第28話 女好きの狙撃手
食後の余韻が静かに流れる中、ラットが切り出した。
「確認なんだけど、ミル、武器の整備は終わったね?」
「……バッチリ」
ラットの質問に、ミルは親指を軽く立てた。
「この先どうするんだ?」
「港町へ向かうことは変わらないよ。地の国に行くには、まず水の国に行かないといけないからね。ただ……」
ラットの言葉が途切れる。
「……ロック、か?」
「うん」
リオンも気にかけていたのだろう。自然とその名前が口から出ていた。
「王都の門前で戦ったっきり、会ってないよな。さすがに、もう追ってきていないんじゃないか?」
「……勇者の方……、行った?」
「僕もそう思って、ヒーロに確認しているんだけど、向こうにも現れてないみたいなんだ」
向こうも追われている身だ。
長々とは話せないが、マナベルを利用して、定期的に連絡を取り合っていた。
「まだ追い付いてないとか?」
「向こうは向こうで結構足止め喰らっているから、それはないと思う」
ラットは冷静に状況を整理していく。
「じゃあ……!」
「まけた、とは言えないね。ロックは追跡が得意だから」
肩を落としたリオンが考え込む。
「となると……」
「待ち伏せ……」
ミルが言った。
「その可能性が高いかなと」
はあ、と溜め息を吐くリオン。
「せっかくラットだけは指名手配を免れたのに、厄介なことになったな」
「まあ、指名手配されたら、船に乗ることも怪しいからね。だいぶましだよ」
とは言え、状況は芳しくない。
「もしロックが待ち伏せをしているなら、町に入るときは気を付けないといけないね」
「またあれと戦いたくないもんな。いっそさ、船使わずにミルの飛行能力で海渡るとか?」
ミルが首を横に振る。
「無理……」
「こう、びゅーん!! ってさ!」
ラットは苦笑した。
「船で半月くらいの距離だから。魔力はもちろん保たないし、海の上だから休みなく飛ぶことになっちゃうかな」
「長時間はだめ。熱が溜まる……故障する……」
リオンはしかし、めげない。
「小さい船を鞄に入れておいて休むとか!!」
「海の魔物は大きいよ。魔物の餌だね」
「水の国は諦めて火の国を経由する!!」
「敵国だから……」
魔族の集落。国同士の関係。凶暴な魔物。火の国には、脅威が多々ある。
……いや。
はたと、思い至る。
脅威は脅威だが、果たしてどれほどの脅威なんだろうか?
世界地図上では、陸地は繋がっているし、風の国から行けそうではある。そもそもロックは火の国出身だ。人が住んでいる以上、通り抜けできないということはないのかもしれない。
ただ、情報がない。
案内人もいない。
どんな危険があるのかわからない――
ラットは結論を出す。
「……港から船。やっぱり、これ以外は考えられないかな」
「ですよねー」
がっくりと、リオンがうなだれた。
「いや、でも視点は悪くないと思う」
ラットは敵国というだけで、火の国経由を除外していた。
情報を集め、もし案内人を手配できたらあるいは……。
だが、今回はより安全な方法がある。
「状況が違えば、一考する余地は十分あるよ。僕やヒーロは全然思いつかなかったのに、リオンの発想は面白いね」
笑いかけると、リオンは息を吹き返した。
「適当言ってるだけだって」
否定しながらも、鼻の下を指で掻く姿はまんざらでもなさそうだ。
「まあ、現実的じゃない案でも口には出すようにしてるかな」
そして、面白い発想の秘訣を教えてくれる。
「俺がダメだと思っていても、他の奴からしたら実現方法が見える可能性があるだろ。それに突拍子もない案からいい案が出てくることもあるんだ。剣術、鍛冶、どっちをとってもな!」
リオンは満面の笑みで答えた。
常識に縛られない、いい武器が並ぶはずだ__。
「ほら、この前も俺、言ったじゃん。『しばらく鍛冶はお預けか~、魔導機械で鍛冶ができたらいいのにな〜』って……」
思い出して言葉を継げば、リオンはうんうんと頷いた。
「冗談のつもりだったのに、数日後にできあがってただろ? 口に出してみて損はないって訳だ!」
リオンの呟きを聞いたラットとミルは、簡易的に鍛冶ができる魔導機械をつくっていた。その呟きがなければ、それもなかったのは確かだ。
「……あ、大切に使わせていただいてます、ミル様」
「よきに計らえ……」
頭を深々と下げたリオンに、ミルも乗った。
いいコンビだ。ラットの口から、笑い声が漏れる。
「あ、でも、リオンにも武器の整備や魔導機械の部品を造ってもらってるから、お互い様じゃない?」
「ふふん、リオン様と呼べ!」
「………」
「おい」
ミルはスンとさせていた顔を少しだけ緩めると、
「お世話になってます……」
同じように、頭を深々と下げる。ラットとリオンは、クスクスと笑った。
「話が逸れちゃったね」
笑いを収め、本題へと戻す。
「とりあえず、方針としては港町では隠密行動。ロックに気づかれないよう、注意を払って船に乗り込もう。二人も顔を知られているから、気を付けて」
取るべき行動は固まった。
だけど、もう一つ。
どうしても拭えない、気がかりなことがある。
「こっちは言うかどうか迷っていたんだけど、もう一つ、もしかしたらって思う可能性があって……」
「なんだよ……」
リオンは首を傾けた。
そして、ラットはミルを見ながら、静かに伝えた。
「ロックと戦わずに済んでいるのは、ミルが一緒だからかも……」
……と。
「は?」
ぽかんとしたリオンに、ラットは訊き返す。
「火の国出身である吸血鬼のロックが、なんで勇者パーティに入っていたと思う?」
「言われてみれば確かに……」
わざわざ敵国についたのだ。よほどのことがあると、思わざるを得ない。
「戦争が長引けば、火の国と風の国、双方で一般人の女性は多く巻き込まれるよね」
一般人だけではない。
「騎士団、冒険者にも女性はたくさんいる。巻き込まれ、傷つき、悲しみが生まれる。ロックはそれが嫌なんだよ。女性なら敵でも助けるくらいなんだ」
つまり……。
「…………女好き、ってことか?」
「大好き、だね」
「いや待てよ。確かに、戦った時、言ってたな。野郎とは仲良くしたくないとか何とか」
先の戦闘で片鱗に触れていたようだ。
「女性の涙を見たくないからこそ、戦争の早期終結を望んだ。例えそれが、自国の王を倒すことになったとしても」
「火の国出身なんだろ? そんな平和主義者なのか?」
リオンは理解しようとしている。その根幹にどんな考えがあるのかを。
「ロックが生まれ育った、酒と女とギャンブルの街〝イールリヒト〟は火の国でも異質みたいで。割とそういう尖った考えの奴はいるって、前に教えてくれたよ」
文化が違えば、生まれる考え方も変わってくる。異質に思えるその考え方もある場所では自然なことなのかもしれない。
「女……」
リオンがゴクリと唾を飲んだ。
「大人のお姉さんの街……」
ラットは咄嗟にリオンを掴み、机の横まで引っ張った。
(リオン、ミルがいるよ)
(悪い、危うくさっきのノリに)
小声で話す。
じっと見てくるミルに二人で苦笑いをしながら、戻る。
「無闇に女性を傷付けたがらないから、女性との戦闘は極力避ける。女性__つまり、ミルがいるから、襲ってこないんじゃないかなって」
「けど、前は襲ってきたじゃん」
確かに、一度は襲われている。
「だから、僕も言うかどうか迷ってたんだよね」
ラットは当時を思い出しながら、
「でも、こうは考えられない? ロックの目的はあくまで僕だったよね。僕を狙撃で倒して、それで終わり。リオンとミルと戦う気なんてさらさらなかった」
考えを口に出す。
「いや思い切り撃ってきただろ」
「どうして?」
「三人で、戦ったから……」
一つ一つ理由を紡いでいく。
「そうだね。ロックの予想は違ってた。二人の実力を見誤ったんだ」
「そうか。向こうは俺とミルの実力は知らないもんな」
ラットは頷く。
「戦わざるを得なかったんだ、ロックは……」
ミルに視線を遣る。
「特にミルのスピードは予想外だったと思うよ」
ラットでさえ、初めて見たときは驚いた。女性でも冒険者や騎士がいる以上は多少の戦闘は考慮していた可能性はある。だけど、接近されるほど、力が拮抗するほど、とは思っていなかった。
リオン。そしてミル。二人の予想外の強さに、ロックはこう思ったはずだ。
〝厄介だ〟……と。
「油断できないとわかれば、もう無視できない。仕掛ければ、必ず、戦うことになる。リオンとも。ミルともね」
「……うん、辻褄は……合ってるな…………」
「けど、ロックとしては、女性とはなるべく戦いたくない。なんて言ったって、女性が大好きだからね。……だからこそ……」
「……ミルがずっと一緒にいる今は、手を出してこない」
「そう! 出したくないんだ」
冗談のような話だ。だが……。
「なるほどな」
茶化すことなく、リオンも深刻な顔で納得した。
「でもさ、それってつまり、ミルが離れたら襲ってくるってことだろ? やべぇじゃん!」
もっともである。
「作戦を伝える前に、ロックの戦闘スタイルについて認識を合わせておこうか」
「はい、狙撃手!!」
リオンが真っ先に挙手する。
ラットは頷いた。
「うん、そうだね」
もっとも得意とするのは遠距離からの攻撃だ。
しかし、近距離でも体術を絡めた射撃はかなり強い。
心の隙をつくようなタイミングで放たれる射撃と、補助的に使用する血魔法も注意が必要となる。
「はい、正直なところ戦いにくいです!」
「わたしも当てられた……」
「二人は嫌と言うほどわかってるよね」
気まずそうにしながら、ラットは続ける。
「忘れたらいけないのは、影に潜る能力」
「あ〜」
鮮明に思い出されるその能力。
「逃走もできて、奇襲もできる。これがロックの戦闘スタイルに合っていて、かなり厄介なんだよね」
「だなあ……」
遠距離に加え、即席の安全地帯。リオンからしたら、相当もどかしい戦闘だったのだろう。挙手の元気すらなくし、明らかに顔を歪めている。
朗報といこう。
「実は、影は何でもいい訳じゃなくて、ある程度濃くないとダメなんだよ。あと、繋がっていないと移動できないかな」
「ほう!」
リオンに覇気が戻った。
「潜んでいる影に強い光を当てれば、影からあぶり出すことも可能だよ」
「それで光玉だったのか」
その通りだ。
「かなり変則的な戦い方なんだけど、まったく対策のしようがないって訳でもないでしょ? この三人なら勝算は十分あるよ」
一度は退けたんだ。可能性はある。
「襲ってくるのはミルがいない時じゃんかー」
「逆に、ミルが離れたら絶対襲ってくるって言うなら……」
ラットはテーブルの中央へ二人を集め、小声で伝えた。
「わかった」
「うん……」
作戦会議が終わり、最初に気が抜けたのはリオンだった。
「は~、一日だけの滞在か~。正直、ここの料理は名残惜しいぜ~。ミルもあんなにミルク気に入ってたし、名残惜しいよな?」
「ミルクは確保……」
ミルはドヤ顔で宣言した。
「あ~、保存用の魔導機械があるんだっけか。王都を出た頃それに入れてたっけな。便利だよなあ」
「そうなんだよ! こんなにすごい魔導機械が、広まってないなんて……! ああ、町や村にもっと滞在できれば、その素晴らしさを布教できるのにっ……!」
「簡易的な鍛治場も、まじすげーよ。ああいうのって、ミルが一人で考えてるのか?」
「ラットも協力してくれる……」
「いやいや、僕は素材の提供や聞きかじった魔法の知識とかを伝えただけで、ほとんどはミルじゃないか」
「夜な夜な作業してる訳か。二人きりで……」
リオンから発せられる意味深な言い回し。
「リッ、リオンだって、遅くまで鍛冶をして……!」
必ずしも戦闘があると決まったわけじゃない。
しかし、予感させるものはあった。
一時の日常。何気ない会話。
名残り惜しさから、その場をなかなかに離れられなかった____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ミル……
どうだった?
ここの料理は。
……絶品。
気に入ってもらえてよかったよ。
今回は、ロックについても話したね。
ミルから見た印象はどう?
強かった……
うん、やっぱりそこだよね。
それと……
それと?
……
……なんとも言えない顔してるね。
言葉にしづらい……
まあ、コメントしづらい部分はあるのかもね。
ん……
次回は、ヒーロと話します。
ラット……
なに?
リオンと……何の話してたの……?
!?
ち、違うよ!?
ただ料理の話をしてただけだからね!?




