第9話 潜影静射の空気銃
ドッドッドォォォォォ______ォン
ラットの目の前で、彼女のトドメの一撃を喰らった少年が吹き飛んでいく。
何度も地面を跳ねながら、店の壁へと叩きつけられた。
勢いで炎が鎮火し、臭いだけが残る。
……炎水の臭いが。
地面に倒れた少年が、ぴくりと動く。
土埃から身をどうにか起こした少年は、ラットを睨んだ。
「……いつからだ?」
……と。
警戒を解かずに近付きながら、ラットは答える。
「変だと思ったのは、対面した時でした……」
思い出す……。
わずかに尖る耳から魔族であること。
一年前の戦争を経験しているラットは、その服装が魔王軍の兵士のものであることはすぐに理解できた。
だが……
「血色の悪さ、微かなすえた臭い」
ただの魔族の剣士……ではない。
「僕と相対したときには、すでにできていたその頬の傷……」
ラットは指をさす。
「一切血が出ていない。ですが拭き取った痕跡もない。それを見て確信しました。あなたが〝死体〟……。つまり、〝死霊系の魔物〟であることを」
人のフリをした、人ならざる者。
「アンデッド……つまり動く死体なのか。それとも、肉体のない霊体の魔物が憑りついて操っているのか、まではわかりませんでした」
ラットは鞄から薬品を取り出す。
「ですが、いずれも死体である以上、弱点が火であることが多い……。だから、この〝炎水〟を使用しました」
__炎水
空気に触れると揮発し、少しでも火種があれば爆発的に燃える水。
下手に扱うと事故になるため、よっぽどの理由がない限りは取り扱うことはない。
ラットは、この〝炎水〟を浴びせ、火種となる〝魔導コンロ〟へと吹き飛ばすように彼女へ合図を送っていた。
魔導コンロが外にも置かれていたのは僥倖だった。本来であれば、大したことのない火でさえも、炎水を使った上であれば、話は違う。火に触れた瞬間に、爆発的な炎上を発生させ、相手を炎で包み込む。
弱点でなくてもひとたまりもない。死体である少年には効果覿面だ。相当に堪えたであろう。彼女の姿を追うほどの余裕はなく、トドメの一撃をモロに喰らったのだ。
「とは言え、やはり最初の一撃が肝でした。あなたの職業は〝予言士〟ですから」
「……なぜ、そこまでわかる?」
「まず……死角から迫る攻撃の対処……」
彼女の攻撃やラットのスパイダーネット……。死角であったにも関わらず、あっさりと対処された。これにより他の五感によるものか、それとも能力によるものなのか、いずれにしても視覚だけではないことがはっきりとした。
「そして、冒険者さんたちの血の飛び散り方。避けた先への攻撃……」
回り込んで斬られたような血痕。高速で動く彼女に対しても、相手の未来が読めていると言わんばかりの先回りをし、動きを制限した。さらには、あらかじめそこへ避けるとわかっていたかのような攻撃だ。
「極めつきは、よく知らないアイテムであったにも関わらず、的確に回避行動を行ってみせた。あたかもそうなることを知っていたかのように……」
アイテム自体は知らないが、ラットの行動から予測した。それがどういう特性のものかを。そして、跳んで避けた先に、飛ぶことのできる彼女は必ず攻撃を仕掛けることも。だから、それを足場にすることができた。最初から視えていたのだ。
「あなたは能力を見せすぎたんですよ」
「……それで、煙幕か」
「ご名答! 〝視せて〟はいけませんからね」
そう、〝予見士〟相手に〝視せて〟はいけない。
予言士は相手や周囲の情報から、未来予知とも言える予測をする職業だからだ。
情報を与えてはいけないのだ。
新たな情報がなければ、今までの情報から予測するしかない。
勝機はそこにつけ込むことだった。
彼女の速度を変化させて。
「なるほど……。ということは、その銃……。攻撃用じゃないな…………」
「……さすがですね」
「ああ、今の会話で〝視えた〟からな……」
この銃は攻撃用ではない。
空気銃というサポート専用につくられた銃だ。
__空気銃
ラット専用の魔導機械でもある銃。
腕ほどの長さの砲身と、太く開いた銃口を持つ。
遠距離や高速で移動する対象にアイテムを命中させるために造られた。
圧縮された空気の強い反発力を利用することで、ラットの隠密行動に適応し、本来の銃のような発砲音は発生しない。
適合するサイズのアイテムならば、近付けるだけで魔法により球状化し、装填してくれる。
ポーションの瓶なども取り込まれ、一時的に別空間に保存されるため、使用後の痕跡も残らない。
保存された瓶などは任意のタイミングで排出可能だ。
これにより、高速で縦横無尽に飛び回る彼女に対して、遠距離から的確に、そして隠密に、当てることができた。〝速力の水〟と〝鈍足の水〟を交互に、段階的に。
__鈍足の水
状態異常〝鈍足〟を付与する〝弱化水〟の一つ。
__弱化水
状態異常の中でも能力低下を付与するアイテム全般の総称。
強化水と同様で、基本的に武器を強化した方が手っ取り早く戦力強化になるため、使用するもののいない、店の棚に並ぶだけのお飾り商品。
__状態異常〝鈍足〟
魔力により筋肉の動きが阻害され、動きが鈍くなる状態異常。
「それにしても、整備が終わっていて本当によかった」
彼女に整備と調整を依頼していたラットが持つ魔導機械の一つがこれだ。
今回の戦いでは欠かせない武器だった。
「あのぬるついた水はなんだ?」
「〝滑水〟ですね。遠目に見て、サーベルを持っていましたから。少しでも振りにくくできればいいなって程度ですよ。あと牽制も兼ねてですね」
__滑水
滑りやすくする水。
重い荷物の運搬や滑車の潤滑油として利用される。
「滑水……。やはり戦闘用ではないか……。さっきからなんだ? 戦闘では使えないような〝くず〟アイテムばかりじゃないか」
「あっ! 〝くず〟とは聞き捨てなりませんね!! 僕はこれらのアイテムで、あの歴代でも最強と言われた魔王とも戦ったんですよ」
「……!? そうか、どうりで……」
くっくっくっ____
少年は何かを理解したように笑った。
「おまえが噂の勇者パーティの〝七人目〟か……」
「はい、勇者パーティの〝アイテム係〟です」
「僕もまだまだだな。ちゃんと〝視れて〟いれば、気づけたはずなのに。その風貌を見て雑魚だと判断してしまった」
少年は姿勢を正し、宣言した。
「今回は僕の負けだ。だが、次はこうはいかないぞ!」
「次……?」
なぜ次があると考えているのか?
ここまで暴れた以上は、捕まえなければならない。
それが理解できているなら、到底、次なんて言葉が出てくるわけがないのだ。
足が、少年の前まで辿り着く。
捕まえようと、並ぶ彼女が拳を振り上げる。
スゥ________
その時、突然、白がちらついた。
何もない空間から少年を守るように現れたのは、白髪の少女。
初めて見えた薄い水色の彼女の瞳は、無風だった。
魔機屋さんの無感情な瞳とも通ずるようで違う。
何の揺らめきもないのに、揺さぶられる。
見ているだけで、胸の奥が疼きそうになった____。
「あなたは、さっきの……」
少年の声が言葉を遮る。ラットを見据えて言った。
「僕は〝トゥーロ・グリード〟だ! お前は?」
まっすぐに見返し、名乗る。
「〝ラット・クリアノート〟です」
「……ラットか。覚えておいてやる」
魔機屋さんが逃がすまいと拳を振るうが、空を切った。
トゥーロと、少女は、幻のように姿を消した____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
今回も、この方に来ていただきました。
紫髪の少年……改め、トゥーロだ。
とうとう名前が明かされましたね。
ああ、そうだな。
一緒にいらっしゃった方とは、どういうご関係なんですか?
それは、まだ明かしちゃダメだな。
たとえ先が〝視えた〟としても。
トゥーロさんは人間族が嫌いなんですね。
何か理由があるんですか?
それもダメだ。
〝自称、姉〟さんは……?
おまえ、わざとやってないか?
……別に、情報を聞き出そうなんてしてませんよ?
怪しいな。
次回は〝自称、姉〟の実力の一端がわかるぞ。
よろしくな。




