道
黒球が完全に封じられてからしばらくして、
空に浮かんでいたそれは完全に消滅した____。
あれほど濃密だった闇の魔力も、今ではほとんど感じられない。
残っているのは、戦いの爪痕だけだった。
「うっ、うぅ……ん」
リタの瞼がゆっくりと開いた。
ぼんやりとした視界。
まだ意識もはっきりとはしていない。
それでもゆっくりと体を起こす。
「リタちゃん!!」
ポニが駆け寄り、そのまま抱きついた。
「よかったぁぁ……!」
「ポ、ポニ……? どうしてここに……?」
リタは状況を飲み込めずにいたが、周囲の様子を見回し、何が起きたのかを察した。
「また……」
表情が曇る。
「あたし……暴走しちゃったの?」
誰もすぐには答えなかった。
「そうだ!」
静まり返る中、トゥーロだけがはっきりとそれを伝えた。
「そっか……」
リタは力なく笑う。
「やっぱり……あたしなんて…………」
「いやいやいやいやいやいやいや……、何をいってるんですか?」
ラットが言葉を遮り、リタが顔を上げる。
「リタさんの魔法は一級品でしたよ!」
潜在的な魔力量。
魔法の練度。
扱える魔法の多彩さ。
そう、間違いなくどれを取っても一級品だ。
ラットは本心からそう思った。
それに、それらはかつてラットが欲したものだった。
「正直、僕だけで渡り合えていたのが不思議なくらいですよ」
「あんた……」
憎んでいたはずだった。
仲間を傷つけられたと思い、敵対した相手だ。
それなのに、今は不思議とその感情は消えていた。
「それに……」
ラットが続けようとした時だった。
「余計なことを言うな!」
トゥーロが口を挟む。
「トゥーロ?」
「今回は協力したが、僕たちは敵同士だ。敵に手解きするな!」
そう言いながら、その視線はリタへ向けられている。
明らかに話の本題はそちらだった。
「おまえは早合点しすぎなんだ! なんで僕がこいつを恨んでいることになっているんだ。……………………………………………………………で………………………………………………………………………………………………………が…………………………………………………………………………………………………………」
「うっ……」
リタが肩をすくめ、黙って耳を傾ける。
「それに! 頭に血が上りやすい! むやみやたらに攻めすぎる! すぐに物量に頼ろうとする!! ……………………………………………………………で………………………………………………………………………………………………………が…………………………………………………………………………………………………………」
「ぐっ……」
トゥーロの説教は止まらない。
次第に顔がひきつり始める。
「なんだこの失態は? もっと冷静になれ! お前は……………………………………………………………で…………………………………………………………………………が…………………………………………………………………………………………………………」
「ぐぬぬ……」
トゥーロの愚痴はひたすらに続いた____
そして、
「もう分かったわよ!!!!」
ついに、リタは限界を迎えたようだ。
「そんなにガミガミ言わなくてもいいじゃない!!!」
顔を真っ赤にして叫んだ。
「あたしだって落ち込んでるんだから……」
トゥーロはそれを見て、小さくため息を吐く。
「そうだ。それでいい。反省はしても不必要に落ち込むな……」
今までの説教とは違う。
リタを責めるのではなく、前を向かせようとする言葉がトゥーロから零れた。
「こいつを見ろ!」
そして、唐突にラットを指差した。
「もっと冷静になって、周りを見るんだ」
それはトゥーロがラットを認めているからこその言葉でもあった。
「こいつがやったみたいに、攻撃以外のことも考えてみろ。やれることはあるはずだ」
リタはラットを見て、戦いを振り返る。
派手な魔法を使ったわけではない。
罠を張り、状況を読み、仲間を支え続けた。
その積み重ねが、自分たちを追い詰めたのだ。
「お前には力がある」
トゥーロの言葉に、リタは視線を戻す。
責めるような口調ではなかった。
ただ事実を述べるような声音だった。
「だが、力だけで勝てるほど戦いは単純じゃない」
トゥーロはラットへ視線を向ける。
「こいつはそれを証明した」
短い言葉だった。
「だからこそ、こいつは勇者パーティの一人としてこの場に立っているんだ」
ラットを認めるものは少ない。
だが、紛うことなく〝勇者パーティの一人〟であること。
それは敵であるトゥーロなりの評価だった。
「そうすれば、もっと強くなれる」
リタはしばらく黙り込んだ。
悔しさはある。
だが、不思議と反発する気にはならなかった。
戦ったからこそ分かる。
その言葉に嘘はないのだと。
「……うん」
小さく頷く。
先ほどまでの沈んだ表情は、少しだけ和らいでいた。
ラットも続ける。
「確かに僕たちは敵同士なのかもしれません」
そう言ってから、ミルたちへ視線を向けた。
「でも、少なくともあなたは……」
ラットはミルたちへ視線を向けた。
「ミルやポニ、アリエスの友達です」
リタの瞳が揺れる。
敵。味方____。
そんな単純な言葉だけでは片付けられない関係になっていた。
「それに、もう十分強いですよ」
ラットは微笑んだ。
「勇者パーティの魔法使い、エレやラピにも負けないくらいのポテンシャルはあると思います」
「二人を支えていた僕が保証します」
しばらく呆然としていたリタだったが。
少しだけ笑った。
「……ありがと」
その笑顔を見て、ポニも安心したように笑う。
アリエスも微笑む。
ミルも静かに頷いた。
トゥーロはそんな様子を見届けると、ラットへ向き直った。
「今回はリタが世話になった」
その言葉にラットたちが視線を向ける。
「前は油断が敗因だと思っていた」
トゥーロは苦笑する。
「だが今回は違う。仲間もいた」
二対二のぶつかり合い。
条件は同じだった。
「言い訳のしようもない完敗だ」
潔く認めた。
その表情に悔しさはあった。
だが、それ以上に清々しさがあった。
全力を出し切ったからこその敗北だった。
「だから今回は引く……」
トゥーロはラットとミルを見る。
「今度こそ勝ってやる」
「望むところですよ」
「それとミルっていったな。お前もだ。リタの友達だからといって容赦はしない」
「……負けない」
二人の言葉に、トゥーロは小さく口元を緩めた。
「それと、そのスクロールはくれてやる」
ラットは手に持っていた思考加速のスクロールを見た。
暴走を鎮静化させた際に、トゥーロの力をアリエスが付与したものだ。
「いいんですか? あなたの力ですよ?」
「ああ」
トゥーロはあっさりと頷く。
「スクロール自体は元々お前のものだからな。それにリタが世話になった詫びだ」
「あなた方の目的の妨げになるかもしれませんよ?」
だが、トゥーロは口元を緩めた。
「何を言っている」
どこか呆れたような声音だった。
「そんな偽物じゃない。こっちには本物があるんだぞ」
そう言って自分を指差す。
「それに同等のものは使わせただろ?」
今回の一件で、ラットは〝空間圧縮〟のスクロールを使用した。
それに代わるものとして、〝思考加速〟のスクロールなのだろう。
トゥーロはそう考えているようだった。
ラットは小さく笑う。
きっと、この男なりのけじめなのだろう。
敵ではある。
だが、借りを作ったままではいたくない。
そんな性格が見て取れた。
ラットはそれ以上言わなかった。
「そろそろ人も集まってきたな……」
辺りには、この騒動を聞きつけて集まってきた街の護衛隊の声が響き始めていた。
遠くでは住民たちのざわめきも聞こえる。
「僕たちはこの町を出る」
トゥーロは鞄から一本の笛__〝サモナーホイッスル〟を取り出した。
ピィィィィィィ____
高く澄んだ音が空へ響く。
しばらくして、巨大な影が空を横切った。
「ドラゴン……」
ラットは思わず呟く。
ドラゴンは翼を広げ、ゆっくりと降下してくる。
その背にはすでに一人。
フードを深く被った人物が乗っていた。
ラットはその人物を見つめる。
(……あれ?)
風に乗って、微かに香りが届く。
どこかで嗅いだことがあるような気がした。
(あの人は……?)
だが、確信する前に。
トゥーロとリタはドラゴンへ乗り込んでいた。
その場を去ろうとしたときだ。
「リタちゃんっ!!」
ポニが思わず声を上げる。
リタが振り返った。
「ポニ……」
視線が重なる。
暴走を止め、その後もずっと心配してくれていた友人だ。
その顔を見ていると、胸の奥が少しだけ熱くなった。
「元気でね……!」
ポニは笑おうとしていた。
けれど、どこか寂しそうだった。
リタはしばらく黙り込む。
何か言おうとして。
けれど上手く言葉にならない。
やがて。
「……ごめんね」
それが何を意味しているのかはわからない。
少なくともリタの表情は明るくはなかった。
リタは前を向いた。
ドラゴンが翼を広げる。
大きく羽ばたき、空へと舞い上がった。
強い風が吹き抜ける。
その姿は次第に小さくなっていく。
ポニはいつまでも手を振り続けた。
ミルも静かに手を振る。
アリエスもそれを見送った。
敵同士。
それは変わらない。
だけど。
それだけでは語れない繋がりが、確かにそこにはあった。
ラットは遠ざかるドラゴンを見上げながら、静かにそう思った____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
トゥーロだ。
なんとかなってよかったですね。
ああ。
恩に着る。
いえ、僕だけの力じゃありません。
皆さんの力を合わせて、やっとでした。
そうだな。
まさか、あれほどの力がリタさんに宿っているとは……。
……
そうですね。
本来は隠されていたんですよね。
まあな。
だが、今回はやむを得なかった。
でなければ、リタは……
リタさんだけじゃありませんね。
僕たちも命がかかっていましたから。
そうだな。
それでも止め切れなかった僕の責任でもある。
そうですか。
だから、あのスクロールはくれてやる。
いいんですか?
ああ、交換だ。
おまえに使わせたスクロールとな。
交換……
どうした?
交換というなら、放魔の水の原液って結構するんですよ?
……!?
そのあたりはどうします?
おい、近いぞ……。
でも、交換では?
……わかった。
ツケておいてくれ。
手持ちがないんだ。
はい!
ありがとうございます!!
……くっ。
とんだ痛手だ
次回は、お別れです。
……おまえ、なかなかやるな。
フフフ。




