第5話 完全自律の人型魔導機械
翌朝。朝食もそこそこに済ませたラットは、真っ先に魔機屋へと向かった。
もちろん、謝罪のためだ。
昨夜、食事処がすでに閉まっていたため、味気のない冒険食を食べた。倒れこんだベッドで、ふらふらの身体が少しずつ回復していく……。
ぼんやりとした意識が……次第に思考を始める…………。
がばっ____
「やってしまった……」
冷静になったのだ……。
*
昨日、彼女と出会ったのが、昼食過ぎだ。
帰り道、夜も更け、町の灯りはほとんど落ちていた。
人の気配もまったくない、そんな頃だったはずだ。
飲まず食わずで訊き続けていた。
実に半日近く、彼女を拘束してしまった。
さすがに、さすがに半日はやり過ぎた。
これがラットの店ならば、半日でも一日でも大歓迎だが、いかんせん、他人の店である。
とんだ営業妨害だったに違いない。
また、体調も心配だ。
自分がこんな状態なのだから、彼女だって良くはないだろう。
嫌な顔一つせずに接客してくれていたが、実際は限界だったのではないか。
体調不良で今日は不在、なんてことになっていたら……
店の前に到着する。
取っ手に手をかける瞬間、手が止まる。
(そういえば、昨日の帰り際、どんな顔をしていたかな?)
もしかしたら〝やっと帰ってくれた〟みたいな表情をしていたのかも。
思い出せないのが恐ろしい。
(これはもう顔を見せない方がいいのでは……?)
〝また来た〟みたいな顔をされるかもしれない。
(だめだ。依頼をしないといけない。そのために、この店を訪れたんだ)
自分にはやるべきことがある。そのために、ここに来た。
(まずは精一杯の謝罪だ……。許されるかはわからないけど…………)
帰り際の表情。
どんなに思い出そうとしても、淡々と説明する彼女の顔しか思い出せなかった。
キィ________
重い扉を開いていく。
カランカラン___
店内に響き渡る鐘の音。
思い出される、淡々と説明してくれた彼女の顔……
「いらっしゃいませ……」
その表情が、目の前の彼女と重なった。
嫌な顔など何一つない。至って普通だったのだ。
乱れた息を整えながら、彼女を見つめる。クマもなければ、コケもない。ごくごく平然としている。
「……続き……、する?」
小首を傾げられ、我に返った。
「っ! こちらはっ……」
真に受けてどうする。
「昨日はすみませんでした」
頭を深々と下げ、ここに来た目的を果たす。
「……どうして謝るの?」
「長々と拘束してしまい、多大なご迷惑を……」
「お客様に接客するのは、当たり前……」
寛大な言葉に顔を上げる。
見直した彼女は謝罪の意図をまるで理解できないという素振りをしていた。
思い切って尋ねた。
「……あの、お身体は何ともありませんか?」
彼女がまた、小首を傾げる。
「実は僕、これでも冒険者でもあるんです。才能はからっきしですが、体力は少なくとも一般の方よりはあると自負してるんですよ」
目の前の少女よりは強いと言い切れる。
「そんな僕ですら昨夜はげっそりしてしまったのに、お変わりなさそうに見えるものですから。本当に、大丈夫ですか?」
顔色を改めて窺う。実はすごく無理をしているのでは……
「大丈夫……」
即答された。
そして、聞いた。
「わたし、〝魔導機械人形〟だから……」
衝撃の一言を。
「……ギア……ノイド!?」
大声が出た。
「魔導科学の到達点、完全自律で動く人型の魔導機械……!」
視界が輝きかけて……
「いえ、でも魔導機械人形は、まだ構想段階のはず……最先端をいく魔法都市であってもまだ……」
勇者たちと共に色々な国を旅してきたが、魔導機械人形に出会ったことは終ぞなかった。
彼女の手が、自らのうなじに伸びる。
「……!?」
そこから引きずり出された、あるはずのないコードに、釘付けになった。
彼女に視線で促され、触れてみる。
〝おもちゃ〟……ではない。
引っ張ってみたコードは、確かに彼女のうなじの、さらに奥へと繋がっていた。
「ほ、ほんものだ……!!」
疑いが消える。
間違いなく〝魔導機械人形〟だ!
「既に、実現していたんですね……!」
彼女がこくんと頷く。
「本当に……人と、見分けがつかない……」
未来の存在と出会えたことに、声の震えが止まらない。
髪の質感。
声の響き。
肌の感触。
いずれも、人そのものだ。
昨日ミルクを飲んでいたことから、食事も同じようにできるのだろう。
表情と声色の淡白さは、魔導機械人形故なのだろうか?
〝誰が造ったのか〟は愚問だ。
彼女の父親は、この世界でただ一人。
「博士……あなたは神……か!!」
まさか、魔導科学の到達点の一つ。
〝魔導機械人形〟まで__。
「っっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!」
声にならない声。
数々の偉業に、魂がむせび泣いた。
*
「続きは……?」
感動する僕とは裏腹に、彼女は至って冷静だった____。
ジッ____
ラットの反応を待つ彼女。
続き……確かに魔導機械の話を続けたい。
だが、目的はそうではなかったはずだ。
謝罪は済ませた。
となれば、本来の目的を、〝依頼〟をしなければ。
「あ、すみません。昨日は魔導機械で興奮してしまい失念していたのですが、実は依頼が……」
「っ!!」
どうやら彼女も思い出したようだ……。
食事処での話を。
半開きだった目は、丸くなっている。
「お願いしたいのは、この二つの魔導機械の整備と調整なんです……」
コト___コト____
ラットは魔導機械を机に置いた。
「実は何カ月も前に整備をしてからそれっきりになってまして。今回の旅でとうとう……」
ラットが住んでいた村は〝最果ての村〟とも呼ばれる場所だった。
この大きな町でやっと見つけた魔機屋だ。
村には当然のごとく整備できるところなどなかった。
そんな状態で、ここへの旅の道中でも酷使した。
当然のことながら、不調をきたした。
栄えた町だ。
鍛冶屋なども多く存在する。
もしかしたら、整備できるところもあるかもしれないと探し回った。
しかし、何度も断られた。
食事処での出会いは、本当に僥倖だったんだ。
「そういえば、博士はいらっしゃらないのでしょうか?」
ラットは疑問に思った。
そういえば、昨日から博士の姿を見ていないと。
魔導機械についても説明していたのは彼女だった。
奥の部屋にいるのかとも思っていたが、
夜遅くになっても、姿を見せることはなかった。
所用で店を留守にされているのだろうか?
少しの沈黙……
「お父さん……、一年前に死んじゃった…………」
唐突に、それを告げられた瞬間、言葉の意味だけが頭に残った__。
何か返そうとしても、思考がそこから先へ進まない。
なのに、胸の奥だけがじわりと重く沈んでいく感覚があった。
「……そう……だったんですね…………」
と、ようやく出た声は、自分のものとは思えないほどかすれていた。
何か言わなければと思うのに、言葉が浮かばない。
口を開きかけては閉じるのを繰り返し、ようやく絞り出した。
「……すみません」
ひどく不器用で、意味も曖昧な言葉だった。
それでも、沈黙よりはましだと思った。
重い空気のように感じていた。
だが、口を開いたのは彼女だった。
「……どうして謝るの?」
彼女はそれを疑問に感じたようだった。
「え……?」
なぜそれを疑問に感じられたのか、わからなかった。
「依頼……」
彼女は進めた__。
「私が受ける…………」
つまりは、すでに博士は他界していないから、彼女自身が受けるということなのだろう。
だけど、ここまで淡白になれるものなのか?
ラット自身、両親を戦争で亡くしている。
しかし、それを乗り越えた。
彼女もすでに乗り越えたということなのだろうか?
「……では…………」
ラットは魔導機械について説明した。
重い空気のままに。
「これは……でして…………」
依頼を聞く彼女。
彼女は手伝いをしているのだと思っていた。
だけど、それは違った。
この店の主は彼女なのだ。
両親の死を乗り越え、立派にその勤めを果たしていた。
*
ラットの説明を聞いた彼女は作業台へと、ラットの魔導機械を運んだ。どのような構造のものかを確認するために、慣れた手つきで分解していく。
博士の娘とはいえ手際がいい。
この武器もまた複雑な機構だったはずなのに。
技師としての知識がないラットの目から見ても、それは明らかだった。
よほど、博士の元で学んだのだろう。
博士の教えは、今も確かにここに残っていると思った。
一通り確認を終えた彼女は見積もりを出す。
その支払いとともにラットはいくつもの魔導機械を購入した。
どれも説明を聞いて、絶対に手に入れたい代物ばかりだ。
決してこれは〝無駄遣い〟などではない。
そう。
本当はすべてほしいくらいなのだが、
山積みにされた魔導機械……これでも絞ったのだ。
支払いのために机の上に並ぶ、大量のファーマコイン。
硬貨に刻まれた〝天の神ファーマメント〟が彼女に微笑んでいた。
彼女は目を輝かせた。
「こんなにっ……!!」
これほど食い付かれるとは意外だった。お金に貪欲なタイプには見えなかったのに。
支払いについては当然の対価である。
しかし、彼女が続けた言葉がその理由を明らかにした。
「これで……ご飯が食べられる…………」
彼女は貧困に苦しんでいた。
聞くところによると、
少なからず常連がいるから最低限の食い扶持だけは稼げているようだ。
ただ、ここの噂はあまり芳しくない。
それが客足を遠ざけていた。
「その気持ちわかります。僕は〝ヴィアベル〟から来たんですが……」
ラットが住んでいた村では、
お化け屋敷だの、あのアイテム屋は出るだのと噂が立ち、人が寄って来なかった。
たまにギルドの〝依頼〟や伝手で知り合った方がくる程度。
「魔王討伐の賞金がなかったら今頃……」
物思いに耽るラットを……
「いいことある……」
彼女は励ました。
ぐっ!!
彼女の拳の先には親指が立てられていた。
ラットたちは閑古鳥と戦っていた。
そこに確かな絆を感じた瞬間だった____
*
そして今、目の前には、冒険者たちが来ると知ってほわほわとしている彼女がいる。
魔導機械の整備に戻る彼女を見ながら考える。
(これだけの手際ならお客さんに困らなさそうなのに……)
いや、冒険者さんたちは魔導機械に好意的だった。
これを機に彼女の悩みが解消されたら幸いだ。
そう思いながら、ラットは彼女を見つめた。
そういえば、扉の前で立ち止まったとき、
〝前にもあったな〟って思ったけど、あのときだったんだな……
ラットはたびたび起こす自分の失態を反省した____
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
またまた、僕ラットと……
魔機屋……
で、この雑談コーナーをやっていきます。
ん……
今回は、僕たちが出会ったときの話だったんですが、魔機屋さんも苦労されていたんですね。
お客さん、来てからホクホク……
いや~、僕も素敵な魔導機械をたくさん仕入れたれてうれしいです。
お客さん、毎日きてる……
そうですね。どれだけいても飽きないんですよ!
毎日、買ってく……
見てると、つい欲しくなってしまいまして……
お金……、大丈夫…………?
実は冒険をしていたころに結構な額の報奨金が……ごにょごにょ……
そんなに……!?
ないしょですよ?
ミルク、たくさん飲める……
また次回もよろしくお願いします!
ん……




