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第90話 繋がれた活路

 ラットは完全にこの黒球の力を見誤っていた。


 いや、この黒球の勢いの増加がラットの想定を遥かに上回っていたと言えるだろう。

 それほどまでに、その増大速度は異常だった。


 だからこそ、最初に用意していた対策は底をつき、

 アリエスやミルの協力があったにも関わらず、

 未だ鎮静化には至っていない。


(考えろ……今、何ができる?)


 この近くには図書館がある。

 ここまで勢いを弱めたとはいえ、もし解放され暴発でもすれば、十分に巻き込まれるだろう。


 ミルは話していた〝博士の研究資料〟を見に行くと。

 亡き博士の遺した研究。

 その思い出ごと、このまま消されてしまうのか。


 いや、まだだ。

 まだ何かあるはずだ。

 何か……。


 ラットは鞄だけでなく、その場にいる全員へ意識を巡らせた。


 ミル。

 アリエス。

 ポニ。

 トゥーロ……。


 魔導機械人形ギアノイド

 付与魔法エンチャント

 召喚。

 王幹……。


 今までの出来事、話した内容を頭の中で並べていく。


「……付与魔法!?」


 ラットは顔を上げた。


「トゥーロ、アリエス。そのままで話を聞いて欲しいんだ」


 二人は黒球への対処を続けながらラットへ視線を向ける。


「何かいい方法があるのか?」


「一つだけ……。もしかしたらっていう方法が……。だから、二人にできるか訊きたいんだ」


 ラットは鞄から一枚のスクロールを取り出した。


「スクロール……?」


 トゥーロは疑問を隠せずにいる。

 一枚のスクロールでどうこうできる状況はとうに過ぎているのだから、もっともな反応だ。


「どんな魔法を使うつもりなの?」


 アリエスが眉をひそめる。


「いや、これは空のスクロールだよ」


「空の……?」


 トゥーロは怪訝そうな顔をした。


「そんなもの……、どうするんだ?」


「アリエスは魔法屋なんだよ」


 魔法屋とは、魔法に関わることを生業とする職業だ。

 特殊な魔法の魔導書を販売したり、武器へ魔法文字ルーンを刻んだりすることもある。


 そして、スクロールへ魔法を付与することができるのだ。


「トゥーロは今、リタと黒球に王幹で繋がっている状態だよね」


「ああ」


 トゥーロは頷いた。

 王幹による繋がりは今も維持されている。

 膨大な魔力はトゥーロへと流れ続けていた。


 ラットはさらに鞄から魔具を取り出す。


「これは〝マナリンク〟が付与された魔具だよ」



 __マナリンク。

 装備者同士で魔力を共有できる魔法。

 魔力量の少ない子供へ魔法を教える際などに利用されることが多い。

 高度な魔法ではあるが、あまり使い勝手のいいものではないため、

 利用するものは少ない。



 ラットはこの魔法都市へ来た際、魔力量の少ないリオンの助けになればと思い、この魔具を調達していた。


「この魔具をトゥーロとアリエスで身につけて」


 ラットは二人へ魔具を渡す。

 これを身につけることで、トゥーロへ流れ込んでいる魔力をアリエスも利用できるようになるというわけだ。


「なるほどね……」


 アリエスも少しずつラットの考えを察し始める。


「アリエス、今使っている特級魔法をこのスクロールへ付与できるかな?」


 スクロールの作成には二つの魔法が必要になる。


 付与される魔法。

 そして、付与する魔法。

 その二つだ。


 付与する側にも、付与される魔法と同等の魔力が必要となるため、実質、二倍近い魔力を消費する。

 それが上級や特級ともなれば、その消費量は莫大だ。


 今、均衡状態になっているのであれば、大量の魔力消費によって十分にこの均衡状態を崩すことができるだろう。


 だが__。


「ごめん。それは無理よ」


 アリエスは目を閉じて、申し訳なさそうに首を横へ振った。


 もしかしたらという賭けだった____。


 本来、魔法の同時使用は難易度が高い。

 アリエスは、すでにただでさえ使用が困難な特級魔法を発動している状態だ。

 黒球を拘束するため、今も膨大な魔力と集中力を使い続けている。

 さらに、二つの魔法を使用するなどということは不可能だった。


「……そう……だよね…………」


 ラットは表情を曇らせる。


 できる方がおかしいのだ。

 当然の結果だった。


「簡単な付与だけなら、……なんとかやれるとは思うけど……」


 それでもアリエスは少し考えた後、付け加える。

 今、発動している特級魔法そのものはすでに完成している。


 維持しながらであれば、簡単な付与魔法程度なら扱えるということだ。


「それじゃ大した魔力の消費にはならないと思うわ……」


 アリエス自身も歯痒そうだった。


 消費量もそうだが、

 付与魔法だけ使えても、付与するものがなければ意味がない。


 やっとのことで出てきた打開策なのに、決定打にはならない。


 そのときだった。


「……いや、可能性はある…………」


 声を上げたのはトゥーロだった。

 苦しげに息を吐きながらも、その目だけは真っ直ぐ二人を見ていた。


「僕の力を使え……」


「トゥーロ?」


「僕の王幹を発動させる。その力を付与してくれないか?」


「それって……リタの力と同等のものでしょ?」


「ああ」


「それは無理よ……」


 特級魔法でもできない。

 しかも、王幹はそれを超えた力だ。

 必然、できるわけがない。


「僕の力は〝思考加速〟だ」


 アリエスの言葉を否定するように、トゥーロは口にした。


「これを使用すれば、付与魔法の補助もできるはずだ」


 トゥーロが続ける。


「だが、たしかに問題がある……」


 本来は王幹本体を保持した状態で使用するものだ。

 強化されていない脳に、どれほどの負担がかかるかトゥーロすら把握できてない。

 最悪、脳が焼き切れて廃人になる可能性だってある。


「命がけになる。やるかどうかはお前が決めろ……」


 その場に緊張が走った。

 ポニが息を呑む。

 ラットも言葉を失った。

 だが__。


「わかった。やるわ」


 アリエスの返答は軽いものだった。


「いいの? アリエス……」


「この状況。他にないでしょ?」


 アリエスは苦笑した。

 そうだ。

 やるしかない。

 だからこそ、ここまで追い込まれているのだ。


 アリエスは肩をすくめる。


「もし私に何かあったら、ミルと一緒に私の用事引き受けてもらってもいいかしら……」


 冗談めかした口調だった。

 だが、その瞳は本気だった。


 ラットは唇を噛む。


「……必ず」


 力強く頷いた。


「それでいいわ」


 アリエスは満足そうに笑った。


「決まりだな! やるぞ!!」



 二人はマナリンクを身に着けた。

 その瞬間には、王幹を通じてトゥーロへと流れ込んでいた膨大な魔力が、アリエスにも流れ始める。


 思わずアリエスの身体が震えた。


「なっ……!」


 これまで感じたことのない魔力だった。

 底が見えない。

 まるで海そのものを流し込まれているような感覚だった。


 トゥーロはアリエスの頭に手をかざし、思考加速を発動する。


 ヴゥゥゥ_____


 静かに……

 だが、たしかにそれは起こっていた。


 アリエスの思考の中。

 世界が変わったようにも感じられた。


 アリエスの視界が広がる。

 音が遅くなる。

 空気の流れが見えるような錯覚さえもした。


 思考だけが異常な速度で加速していた。


(なにこれ……)


 次々と考えが浮かぶ。


(ものすごく早い……!)


 一つの思考が終わる前に次の結論へ到達する。


(これなら……!)


 アリエスは自身に使用されている魔法へ。

 つまり、自分自身に手をかざした。


<解析せよ__スペリシス>


 アリエスは王幹の解析を開始した。


(すごい……)


 膨大な情報が流れ込んでくる。


(これだけの情報量を処理できるなんて……)


 それらは思考加速によって、次々と整理されていった。


(なによ……これ)


 解析を進めるほどに違和感が増していく。

 まるで底が見えない。

 終わりがない。

 理解しても、さらに深い構造が現れてくる。


 以前、ラットの魔法鞄マジックバックを解析した時にも似た感覚があった。

 そう、魔法鞄に付与されている〝加護〟だ。


(なるほどね……)


 アリエスは苦笑する。


(これも神の領域ってことかしら……)


 完全解析は不可能だ。

 だったら、必要な部分だけを利用する。


 アリエスは即座に方針を切り替えた。

 王幹そのものではなく。

 発生している現象だけを抜き出すことにした。


 それを付与するための魔法陣を組み上げていく。

 本来なら何日もかかる作業だが……。


 今は違う。


 加速した思考が、不可能を可能へ変えていた。


 そして、額の汗を拭いながら、アリエスは笑った。


「突貫作業だけど、新しい魔法をつくったわよ」


 疲労で顔色は悪い。

 それでも口元には自信が浮かんでいた。


「神の力を付与するための付与魔法……ってところかしら」


 杖を掲げる。


<神の力を宿せ__ブラッシングエンチャント>


 光が走った。


 特級魔法のスクロール。

 その何倍もの魔法文字が、空のスクロールへと刻まれていく。


 これにより凄まじい量の魔力が消費されていった。


 ヴウゥゥゥゥ____________



 黒球を覆っていた渦が弱まっていく。


 さらに____


 さらに__


 そして。



 ヴウゥゥン__



 とうとうマナバインドが、ついに閉じ切った____。


 静寂__。


 誰もが空を見上げた。

 暴れていた黒球は、完全に封じ込められていた。


 アリエスは掲げていた腕を下ろす。

 そして、その場へへたり込んだ。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸。

 だが、その顔には安堵があった。


「あとは時間をかければ……完全に落ち着くわ」


 誰もすぐには言葉を発せなかった。

 街には大きな爪痕が残っている。


 地面は抉れ。

 建物も被害を受けた。


 それでも最悪の結末だけは回避できた。


 誰も失わず。

 街も健在だ。



 この災厄を乗り越えたのだった____。



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


ミル……


ミル、あんなことできたんだね。


……ん。


あれって、どういうものなの?


……体中のナノマシンが百%稼働。


つまり、人でいうところのリミッターを解除するような感じなのかな。


……似てる。


それなら、戦闘でも使えるんじゃない?


……五秒。


五秒?


……時間。


五秒間しか使えないってこと!?


……ん。


なるほど……。

ミルの体内エネルギーを、それだけの速度で消費しちゃうんだね。


……制御も無理。


速すぎて、自分でも細かく動けないんだ。


……ん。


たしかに、それだと普通の戦闘では使いづらいかもね。


……ん。


あ、でも……

特級魔法を受けた時、もしかして……


……使った。


やっぱり。

あの時は受け止めるだけだったし、一瞬だったから。


……ん、使えた。


なるほどね。

ようやく納得したよ。


……ん。


次回は、リタさんが目を覚まします。


……よかった。

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