第26話 勇者パーティご贔屓の宿屋
〝風語りの村ラインブリース〟____。
のどかな風が吹き抜ける、小さな牧畜村。
村の周囲には広々とした牧場が点在し、牛や羊たちが穏やかに草を食んでいる。
朝日と共に、鐘の音と家畜たちの鳴き声が静かに響く。
そんな村だ。
「ふ〜、久々の町だぜ〜」
「リオン、ここは村だね」
長閑な村を見て、リオンが笑う。ロックとの戦闘で遠回りを余儀なくされたラットたち。道中に存在するこの村で、物資の調達をすることとなった。
村へ入る直前、ラットは一度立ち止まる。
(ここに来るまで、一度も襲撃がなかったな……)
王都を出てからひと月半。魔物との戦闘は何度もあった。しかし、あると思われていたロックの襲撃は、終ぞなかった。
ある考えに辿り着くが、
(まさか……ね)
すぐに改めた。
「どうした?」
リオンが横に並ぶ。口調は気安い。〝店員と客〟の距離から、すっかり〝仲間〟の距離だ。そしてそれは、ラットも。
「ううん……」
ふと、リオンの奥にいたミルに視線が止まる。
ミルはラットの視線に気付いていない。
青い空。
澄んだ空気。
黒髪を風に遊ばせるミルの姿に、少しだけ、目を奪われた。
「綺麗だね……」
しまった。
「そうだな~、綺麗だよな〜」
「ち、違うよ! いや違くはないんだけどっ」
「綺麗じゃん、山、草原、花畑……何が違うんだ?」
「そういう意味じゃなくてっ、……山?」
「王都は賑やかで俺は好きなんだけど、こういうのどかな村も心が洗われる感じがしてさ。
う~ん、いいよなあ〜!!」
リオンは深呼吸をしながら、空気のおいしさを存分に語る。
危なかった……。
訂正はしないでおこう。
そんな会話をしながら、宿屋の前にやってくる。
「ここだよ」
中へ入る。
木の床が軋み、奥から香ばしい匂いが漂ってくる。まだ明るいのに、既に夕食の準備が始まっているようだ。
「いらっしゃいませ〜!」
三人に気付いたのか、ハツラツな声を出しながら、奥から女性がやってきた。頭の高い位置で結わえられた、腰元までの波打つ栗色の髪が、給仕服の淡い赤色の裾と共に揺れる。現れた同い年くらいの彼女に、ラットは頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
「あっ、ラットさんじゃないですか!!」
ラットの顔を見て、女性の声と、そして翠色の瞳が大きくなる。そう、彼女に会うのは初めてではないのだ。
「あれ、今回は勇者様たちじゃないんですね?」
普段と変わらない様子でヒーロの名を呼んだ彼女に、悟る。田舎の村だ。まだここまでは指名手配が行き届いていないらしい。
(いや、そもそもヒーロがシュトルムに向かっているのは知られているんだっけ)
王都を出てからしばらくした後、マナベルが使用できるようになっていることに気付いた。ヒーロとの通話の中で、彼は騎士や賞金稼ぎたちが毎日のように襲ってくるとぼやいていた。
それだけ襲われていれば、進んでいる方向など、王都側は認識しているだろう。あえて真逆の田舎村に、急いで指名手配する必要などない訳だ。
頭の中で自己解決した後、ラットは返答する。
「その節はお世話になりました。今はこの三人で旅をしてまして。今日は宿泊をお願いします」
「もちろんですよ〜」
女性はそう笑顔で歓迎すると、受付を始めた。
(知り合いなのか?)
小声で訊いてきたリオンに頷く。
(ヒーロたちとラインブリースに来る時は、決まって利用してたんだ。ラインブリースの宿屋はどこもハズレがないんだけど、ここは特に料理が絶品でね)
あまりの美味しさに、転移門を利用して事あるごとに何度も訪れたものだ。
「勇者様たちにはご贔屓にしていただいているんですよ〜」
聞かれていたようだ。
満面の笑顔に、リオンは少し照れくさそうにしている。
ラットは手続きをする彼女を見ながら、気付いた。まだ、二人を紹介していなかった。
「紹介がまだでしたね。ポニさん、こちらは今の旅の仲間のミルとリオンです」
「ミル・テクノ……」
「リオン・スマイトだ」
「こちらがこの宿の娘さんで、看板娘のポニさんです」
「〝ポニ・アルベル〟です。よろしくお願いします」
__ぴい
そこへ一羽の小鳥がやってきた。
「チリリもご挨拶したいの? 皆さん、こっちは〝チリリ〟です」
小鳥__チリリを肩にのせながら、ポニは丁寧にお辞儀をする。ぴい、と名乗るように鳴いたチリリに、微笑むポニ。陽光を反射する栗毛が彼女の笑顔を煌めかせ、ラットとリオンは、揃って目を細めてしまった。
「ラットさん、看板娘だなんて。あまりからかわないでくださいね」
……からかってなどいない。
料理だけではなく、ポニを目当てに来る者も多い。事実、宿屋の男性客のグループが、くすくすと笑う彼女に見惚れている。紛れもない、看板娘だ。
受付が終わり、部屋へ向かおうとすると、ポニが呼び止めてきた。
「少し早いですが、よかったらお食事はどうですか? 今なら空いてますし、搾りたてのミルクもありますよ」
「ミルクっ!?」
ミルがその言葉に反応した。
この宿屋の食堂は、宿の利用客以外にも開放されている。人気の食堂だ。食事時となれば、戦場となる。
「二人ともいかがでしょうか?」
「俺はいいぜ!」
リオンも即答した。ラットとて異論はない。しかし……
「武器……早く整備しないと…………」
「あ〜」
ミルの暗い声に、リオンが思い出したように呟く。
そう。
ミルの武器はロックとの戦闘でかなりのダメージを受けた。ロックと戦えるのは、ミルの機動力があってこそ。いつロックの奇襲があるかもわからない状態では、大きく分解して整備するにはリスクを伴った。
故に、簡単な整備に留め、数々の魔物との戦闘を騙し騙し切り抜け、何とかここまでやってきた。だが、それももう限界だ。鉄鋼の関節の軋み、内部機構、細かな歪み。いくつも残っている。いつまた戦闘になってもいいように、宿屋に着いたらすぐに整備すると、話していたのだ。
これほど動揺しているミルは初めてだ。
ミルク……武器……ミルク……。
ぶつぶつ呟きながら、食堂と部屋、どちらへ進むか右往左往している。
「ポニさん、部屋へミルクを持って行きたいのですが、構わないでしょうか?」
ラットの一言を聞き、ミルが立ち止まる。
「ふふ、いいですよ! ご用意しておきますね」
ポニは笑顔で了承してくれた。
「ラット……」
心なしかミルの表情が柔らかく見える。
「よかったな、ミル」
それを見ていたリオンの顔も晴れた____。
*
ミルクを注文後、ラットはミルの部屋へと行き、鞄から武器を整備するための工具や部品を並べた。魔機師用の器具が机いっぱいに広がる。
「これでいいかな? ミルクは準備ができたら運んでくるね。ここのミルクは格別だよ」
そう言い残し、部屋を出ようとする。
その時__
「ラット、ありがとう……」
とミルが口にした。
「こちらこそ。食堂で待ってるね」
ラットは返事をした。
いつも素敵な魔導機械を造ってくれる。
戦闘では前衛として体を張ってくれている。
(ミルク……、喜んでくれるかな?)
いや、かならず喜んでくれる。
そんな確信めいたものを抱き、
ミルの姿を思い浮かべながら、ラットは部屋をあとにした__。
*
部屋に荷物を下ろして向かった食堂では、客がちらほら座っていた。奥の席を陣取ってメニューに目を通していたリオンが、ラットに気付いて手を上げる。
広い通りを歩き、リオンの前に座った。
「来たことあるんだろ? オススメとかあったりするのか?」
「ここの特産は酪農だから、ミルクやチーズ、バターを使った料理ならハズレはないよ。中でもイチオシは極上のミルクをベースとしたホワイトソースに、選りすぐりの野菜を加えて、じっくりと煮込まれたクリームシチュー。一度食べたら忘れられなくなるね」
風語りの村ラインブリースは、風の国の中でも風の精霊が多く存在している。その影響で気温や湿度が適度に保たれ、さらには良質な牧草が育つことで、酪農に適した土地となっていた。ここで作られる製品は、風の国の至る所で親しまれている。
「やけに語るじゃん。そこまで言うなら、それにするか! すいませ〜ん!」
呼ばれてポニがやってくる。注文を受けた彼女は、すぐに踵を返した。
彼女の揺れる長い髪を見ながら、思い出す。
ラインブリースでも、この宿の料理がとりわけ有名な理由。それはポニが動物に愛されているからだ。料理の味と〝動物に好かれていること〟、一見関連がないようにも思えるが、彼女についてはこれに尽きる。
ポニの世話したニワトリは、
彼女の両親が世話したそれよりも格段に美味しい卵を産む。
何も変わったことはしていないのに、だ。
森に動物たちと食材を探しに行けば、
より質の良い食材ばかりが見つかる。
動物たちが集めてくるのだ。
時には貴重なものまで。
他にも買い物に行けば動物たちが良品を目利きをしたり、
そういうことが度々起きる。
言わずもがな、ミルクもそうだ。
それらから作られる料理は正に極上。
王都から貴族だけでなく、姫などもお忍びで来たと噂されるほど。
すごいよなあ、と改めて思っていると、当の本人が戻ってきた。
「お待たせしました! こちらクリームシチューです!」
ポニが笑顔で、リオンの前に料理を置いた。
「おお〜、いい匂い〜」
「お口に合えばよろしいのですが」
リオンが早速シチューをスプーンで掬う。息を二、三度吹きかけ、口に運ぶ……。
「なにこれ、うっま!!!!!」
リオンは叫んだ。あまりの反応に、ラットだけでなく、ポニまでびくっと肩を揺らした。
リオンは熱さと戦いながら、一気に料理を食べ尽くした。あっという間で、口を挟む暇すらなかった。
最後に水を飲み切り、リオンは大きく息を吐いた。
「いや〜、俺の人生でこれだけ美味い料理は初めてだぜ」
「お気に召して頂いたようでよかったです」
リオンの食べっぷりと感想を聞き、ポニはご満悦だ。
「お腹いっぱいになりましたか?」
リオンは腹をさすりながら、一瞬だけ考えた。しかし、考えるまでもなかったようだ。
「これだけうまけりゃ、いくらでもいけそうだ」
ぐっと親指を立てるリオン。その様子を見て、ポニが相談するかのように話を切り出した。
「あの~、よかったら私の作った料理も味見していただけませんか?」
「いいのか!?」
リオンが飛び付く。
「はい! すぐにお持ちしますね」
ポニは、本当にすぐに戻ってきた。
「グラタンか……」
__ゴクリ
と唾を飲んだのはリオンだけではない。
チーズが焼けた香ばしい香り。
とびきり美味しそうな匂いに、ラットもまた喉を鳴らす。
待ち切れないようにスプーンで掬ったリオンを、ポニは真剣な眼差しで見つめている。
「うまいっ!!」
一口食べた途端、リオンはまたしても叫んだ。
「いや、匂いの時点で、食べるまでもなくうまいのはわかってたよ。それでもつい口に出ちまうくらい、うまいっ!!」
そう、食べなくてもわかる。盛りだくさんの野菜と肉。染み出す旨みと絡むホワイトソース。何より、たっぷりと塗された、とろけたチーズ。シチューと同様に極上のミルクで作られたグラタンは、店の看板メニューですと言われてもおかしくないほどだ。
「よかった〜」
がつがつと食べ始めるリオンに、ポニは安堵したように肩の力を抜く。
ぴい__。
鳴き声がした。
「チリリ! お客様に喜んでもらえたよ。頑張って練習してよかったね。チリリもありがとっ!!」
飛んできたチリリにポニは抱き付いた。
「ポニさんも料理を始められたんですね」
微笑ましい光景を見ながら、ラットは問いかけた。
「そうなんですよ。元々、手伝いはしていたんですが、少し前にお前も一品出せって言われて……一品出すってことはその料理の評価って完全に私のものじゃないですか。もう不安で不安で……」
空のトレイを抱きしめるポニ。
「もうすぐお父さんたちに批評してもらうから、知り合いの方がいてくれてよかったです」
知り合いのラットを見つけ、批評の前に第三者の意見を聞きたかったらしい。これで試作段階というのが、この店のレベルの高さが伺える。
「ラットさんの分は後でお持ちしますね。リオンさん、ありがとうございました」
ぺこっとお辞儀をした後、彼女はスキップをしながら戻っていった。
「はふはふ……そう言えば、ラットは食べなくてよかったのか? めっちゃうまいぞ」
料理を口に頬張りながら、リオンが話しかけてくる。
「僕はミルが来てからいただくよ」
「……悪い、先に食べちゃって」
「大丈夫だよ。僕がそうしたかっただけだから。それに待ち切れなかったよね。よだれ出てたよ」
「ん……まあ………」
見透かされているのが気まずいのか、リオンの目が泳ぐ。
「どちらにしろ、それほど時間はかからないと思うよ」
「どうしてだ?」
「さっきミルクを持って行った時、一口飲んで目の色が変わってたから。きっと今頃ものすごい速度で整備してるよ」
「何だよ。ミルのことならわかってますって口ぶりだな」
「そ、そんなことないよ」
今度はラットの目が泳ぐ。
しばらく沈黙__。
そして、
〝ミル、可愛いよな〟
唐突に、リオンが呟いた______。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
今回は、この方に来ていただきました。
はじめまして、ポニです。
いつもお世話になってます。
いえいえ、こちらこそです。
勇者様にご贔屓にしていただいているおかげで、お客様もひっきりなしなんですよ。
それならよかったです。
この前なんて、王都からお姫様までいらっしゃって。
そうなんですね。
すごく綺麗な方で、緊張してしまいました。
僕、お姫様ってお会いしたことないんですよね。
どんな方なんですか?
とてもお優しい方なんですが……
どうされました?
それが、チップをいただきまして……
よかったじゃないですか。
家が買……
いえ、ワタシには過ぎたものだったので、お返ししました。
……そうなんですね。
次回は、コイバナをします。
えっ!!!!!!!!!!?




