第64話 継ぎ接ぎの怪物
月が浮かぶ深い森。
それを覆う砂塵の中から、巨大な影が姿を現した。
周囲には溢れ出した魔力が靄のように漂っている。
その淡い輝きが砂塵を照らし、異形の輪郭を夜の森へと映し出していた。
頭部はワータイガー。
鋭い牙を覗かせるその顔は、獲物を逃さぬ猛獣そのもの。
ドラゴンを思わせる巨躯は、ゴーレムの如き岩の鎧に覆われ、
その両腕からは敵を引き裂くための巨大な爪が伸びていた。
ゴオォォォォォ__________________
その巨体を避けるかのように、風が通り抜け、不気味な音が響き渡る。
「みなさん、無事ですか?」
マナベル越しにラットは確認する。全員がそれに答えた。
「ラット、あれ…………」
「イオーネです」
ラットはその場にいなかったミルに詳しい状況を伝えた。少し離れたところで戦っているミルからもあれだけの巨体だ。はっきり見えているだろう。
「おい、ラット。あんなん勝てるのか?」
リオンが乾いた声を漏らす。
無理もない。
視界を埋めるあの巨体に対し、誰もが有効打を与えられそうな武器を持っていなかった。
仮に攻撃が届いたとしても、イオーネにとっては蚊に刺された程度。
傷と呼べるほどのダメージになるとは思えなかった。
「可能性があるとすれば……」
そのときだった。巨大な爪がある方向へと向けられる。
「狙いは僕か……!?」
ワータイガーの嗅覚を持つ頭が的確にラットを探し当てていた。
これまでラットの戦略により、イオーネを劣勢に追い込んできた。ラットをまず最初に倒しておきたいと思うのは当然であろう。
ぐにゅるるぅうううるうぅ_______
ラットへと向かっていた触手は、枝のように分かれ、ラットの元へと降り注いだ。
ドドドドドォオオオオォォォォォ______ン
ラットは空気銃を向け、〝氷水〟を放って触手を凍らせる。動きを制限したことで、攻撃を避けることには成功した。
「ぐぅっ……」
だが、割れた地面。その破片がラットに直撃した。
ぐにゅ_______
止めを刺そうと、触手がさらなる枝分かれをして、ラットへと向かう。
がっ__
その追い打ちを防いだのは、フェンリルだった。ラットを咥えて、距離を取る。
他の仲間たちもラットの居場所を正確に把握できていなかったが、フェンリルだけは鼻が効く。マナベル越しの音を聞いて、嗅覚を頼りにラットのピンチを救ってくれたようだ。
「ラットさん、大丈夫ですか?」
フェンリルの背中に乗ったポニが話しかけてくる。
「ありがとうございます。助かりました」
「ラットさんもこちらへ」
「いえ、僕は大丈夫です。相手が嗅覚で位置を補足してくるのなら、これを使います」
ラットは鞄からハイドマントを取り出して、自身に羽織った。
「ぐるるるぅうるぅぅ…………」
「ほんとですね。リルくんもわからなくなったっていってます」
「フェンリ……リルくん。こちらを…………」
唐突に発せられたフェンリルの愛称。
それに戸惑いつつも、ラットは強化薬を使用し、フェンリルの防御と速度を上げた。
「リルくんにやっていただきたいことがあります……」
ラットの話を聞き、フェンリルは駆け出した。
しかし……
「きゃっ……。大丈夫…………。もっとしっかり掴まるようにするね」
マナベルを通して聞こえてくるポニの声。
「ポニさん、どうかされましたか?」
「あっ、いえ、違うんです。思ったよりも速かったので……」
「そうか。リルくんの速度にポニさんが……」
ラットも考慮することができなかった。テイマーという職業は珍しくなくても、フェンリルを使役したなんてことは聞いたことがない。その背中に乗って戦うことで、どれほどの負荷がかかるかを。
(どうする? ハイドマントをポニさんにも渡すか? いや、だめだ……)
ポニは一般人だ。
例えイオーネに捕捉されなかったとしても、あれだけの巨体の攻撃なら巻き込まれる可能性が高い。ラットのように攻撃を予測しながら躱すなど、到底無理に決まっている。
(かといって、このままフェンリルの背中に乗り続けることも……)
ラットが思考を巡らせていると……。
「俺のところに来いよ。ポニは俺が守る…………」
マナベル越しにリオンが話しかけてきた。おそらくラットの考えていることを察したのだろう。
「リオン……。速力の水、使用したでしょ? もうところどころ身体の感覚がないんじゃない? それに怪我も……」
ラットはリオンが渡した速力の水を使ったと確信していた。遠目に見てもわかる血の跡と怪我だ。そうなる前に、副作用があったとしても使うだろうことは容易に予測できる。
「ああ、そうだな。もう大した戦力になれそうにない。だけど、守るだけならやりきってやるよ。他のやつらが万全に戦えるようにな!」
「リルくん、リオンさんのところへ連れていって!」
話を聞いていたポニがフェンリルに頼む。
「だけど、守られるだけじゃないです。わたしも精霊魔法でリオンさんを守ります」
「はは、こりゃ頼もしいや……」
リオンはポニの言葉を聞いて笑った。まさか守ろうとしていた相手に〝守ります〟なんて言われるとは微塵も思わなかったのだろう。ラットからしてもその言葉に笑みが零れる。
「そういえば、ラット。さっき何か言いかけていなかったか?」
リオンが問いかけてくる。
「現時点で可能性があるとすれば、エレの精霊魔法。それも〝特級魔法〟が最も効果的だと思う」
「ならっ!!」
「残念だけど、今は使えないかな~」
エレが言葉を挟んだ。ラットも同意する。
「粉塵で見えにくいけど、護衛隊がイオーネの周りに集まっているんだよ」
巨大化したイオーネの周りには護衛隊が集まってきていた。
今までと同じだ。
エレの精霊魔法を阻止するためだろう。
「くそっ、ほんとどうしろっていうんだよ」
唯一の攻撃手段も対策されている状態だ。リオンが憤りを感じていても仕方がない。
「大丈夫。もうラットくんが対策は打ってくれてるわよ~」
「はい。だから、今は耐えて! 僕がみんなを支えるよ」
「……わかった。あとは任せたぜ!!」
打開の一手はすでに見えている。あとは機を待つだけだ。全員の意思が重なっていく。
*
体を変質させたイオーネは、精密な魔力操作と詳細なイメージによって、暴走しかねない力を制御していた。
(なによこれ……。少しでもイメージが崩れたら、それに合わせて体も崩れる。それに魔力操作を誤れば、風船みたいに破裂しそうじゃない……)
イオーネは暗躍していた間、王都のみならず、このフルーテンの護衛隊までも魅了によって掌握していた。
相手が心を許しやすい理想の姿を思い描き、その姿へと変化して近づく。
そして〝魅了〟する。
魅了した後は魔力操作によって相手を操り、自らの手足として動かした。
長期にわたり、それを繰り返してきた経験が、今のイオーネを支えていた。
この異形の肉体すら辛うじて維持できたのだ。
(まずは……あのラットとかいうやつよ)
これまでもラットを中心に劣勢に追い込まれてきた。まず最初にラットを倒しておきたい。それに今なら臭いで追うことができる。
ぐにゅるるぅうううるうぅ_______
ラットを攻撃するが、あと一歩のところでフェンリルに妨害された。
(くっ、裏切っただけじゃなくて、とことん邪魔をするつもりね)
イオーネは身体中から触手を生やし、全員へと襲い掛からせた。
ぐにゅるる_______
フェンリルは強化された俊敏さで木々の間を駆け抜ける。
触手が大木を貫き、地面を抉る。
だが、その悉くを躱していく。
ぐりゅるるるぅぅ____
イオーネの腕が変形し、巨大な爪となって振り下ろされた。
ゴゴオオォォォ____________ォォォン
地面が砕ける。
しかし、その一撃も空を切る。
さらに爪は伸びる。
鞭のようにしなりながらフェンリルを追う。
ザッザッザッザッ__________ザッ
フェンリルは木を蹴り、跳び、紙一重で回避した。
リオンとポニにも触手が迫る。
一本ではない。
二本、三本と触手は枝分かれしながら襲い掛かる。
「きたぞ!」
リオンは迫る触手へ剣を振るう。
受け止めるのではない。
軌道を逸らし、その勢いを利用して別の触手へとぶつけた。
<私を守って__風の宿>
その隙にポニが精霊魔法を放った。
風が渦を巻き、迫る触手を弾き飛ばした。
イオーネは、
一本弾かれれば二本。
二本躱されれば四本。
次第に数を増やしていく。
終わりの見えない猛攻は続いていった____。
そして、気づく。
(あのラットとかいうやつも臭いで追えなくなってる)
ラットの位置がつかめなくなっていることに。
(また何か企んでいるの?)
神経を逆撫でされ続け、イオーネの苛立ちは膨れ上がっていく。
(これならどう? 全員まとめて焼き払ってあげる)
触手の先端が次々とドラゴンの頭へと変貌した。
開かれる顎。
無数の喉に魔力が収束する。
<我を守れ水の壁__ソル・アクアウォール>
「護衛隊を巻き込まない防御魔法なら使えるのよ~」
森を埋め尽くす炎が放たれた。
水の壁へ炎が激突する。
蒸気が爆発するように周囲へ広がった。
視界が白く染まる。
その瞬間だった。
地中へ潜ませていた触手が飛び出す。
「ぐるるるぅぅっ!」
フェンリルがエレを咥えて跳んだ。
触手は空を切る。
だが一本ではない。
二本。三本。五本____。
地面という地面から触手が噴き出した。
地中から飛び出した触手が、四方八方からエレへと襲い掛かる。
「うそっ!?」
逃げ場がない。
前方を三本の触手が塞ぎ、左右からは鋭い槍のような触手が迫る。
その背後からは巨大な顎が噛みつこうとしていた。
「ぐるるるぅぅぅっ!!」
その瞬間、フェンリルが正面の触手めがけて突っ込む。
鋭い爪が触手を引き裂き、強引に包囲網へ穴を開けた。
三又の矛を手元へとよせ、即座に詠唱に入る。
<打ち砕け__アクアハンマー>
空いた突破口へ水の槌を叩き込み、触手を押し戻した。
さらに、祭具の大剣が横薙ぎに振るわれ、道を塞ごうとした触手を弾き飛ばす。
フェンリルはその隙を逃さない。
エレを乗せたまま突破口へ飛び込み、一気に包囲を抜け出した。
直後、先ほどまでいた場所へ触手の群れが殺到する。
わずかに遅れていれば、飲み込まれていただろう。
(何度も何度も邪魔をして……!)
イオーネの体が脈打つ。
新たな触手が生え。
新たな爪が伸び。
新たな顎が開く。
攻撃は止まらない。
避けても。
防いでも。
その先から次の攻撃を繰り出す。
あと一歩のところで逃げられる。
決定打が届かない。
これだけの力を手に入れたというのに。
圧倒しているはずなのに。
目の前の獲物たちは、しぶとく生き延び続ける。
その事実が、イオーネの神経を少しずつ削っていった。
(いつまで逃げてるつもり!? 逃げ回っていても勝負はつかないわよ!)
イオーネの視界は怒りで赤く染まり始めていた。
そのときだった。
大地が輝いた。
地面を覆う巨大な魔法陣が展開された______
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
イオーネさん、すごかったね。
……イオーネ?
ミルは、その場にいなかったからわからないか。
……ん。
あれはイオーネさんが肉体を変化させた姿なんだよ。
……すごく大きくなってた。
うん。
もともと綺麗な人だったから、余計に信じられないよね。
……それに、強かった。
そうだね。
能力の仕組みはまだよくわからないけど、最初は僕のことも認識してたんだ。
だから、嗅覚とか感覚器官まで変化させてるのかもしれない。
……すごい。
うん。
正直、今まで戦ってきた相手の中でもかなり厄介な部類だと思う。
ラット……勝てそう?
もちろん勝つよ。
エレ、ミル、リオン、ポニさん。
それに、新しく仲間になったフェンリルもいる。
このメンバーなら、十分に勝てるさ。
……よかった。
あと一息だ。
頑張ろうね!!
……ん。
次回は、いよいよ決着です!!
……よろしく。




