第10話 旅立ちの朝
魔機屋に静寂が戻ってからラットが真っ先に行ったのは、冒険者たちの治療だった。
治癒ポーションである程度傷を塞いだとは言え、容態は依然として深刻だ。彼女に四人全員を中央へと運んでもらい、失った血を補填するために〝輸血ポーション〟を服用させた。
__治療ポーション
傷を治癒するポーション。
初級、中級、上級、特級に分類され、傷の具合に応じて使い分ける。
医者はより細かく濃度を調整するため、これ以外にも業務用ポーションが存在する。
体力ポーション、輸血ポーション、魔力ポーション、解毒ポーションなどなど。他にも種類は多く存在するが、〝ポーション〟といえば、もっともポピュラーなこの治療ポーションのことを指す。
__輸血ポーション
服用すると自身の血液と同じ性質の液体に変化する。
つまり、輸血の代わりとなる。
治療ポーションでは失った血を取り戻すことはできないため、この輸血ポーションを使用する。
彼女がサポートしてくれたこともあり、冒険者たちの呼吸は程なくして平静を取り戻した。傷が傷なだけに、すぐに動けるようにはならないだろう。それにあくまで応急処置だ。きちんと医者に診せる必要がある。意識のない彼らをラットは鞄の中へと入れた。
ふう、と額の汗を拭いて彼女に向き直る。
「では、僕は彼らを医者に連れていき……」
その時だった。
「よくもおおおぉぉぉっ!!」
おどろおどろしい叫び声が、降りかかった。
直後、次第に空が曇りだす。
「魔法!? しかもこれは……」
ラットは辺りを探すが、使用者の姿が発見できない。
(どこにいるのかわからなければ、対処のしようが……)
魔法の対策としては、〝躱す〟、〝防御する〟、〝発動を阻止する〟の大きく三つだ。
この中の〝防御する〟は、不可能だとラットは考えていた。
兆候だけで空が曇りだすほどの規模の魔法は、魔法の中でも最上級の〝特級〟になる。
この特級魔法をまともに受けるためには、同じく特級の防御魔法を使用するしかない。
特級魔法は魔法使いの中でも限られたごく一部のものしか使用できない。
もちろんラットも使用することはできないのだ。
であれば、残りの二つの方法を取るしかない。
しかし、〝躱す〟のも、〝発動を阻止する〟のも、
相手の位置を最低限把握しなければならない。
方向さえも定まらない中、時間だけが刻一刻と過ぎていった。
そして、とうとうその時がくる____
見上げたそこには、黒く巨大な魔法陣。
<…………フォール……>
微かに聞こえた詠唱の言葉……。
「くる……魔機屋さん、魔法陣の外へ!!」
二人は走った。
最も近い魔法陣の端へ。
フッ____
発動前はただ曇っただけだった。
だが、もう少しで正午に差し掛かるという時間帯。
その明るい空から剝がされていく光。
影はやがて境界を失い、
すべてを覆うように広がっていく。
「だめだ……間に合わない…………」
そして、夜のような漆黒の闇に沈んだ。
漆黒の闇__。
明るさが引き剥がされた世界となる____。
ふわっ___
絶体絶命のその瞬間、ふっ、と身体が浮いた。
「魔機屋さん!?」
高速で過ぎ去る世界。
見れば、彼女が黒髪を舞わせている。
小脇に抱えられたラットは、一陣の風となって宙を走った。
魔法陣の外。
暗闇から出たのとほぼ同時だった。
ズゥゥゥゥゥンッ__________
おぞましい重低音と共に破滅を迎えた店を、彼女と二人、見送った。
*
一帯を瓦礫と変えるほどの規模の魔法だ。
町中が騒然とするのも無理はない。
誰もが異変を察し、落ち着いていられるはずがなかった。
ギルドの冒険者たちが集まり、何があったのかを探っている。
冒険者たちを医者へと送り届けたラットと彼女は、騒ぎが落ち着きだした頃、再び店のあった場所へとやってきていた。
昇りかけていた太陽は、すでに暮れはじめ、休息につこうとしている。
橙色の光が二人を照らす。
「家……なくなっちゃった」
逆光で闇に覆われた彼女の表情は暗い。直視できず、俯く。
「すみません。僕のせいで……」
無関係だったのに、自分のせいで巻き込んだ。
胸が押し潰されるように痛い。
空気の動きで、首を横に振られたのがわかった。
あなたのせいじゃない。
そう、声なく言われ。少しだけ、心が楽になる。
「…………」
二人はただ静かに店のあった場所へと歩いた。
店は、見れば見るほど、酷い。
完全に破壊されて瓦礫と化し、今や廃墟だ。
外に溢れていた魔導機械も例外ではない。
魔導機械の残骸は地面に埋まり、砂埃を被っている。
「魔機屋さん、この壊れてしまった魔導機械……。すべて僕が買いとってもいいでしょうか…………」
何もしなければ、これらの魔導機械たちは瓦礫と併せて撤去されるだろう。
まだ使えるものがあるかもしれない。
修理できる物があるかもしれない。
一つでも多く、救いたい。
巻き込んでしまった罪滅ぼしでもある。
それにこれらは博士と彼女が造り上げてきたものだ。
そういう想いの籠ったものたちを、
ただこのままにしておきたくなかった。
「お金は……さすがに手持ちでは足りないですかね。でも大丈夫です。ツケという形にはなってしまうかもしれませんが、必ず全額お支払いいたします!!」
ラットは拳を握り、安心させようと背伸びをした。
眼鏡が輝く。
「あっ、そのお金で、ぜひお店を復興させてくだ……」
彼女が微笑んだように見えた。
「あなたはまだ……この町にいる?」
唐突な質問。どういう意図で聞かれたのか、わからなかった。
だが、答えは明確だ。
「やらなくてはならないことがあるんです」
「いつ出発……するの…………?」
「実は今日、出発しようとしてました。でもさすがに明日ですかね」
「……そう」
彼女は端的に答えた。
「魔導機械……。それに入る? いっぱい入れてた…………」
彼女の疑問はもっともだ。すべて購入すると言ったところで、それをすべて運び出せるなどと思わないだろう。
「大丈夫です! 実はこれ〝魔法鞄〟と言いまして、店中の魔法道具くらいなら入りますよ」
__魔法鞄
大量のものを入れることができる鞄。
人も入ることが可能。
時間は流れるため、食料などをそのまま入れたりすると腐る。
鞄の蓋を開けると外と繋がり、音も聞こえる。
閉じると外と完全に遮断され、空気さえも入ってこなくなる。
温度は保てるが、空気が薄くなるため、閉じた状態では人が長時間入ることはできない。
勇者パーティがエルフ族とドワーフ族を助けたときに造られた代物で、
いがみ合っていた二つの種族が協力したことによって、初めて造ることができた勇者パーティ専用の装備。
ドワーフによって特殊な素材を加工し、
エルフによって、勇者パーティが持つ〝加護〟を付与することに成功した。
鞄の中には、創造された空間が広がっており、鞄が揺れたとしても中は揺れることがない。
出し入れ口は空間を圧縮するように設計されており、大きいものでも出し入れが可能である。
鞄の説明をしながら、二人で壊れた魔導機械を掘り起こし、次々と鞄へ入れていった。大量の魔導機械。彼女の怪力があったとしてもかなりの時間を費やした。気軽に明日といったことを彼女は真に受け、その作業は夜通し行われた。
*
夜が終わりを迎え、陽が射し込み出した頃。
夜通しの作業の疲れにより、瓦礫にもたれ掛かって眠ってしまっていたラットは、目を覚ます。
一緒にいたはずの彼女がいなくなっていることに気付いた。
歩き回り、
さらには裏手の方にいってみると、
……いた。
瓦礫の奥、遠くに見える影。
魔法の影響からギリギリ外れた場所で彼女は佇んでいた。
彼女は微動だにしない。
気になり、近付く。
彼女の身体越しに見えたそれ。
大きな、石。
察する。
……墓、だ。
〝ナレッジ・テクノ〟
墓標には、そう刻まれている。
「これは博士の……」
彼女の隣に移動し、呟く。
「わたし……、感情がわからないの…………」
墓標を見つめたまま、彼女もまた呟いた。
彼女は、暗がりに沈んだままだ。
彼女の話を聞いた__。
博士は願っていた。
彼女が笑えるようになることを。
怒れるように、泣けるように、感情を手に入れられるように、願っていた。
だから、その方法を探していた。
ずっとずっと、ずっと探して、
見つける前に、亡くなってしまった__。
しかし、
『経験することで、感情は得られるかもしれない』
亡くなる前に、博士はそう言った__。
「はじめてなの……」
朝焼けの光に、店主の顔が浮かび上がる。
「あなたといると……胸が、少しだけ、あたたかくなった」
二度目だ。
温もりを湛えた瞳に魅せられた……。
「わたしは、願いを叶えたい」
釘付けになるラットを貪欲に呑み込み、彼女は続ける。
「あなたと一緒なら、感情がわかるかもしれない」
だから……。
「わたしも連れていって……」
考えた。
無関係な彼女を道連れにしてしまっていいのか。
考えて、考えて。
逸れぬ瞳に、負けた。
「わかりました。一緒に行きましょう、魔機屋さん」
笑いかける。
そして、ゆっくりと墓標に向かって屈み、目を閉じて手を合わせる。
「何をしているの?」
降ってきた声に、答えた。
「祈ってるんだよ。見守っていてください、って」
ナレッジ・テクノ博士。
数々のアーティファクトと、ギアノイドを生み出した、稀代の大天才。
あなたの遺した望みを叶えるため、娘さんは、僕と旅に出ます。
平穏な旅にはならないでしょう。
怪我をさせてしまう場面もあるかもしれません。
大切な娘さんを巻き込むことを許してください。
もしもの時は……僕が命をかけて守ります。
だからどうか、見守っていてください。
そう祈っていると、彼女が隣で屈んだ。
同じように手を合わせ、目を瞑る。
「行ってくるね……お父さん」
祈りを終え、二人は立ち上がる。
そして、彼女は向き直った。
「……〝ミル・テクノ〟」
ぽつりと聞こえたそれが、彼女の名前だと理解する。
「僕は〝ラット・クリアノート〟です。よろしくお願いします、ミルさん」
彼女は首を横に振る。
「……ミル」
言葉は足りないのかもしれない。
だが、彼女はじっと見ていた。
食事処で、町中で、同じ旅路を共にする冒険者たちのやり取りを。
感情を得るために旅の仲間として信頼関係を築いていきたい。
……ということなのだろうか。
それともただただ憧れていたのかも____。
ラットは頷いた。
「よろしくね、ミル。僕のことも〝ラット〟って呼んで」
「よろしく……ラット…………」
*
お化け屋敷のアイテム屋とガラクタ置き場の魔導機械屋。
嫌われ、目にも止められなかった二人。
名声が欲しいわけじゃない。
語り継がれない__物語の脇役だってかまわない。
それぞれの想いをもって歩き出す。
僕たちの旅はこうしてはじまったんだ____
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットと……
ミル……
で、雑談コーナーをやっていきます。
ん……
とうとう名前が公開されたね。
ん……
これからは、魔導機械を作っているところを間近で見られるなんて楽しみだよ。
今までも見てた……
……そうだね。
(あれ? そういえば、これからずっと二人きり……!?)
どうしたの?
い、いや、何でもないよ。
ちょっと緊張してきただけ……
そう……
次回からは新章になります。
よろしくお願いします……




