第8話 僕がきみを支えます
〝速力の水〟を一気飲みしたおかげで間に合った。
駆け付けたラットは、鞄からポーションを素早く取り出す。
少年へ注意を向けたまま、指の間に挟んだ四本の瓶を投げる。バラバラに倒れる冒険者たちを、一斉に応急処置した。
濃厚な鉄錆の臭いが纏わりつく。傷口を塞いだとしても、地面に流れる彼らの血は戻らない。
「……あなたが、やったんですか?」
握った拳に爪がめり込む。
「ちっ、また邪魔か」
少年は舌打ちすると、こちらに向き直った。
視線がラットの全身を行き来する。間もなく、少年は堪え切れないように笑った。
「一番の雑魚だな。こいつらの荷物持ちか何かか?」
「答えてください。あなたが、やったんですか?」
「だったらどうする?」
「何故、こんなことを?」
「こいつらは冒険者だろ。どうせ僕らを殺しにくる。こちらが先にやって、なにが悪いんだ?」
「なるほど、そういうことですか。でも、まだ彼らはあなたたちに何もしてないでしょう」
ラットは鞄に手を入れる。
「戦うつもりか?」
気付いた少年が見下してくる。
「今なら逃がしてやってもいいぞ。荷物持ちなんて、一般人と変わらないからな」
あざ笑うかのようにラットを見下す。
しかし、ラットは逃げる素振りなど一切見せない。
ラットは視線を動かし、辺りを観察した。
倒れる冒険者たち。
飛び散る血痕。
追いつめられた彼女の状態を……。
さらには遠目に見た戦闘を思い出し、そこから導き出す。
何をすべきか。
どう動くべきか。
次第に浮かび上がってくる。
計画を実行に移す。
そのためには____
「魔機屋さん、動けますか?」
横目で見た彼女は、頷いた。所々損傷しているが、起動に支障はないようだ。
「答えは出たか?」
満を持して、少年に言った。
「倒させてもらいます!」
鞄に手を入れる。
「……身の程知らずが!」
形相を変えて襲いかかってきた少年へ、投げた。
コボルトホイホイはあっさり躱される。
続けざまの彼女の連打を、少年は顔を得意げに逸らして空振らせた。
無駄なくサーベルを引き寄せ、反撃の刺突。
刹那、再度腕を振る。
ガキンッ__
少年の背後に回り込み投げたのは、〝スパイダーネット〟だ。
少年は彼女に釘付けで、未だ気付いていない。
逃げられない。
広がる網が、彼を捕らえる。
シュパパッ――――
網が空中分解し、少年の周囲に落ちた。
目を疑う。
完全に死角だったはずだ。
なのに反応した。
切断し、無力化した。
「これならっ!」
少年の足元に〝落とし穴ツクール〟を投げる。
着弾よりも早く跳ぶ。
着弾した地面は流土と化し、足を奪う罠となる。
ボッ__
跳んで避けることができない少年を彼女は狙った。
しかし、鳩尾を狙った彼女の拳は見破られる。
少年は身を翻し、足で拳の勢いを完全に殺した。
それだけではない。
その拳を足場に、流土となった地面の外側に降り立ったのだ。
「おい、おまえ……。さっきから僕を舐めてるのか? なんだこいつは?」
「コボルトホイホイ、スパイダーネット、落とし穴ツクールですが……?」
「そうじゃない。これ、攻撃用じゃないだろ?」
「狩猟用のアイテムではありますが……知っていたとは驚きです」
「おまえたちの国の狩猟事情なんて知るわけないだろ!」
「……」
__スパイダーネット
捕縛玉とも呼ばれ、一般的な狩猟用のアイテムの一つ。
一定の距離で破裂し、網が広がる。
__落とし穴ツクール
振動玉とも呼ばれ、一般的な狩猟用のアイテムの一つ。
地面に叩きつけることで、地面を高振動により液状化し、
落とし穴をすぐに作れる優れモノ。
大体膝くらいまでの大きさの穴を作り出すことができる。
「……まさか、僕を捕まえて飼いならそうとでも思ってるのか?」
ドンッ
話す少年へ、彼女は上空から叩きつけるように拳を振り下ろす。
見えていなかったはずだ。
しかし、それすらも難なく躱した。
閃いたサーベルが彼女を愉しげに斬り刻む。
(やっと……見えてきた)
状況の打開策が。
絶望を覆す、希望が。
損傷を重ね、ラットの隣まで退却してきた彼女に言う。
「すみません、怪我をさせてしまって……だけど、もう一度だけ、協力してもらえませんか?」
漆黒の瞳がこちらを向く。
「まだ出会って日も浅いのに、こんなことを言うのもどうかと思いますが……信じてください」
呑み込むように、見つめられる。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
迫る殺気。
終わりゆく時間のなかで、彼女は。
小さく、けれど確かに、頷いた__。
「全力で戦ってください。僕がきみを支えます!!」
煙玉を地面へ叩き付けた。
そして、鞄から取り出す。
依頼し、彼女から受け取ったばかりのそれを____
*
おかしい。
煙幕に視界を遮られつつ、少年は考えていた。
煙幕自体は取るに足らない。所詮は荷物持ちの浅知恵。こんな煙ごときで少年の能力は潰れない。
そう。だから当然、あの人もどき、魔導機械人形の動きは丸見えだ。煙幕越しに懲りずに飛んでくる拳など、余裕で見切れる。はずなのに。
「ッ!」
鉄鋼の端が少年の髪を掠める。
(まただ……)
簡単に避けられるはずの拳が避け切れない。
サーベルも当てられず、空気ばかり斬る始末。
ならばと、ズレに合わせて動く。
「っく!」
今度は、腕を打たれた。
(何故ズレる? ……速度が、変化しているのか?)
何が起きている?
力を隠していたのか?
いや、そんな芸当ができるのであれば、既にしていたはず。
強化水か?
無理だ。
この速度域……。
移動しながら攻撃するあいつをサポートするのは不可能だ。
では、一体何故、急に速く?
考える間に拳が来る。
やむを得ず防御に回る。
横に構えた刀身でガントレットを防ぎ……
ガキ________ン!
「なっ!?」
弾き飛ばされた。
馬鹿な。
いくらあいつが怪力と言えど、得物を易々と持っていかれるわけがない。
答えは、すぐにわかった。
両手が濡れている。
(水? さっきのやつが手まで伝ってきたのか……)
否。
(滑る……!?)
バシャ____
また、喰らった。
(なんだこの臭いは……?)
ぬめりに加え、この臭い。
「っくそ……!!」
飛び退く。
前のも、今のも……
(水じゃない!!)
撤退しかけた瞬間、魔導機械の無表情が煙幕を割る。
ズン____
疾風のごとき拳が、鳩尾にめり込んだ。
「ぐっ……!」
後方へ突き飛ばされる。
ズドッ____
衝突音。
崩れた魔導機械の山の中で、〝カチリ〟と、何かを聞いた。
視界を染める紅蓮。
噴出する灼熱。
燃え盛った炎が身体を丸呑みにし、爛れた叫びが喉を駆け上がる。
髪を乱し、腕を振り、払う。払う。払う。
……が、消えない。
熱い牙は食い込んで離れず、全身を貪られる。まるで、餌でも塗りたくられているかのように____。
えさ……。
悪臭が鼻を突く。
(みず……。この……くさい、水のせ……)
頬を殴り付けた怪力が、思考を断ち切る。
衝撃で炎がようやく振り払われ、紅蓮が去る。
鮮やかな青に戻った空の下で、見た。
大きな砲口を構える……荷物持ちの、顔を…………。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです
今回は、この方に来ていただきました
紫髪の少年だ……。
あれ……?
少年さん、怒ってますか?
当たり前だろ!
おまえ、なにやってくれてんだ!?
すみません……
狩猟用のアイテムも、僕の武器のひとつでして
そこはもういい
……だけど、よくも僕の服を焼いてくれたな!
どうするんだよ、これ……風の国じゃ手に入らないぞ……
確かに魔王軍の兵士の服ですもんね……
はぁ、絶対、あいつになにか言われるぞ……
あいつ?
自称、姉……
自称……?
次回も登場するからよろしくな……




