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第66話 束の間の安息

 イオーネとの激戦から、数日が経過していた。


 命を削るような戦いだった。

 護衛隊シルヴァンガードの多くが負傷したことは街中へと知れ渡り、大きな混乱こそ起きていないものの、フルーテンにはどこか張り詰めた空気が漂っている。


 ベルゼルとの戦闘で大きく消耗していたリオンは、ようやくラットたちと訓練できるほどまで回復していた。ラット、ミル、リオンの三人は、フルーテンへ来てから日課となっていた訓練を今日も行っている。


 戦いは終わった。

 だが、誰も油断はしていない。

 あの戦いを経験したからこそ、より強くならなければならないと理解していた。


 そして、今日はその様子を病室から抜け出してきたベルゼルが眺めている。


「お前はもう風の国の冒険者でいう〝A級〟を名乗っても問題ないと思うぞ」


 ベルゼルの見立てでは、ムラこそあるものの、リオンはすでにその域へ到達しているという。特に分析力と集中力は目を見張るものがあり、A級冒険者の中でもここまで優れた者はそう多くないらしい。


「魔力なしで、ここまでやれるやつははじめてだ。何がきっかけでここまで強くなったんだ?」


 ベルゼルは、魔力を持たないリオンがここまで強くなれた理由に興味を惹かれているようだった。


「そういえば、鍛冶をするようになってから結構頭を使うようにはなったよな~」


 剣を振りながら答えた。


 リオンは鍛冶を通して、どうすればより良いものを作れるのか、使い手にとって何が最善なのかを常に考えてきた。


 そうして積み重ねてきた思考が、今の分析能力へ繋がっているのだろう。

 ベルゼルにはそう思えた。


「それと、やっぱ旅に出たことかな〜。いろんなやつと戦えたし、勉強になったんだよ」


 ベルゼルに勝てたのは、ラットたちとの旅があったからだ。


「俺、もともとは王都で騎士団の連中と訓練してたんだけど、対処の仕方が偏るんだ」


 一度有効な対処法を見つければ、自然とそこを重点的に突くようになる。

 しかも、相手が同じ流派ばかりなら、その頻度は多くなってくるのは必然だ。

 次第に戦いの型が固まってくる。


 そうして固まった戦いの型を、旅での経験が大きく変えていったのだろう。

 強敵との戦いを重ね、その度に考え、足掻き続けてきた。

 王都では得られなかった経験のすべてが、今のリオンを作り上げたということだ。


「ま~、強いのは強いんだけどな」


「贅沢な悩みだ」


 ベルゼルは小さく笑った。

 国のトップに位置する騎士たちと訓練するなんて、そうそうできることではない。

 少なくともリオンの地力の一旦はその経験が担っているはずだ。


「それはそうなんだけど、めちゃくちゃきつかったぜ? 子供相手でも容赦ねぇし」


「期待されてたんだろ」


「ま〜、でも裏切っちまったからな」


 リオンはどこか自嘲気味に笑った。


「魔力の有無はどうしようもない。ないなら諦めろって言うのも間違いじゃない。命に関わるからな」


 ベルゼルは真っ直ぐリオンを見る。


「お前を突き放したやつも、お前を思って言ったんだろ。あまり責めてやるなよ」


「わかってる。今はやりたいことやれてるし、仲間もいる。だから別に気にしてないよ」


 そう言うリオンの表情に、暗さはなかった。

 死闘を繰り広げたからだろうか。

 リオンとベルゼルは、すっかり打ち解けていた。


「それにしても旅か……。あいつとの旅は、たしかに勉強になりそうだな。あいつはお前と少し似てる」


「ラットな。そろそろ名前覚えろよ。エレさんの仲間でもあるんだぞ」


「悪い悪い。人の出入りが少ない街だから慣れてないんだ。名前を覚えるのが苦手でな」


 意外な弱点に、リオンは吹き出した。


「旅の間にしっかり学ばせてもらえ。そうすれば、素の力で俺のところまで来る日もそう遠くない」



「俺、本当は鍛冶師だから、そこまで強くなる必要なかったんだけどな」


 リオンの目標は強くなることではない。

 最高の鍛冶師になることだ。


 だが、かけがえのない仲間ができた。

 仲間が命を懸けて戦うなら、自分も力になりたい。

 そのために、今は仲間を守る力を望むようになった。


「俺も追い抜かれるつもりはない。怪我が治ったら再戦だ」


 ベルゼルはそう言いながら、リオンの構えを見て眉をひそめた。


「……おい。そこ、もっと流れを意識しろ。押し込むんじゃない。巻き込むように斬るんだ」


「お、おう」


 どうやらそのまま指導する気になったらしい。


「……っていうか、あんたもかなりの重症だったろ。本当にいいのか? 病室抜け出して」


「ああ。護衛隊には指揮する者が必要だからな。いつまでも寝てはいられん」


「何言ってるの!」


 直後、鋭い声が飛んだ。


「エレ様!?」


 見ると、エレがこちらへ早足で向かってきている。

 ベルゼルを睨みながら。


「ベルゼル、ダメよ! 絶対安静って言われてるでしょう!? 医者のみんなに迷惑かけないでちょうだい! 私のところにまで苦情が来てるのよ~!」


「あ、いや、その……」


「護衛隊はしばらくエレが指揮するから、あなたは寝てなさい!!」


 ベルゼルは従者たちに連行されていく。


 どうやらエレには頭が上がらないらしい。


「エレ! 見回りから戻って来られたんですね」


 ちょうどそこへ、ラットが駆け寄ってきた。



 イオーネとの決着がついてからというもの、エレは連日忙しかった。話をした回数は片手分しかない。そんな多忙な彼女に会えるとはタイミングがいい。ラットはここぞとばかりに訊いた。


「護衛隊の様子はどうですか?」


「あまりいいとは言えないわね~……」


 護衛隊の中で、戦闘で大きなダメージを受けた者たちは魅了が解除されていた。

 一方で、身動きを封じただけのように、ダメージを負っていない者たちは、まだ魅了の影響が残ったままだった。


「エレ、どうするつもり?」


「イオーネちゃんの言葉がなければ、今のところ無害みたいなのよ~」


 どうやら魅了されただけなら、通常の状態と変わらないらしい。

 先日はイオーネの命令がトリガーとなり、敵対していたようだ。

 イオーネが倒され、今は有効な命令がなくなったということなのだろう。

 大人しいらしい。


「だけど、彼女の動向がわからないから油断はできないわね~」


 命令があれば、敵対される。

 だからこそ、イオーネの動向には細心の注意が必要だ。


 接触されないように、見回りは彼らにはさせていないらしい。

 怪我が比較的浅いものや精霊たちに、彼らを見張らせているようだ。


「精霊魔法使いのみんなだけじゃね〜」


 エレは腕を組み、困っていた。

 行方を眩ませていた精霊魔法使いたちは、フルーテンの牢屋に幽閉されていた。


 牢屋ならすぐに見つかりそうなものだが、フルーテンのそれは普段ほとんど使われていない。

 せいぜい密猟者を一時的に拘束する程度だ。

 用があって足を運ぶことはない。

 だからこそ、盲点だった。

 捜索の際、エレ一人で街中すべてを確認することはできない。

 そのため、魅了された護衛隊が牢屋を確認したと報告すればよかったのだ。


 魅了もされておらず、怪我もない精霊魔法使いの隊士たちは、護衛隊としてすぐに活動できた。

 だか、彼らは後衛だ。


 前衛がいないのだ。

 今は前衛としてもある程度戦える、エレがそれを務めている状態だった。


「また少ししたら、見回りよ〜」


 エレから愚痴がこぼれる。

 だが、それもしょうがない。

 慣れない前衛、護衛隊の指揮に加え、

 今まで分担してやっていた見回りを少ない隊でまわしている。

 しかもその半分に、エレは同行しているため、酷使され続けているのだ。


「これは流石に、勇者パーティとして集まれませんね……」


「大変なときなのに、ごめんね〜」


 ロックは怪我、エレは街の護衛。

 これで二人、勇者パーティのメンバーが集まれないことが決定した。


「しょうがないです。それにイオーネもすぐには行動に移せないと思います」


 どうやらイオーネは、一か月ほど前から暗躍していたらしい。

 はじめは、護衛隊の者が一人になる瞬間を狙って魅了していたという。

 魅了には時間がかかることもあるようだが、その分、慎重に確実に支配していったようだ。

 つまり、あれほど強力な魅了であっても、この規模の人数を掌握するには相応の時間が必要ということになる。


 これほど警戒されている以上、イオーネが再びフルーテンへ戻ってくるとは考えにくい。

 仮に別の町を狙っていたとしても、ここからは距離がある。


 少なくとも、すぐに何か仕掛けてくる可能性は低いだろう。


「エレさん、そろそろ」


 ポニが呼びにきた。


「もうなの〜!?」


 そう叫んだエレの目元には涙が滲んでいた。


 あれからポニはフェンリルに乗り、エレや護衛隊とともに、見回りに参加していた。


 護衛隊は前衛の負傷者が多い。

 そのため、臨時で元魔獣兵器であるフェンリルと共に、ポニが加わることになったのだ。


 フェンリルは、神の使いとも呼ばれる種類の魔物だ。

 俊敏性と高い戦闘能力を持ち、狼である以上、嗅覚も優れている。

 その実力は申し分ないだろう。


「それにしてもほんと驚いたわよね〜。まさかフェンリルを使役するなんて~」


 ポニ本人は戦うのは好きではない。

 家に帰るまでの力だが、それには十分すぎるくらいの戦力だ。


 それに、旅に出たときの訓練も兼ねていた。

 最初こそ、エレと一緒に見回りを行っていたが、今はポニが一人で前衛を担当している。 見回りのもう半分をポニが請け負っていた。


「お願い、ポニちゃ~ん! 護衛隊のみんなが回復するまでここにいない? ポニちゃんがいなくなったら、エレ、過労で倒れちゃうわよ~」


 切実だ。

 エレのこんな姿見たことがない。


「エレ、ご両親だって心配してるんです。早く帰してあげましょうよ。それにもう見回りですよね」


「もうラットくんのばか〜」


 エレはふくれながら去っていった。


「あれ、もしかして旅のメンバーで、今一番弱いの俺?」


 エレとのやりとりを聞いていたリオンが口を開いた。


「大丈夫、僕の方が弱いよ」


 ラットは誤魔化すように笑った。


「いや、ラットの強さはそういう強さじゃないじゃん」


 リオンは露骨に肩を落とした。


「リオンさんは強くてかっこよかったですよ。あのときは助けてくれて、ありがとうございました」


 ポニはそう言ってリオンに微笑んだ。


「おっ、おう」


 裏などない。

 まっすぐ褒められたことで、リオンは少し照れくさそうに頬を掻いた。

 どうやら落ち込んだ気持ちは一瞬で吹き飛んだらしい。


「そういえば、いつここを出るんだ?」


 赤くなった顔を誤魔化すように、リオンは話題を変えた。

 ラットは訓練していたミルを呼ぶ。

 そして、集まった仲間たちへ告げた。


「実は明日には出ようと思ってる」


 マナベル越しのヒーロを含め、エレ、ラットで今後について話し合っていたのだ。

 やはり、できる限り早く仲間たちと合流した方がいいという結論になった。


 イオーネはしばらく動けないだろう。

 だが、依然として魔族の脅威が消えたわけではない。

 トゥーロを含め、他にも仲間が潜伏している可能性が高いからだ。


 そうなれば気になるのは、未だ連絡の取れない仲間たちだった。

 せめて安否だけでも、できる限り早く確認したい。



 リオンも回復した以上、もうここに留まる理由はなかった____。



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。

今回は、この方に来ていただきました。


ベルゼルだ!


なんとか、フルーテンの危機を乗り越えることができましたね。


まあ、そうなんだが……。

まさか、自分たちが護衛対象を脅かす側になるとは思わなかった。


イオーネさんの件については、仕方ない部分もあると思いますよ。

加護と同等の力が関わってましたから。


そうなんだが、護衛隊シルヴァンガード全員がこの失態だからな……。


相手も、かなり綿密に計画していたみたいですしね。

エレへの対策もしっかりされていました。

もし僕たちが知らずに標的にされていたら……

相手の方が一枚上手だった、ということですよ。


……そうかもしれんな。

この度は、本当にありがとう!


いえ。

僕たちも助けられてばかりでしたから。


ところで、エレの元で働くのは長いんですか?


そうだな。

先代の神子の頃からだから、護衛隊としては私の方が少し長い。


そうなんですね。


それでも、子供の頃から一緒に育った仲だからな。

ほとんど変わらない。


エレは、フルーテンではどんな感じなんですか?


良くも悪くも、いつも通りだよ。

先日の儀式といい、思いつきで何か始めることも多い。


エレらしいですね。


だが、分け隔てなく接するから、子供たちからも慕われている。

それに、いざという時はしっかり決めてくれるからな。

私自身、尊敬しているんだ。


うん。

僕もそう思います。

素敵な方ですよね。


ふっ……


次回は、いよいよ四章の最後です!!


よろしく!


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