第25話 動き出す運命
ラットは、すぐに戦闘に戻ろうとする二人を止めた。
「ラットくん?」
「先ほど鞄に入る前……煙幕を張りました。リオンさんや僕の奇襲を警戒して、ロックは移動してるはずです」
今、外に行ったところで、ロックはいない。
遠距離での攻撃の要となっていたミルは負傷させた。少しでも逆転の可能性がある近距離を保っておく必要はないわけだ。
「わたし……囮になるよ?」
「確かに、ミルの速度で注意を引けていたよ。でも慣れてきてるし、同じ手は間違いなく警戒されるかな」
ロックは伊達に死線をくぐり抜けてきた訳ではない。それにミルの負傷を考えると、成功する確率はかなり低い。
「じゃあ、どうするんだ?」
「向こうも姿を見失ってるはずです。このまま出ていけば見つかって、ただ的になるだけですが……」
ラットは今置かれている状況をゆっくりと説明していく。
「出ていかなければ、どうなると思いますか?」
ラットはリオンに問う。
リオンは腕を組み、目を閉じた。
「辺りを一掃する?」
「なくはないですが、可能性は低いでしょう。ここは王都からも近いですから。そんなことをすれば大騒ぎになってしまいます」
「あー……」
指名手配となっているヒーロが相手なら、それだけの事態になってもおかしくはない。だか、ラットたちは王都側から見れば、指名手配にする価値もないただの小者だ。そんな小者を相手どって、王都近辺を破壊しようものなら、騎士たちが黙ってはいないだろう。
特に今はヒーロを追うのに躍起になっている。王都側についているとは言え、そんな状況下で騎士たちに余計な手間を取らせたなんてことが発覚すれば、どう咎められるかわからない。
つまり、闇雲に攻撃を仕掛けてくる、という行動はない。
「ん〜、わからないな……」
リオンが眉根を寄せる。
「さすがにノコノコやってきたりはしないだろうし……」
「それです!!」
「は?」
ぱちくりと瞬く赤茶色の瞳。どういうことかと訊いてくるリオンに、ラットは身を乗り出した。
「おそらく、ロックは近付いてくるでしょう」
「狙撃手が自分から近付くか?」
当然の疑問だ。
自ら有利を捨てるなんて、考えられるわけがない。
「お互いに倒すことが目的なら近付かないでしょう。ですが、僕らの目的は?」
「……逃げる…………」
気付いたミルが、言葉を挟んだ。
「そう! いつまでも姿が見えない場合、既に逃げている可能性を考慮する必要があるんだよ」
すでにこの場から立ち去っている場合、距離が着実に広がっているということだ。気付くのが遅れるほど、逃げ切られる可能性が高まってしまう。
だからこそ、姿が現れる気配がなければ、危険を犯してでも、近づいて確認する必要があるわけだ。
「なるほどな! でも……、それでも待ち続けられたらどうするんだ?」
「それも限界があります」
時間が経てば夜になる。ロックは鬼族の中でも夜目が効く〝吸血鬼〟である。だが、光が一切ない完全な暗闇になれば、夜目を持ってしても視認するのは難しい。
だからこそ……。
「……やってくるな、ノコノコと…………」
ニヤリ__
リオンの表情に、余裕が生まれ始める。
本来、ロックは二人以上の戦闘で本領を発揮する。前衛が気を引き、意識が逸れたところにあの威力の精密射撃がくるわけだ。
けれど、……。
「今は、……一人…………」
ミルの言葉に強く頷く。
「代わりがいないからこそ、確認しにきます!」
正直なところ、ロックが一人で助かった。おかげで、付け入る隙ができたわけだ。
青ざめたのはリオンだった。
「あれで、アウェイみたいな状況なのかよ。やばいな、勇者パーティ……」
ははは……、ラットは苦笑した。
本来、ロックが一人の時は、最初の一撃で仕留めるか、
完全に隠れ続けて隙を狙う。
今回のような戦闘は不本意なはずだ。
そのような状況をつくったのはミルと、
そして、リオンさんの実力があってのことだ。
「大丈夫、二人は十分に強いです。自信を持ってください!!」
リオンが微かに笑ってくれたのを見てから、告げる。
「作戦を伝えます__」
*
「…………」
どの程度、時が過ぎただろう。
ラットたちは交代しながら、外の様子を窺っていた。
__待つ。
ミルの手当てを継続し、アイテムや装備の確認をしながら。
ロックが来るのを、待つ。
いつでも行動できるように、常に気を張り続ける。
耳を澄ませる。
風が草を撫でる音。
カサッ…………
その中に、微かな違和感が混じった。
「……来ます!」
影が揺れ、ロックが姿を現した。
先程より距離が近い。
様子を探るために出てきたのがわかる。
リオンの目付きが変わる。
「本当にきた……!」
時間が経過し、強化薬の効果も切れている。
ラットは改めてミルとリオンの速度を、そして感覚を強化した。
「勝負は一瞬です」
そして訊く。
新たな仲間へ。
「お願いできますか? ……リオン」
リオンは目を見開いた後、顔を緩めた。
震えを握り潰した手で、剣を構える。
「やってやらあ! ……ラット!」
頼もしい笑みに、応えた。
「全力で戦ってください。僕が支えます」
ロックの気配が、徐々に近付いてくる。
寸前まできた、その時。
「今です!!」
ミルが弾丸のように鞄から飛び出した。リオンも後に続き、踏み込む。一息でロックに迫る。
ロックは警戒を怠っていなかった。
証拠に、ミルの突進は足で、リオンの剣は銃で払われた。
だが、近距離かつ死角からの強襲。対応が若干だが遅れたことにより、バランスを崩す。
「くっ!」
堪らず後退する。
影に身を滑り込ませようとする。
瞬間、ラットは準備していた玉を上空に投げた。
爆ぜる光。
消え去る影。
ロックの逃げ道が、閉ざされる……。
突然、影が消えたことによりできた一瞬の隙。
ミルは見逃さなかった。
ドドッ____
一発二発と拳を打ち込む。
「ぐっ、肋が……なんて力だ」
ガガッ____
しかし、三発四発目は、銃で防がれた。
ダメージを受けながらも攻撃を読み始めるロック。
「もうそれはもらわないぜ、お嬢さん」
彼が余裕を取り戻し始めた時、踏み込んだ。
リオンが……。
「うおおおおおっ!!」
当然のように反応するロック。
「ぐっ……」
だが、肋の痛みを引きずって、動きが崩れる。
ザッ____
ロックの銃を搔い潜る。
僅かに、リオンの剣が速かった…………。
ロックの腕から、血が飛び散る。
光が薄れ、戻ってきた影に、そのまま逃げるように退却する。
「リオン、今の内に!」
リオンと共に鞄へと飛び込む。ミルに後を任せて__。
タタタタタッ__ドッ________
持ち手を首から下げ、ミルが飛翔する。
ミルとリオンが負わせた手傷により、ロックの片腕は封じられた。
もう片方の腕のみで銃を構えるが、追撃の精度は落ちている。
跳ぶミルを捉え切れない。
しかし、このまま逃げるのは……。
「このまま……港へ抜けるのは危険だね」
精度を落としつつも、徐々にだが順応してきている。
このままではいつ撃ち落されても不思議ではない。
それに……
「何とか射程外に逃げ切れないのか?」
「このままいく……」
「いえ、森へ入って射線を切ろう。ミル、進路を北へ!」
迂回することにはなる。
けれど、森の中を経由する街道の方が都合がいい。
ミルは平然としているように見えるが、やはり無理をしている。
ロックの射程は長い。
今、射程外に逃げたとしても、この開けた平地はしばらく続く。
ミルが戦闘不能になり、もし追い付かれたら今度こそ……
「……わかった」
ミルは進路を切り替え、北の森林地帯へと入っていく。
切れる射線……。
後を執拗に追いかけてきた銃声は、やがて止んだ__。
*
王都での騒ぎは勇者が逃走したことで、沈静化しつつあった。
勇者は森の中へ消え、大勢の騎士たちが次々とそれを追う。残された王都の人々がざわざわとどよめいていた。
北門の上。
暗殺者は斬られた傷口を押さえ、壁に寄りかかりながら魔具を取り出し、空へ光弾を放つ。
パンッ__
それは高く上がり、弾けた。しばらくして、遠く王城の方角から同じ光が輝く。
それは連絡の準備ができたことの合図だった。
暗殺者はマナベルを起動した。
「ロック、聞こえますか?」
少し間があって返事がくる。
「あんたか、美女ならなあ~」
「冗談を言っている場合ではありませんよ。こちらに勇者が現れました」
傷の痛みに、暗殺者の息が乱れる。
「さすが勇者ですね。私一人では敵いませんでしたよ……」
ロックの声が重くなる。
「やっぱりシュトルム方面へ向かったか~」
「ええ。合流できますか?」
短い沈黙……。
「いや、俺はラットを追うかな」
暗殺者が僅かに息を吐く。
「確か勇者パーティのお仲間ですよね。勇者を追わなくていいのですか?」
「ラットは厄介だ。強い奴と一緒にいる時のあいつはほんと手がつけられないんだよ。まだ戦力が整っていない、今がチャンスなんだよね~」
ロックは、
「私は依頼されていないので付き合いませんよ。このまま勇者を追います」
「悪いね~。すぐ終わらせて合流するよ」
軽口で返答する。
「そこは構いません。お互いの考え方の問題ですから。それよりも……」
暗殺者の声が低くなった。
〝なぜ、勇者の能力を黙っていたのですか___〟
威圧するように言葉を発する。
……なぜだろうな。
別に忘れていた訳じゃない。
言わなければならない……そういう考えに至らなかっただけだ。
言われてみれば、伝えておくべきだった。
「ごめんごめん。パーティでは当たり前すぎてさ。常識? みたいな感じで伝えるって発想にならなかったんだよね。今度、埋め合わせはするからさ。許してよ」
ロックはふと湧いた疑問をしまい込んだ。
「はあ、せめて勇者の情報を教えてください。能力や戦闘スタイル、あと性格も。付け入る隙はありませんか?」
度重なる軽口に暗殺者も深い溜め息を漏らした。
「ヒーロの戦闘の根幹は風詠みっていう魔力の形状変化だね」
「あの忌々しい風ですか」
「だね。常に展開していて、数百メートル規模を感知できる」
この風詠みを利用することで、元々ヒーロが得意としていた相手の攻撃を読むスタイルが、より強力なものとなる。
風詠みで攻撃の挙動を潰したり、カウンターを狙ったり、さらには、魔法を纏うことで、真っ向からの斬り合いを制していく。シンプルだが強力な戦闘だ
「なかなかに隙はないですね……」
思い切り攻めようとすればカウンターが。
かといって、消極的になれば、攻撃の起こりは潰される。
攻め手が制限されていくのに対して、ヒーロは強力な攻撃を展開できるから手が付けられない。
「そうでもないさ」
ロックはそれに異を唱えた。
風詠みは形こそわかるが、質感やフードや鎧の中までは特定できない。
つまり、町民や騎士たちに紛れれば奇襲ができるということだ。
それに毒も有効となる。
「風詠み自体を防ぐことは?」
「それは無理だね」
風詠みとは、要は探知効果のある魔力を薄く伸ばしているだけのものだ。
〝空気にちょっと埃が混じってる〟そういうレベルの話だからこそ、魔力の消費が少ない。
それこそ素が魔力だから、魔力を発散させる〝放魔の水〟の雨を降らすくらいとんでもないことをすれば、数十秒は消すことができるだろう。
だが、そんなことしたって、向こうは少し魔力が削れるだけだ。
効率が悪い。
「だからですか。私のマジックモノクルになんの反応もなかったのは……」
「無理無理。あれはある程度濃くないと……。風詠みくらい薄ければ、ないものと同じさ」
戦闘での勝機が薄いとなれば、つけ込む隙を探すしかない。
「性格は? お喋り好きだとお見受けしましたが……」
「仲良くなりたがるからね。俺みたいに美女とだけじゃなくて、野郎ともお子様ともご老人とも……」
沈黙。
「……誰でも平等に好きすぎて、いざこざを見つけては首を突っ込まないと気が済まない性分なのさ」
「難儀ですね。勇者らしいと言えばそうですが、この世界でよくそれで生き残ってこれましたね」
ロックの声に、微かに笑いが混ざった。
「まっ、根っからのお人好しってこと。だからこそ、いがみ合っていた様々な種族をまとめ上げることができたんだけどね」
……勇者について聞き終えた暗殺者は、マナベルを鞄に仕舞う。
そして、勇者が逃げていった先。
その方角をじっと見つめていた____。
*
これが王都で起こったすべてだ。
だが、この時の僕はまだ知らなかった。
これがほんの序章に過ぎないことを。
そして、これをきっかけに世界が揺らぐような事態に発展していくことを____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ヒーロだ。
これで二章完結だね。
そう……だね。
どうしたの?
ヒーロ。
いや、しばらく俺の出番なくなるなぁって……
別行動だからね。
でも、大丈夫!
マナベル越しなら、きっと出番あるよ!
……そっか!!
その手があった!!!
うん。
元気出たみたいでよかったよ。
連絡は密に取っていこうね!!
う、うん……
次回から新章だよ、お楽しみに!
(密にとっても描写あるかな……?)




