表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/106

第21話 師の想い、弟子の夢

 油と鉄の匂いを振り撒きながら、店主が室内に入ってくる。


 その表情は、いつもの陽気なそれではない。笑わない瞳で三人を……ヒーロをまっすぐに捉え、店主は切り出す。


「さっき、騎士がやってきて、あんたの居場所を訊かれた」


 戦慄がラットの背中を駆け抜ける。追手。もう街中に。


「けど、ただごとじゃねぇのがわかったから、事情を聞いてから判断しようと思った。匿うべきか、突き出すべきか……」


 店主の瞳が、ヒーロをじっと裁く。

 見守るラットの額に冷や汗が滲む。


 今、騎士たちに知らされたら。今度は、逃げられない。王城の時とは状況が違う。あの時は、人数差からくる圧倒的優位、そんな立ち位置だったからこそ、騎士たちの心には隙があった。


 包囲を突破された彼らにもう油断はないはずた。厳戒態勢となった騎士たちが街中に巣食っている状況で、大立ち回りは難しいだろう。


 知らされたら最後、街中で大きな戦闘になる。

 騎士たちに大勢の怪我人が出てしまう。

 もしかしたら住民にも__。


 まずい。

 ヒーロの喉仏が、ゆっくり動く。

 冷や汗が、ラットの頬を伝った。

 張り詰める空気の中で、店主がとうとう、判決を告げる。


「……俺の親友が、あんたの世話になってな」


 聞こえたのは、予想外の言葉。


「大戦の時に、命懸けであいつの命を助けてくれた奴が、多くの犠牲をよしとするような行動を起こすなんて、俺にはどうしても思えねぇ」


 すなわち、店主の答えは。


「話を聞いて、確信したぜ。……やっぱり、無実なんだな、勇者様」


 にっと浮かんだいつもの笑みで。彼が、前者を選んだことを、知った。

 緊張が解ける。

 

「寿命が縮みました」

「……味方」

「ありがとうございます」


 ヒーロが代表して頭を下げる。

 

「礼をしてくれるって言うならよ。リオンの奴も、連れて行ってくれないか?」


 その名に、緩んでいた表情が再度締まった。


「それは……」


 無理だ。

 楽しい旅ではない。過酷な旅だ。連れて行けば、必ず危険にさらす。


 助けてくれた恩人のリオンを、これ以上巻き込むことは……


「……でき、」

「最近、大量の武器の発注が入ってる」


 ラットを遮るように、店主は声を低くして言った。


「他の鍛冶屋も同じだ。嫌な噂が回ってる」


 鍛冶屋に舞い込む大量の武器の発注。それが意味するところは、考えたくなくてもわかってしまう。


「戦争……、ですか…………」


 ラットは重々しく口にした。

 

「近々、大きなのが来るんじゃねぇかってな」


 否定できなかった。

 現時点で、陰謀が蠢いているのだ。敵の目的がわからない以上、戦争が起きないとは、言い切れない。


「街に被害が出るかもしれねぇし、それ以前に招集もあるだろう」


 店主の手が握られる。爪が手のひらに食い込むほど。


「リオンは、魔導関係はからっきしだ。でもそれなりに腕は立つ。年齢的にも戦場に立てる」


 ラットは視線を落とした。


「駆り出される、ということですね」


 自分で言っておいて、後味の悪さに唇を噛む。出会ったばかりの自分とて、こうなのだ。リオンの師である店主の胸中は、いかほどだろう。


「もうわかってるだろ? リオンは、戦死した親友の子供なんだ。死なれたら……あいつに顔向けできねぇ」

 

 歯を食い縛った店主は、頭を下げた。


「この通りだ! 連れて行ってくれ! そうすりゃ、……」

「戦争から逃れられる……ってことですね」


 ヒーロが呟いた。


「ああ。けど、それだけじゃねぇ」


 頭を上げた店主は、ミルを見つめた。

 

「嬢ちゃんには、夢があるか?」

「……ゆめ?」

「叶えたい願いさ」


 自らの胸をそっと押さえた彼女は、言った。


「……ある」


 店主が微笑む。

 

「リオンにも、あるんだ」


 答えた彼は、次いでラットへ眼差しを移す。


「聞いただろ? 兄ちゃん」


 頷く。

 そう。ラットは聞いている。

 初めて出会った時、笑って話してくれた。


「一人前の鍛治師になって、あんたら勇者パーティのような極上の使い手を守り抜く最高の武器を造ることだ」


 それこそが……リオンの〝夢〟。

 彼の、叶えたい願い。

 

「いつか絶対、ドワーフの国で修行する。それが、リオンの口癖さ。兄ちゃんと嬢ちゃん、地の国に……ドワーフの国に行くんだろ? いい機会だと思ったんだ」


 店主は再び、頭を下げた。

 

「頼む。リオンを想うなら、連れて行ってくれ」

「……安全な旅ではありませんよ」

「わかってる」


 彼は言う。


 それでも……


「それでも、町に残すよりマシなはずだ」


 ヒーロを見る。

 笑みに促され、ラットは一歩、近付いた。


「頭を上げてください、店主さん」

「協力する……」


 ミルもなにか感じるものがあったのだろう。ラットに続いて呟いた。

 店主の顔が、みるみる和らぐ。


「恩に着るぜ」


 笑った彼は即座に振り返り、扉へと急ぐ。


「外がうるせぇ。すぐ出た方がいい。急いで準備させるんで、少しだけお待ちください!」


 ラットは大きく息を吸った。


「待ってます。新たな旅の仲間を」


 店主が立ち止まる。

 大きな背中を向けたまま、目元を乱雑に擦った。

 

「本当に……ありがとな」


 足音が走り去っていく。

 新たな旅の仲間を連れてくるために__。





 数刻の後、足音が戻ってきた。

 扉が開き、店主と、リオンが入ってくる__。


 いつもと違う店主の雰囲気から何かを感じ取ったのか、リオンからはいつもの陽気な雰囲気が感じられない。


 部屋に入り、ヒーロやラットと目が合ったリオンは、軽く会釈だけをした。

 

「おい、師匠。どうしたんだ急に……! 〝来い〟だけじゃわかんねえよ」

「いいからこっちだ!」


 促されるまま、ヒーロたちの前まで移動していた店主の近くでリオンが立ち止まる。 


「リオン!!」

「はい師匠!!」


 弟子の本能なのか、店主の呼びかけにリオンは背筋をまっすぐに伸ばした。

 店主は腕を組み、リオンを鋭く見つめる。


「ここでの修行は終わりだ。お前はアートベーベンに行け!!」


 ぱちくりと、リオンが瞬きをした。


「え?」


 一歩前に出ようとするラット。

 それを店主は手で制し、続ける。


「ドワーフの国だ。そこで鍛治を学んでこい」

「ドワーフの国!? っじゃなくて、え、え!? なんで急に!?」


 憧れの国の名前に一瞬目を輝かせたリオンだが、すぐに止まらぬ瞬きに消える。当然の反応だ。この状況でこの話……。話がまったく見えないだろう。


「今の勇者様の状況は何となく察しているな? こっちのラットくんたちが勇者様を助けるためにアートベーベンに行くそうだ」


 瞬きは減り、次第に真剣な目付きになっていく。


「ラットくんの手助けをしてやれ。勇者様に、恩を返すんだ」


 店主の眼差しが、ふっと和らいだ。


「いい機会だ。向こうで修行してこい」


 店主の笑みにリオンは口を開き、しかし閉じた。少しの間を置き、再度、口を開く。


「いいのか……?」


「どういう意味だ?」

「俺みたいな未熟者が鍛治の最高峰、ドワーフの国に、行っていいのかなって……」


 リオンは目線を逸らす。


「俺はここで修行している身だ。その看板を背負っていったことで、師匠の顔に泥を塗らないか心配で……わっ!?」


 店主の大きな手が、リオンの赤茶の髪を掻き回した。


「馬鹿言ってんじゃねぇよ! 俺が何も知らないとでも思っているのか?」


 髪を、リオンの心配を、店主は笑ってぐしゃぐしゃにする。


「仕事が終わってからも毎日毎日寝る間際まで試行錯誤。休みといえば出かけるでもなく、一日中鍛冶鍛冶鍛冶鍛冶……。違うことやってるなと思ったら、使用感を試すための素振りや試し斬り__」


 手を離すと、優しい瞳で告げた。


「とっくに、認めてる。俺がお前に教えることは、もう何もねぇ」

「師匠……」

「それに、お前の鍛治に対する貪欲さは、ここだけじゃ収まらねぇと思ってんだ」


 そして笑みを消し、腕を組み直す。

 伝える。

 彼の師として、最後の命令を。


「改めて言うぞ。いい機会だ。向こうで修行してこい!」


 リオンは一度だけ鼻をすすった後、姿勢を正し、返事をした。


「はい!!」


 笑みを浮かべたラットに店主は視線を向け、頭を下げる。


「嬢ちゃん、ラットくん、リオンをお願いします……」

「……任せて」

「死なせません。決して」


 その瞬間だった。

 店の入り口の方から、騒がしい声が響いてくる。


「おい、出てこい!」


 騎士の声に、空気が一変した。

 店主が舌打ちする。


「入るのを見られていたか? 慌ただしくてすまねぇが、すぐに裏口から行ってくれ」


 目を合わせて頷き、示された裏口へ動く。


「師匠……」


 リオンだけが、ついてこない。


「言い訳は任せろ。俺の教え、忘れんじゃねぇぞ」


 店主が振り返らずに店へ戻ろうとした時、


「親父!」


 店主の足が、止まった。


「ありがとう……」


 リオンへ振られる、大きな手のひら。店主と別れ、リオンもまた、ラットたちを追ってきた。


 裏口を四人で抜け、外へ静かに出る。冷たい空気と一緒に、声が流れ込んできた。


「ここに勇者が入るのを見たと聞いたぞ! いないんじゃなかったのか!?」


 ヒーロが足を止めた。

 うまく誤魔化し切れるならば、いい。だがもしも、誤魔化し切れなかったら、匿った罪として、店主も……。そんな風に揺れるヒーロの肩を叩いたのは、リオンだった。


「勇者様、ここは師匠に任せましょう」

「リオンさんの言う通りだよ。行こう」


 ヒーロはまだ揺れていたが、リオンとラットの言葉、そしてミルの頷きに促され、走り出した。





「ここに勇者が入るのを見たと聞いたぞ! いないんじゃなかったのか?」


「何だ、藪から棒に。嘘なんて吐いてないさ」

「見間違いだと言うのか? あの勇者を誰と見間違うと言うんだ?」


「確かに勇者は来たさ。だがそれは、あんたらが来る前の話だ。預かっていた装備を受け取ったら、すぐに出ていったよ」

「装備?」


「うちは鍛治屋だぞ。調整を依頼されていたんだ。何かおかしなことがあるか?」


「……勇者はどこに向かうか言っていなかったか?」

「知らねぇよ。客の行き先なんて、いちいち聞かねぇしな。……あっ……」


「何か思い出したか!?」

「そう言えば、窓の外を見ながら、西って呟いてたか……?」


「西……西門か!」


 騎士は勢い良く振り向き、叫んだ。


「西門だ! 兵を集めろ!!」


 遠ざかっていく騎士たちの背中を、店主は見送った。

 やがて足音が消えた頃、息を小さく吐く。


「ありがとう、か……」


 思い出すのは、弟子の最後の言葉。


(こっちの台詞なんだよ)


 ありがとよ、リオン__。


 最初は、死んじまったあいつのためだった。

 けど、お前のおかげで、俺の鍛冶屋は賑やかになった。


 お前の成長が、楽しみだった。

 毎日毎日、笑って暮らせた。

 だから、死ぬなよ。


 叶えてこい、お前の夢____。



「頑張ってこいよ……リオン!!」



 弟子へ__

 息子へ__


 そう呟き、青空を見上げた____。


※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。


ラットです。

今回は、この方に来ていただきました。


リオンだ!


一緒に旅へ出ることになりましたね。

これからよろしくお願いします。


こちらこそ!

よろしくっす!


それにしても、楽しみなんだよなぁ、〝アートベーベン〟。


鍛冶師にとっては夢みたいな街だからね。


そういえば、〝アートベーベン〟まではどれくらいかかるんだ?


移動手段にもよるけど、歩きだと一年くらいかな。


一年!

結構かかるんだな……


そりゃ、世界の反対側だからね。


ってことは、一年間まともに鍛冶できないのか!?


あ……


うわぁ~、それはきついっす……


旅の途中で道具の整備くらいはできるんじゃない?


それだけじゃ足りないんだよなぁ……


……


次回は、とうとうヒーロと別行動になります。


ドキドキするな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ