第22話 流転自在の暗殺者
街中は時間が経つにつれ、騒がしくなっていく。通りには急ぎ足の影がいくつも行き交っていた。
ラットから渡されたフードを被り、ヒーロはラットたちの影に隠れながら、路地裏を歩いていた。
視線は低く、足取りは一定に__。
昼下がり、こんな路地裏でも多少は人通りがある。何も考えず走ったりすれば、すぐに人目につく。ゆっくりと慎重に、それでも急いで歩を進めていく。
角を曲がる手前で、ラットは足を止めた。
「ここまでだね」
ここを抜ければ、南門だ。
すなわち、ヒーロとの別れを指す。
ミルとリオンの間に紛れるヒーロが頷いた。
「しばらくお別れだね」
「……さっきから、騎士たちが西門の方へ急いでる」
「多分、師匠のおかげだ。うまいこと言って向かわせたんだよ」
「おかげでこっちは警戒が薄いね。南門にも最低限の騎士はいるだろうけど、ヒーロなら一気に抜けられるよ」
ヒーロは微かに笑みを浮かべた。
「アイテム、ありがとう。ほんと急だったから助かったよ。これだけのアイテムがあれば、安心して向かえる。それにこのフードもね。本当に俺が持っていっちゃっていいのかい?」
「かまわないよ! 予備もあるしね。そもそも僕はなくても潜伏できるから、ヒーロが使ってよ。逃亡生活には役に立つと思うよ」
事態は急だった。
旅支度をする余裕など、もちろんない。
それを察し、ラットは自分のアイテムを使うようヒーロに提案した。
鍛冶屋では時間がなかったため、移動しながら、必要なアイテムをありったけ渡していた。
ヒーロはそのまま笑みを広げようとし、やめた。引き締めた表情で、ラットに言う。
「大丈夫だと思うけど、ロックのこともあるからね。気をつけて」
「うん。ヒーロも無事で」
拳と拳を合わせる。短い沈黙の後、ヒーロは走る。振り返らなかった。ラットも、それ以上声をかけなかった。少しだけ見送り、ミルとリオンと共に走り出す。
……北門へ。
*
ヒーロが向かった南門では、空気が張り詰めていた。
ザッザッザッザッ____
鎧の擦れる音が遠くからでもわかる。門の前には騎士たちが待ち構え、通行人を制限している。
……これ以上隠れる場所がない。
ギリギリまで近付いた後、ヒーロは一気に駆けた。
距離が詰まった瞬間、騎士たちも気付く。瞬間、巻き起こした。突風が地面を削り、騎士たちの視界を狭める。
「……勇者だ!」
「門を閉めろ!」
「絶対に通すな!!」
叫ぶ声……。
しかし、冷静さも兼ね備えている。
流石は騎士団だ。
やるべきことを即座に理解し、的確に行動を始める。
ヒーロはその上をいく。
警戒する騎士たちの横を、容易に通り過ぎた。
いち早く気づいた数人の騎士が、行手を阻む。
だが、足を緩めない。
ヒーロは聖剣を構え、騎士たちを払う。
魔法を使い、跳び越した。
門へと入る。
後を追う騎士たちを阻止するために、魔法を放つ。
<弾き飛ばせ風の球__ソル・エアボール!>
中級魔法の風の球。
それが門内へと押し寄せる騎士たちを弾き飛ばす。
もう少しだ。
もう少しで門を抜けられる!
ス________
飛ばされる騎士たちの隙間を縫うように、影が滑り込んでくる。
フードを深く被った、新手だった。
<即座に叩け風の鎚__リ・ソル・エアハンマー!>
叩き込んだ風の槌。
盾や魔法を使用し、かろうじてエアボールに耐えていた騎士たちごと吹き飛ばした。
……はずなのに、殺気がきた。
死角から走ってきた刃に反応し、身体を捻る。
クンッ__
だが避けた直後、別の角度から放たれた。
描かれる不規則な軌跡。
敵はもう目の前だ。
紙一重で躱す。
躱した……はずだった…………。
「っ……!?」
纏っていたフードが斬られ、地に落ちる。
あらわになった髪を揺らし、風が頬を冷やす。
地面に足を叩き付け、体勢を立て直す。
意識を失い、横たわる騎士たちの中……
影は冷静に佇んでいる。
__敵を、ヒーロは正面に捉えた。
*
ラットたちが辿り着いた北門は、比較的静かだった。門の前で行われる検問。騎士たちは一人一人確認しているが、視線は明らかに別の方向を探している。
ラットは少しだけ衣服を正し、前へ進んだ。
「どこへ行く」
ラット、ではなく、リオンに騎士が形式的に尋ねる。
「港町ヴィントシュティレです……」
答えたラットに騎士は目を見開いたが、叫び声は上げなかった。リオンはやや硬い顔付きで、ミルは無表情に頷く。騎士は一瞬だけ三人を見回すと、興味を失ったように視線を逸らした。
「行け……」
門をくぐり抜けた瞬間、ラットは息を吐いた。だが、足は止めない。
「やはり僕は手配されてないみたいですね。顔を見ても素通りでした」
「さすがに、ちょっと危険過ぎなかったか?」
「ラット、無謀……」
二人から責められる。
「まあ、二人の言い分はわかります。だけど、指名手配になっているかどうかは早めに把握しておきたかったんです」
おそらく問題ないとは思ってた。
だからこそ確認した。
「危険を冒すほどか?」
「三人での旅ですし、負担がかなり変わってきますからね」
もし指名手配されているならば、警戒は常に必要になる。
町中での移動や野営するときもそうだ。
野営時は特に、追手や賞金稼ぎなどの奇襲を考慮に入れ、交代での見張りが必要になってくる。
「言われてみれば確かにそうだな」
「罠を仕掛けて対策する、とかもありますが……それでも狙われてるって思うと、精神的にも大きく変わるんですよ」
旅は長い。
常に気を張り続けていれば、精神的な疲労は想像を絶する。
「それにこの段階なら僕は人ごみに紛れられますし、二人は〝他人です〟と白を切れば難を逃れられますしね」
これだけの人だ。
いつの間にか隣にいた。それで十分通る。
「なるほどな、ちゃんと考えてんだ」
「ラット、策士……」
「なんか二人、息が合ってない?」
妙な一体感を感じざるを得ない。
「あっ、すまない。……すみません。お客さんに向かってまた……」
「これからは共に旅する仲間ですし、話しやすい言葉でいいですよ」
「仲間……」
そんな会話をしながら三人は進んでいく。
門前の街道を真っ直ぐに……。
門から少し離れ、視界が開けたところで、耳を掠めた。
切り裂かれるような……風の悲鳴。
「伏せて!!!」
鞄から引き抜いた大きな盾を、身を投げたミルとリオンの前に突き出す。金属がぶつかる乾いた音が炸裂し、盾が大きく揺れる。
弾かれた閃光が、地面を抉る。
リオンが頭を庇いながら息を呑む。
「い、今のって……」
「狙撃です!」
(門を素通りできたから、警戒が薄れていた。まさかこっちに来るとは……)
盾を構えたまま、視線を走らせる。
起き上がったミルが、一歩前に出る。
「……来る」
隠れられない開けた場所。
戻ろうにも門は遠い。
狙撃を躱せる逃げ場は、
…………ない。
*
魔法により舞い上がった砂埃の中で相対する二人。
「少数じゃ足止めにもならん、増援を呼べ! 早くしろ! 勇者が逃げるぞ!」
騎士たちの叫び声と鉄靴のでたらめな足音を聞きながら、ヒーロは正面の影__深くフードを被ったその者へ目を向け、観察する。
両手に持つのは、短剣とナイフ。
それぞれ一般のものとは大きく形が異なっている。
片方は細く、もう片方は大きく湾曲している。
(あの湾曲、下手に防御すれば刃の部分が当たるかな……)
左右で異なる対処を要求される。
明らかに対人を想定した獲物だ____
そして、
この風貌と気配の消し方、先ほどの動き。
これは__
〝暗殺者〟
そう、考えてよさそうだ。
と、暗殺者が地を蹴る。
フェイント……。
潜る、また、死角へ。
的確に相手が嫌がる位置と間合いを陣取ってくる。
(間合いをズラされる……やりにくいな…………)
蹴り……。
掴んでからの関節。
さらに、回り込んで、首を絞める。
次々に繰り出される技の応酬。
首を絞められた状態のまま、後ろへ跳ぶ。
壁に叩きつける。
(げほっ…、危ない。関節や首までキメにくるのか……)
それだけではない。
意識の隙間に入り込む刃……。
死角ではない。
相手を正面に捉えたとしても、
見えていても、
認識できない位置……。
そこへ当然のように刃を滑り込ませてくる。
(相性がいいから躱せてはいるけど……こんな技術まで持ってるのか)
さらには……
一撃を躱す。
瞬間、どこからともなく、二撃目が煌めいた。
剣で受けようとしたが空を切り、遅れて脇腹を掠める。
布が裂けた。
思わず後ろへ跳び、剣を構え直す。
「驚いたよ」
急加速したかと思えば、失速する。
魔法文字を利用した変化まで入れてきた。
間合いの掌握。
流れるような連撃。
視認困難な技。
変則的な軌道。
虚をつく動き。
本当に、厄介だ……。
(……けど)
ヒーロは、息を短く整え、全身に覆っていた魔力をさらに巡らせる。
暗殺者は、さらに数回、切り結ぶ。斬撃が肩や手など数箇所に入るが、痛みはさほど感じない。
「やっぱり、一撃が軽い」
確かに不規則ではあるが、体重はそれほど乗っていない。これなら魔力を厚めに纏えば怖くない。
ヒーロの笑みに暗殺者は一瞬間を置くと、別の短剣を抜いた。
今度の刃は軌道が素直だった。剣で難なく受ける。が……
ギイィィィ_______ン
(重いっ!?)
__衝撃。
重みがのしかかり、足が地面を滑る。その武器の見た目からは予想しなかった重量に目を見開く。
(これは打撃か!?)
重量だけではない。手が痺れる。
まるで硬いものに剣を打ちつけたような痺れが、手だけでなく腕まで伝わってきていた。
暗殺者は連続で刃を叩き込む。
加速。減速。斬撃。打撃__。
武器を即座に持ち替えながら、繰り出される技。
多彩な攻撃はいとも容易く防御を抜き去り、ヒーロを捉えた。
だが、ヒーロは崩れなかった。
周辺の風が流れを変え、集まり、ヒーロの体表で渦巻いていく。
<風守>
轟く風が鎧のように纏わりつく。暗殺者の刃が当たるたび、風が受け流し。弾き。守る。
その衝撃に今度は暗殺者の手が震えた。
武器を持ち替える暗殺者の手が止まる。見逃さず、ヒーロは剣を振った__。
咄嗟に受ける暗殺者。
魔力で纏われた両手の武器ごと、押し退け、迫る。
斬られるギリギリのところで、暗殺者は転がるように回避した。
<風刃>
暗殺者がいた地面に刻まれる斬痕。
「どうだい? 魔力じゃなく魔法を纏わせた剣と鎧は。威力も硬さも別次元だろ」
ヒィィィィィィィ______
静まり返った門前に風が流動する音が響く。
ヒーロは、〝魔法〟を纏わせた____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
ヒーロだ。
いったん、これでお別れだね。
そうだね。
加護が使えるようになれば、すぐ合流できるんだけど……
正直、こればっかりはいつになるか全然わからないし。
寂しくなるね……
ところで、今ちょうど暗殺者と戦ってるみたいだけど、実力はどれくらいなの?
A級冒険者の実力は優に超えてるかな。
騎士団長クラス……。いや、それ以上と言ってもいいかもしれない。
すごいね。
ヒーロにそこまで言わせるほどの実力者なんだ。
だけど……
だけど?
あくまで、人間族同士ならって話かな。
というと?
攻撃力が低い印象なんだよね。
人間族相手なら、ナイフ一本でも十分致命傷になるでしょ?
でも、それで倒れない相手だと……たぶん厳しい。
なるほどね。
相手を選ぶ戦い方なんだ。
そういうこと。
次回は、暗殺者との戦闘もいよいよ大詰めだ。
よろしくお願いします。




