第63話 鎖断つ疾滅の銀狼
イオーネは足を蛇のように変化させ、リオンたちの元へと向かっていた。
見えてきたそこには、辺りを警戒するリオンと、倒れたベルゼルを治すポニの姿があった。
まさかベルゼルが負けるとは思わなかった。
しかも、あんな若い剣士に。
剣士の身体を見れば、壮絶な戦いがあったことは想像に難くない。いつ倒れてもおかしくないほどの血が、剣士の服には付着していた。
(今なら……)
イオーネはすぐさま突入しようと考えたが、辺りをくまなく見渡す剣士の鋭い視線が止めた。
相手はベルゼルを倒すほどだ。
安易にいけば、手痛い反撃を受けるかもしれない。
だからといって、いつまでもここにいれば、エレたちが追いついてくる。
攻めあぐねていると、リオンが警戒を緩め、ポニへと意識を向けた。
スルゥゥゥ_______
意識の隙間を縫うように近寄る。
「まさかベルゼルが倒されるなんてね」
スル____
「きゃっ」
イオーネは、腕を再度触手のように変化させ、ポニを巻きつけるように捕らえた。
「イオーネ!? ポニを返せっ!」
ヒュッ__
剣を即座に振るい、ポニを取り返そうとするリオン。しかし、イオーネは蛇の体を操って後ろ向きに移動し、すぐさま距離を取った。
「待てっ!」
ガクッ__
接近を試みようとするリオンの膝が折れる。剣は使えても、走れるだけの力は残っていないようだ。
そこへエレがやってきた。
「ポニちゃんをどうしようっていうの~?」
「わかっているでしょ。人質よ。動かないでね」
「むぐ……むぅうううぐぅぅぅ……………………」
イオーネは追いつめられていた。
護衛隊は、その力を削がれつつあった。
森人族たちはミルとロックにより倒され、
妖精族たちもその大半を失った。
能力も攻略されつつあり、ベルゼルでさえも倒されてしまった。
人質をとったところで、大人しくエレを差し出すのか?
この少女にどれほどの価値がある?
相手はあのエレだ。
精霊の神子……精霊信仰のトップであり、勇者パーティの一人でもある。
エレの命を差し出せといったところで、
一般人である少女と釣り合うわけがない。
やむを得ない。
こいつを人質にいったん退却する。
イオーネは懐から笛を取り出した。
(怪我をしていても人質がいれば……)
「あれは……サモナーホイッスル?」
__サモナーホイッスル
主従関係のある魔物や使役している魔物を呼び寄せるための笛。
ピイイイィィィィィィ__________
笛の音が森全体へと響き渡る。
…………ザッ…………ザッ……ザッ……ザッ……ザッザッザッザザザ_________
遠くから木々の隙間を高速で移動する音が近づいてくる。
そして、
ザッ____
現れた白銀の影。〝疾滅の銀狼フェンリル〟だ。
「あらっ、あなた、怪我が治っているのね……。護衛隊の誰かかしら?」
イオーネは森での出来事を知らない。
脅威となるフェンリルを治療するものなど、魅了していた護衛隊しか考えられない。
「なら好都合だわ。エレを殺しなさい!」
だが。
「ぐるるるぅぅぅ______」
フェンリルは、動く気配を見せない。
「なにをしているの?」
フェンリルは、エレの様子を窺う。
「ぐるるるぅぅぅ______」
そして、イオーネが抱えるポニを見た。
「人質で攻撃をためらっている内に早く殺りなさい」
ドッ__
動いた。
フェンリルの前足に潰されているのは、〝イオーネ〟だった。
「……!?」
イオーネは目を見開いていた。
(いったい何が起こったの?)
なぜ、エレではなく、主人たる自分を?
イオーネは何が起こったのか、まるで見当がつかなかった____。
(……体が……………?)
イオーネも一見ダメージがないようにも思えたが、力の酷使による消耗が確実に体力を蝕んでいた。それがフェンリルの一撃で、限界に足を踏み入れていた。
*
フェンリルの裏切り。イオーネの反応は当然だった。
本来、フェンリルは主従関係を重んじる魔物だ。
主人に反するなど、よっぽどのことがない限りありえない。
しかし、フェンリルにとって、その〝よっぽどのこと〟が起きていた。
怪我をしたフェンリルは、発見された時点で一度命を諦めた。
それを救ったのが、なんの力も持たない少女だった。
少女に庇われ、傷の手当をされ、さらには命を諦めるなと諭された。
最後まで命を諦めないこと、野生の筆頭たる自分は理解しているはずだった。
自分を倒したものと主従契約をし、〝魔獣兵器〟として、さらなる強さを得ていた。
その反面、飼いならされたことにより、潔さが美徳と思うようになっていた。
しかし、少女の言葉を聞き、自分が野性を失っていることに気がつかされたのだ。
どちらが正しいのかは、よくわからない。
だけど、次は野性を失わず、誇り高く生きようと考えた。
一方的に主従関係を破棄したことで、命を奪われるかもしれない。
だけど、これは諦めではない。
気づかせてくれたこの少女を助けて、最後まで誇り高く生き抜く。
そう決めたのだ。
フェンリルは、ポニを口で咥え、イオーネから引き離した。
「ぷはっ、あなた、あのときの…………」
ポニを咥えたまま、エレの元へと移動する。
「ポニ!」
リオンもそこへ駆けつけ、イオーネから守るように立ちふさがった。
ポニを送り届けたフェンリルはその場を去ろうと歩き出し、
「待って!!」
ポニの声に、止まった。
*
あのフェンリルが人間族を助けただけでも目を疑うのに、声にさえ立ち止まった。
信じられずに凝視するエレへ、当のポニが口を開く。
「あの……、エレさん。主人に刃向かったこの子はこれからどうなると思いますか?」
訊かれ、ようやく頭が回った。
「この子は〝魔獣兵器〟……。戦争のために強化された魔物だから~。捕まったら、まず間違いなく殺されるでしょうね~」
ポニはフェンリルを見た。
「きみはこれからどうするつもりなの?」
「ぐぅうるるる______」
「そう……一匹で…………」
ポニは理解しているようだった。
そして、考える。
「ねぇ、よかったら一緒にこない?」
ポニはフェンリルに尋ねた。
「ぐぅうるるる__ぐるぅ____」
「もう縛られたくないのね……」
ポニはフェンリルといくつかの言葉を交わした。
「……………」
「ぐるるぅるるるぅ」
「かまわないよ。お友達になろっ!!」
ポニは笑い、話は終わった。
「決まったようね~」
フェンリルは承諾したかのようにポニヘと向き直り、白銀の頭を下ろした。
「エレの見込み違いだったみたい~。ポニちゃんは〝精霊魔法使い(エレメンタラー)〟の才能があると思っていたけど、どうやら〝使役士〟としての才能の方が上回っていたようね~」
フェンリルは、強さを証明して主従関係を築くことこそできるが、人には絶対に懐かないと言われていた。そんな凶暴なはずのフェンリルにポニは助けられ、会話をし、あろうことか契約を結ぼうというのだ。エレやラットですら、聞いたことがない事態だった。
「契約を始めるわよ~。でもこれは、使役士の主従契約じゃない。お互いが協力関係にある、精霊との契約方法になるわ~。それでいいのね~?」
ポニとフェンリルは承諾した。
「時間がないから、簡易的な契約をするわよ~」
ヒュヒュヒュン____
エレは祭具を集めた。
「二人とも意識をお互いに同調させて~」
互いに目を閉じる。
ポニの手が、フェンリルに置かれた。
__ここに集まりし、火、水、風、地、光、闇の精霊たちよ!
我らの誓いを聞き届けよ__。
炎の煌めき、水の静寂、風の囁き、土の安定、光の導き、闇の守りを契約の証とします。
<コントラクト__フェンリル>
辺りから魔素が集まり、ポニとフェンリルが淡く光り出した。
そして、次第に消えていく。
「これで契約完了よ~」
*
ぐにゅ____
「あなた、なにをしているの?」
主人に手をあげただけじゃない。人間族との契約という最大の裏切りが、倒れる寸前だったイオーネの身体をゆっくりと起き上がらせた。
「こんなことをして、生きていられると思わないことね…………」
ぐにゅぐにゅ____
ぐにゅるるぅうううるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ________________________________________________________________________________________________________
イオーネの身体は肥大化していった。
フェンリルが裏切った以上、もう正攻法では逃げることすらできない。
本来、ここまで力を行使するつもりなどなかった。
イオーネ自身、どうなるか見当もつかなかったからだ。
ぐにゅるるぅうううるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ__________________________________________________________________________________________________________________________________________________
しばらく肥大化を続けたのち、それは動きを止めた。
まるでドラゴンほどの巨体。
ぐにゅるるぅうううるぅぅぅ______
さらに、姿を変えていく。
(力の制御を…………。イメージを…………)
変化は止まった__。
頭部には、砂塵の中でも獲物の位置を捉えられるワータイガーの頭を。
胴体には、あらゆる攻撃を弾き返すゴーレムの堅牢な鎧を。
さらに腕には、ドラゴンにも引けを取らない巨大な爪を生やし、
その破壊力を極限まで高めた。
イオーネは脳裏に理想の姿を描く。
そのイメージに従い、肉体は変貌していった。
砂塵の中でも敵を見失わず、
複数の敵を同時に圧倒するための姿へと_____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ポニです。
ポニさん、今回はすごかったですね。
まさか、フェンリルと契約を結ぶとは……。
そんな、わたしなんて。
リルくんが、とってもいい子だっただけですよ♪
リルくん……。
もう愛称まで付けたんですね。
はい!
かわいいですよね♪
はは……。
そ、そうですね。
あ、でも聞いてください!
はい?
リルくん、最初はちょっとだけ不服そうだったんですよ。
そうだったんですね。
はい……。
でも、わたしの反応を見たのか……
「しょうがないな。好きなように呼びな」って言ってくれたんです!
そこまで言葉わかるんですか!?
(なんとなく雰囲気で理解してるのかと思ってた……)
はい!
本当は、とっても優しい子なんですよ!!
ははは……。
ポニさんには敵いませんね。
あ、そういえば……
はい?
フェンリルが現れる前から、知ってるような感じでしたよね?
えっ!?
どこかで会ったことがあるんですか?
それは、その……
(すごく動揺してる……)
あっ、リルくんが呼んでます!
わたし、行きますね!!
あ、待って……!
行ってしまった……。
前に隠し事してたのって、これのことなのかな?
次回は、いよいよ最終局面です!!




