表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
67/111

第67話 世界樹に見送られて

 どれくらい眠っていたのだろうか。

 イオーネは湖畔でゆっくりと目を開けた。


 視界に映るのは、静かに揺れる水面。

 フルーテンからは遠く離れた場所だ。

 ここまで来れば、そう簡単に追手も来ないだろう。


「……はぁ」


 体を起こした瞬間、全身に鈍い痛みが走る。

 肉体を変化させ続けた反動は想像以上だった。


 傷そのものは塞いでいる。

 だが、魔力はほとんど残っておらず、気力も湧いてこない。


「ほんと……無茶したわね」


 湖を渡る風に髪を揺らされながら、イオーネは小さく息を吐いた。

 そのまま傍らへ置いていたマナベルへ魔力を流し込む。


「イオーネか……。状況はどうだ?」


 数秒の沈黙の後、落ち着いた男の声が返ってくる。


「失敗したわ。エレを仕留めきれなかった」


 それでも、護衛隊シルヴァンガードの大半を戦闘不能に追い込んだ。

 しばらくは対した戦力にはならないだろう。


 エレは街を守らなくてはならない。

 この状況では、しばらくフルーテンを離れられないはずだ。


「エレをフルーテンに足止めできただけで、よしとするしかないな……」


「それにしても、ここまで消耗させられるなんて思いもしなかったわ」


「おい、大丈夫なのか!?」


 イオーネの弱った声に気づいたのか、男の声色が変わった。


「傷はね……。肉体を変化させて無理やり塞いだから。でも、魔力はほとんど空っぽ。気力も湧いてこないわ。何もしたくない感じ……」


「そうか。そこまで……。生きてるだけマシってところか……」


「それで? こっちに着くまで、あとどれくらいかかるのかしら?」


「まだ数日はかかる……」


「もう。女性を待たせるなんて、モテないわよ?」


「仕方ないだろっ! こっちは勇者たちみたいに転移門で移動できるわけじゃないんだ。国を跨いでるんだから時間はかかる」


「そういうところは、不便なのよね」


「文句いうなよ。強化した上で、最短距離で向かっているんだ。これでもかなり早いぞ」


「まあ、いいわ。ゆっくり待たせてもらうわよ」


「今のうちに休んでおけよ。また忙しくなるからな」


 イオーネは小さく息を吐いた。


「それにしても、フルーテンを落とすのに、フェンリル一匹。あとは現地調達って、殴ってやろうと思ったけど……、それで正解だったわね」


 地面を埋め尽くすように突き上がった水の槍を思い出す。


「どんなに数集めても、一掃されるだけだもの。さすが、世界最高火力の精霊魔法だわ」


 もしも、まともに喰らっていたら。

 そう思うとゾッとする。


「ロックは戻っているし、フェンリルも裏切るし。あのラットとかいうのが来てから散々よ」


「ラットがいたのか!?」


 その名前に男は予想外の反応を見せた。


「ええ、それがどうしたのよ?」


「おまえもあいつに一杯食わされたか。やるもんだろう?」


「なんで嬉しそうなのよ……」


 作戦を邪魔された。

 それなのに、イオーネは男がなぜそういう反応をしているのかまるで理解できなかった。


「まさかそんなところにいるとはな。また戦ってみたい」


 男はどこか楽しげに笑う。

 どうやらラットに興味があるらしい。


「そういうわけにはいかないでしょ。〝ブルンネン〟ではあの子も待ってるだろうし、こっちに着いたら、またすぐに出立しないと」


「そうだったな……」


 男は残念そうに呟いた。



 短いやり取りを終え、イオーネはマナベルへの魔力を止めた。

 直後、湖畔には再び静寂だけが戻る。


 イオーネは重くなった体をゆっくりと横たえ、深く息を吐いた。


 まだ気力は戻らない。


 だが、それでも生き延びた。


 その事実だけは、確かだった。



 フルーテンを出発する朝。

 深い森に囲まれた街には、穏やかな朝の空気が流れていた。


 イオーネとの激戦の影響で張り詰めている空気をよそに、

 子供たちだけは何事もないように無邪気に遊び回っている。

 笑い声が森へ響く。

 その光景に、ラットは少しだけ表情を和らげた。

 そんな街外れで、エレとベルゼルがラットたちを待っていた。

 見送りのためだ。


 短い滞在だった。

 それでも、勇者パーティの仲間だったラットだけではない。

 リオンやポニまでもが別れを惜しむほど、このフルーテンで過ごした時間は濃密なものになっていた。


「またね〜」


「お世話になりました」


 ラットが深く頭を下げる。


 フルーテンへ来てから、エレには何度助けられたかわからない。

 食事や寝床の手配だけではない。

 ポニが旅へ出られるよう尽力してくれたのも、エレだった。

 精霊との契約の儀式の頃から、ポニのことを気にかけ、何かと面倒を見てくれていたのである。


 その隣では、ミルも小さく頭を下げていた。


 ミルもまた、エレには随分と可愛がってもらっている。

 言葉にはしないが、その仕草には確かな感謝が滲んでいた。


 ラットは周囲を見回す。


「ロックはあれから目を覚ましませんでしたね」


 イオーネとの戦闘で、ロックは相当に無理をしていたようだ。

 閉じかけていた傷が再び開き、しばらく絶対安静の状態が続いていた。


 ラットの言葉に、エレは少し困ったように笑った。


「実は一度だけ目を覚ましたみたいなんだけどね〜」


「そうなんですか?」


「イオーネちゃんのことを気にしてたみたいよ~」


「イオーネさんのことを?」


 イオーネの名を聞き、ラットは驚いたように声を漏らした。

 だが、すぐにロックから聞いた話を思い出す。


 ロックは一度、イオーネへ心を許していた。

 共に過ごした時間もあったのだろう。

 敵味方という言葉だけでは割り切れない思いが、今も残っているのかもしれない。


「ロックくんが目を覚ましたら、貰ったこのマナベルで連絡するからね~」


「とりあえず、ロックはエレの元にいるならひとまず安心ですね」


「任せてね~」


 エレはラットの様子を見て小さく微笑んだ。

 そして、隣にいたポニへと視線を向けた。


「ポニちゃんも機会があればまた来てね! っていいたいところだけど、なかなか厳しいわよね」


 ポニの故郷であるラインブリースは、かなり遠い上に険しい。

 これが今生の別れになっても、おかしくはなかった。


「加護が使えるようになれば、また来れますよ!」


「そうね。そのためにも、ラットくん。頑張ってね!!」


 また一つ託されてしまった。



 エレが視線をフェンリルの首へと向ける。


「それにしても、よく考えるわよね〜。フェンリルの首にマジックバッグをくくりつけるなんて」


 フェンリルは俊敏な魔物だ。

 ラットはそこへ目を付けたのだ。


 鞄の中へラットたちが入り、

 身軽になったフェンリルが走ることで通常では考えられない速度で移動できる。


 しかも、フェンリル自身が高い戦闘能力を持つため、護衛まで兼ねることができた。

 結果として、移動効率は飛躍的に向上できる。


「フェンリルの速度なら、かなり強引に移動できますからね」


 ラットはポニがフェンリルの首元を撫でているのを優しく見つめた。

 フェンリルは気持ちよさそうに喉を鳴らしている。



「頑張れよ!」


「ああ、しっかり修行してくるぜ!」


 隣ではリオンとベルゼルが話をしていた。


 ベルゼルが大きな腕を組みながら笑う。

 リオンも負けじと笑い返した。


 死闘を繰り広げた相手とは思えないほど、二人の空気は柔らかい。

 あの戦いを通して、互いの実力も覚悟も理解したのだろう。


「次に会うときは、もっと強くなってるからな」


「はっ。簡単に追い抜けると思うなよ?」


 ベルゼルは不敵に口元を歪める。


「もう二人とも、仲良いわよね〜」


 そんなやり取りを見て、エレが呆れたように肩を竦めた。



 エレはちらりとラットの方を見る。

 フェンリルの首に取り付けた鞄を確認していることに気づくと、その隙にミルの方へそっと近づいた。



 エレはミルのところへと向かう。


「ミ~ルちゃん! ラットくんのことよろしくね〜」


「……ん。任せて…………」


 ミルは小さく頷く。

 そんなミルを見て、エレはにんまりと、どこか満足そうに微笑んだ。


「あと、彼、かなり奥手だから。ミルちゃんからいかないとダメよ?」


「……なんの話……?」


 ミルは不思議そうに首を傾げる。

 どうやら本気でわかっていないらしい。


「エレさん、ダメですよ。この二人」


 リオンがやれやれとした表情で割って入った。


「そうなの〜?」


「リオン、お前がうまいこと繋いでやればいいだろう?」


 いつの間にか、ベルゼルまでが会話へと加わってきていた。


「俺がっ!?」


「なぁに~、ベルゼル、あなたも気になるの~?」


人間族ヒューマの一生は短いですからね」


 ベルゼルは腕を組みながら真面目な顔で続けた。


「想い合っている者同士なら、背中を押してやるのも先達の役目ではありませんか?」


 二人と違い、ベルゼルは純粋に二人のことを考えて言っているらしい。


「もしかして、コイバナですか?」


 さすがの嗅覚だ。

 そこへ、ポニまで興味津々といった様子で加わってきた。


「あら、リオンくん。今度はお兄さん気どりかな~」


「そ、そんなことないぜ!?」


 気づけば、当事者そっちのけで四人の話が盛り上がっていた。


「みなさん……、なんの話をしてるんですか?」


 日の光に反射した眼鏡が怪しく輝く。


「おわっ!?」


「きゃっ!?」


 リオンとポニの間。

 いつの間にか、ラットが戻ってきていた。


「な、なんでもないぜ!?」


「そ、そうよ〜!」


 リオンとエレが慌てて誤魔化す。

 一方、その隣では。


「……?」


 ミルだけが、未だによくわかっていない様子で小さく首を傾げていた。



「そろそろいくよ」


 別れの挨拶を済ませると、ラットたちはフェンリルの首へ括りつけられた鞄の中へ入っていく。


「頑張ってね〜〜〜!」


 外から、エレの大きな声が響いた。


「また会おう」


 ベルゼルも腕を組んだまま、静かに見送る。


「おう!」


「お世話になりました!」


 リオンとポニも声を返した。




 直後__。


 フェンリルが大地を蹴る。



 風が唸り、景色が一気に流れ始めた。


 目指す次の目的地は、ポニを送り届けるための場所。


 叡智の都ブルンネン__。




 そこで、一行は再び運命に巻き込まれることになる。


 そして、ある者との再会を果たすことを、ラットたちはまだ知らない____。



※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。

今回は、この方に来ていただきました。


イオーネよ♪

あなたたち、よくも私の計画を邪魔してくれたわね。


僕たちも、エレを守るために動いてましたから。


そのせいで、ここ数カ月の苦労が全部パーよ。

最初にあなたを魅了しておくべきだったわ。


たしかに……。

正直、僕たちは加護で守ることもできませんし。


ミル以外は、抵抗できずに魅了されていたと思います。


そうなのよね~。

あの子がいたから、下手に手を出せなかったのよ。


ミルのこと、知っていたんですか?


本当は魅了するつもりだったのよ?


でも、魔導機械人形ギアノイドだって聞いてね。

下手に近づいて感づかれる方が面倒だったの。


なるほど……。

ミルがいなかったら、かなり危なかったってことですね。


そういうこと♪

ところで、あなた……


はい?


あのお嬢ちゃんのこと、好きでしょ?


なっ、なんでですか!?


だって、あれだけ部屋の前をうろうろしてたらねぇ♪


も、もしかして見られて……!?


うふふ♪

お姉さんが恋愛の駆け引き、教えてあげようかしら?


ぐっ……!


(それは、ちょっと気になる……)


ふふふふふ……♪


次回は、新章突入です!!


よろしくね!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
第四章まで読ませていただきました。 勇者の指名手配や暗躍するものたちなど、事象に対して翻弄されていた第三章までと違い、それらが表舞台に出てきたことで一気に物語が進んだように感じられました。 そして…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ