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第89話 鎮楔封鎖の多重結界

「……これからが本番だよ」


 ラットは呟く。

 空間の圧縮によって、広域に荒れ狂っていた黒球と渦は圧縮できた。

 だが、肝心の黒球の勢いそのものは、まだ何も変わっていない。

 これをどうにかしなければならない状態は、依然続いたままだった。


 トゥーロはフェンリルの背から降りる。


「僕の力で、リタの〝王幹〟へ繋ぐ方法を探す」


 そう言って、残された魔力を使用して自身の力を解放した。

 トゥーロは目を閉じ、意識を集中させる。

 かざした腕が淡く光りだした。

 腕の光がリタの中にある王幹へと伝播し、それを解析していく。


「……いけそうだ」


 トゥーロが目を閉じたままに呟いた。


「このままリンクを繋ぐ!!」


 黒球へ流れ込んでいた魔力の流れが分岐した。

 リタへ集まり続けていた魔力が、今度はトゥーロへも流れ込み始める。

 完全に魔力が枯渇していたトゥーロへ、膨大な量の魔力が雪崩れ込んでいった。


「トゥーロの方は順調そうですね。じゃあ、僕もはじめるよ!!」


 ラットは鞄から次々とアイテムを取り出す。


「まずはこれを……!」


 先ほどの戦闘でトゥーロを無力化した際にも使用した放魔の水だ。

 強制的に魔力を外へ発散させる。


 一般的な魔力量なら、一つあれば数分以内に力を枯渇させることができるだろう。

 魔力が枯渇しかけた相手であれば、数秒で欠乏状態へ陥らせ、最悪、死に至ることもある。


 ラットはそれを、一つまた一つと黒球へ投げ込んでいく。

 圧縮された空間の中、吹き荒れる渦が少しずつ勢いを弱めていく。


「……このままじゃ全然足りない」


 ラットは歯を食いしばる。

 確かに変化はあるものの、このままでは暴発を阻止することなどできないだろう。


「……だったら、放魔の水の〝原液〟ならどう?」



 __放魔の水(原液)

 本来なら適度に薄められているものを使用するのが一般的だ。

 だけど、大きな相手など、一般化されたものでは不十分なこともある。

 そういう場合は、この原液から必要な濃度に調整する。


 この原液をそのままで使うのは、ドラゴン級の危険生物くらいである。

 これ一本で通常濃度の放魔の水が百本はできる超高濃度品だ。

 であるため、極めて高価なものとなる。



 ラットはそれを、黒球へと投げ込んだ。

 黒球が凄まじい勢いで揺らいだ。

 まるで、熱し切った鉄板へ水を叩きつけたように、発散した魔力が吹き出している。

 渦の勢いが、一気に弱まった。


 さらにラットは大量の〝魔力電池〟を取り出す。



 __魔力電池

 魔導機械アーティファクトの魔力を貯蔵するための部品。

 平均的な魔力量の魔法使いの三分の一程度の容量がある。

 魔力を発しているところへ近づけて、

 起動させることで蓄積が開始される。



 ラットはそれらを指の間に挟みこみ、黒球へとかざした。

 吸い込まれるように、膨大な魔力が電池へ流れ込んでいく。

 だが、容量の大きい魔力電池でさえ、一瞬で満タンになる。


「次っ……!」


 ラットは次々と電池を持ち替えては、限界まで吸収させていく。

 そして、


「……これで全部です!」


 最後の一つを使用した。

 黒球の勢いは、確かに弱まっている。


「これでもまだ……!? いったいどれだけ……」


 ラットはこの状況で使用できそうなアイテムはほとんど使用しつくしていた。

 放魔の水の原液も使い果たし、残りは通常のものが少しある程度。

 しかし、それではすべて使用したとしても足りないのは理解していた。


 そのときだ。


「待たせたわね……!」


 アリエスが額の汗を拭う。


「魔法の準備ができたわよ!」


 彼女はずっと魔力をこめ続けていた。

 上級魔法を放つために。


 アリエスは杖を掲げる。



 理の檻よ__。


 幾重にも重なりて彼の力を封ぜよ。


 砕けぬ鎖を持って縛り上げ、


 逃れぬよう楔を打ちて、


 檻へ閉ざせ____。



<__ジ・ネビュラ・マナバインド>



 ヴゥン__ヴゥン__ヴヴヴヴヴ______



 一帯に何重もの大きな結界が展開されていく。


 その周りには帯状の魔法文字ルーン


 さらに、その外側には無数の小さな魔法陣。


 あたり一面が結界と魔法陣で覆い尽くされた____。



「捉えよ!!!!!」


 ギュンッ__


 アリエスの掛け声と共に、

 何重にも展開されていた結界が、一斉に収束した。


 ゴグゥウン____


 収束した結界と渦巻く黒球がせめぎ合う。


 そこへ__


 結界の外側に展開されていた帯状の魔法文字が、縛りつけるように結界に絡みつく。

 中心にある黒球を強引に押し込んでいく。


 ドドドッ___


 その上、小さな魔法陣が、杭を打つようにそれを抑え込む。


「これでどう!? 特級の魔力拘束魔法よ!!!」


 一瞬。


 本当に、一瞬だけ。


 黒球の動きが静まったように見えた。



 だが、


 ゴッ____


 ゴッゴッ______


 結界の内側から、鈍い圧迫音が響く。


 特級の拘束魔法すら、内側から歪ませ始めていた。


「うそ!? これでもまだダメなの?」


 アリエスの表情が引き攣る。

 さらに、魔力をこめて抑え込もうとするが、それでも収まらない。


「……このままじゃ……、破られる…………」


 アリエスの苦悶の表情に応えるように、ふらつきながらミルが前へ出た。


「ラット……、魔力電池……貸して……」


「いいけど、もう全部満タンで……」


 ミルは首を振る。


「この機構を使って……、魔力を直接取り込めるように……する…………」


 ミルはラットから魔力電池を受け取った。


 そして、その外装を開く。

 内部の供給機構を取り外し、自身の魔力貯蔵部へ接続していく。


 カチッ__


 金属音が響く。

 応急処置だ。

 本来の用途ではない、無理やりな改造だった。


「これで……わたしに魔力が流れる」


「ダメだよ!」


 ラットが反射的に声を上げる。


「そんなことしたらミルが……!」


 今の黒球に集まっている魔力は異常だ。

 どれほどの容量があるのかすら分からない。

 それを直接受け入れるなど、自殺行為にしか思えなかった。


「大丈夫……」


 ミルは静かに首を振る。


「取り込むのと……同じくらい早く消費すればいい……」


「そんなこと……」


 できるわけがない。

 ラットはそう言いかけた。


 だが__


 ミルはただじっとラットを見つめていた。


 無謀な賭けに出る時の目ではない。


 できる__。


 そう確信している時の目だった。


「…………できるんだね」


 ラットが尋ねる。


「……うん」


 短い返事。

 迷いはなかった。


 ラットは息を吐く。


「分かった」


 ミルへ肩を貸し、二人は黒球の前まで進む。


 拘束結界の内側。

 抑え込まれてなお、魔力を放ち続ける災厄の中心。


 ミルはゆっくりと片手をかざした。

 壊れかけた身体が軋む。

 それでも止まらない。


 接続された機構が起動する。

 黒球から溢れていた膨大な力が、ミルへ向かって流れ始めた。


 そして__


「……マタドライブ…………」


 ヴゥゥゥン______


 ミルの体内の魔力回路に激しく魔力が流れ出したことにより、まるで模様のように、身体中にそれが浮かび上がる。


 それとともに、髪の先にまで魔力が流れ、髪は白く変わっていた。


 魔力の消費が大きいのか、ミルに流れ込む魔力は満たすことはないようだ。


「こんなことができたんだね……」


「ん……、ただ魔力を過剰に使ってるだけ…………」


 身体中のナノマシンを限界まで稼働させることで、普段の安定した稼働時の何倍もの魔力を消費するようだ。


 こんなことをすれば、本来は数秒で魔力が切れる。だからこそ、無尽蔵に供給される魔力を消費し続けることが可能となった。


 これによりアリエスの特級魔法を押し出す力は弱まる。


「突破されることはなくなったけど、まだ完全に抑えきれない……」


 アリエスも抑え込もうとはしているが、それでもまだ足りないようだ。


「持久戦に持ち込まれたら終わりよ……」


 やっとの思いで均衡状態にまで持ってくることができた。


「だけど……、もう…………」


 もう全員がやれることを出し切っている。


 これ以上何ができる?



 あと、少しのはずなのに______




※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


アリエスよ。


アリエスも特級魔法が使えたんだね。


まあね。


なんでみんなに言わなかったの?


リタみたいな攻撃魔法なら、別に隠さないわよ。


というと?


私が使えるのは付与魔法なの。


なにか問題が?


どんなにすごくても、魔法を封じるだけなのよ。

魔物を倒せるわけでもないし。


なるほど……

みんなは派手に魔物を倒すところを見たいから……


そう!

拍子抜けなのよ。


でも、ドラゴンみたいな強敵を相手にするときは役立ちそうだよね?


一般の冒険者をあなたたち勇者パーティと一緒にしないで。

そんなのと頻繁に戦うわけないでしょ。


あっ、ああ……

そうだね。


それに相手が魔法を使わなかったら意味がないのよ。


なるほど……


自慢になるようなものじゃないの。

だから、あまり広めないでね?


……はい。


次回は、いよいよ解決です。


よろしくね。


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