第65話 月下の水槍
大地が輝く____。
(なぜ? 特級魔法を使用しようとしているの?)
地面に展開される巨大な魔法陣を見て、イオーネは冷静になり、辺りを見回した。
(護衛隊は……どこへいった…………の?)
イオーネは、エレの精霊魔法を、特に自分を倒しうる〝特級魔法〟を警戒していた。
魅了した護衛隊に自身の周りを守らせていたが、今はそれが忽然と消えていた。
ふら____
(なに……? なんだか…………)
イオーネの視界が揺らいだ。
(これは……力の影響じゃない…………)
このとき、イオーネの体には異変が起きていた。
(そういえば、……さっきから…………匂いを感じな……………………い)
それは感覚を奪い__。
(体が……重い……………………)
体の動きを鈍化させ__。
(思考が……働かない………………)
思考を薄れさせていった____。
(…………なにをされたの…………………………………………?)
それでも最低限の状況は理解していた。
ここから逃げなければ、確実に倒される。
しかし……
ガクッ______
(変化が…………)
意識が薄れたことで、ギリギリで制御していた力が崩れ始めていた。
(維持できていない…………?)
細かな感覚がいつもより曖昧だった。
頭に薄い膜がかかったように思考が鈍い。
それでもイオーネは逃げようとする。
一歩。
また一歩。
足取りは覚束ないが、まだ動ける。
ただ、思ったよりも体がついてこない。
その僅かな違和感が、不気味だった。
だが、その違和感に意識を向けるほどの余裕はすでに存在していなかった。
*
イオーネの攻撃をフェンリルの助力で回避した後、ラットはハイドマントに身を包み、行動を開始していた。
気づかれないように、少しずつ少しずつ、薄く薄く、ある薬品を散らしていく。辺りは魔力によって淡い光を放っている。それが散らした薬品を照らし、霧のように朧げに、薄っすらと漂わせていた。
イオーネは次第にその薬品に包まれていく。
しかし、気づかれることはない。
ラットが放ったそれは、
嗅覚を奪い、
体の感覚を鈍らせ、
動きを静かに縛っていったからだ。
本来は思考さえも蝕むが、攻撃が通らないわずらわしさに煽られたのだろう。鈍麻させるだけで、停止までには至っていない様子だった。
ラットが散布していたものは、〝麻水〟と呼ばれる薬品だった。
__麻水
神経に作用する薬。
神経の働きを一時的に鈍らせ、感覚や反応を低下させる。
本来は医療用として怪我や病気の治療の際に、痛みや意識を抑えるために用いられる。
魔力での作用ではないため、加護を持つ者にも効果がある。
意識や感覚が鈍ったことで、イオーネは気づいていなかった。
自分の視界の外で、戦況が大きく動いていることに。
「ミル、エレ!! エレはフェンリルとも一緒ですね。手分けして護衛隊の無力化。一気にいきますよ!!」
ラットの呼びかけに応えるように、
ミルが、エレが、フェンリルが、護衛隊を次々と無力化していった。
力を失った護衛隊をそれぞれがラットの鞄へと避難させていく。
「これで全員ですね。エレ!! お願いします!!!」
「いくわよ!!」
そして、完全に護衛隊が沈黙した折、エレは特級魔法の詠唱を開始した。
未だにイオーネは気づくことはない。
自身に何が起きているのか。
護衛隊に何が起きたのか。
今、何が起ころうとしているのか。
彼女は気づかない。気づけない。
エレの魔力が練り上がり、一帯に巨大な魔法陣が展開されるまで。
大地を満たし境界を消せ__。
流れよ、広がれ、すべてを沈めろ____。
その水よ、静なる槍となり、無数に穿て!
<__ジ・ネビュラ・アクアランス>
光り輝く魔法陣から大量の水が溢れ出す。
ザアァァァ________________________
大波は一帯を瞬く間に呑み込み、森を溺れさせていった。
ザブザブ_____
「これが精霊魔法の最高峰…………」
リオンが呟く。
そして、広がった湖はイオーネを捕らえていた。
森の中、地面は消え去り、湖に沈んだような景色が辺りに広がる。
水面には夜空に浮かぶ月が映っていた____。
エレの叫びが響き渡る。
『________穿て!!』
エレの掛け声とともに水が膨れ上がり…………
ドドドドドドドドド___________________
巨大な槍が一斉に放たれる。
槍はイオーネを貫き、夜空へと突き上げた。
ズズウゥゥゥゥゥ________ゥゥゥゥゥン
水の槍が魔力となって霧散していく____
それとともに、イオーネは地に落ちた。
作り上げた体が徐々に崩壊していく。
「特級魔法……とんでもない威力だったな。弱ってきていたとはいえ、あれを一撃でやっちまうなんて…………」
リオンも呆気に取られている。
「確かにエレの精霊魔法はすごかったんだけど、気になるのはやっぱりこっちの力だよ」
ラットは改めて、イオーネの体を見た。
「これほど自在に体を変化させることができるなんて……」
擬態した魔物が元に戻るような感じでもないし、もちろん幻覚というわけでもない。どちらかというと、スライムが好き勝手に体の形を組み替えるような、そんな感じだった。
だけど、スライムのような流動体ならまだしも、イオーネはそれに合致しない。そんなことができるなんて、聞いたことがない。
加護に匹敵する力を想起させた。王都では加護を制限していたし、やはりそういう力がある前提で動いたほうがいいとラットは考えた。
「みなさん、意識を取り戻す前にイオーネを捕らえましょう」
「あれ喰らって生きてるか?」
「わからない。だけど、もともとの彼女は僕たちと同じサイズだし、残った肉片を集めれば、人一人くらいにはなるよね。どういう仕組みかわからない以上、確かなことはいえないけど」
そういって、イオーネの作り上げた体が消えていくのを見届けた。
しかし、すべてが消えた後、そこにイオーネの姿はなかった。
「おい、なにも残らなかったぞ……」
「いえ、皆さん、これを見てください」
ラットが見つけたものは、地中に続く穴だった。
「どうやら再度体を変化させて、本体だけ地中から逃げたのかと」
「どうする? 追うか?」
「……魅了もあるし、力の得体も知れない。無理に追うのは危険かと」
「そうね~。護衛隊が完全に動けなくなっちゃったから、捜索もできないし。もし追ったとして、少数のときに出くわしたりなんかしたら、次こそ厳しいかもね」
「まだこれほどのことができるなんて…………」
ラットたちは勝利こそした。
だが、暗躍しているものの底知れなさも実感せずにはいられなかった____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
エレよ~!
エレの特級魔法。
何度見てもすごいよね。
ふふっ♪
そうでしょ~?
あの巨体を、一撃で倒しちゃうなんて。
その分、発動までに時間はかかるんだけどね~。
それでも十分すごいよ。
特級魔法って、膨大な魔力が集まるせいで、発動前から周囲の地形に影響が出るんだよね。
そうそう~。
今回は、水の魔法だったから湖みたいになったのよ。
たしかにあれは湖だったよね……。
しかも、水面に反射した月がすごく綺麗で。
うふふ♪
戦闘中じゃなかったら、もっとゆっくり眺められたんだけどね~。
淡く魔力が揺らめく森の中、月を映し出す湖。
幻想的だったなぁ。
でしょ~?
次回は、戦闘後のみんなの話だよ。
よろしくね~♪




