第29話 裏切りの理由
夜__。
二人と別れて自室に戻ったラットは、暗い窓を背に、耳飾りに触れた。
マナベルに魔力を込めると、声が返ってくる。
「ラット?」
ヒーロの声が。
今日も無事に聞こえてきて、安堵した。
「ヒーロ、こっちは〝ラインブリース〟に着いたよ。そっちは平気?」
「俺の風詠みをお忘れかい? 近くには人も魔物もいない。抜かりはないよ」
__リーン、リーン。
だが、マナベル越しにかすかに聞こえる虫の音や、葉の擦れる音は誤魔化せない。
「相変わらず、森の中なんだね」
「街道は人目につくからね。それでも場所を特定されているのか、追手はひっきりなしかな。手練れもそれなりにくるし、ほんと嫌になっちゃうよ」
襲撃の日々も相変わらずなようだ。恒例のぼやきに、ラットは苦笑いをする。
「この前なんか盗賊の集団が来てさ」
「盗賊!?」
予期せぬ追手が登場し、笑いが消し飛んだ。
「まさかだろ? その盗賊ときたら、俺を誘き出すために、街道を利用する荷馬車まで襲おうとしたんだよね。……まったく、笑えないよ」
呟くヒーロの声色が、段々黒くなる。
……無理もない。
騎士だけではなかなかヒーロを捕えられないから、国側も手段を選んでいられないというのは、わかる。だが、冒険者や賞金稼ぎならまだしも。盗賊まで雇い、さらには一般人を巻き込んだ方法を取るのは、さすがに度が過ぎている。
いくら優しいヒーロとて、いや優しいからこそ。無関係の人間を傷付けたことに、これほどまでに、憤っている__。
だが、だからこそ。
「冷静にね、ヒーロ」
頭を冷やさせる。
「王都側にだって体裁があるのに、ここまでなりふり構わないんだ。多分、別の狙いがあるんだと思う」
〝シュトルムへ入られたくない〟以外にも。
そう、たとえば。
「精神的に追い詰めたい、とかね」
向こうもヒーロの性格は熟知している。熟知しているが故に、嫌がらせのような人海戦術を立ててくる。憤らせ、ミスを誘うのだ。
「くれぐれも落ち着いてね」
「……大丈夫。少し愚痴ったら、頭冷えたよ」
ヒーロも理解したのか、少しだけ熱が冷めたようだ。
「いずれにせよ、問題児たちを引き連れてシュトルムに行けないからね。しばらくは可愛がってあげるさ」
溜まっていたものを吐き出せたらしい。冗談を言う彼は、いつものヒーロだった。
と、開けっ放しの窓から、肌寒い風が流れてきた。
身体が微かに震える。
「少し寒いね。ヒーロは平気?」
何しろヒーロは外なのだ。ラット以上に寒いだろう。
「借りたアイテムのおかげで割と快適だよ。あの周囲の温度を調整する魔導機械もすごいね。ミルさんにもお礼、伝えておいて」
「うん、ミルも喜ぶよ」
別れ際に渡したアイテムたちのおかげで、凍えてはいないようだ。ミルも冥利に尽きるに違いない。
「食料はどう? 足りそう?」
「〝十分だよ〟と言いたいところだけど、足止め喰らっているからね」
足りないらしい。やはり。
ヒーロが追手と戦えば戦うほど、シュトルムへの到着は遅くなる。遅れた日数分、食料も足りなくなる。ラットの不安は、現実のものになってしまった。
「ごめんね。もっと渡しておけばよかった」
「そっちだって必要だっただろう? 狩りをしたり、木の実を採取したりしながら進んでるから気にしないで。ほんと助かってるよ」
どうやらヒーロもうまくやっているようだ。
こういう事態を想定して基本的には自給自足。
重要な局面でのみ保存食を利用して逃げるのに徹している。
混ざった笑い声に嘘はない。
保存食を節約できている。
さすが、旅慣れているだけのことはある。
やりくりがうまい。
「それよりもラット、〝ラインブリース〟って言ったね。まさか!?」
「ヒーロには悪いけど。相変わらず、絶品だった」
「いいな〜!」
「あそこの料理好きだよね、ヒーロは……。ニホンの方が美味しい料理多いんじゃないの?」
「うーん、確かに美味しい料理は多いんだけど……」
ヒーロは少し考え、言葉を続ける。
「貴族が食べるような高級料理とはまた違った、素朴な味……馴染みの味……そういうものを何倍も美味しくしたような……、あそこでしか食べられない味があるんだよ」
熱い語りだ。けれど、言いたいことはラットにもわかる。
「ポニさんは元気だった?」
「いつも通り、看板娘さんだったよ」
チリリという小鳥に愛されていたり、料理を始めたりと、磨きがかかっていた。〝コイバナ〟は勘弁して欲しいが。
「ヒーロのこと、心配してたよ」
気にかけてくれても、いた。
「転移門が使えるようになったら、真っ先に行くよ」
その優しさが、ヒーロにもありありと想像できるらしい。はっきり言い切った。
「あの味が恋しいからね」
早く、その日が来るといいね。そして、彼女の作る料理を、ヒーロにも味わってもらいたいと思う。
夜風に乗り、届く。
穏やかなそれは、ポニを慕う動物の鳴き声だろうか。心をほぐされ、言った。
「……ねえ、ヒーロ」
切り出す。
「ロックはどうして、裏切ったと思う__?」
触れた。
ずっと仕舞っていた核心に。
国王にあらぬ罪を着せられて逃走してからというもの、二人の世界は一変した。
必死だった。生きるのに。マナベルが通じるようになっても、ラットたちにはヒーロのように周囲の状況を知る術がない。追手が近くにいるか把握できず、追跡や情報の漏洩を危惧して状況報告程度しかできなかった。故に、話せなかった。もっとも大事なことを。
だが、今夜は違う。慣れ親しんだラインブリース。宿屋の個室。外とは違う。間に挟んでいるためだろうか。笑い合う余裕が、会話をする余裕が、ある。深掘りするには、絶好の機会だった。
「正直、今でも信じられないよ」
ヒーロも、同じ気持ちだったらしい。話し始める。
「ただそれでも、実際に起こっているからね。結果から見て、どういう可能性があるか……」
「人質がいる。見限った。実はニセモノ。主義ってのもありそうかな」
思い付く限りの可能性を列挙する。
「あとは……」
ふとリオンの顔が浮かんだ。
「洗脳されてる、とかはどうかな?」
突拍子がないと思うが、口に出してみて損はない。
ヒーロの唸り声が聞こえる。
「その中だと、やっぱり一番ありえそうなのは〝人質〟かな。誰を? という疑問は残るけど」
「ロックの場合は女性なら、誰でも可能性はあるよね。ただ、気がかりなのは、その後の行動」
「なんで、俺たちに助けを求めなかったのか、だね」
「ロックは頭がいいから。脅されていたとしても、僕たちにしかわからない方法で伝えることはできたと思う」
だがロックは、それをしなかった。
つまり、〝人質〟は違う。
「〝見限った〟はどういうこと?」
「僕たちに至らないことがあって〝見限った〟ってこと。思い当たる節は何かある?」
「……ロックに見限られるようなことをした覚えはないかな」
「だよね。そもそも、戦争を終わらせるために中立の勇者パーティに入ったんだし。今更、しかもロックから見たら風の国の王都っていう敵国の中心につくなんて……ロックの方がよっぽど……」
「そこが一番不自然だよね」
〝見限った〟も違う。
「〝ニセモノ〟?」
「ホンモノ。あの実力は絶対」
実際に体感したのだ。あれが偽りな訳がない。
「〝主義〟っていうのは?」
「何かの目的を成し遂げるために必要だった。とか……」
「なくはないように思えるけど。そのために一方的に裏切るってのはロックらしくはないよね」
「道を違える前に一言ありそうではある」
なくはない。というくらいの可能性だろうか。
「となると、〝洗脳〟か……」
「まあ、ありえないよね。ロックは加護を持ってるもの」
加護は強大だ。それを悪用されないために、状態異常を無効化する力もある。洗脳は不可能だ。
「ロックだけじゃない。王都の出方もおかしいよね」
「あれは見事な手のひら返しだったね。くるくるだよ」
手のひらを返された張本人は、やはり堪えかねるものがあるらしい。おどけた口調の中に、毒が混じっている。
「そりゃあ、陛下は……と言うより大臣とかかな。完全な人間族至上主義だからね。どんな種族でも大歓迎の俺たちをよく思ってなかったのは知ってたよ。知ってたけれども、だからって、普通嵌めるかい?」
ラットも同意見だ。
自国の看板となる勇者パーティが多くの他種族で結成されていたのが気に食わなかったのはわかる。とは言え、ああも自国の勇者を寄ってたかって陥れるだろうか?
「ヒーロに、勇者に何かあれば、国民だって黙ってないのにね」
……いや。
同調した後で、ふと頭に浮かぶ。
黙っていないとわかっているからこそ、あの暴論なのか?
国家転覆を企てる謀反人に仕立て上げれば。捕縛の正当性は、生まれる。
…………いや、だとしても。やはり、嵌める理由がわからない。
「暴いてやりたいところだが、情報が少なすぎるね」
結局は、ヒーロのその一言に尽きる。
「ロックだろ。陛下だろ。ああ、ラットがバーで言ってた魔族のことも無視できない。まったく、裏で何が起こっているやら。頭が痛くなる」
情報がない。
「王都を追放されちゃったから、突き止める術もない。シュトルムへ行って協力を仰ぐしかないか。いつ到着できるか、さっぱりだけど」
情報を知る術もない。
けれど。
「……明日」
ラットは呟いた。
「もしかしたら、ロックについては、わかるかもしれない」
ヒーロの気配が、引き締まった。
「そっちに現れたの?」
「いや。ただ、現れないのはなんでか考えたんだ」
「〝ヴィントシュティレでの待ち伏せ〟って言ってなかったかい?」
「そうだと思う。ただ、もしかしたら僕たちの誰かが孤立するのを待ってるのかも」
その言葉にヒーロは疑問を覚えた。
「そうかな? 実力が拮抗してるならまだしも……」
「ロックの考えは違うのかもしれないよ」
「というと?」
「実力は拮抗している__」
ラットが発した言葉に、
「へえ」
真剣だった声が、弾んだ。
「そんなに強いんだ、あの二人」
察した。
「うん、強い」
笑い返す。
「魔導機械人形のミルさんはともかく、リオンくんもかい? 剣の腕が立つとは聞いてたけど、鍛治師だろう?」
「鍛治師でも、だよ。好きなものは、極めたいでしょ?」
「そうだね?」
いまいち、ピンときていないようだ。
「リオンは鍛冶を極めるために、剣や武器の扱いも研鑽したんだよ。使い手の気持ちを知るためにね」
「あ~、そういうこと」
ラットと同類であると、わかったようだ。
「うーん、手合わせしたくなってきたな。もちろん、ミルさんとも」
「けど、ロックは戦いたくないだろうね。実力が拮抗してるなら、間違いなく避けると思う」
「だね。女の子にデレデレだし……」
ヒーロの笑い声が、不意に止まった。
「……ラット、何をするつもりだい?」
気付いたようだ__。
ラットが、どんな行動を取ろうとしているのかを。
「一人になったら来るって、わかってるんだ。利用しない手はないでしょ?」
ヒーロはその言葉に、自分の考えが間違いでないことを理解した。
「勝算はあるんだよね?」
「なかったら仕掛けないよ」
ラットから返される言葉に、迷いはなかった。
「ならいい」
ラットの断言に、ヒーロは安堵したようだ。自殺行為をしようとしている訳ではないことは、伝わったらしい。
「あまり無茶はしないでよ。信じてるけどね、俺だって心配になるときはあるんだから」
「あはは、御心配おかけします」
……こうして、マナベルを切った。
考慮すべきことは多い__。
ロックの裏切り。
王都の不可解な行動。
頭を冷やすため、夜風に当たろうと部屋を出た。
寝静まった廊下を歩いていく。
途中、ミルの部屋から漏れ出た明かりが目に入る。
「ミル、起きてるのかな……?」
扉をノックした________。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ヒーロだ。
元気そうでよかったよ。
ラットたちの方こそ、どうだい?
もう新しい仲間には慣れた?
二人とも、ちゃんと連携も取れてきてるし、いい感じだよ。
そっちはラインブリースだったよね。
二人の反応はどうだった?
二人とも大絶賛だったよ。
ミルはずっとミルク飲んでたし、リオンは「料理を全制覇したい!」って張り切ってた。
楽しそうでいいなぁ。
こっちはずっと一人だよ……
大丈夫。
ヒーロは一人じゃないよ。
ラット……
たくさんの追手がいるでしょ。
ラット!?
いや、ほら!
物理的には囲まれてるというか!
なんかちょっと感動しかけたの返してくれない!?
あはは。
次回は……
ラット、なんでちょっと照れてるの?




