第21話 師の想い、弟子の夢
油と鉄の匂いを振り撒きながら、店主が室内に入ってくる。
その表情は、いつもの陽気なそれではない。笑わない瞳で三人を……ヒーロをまっすぐに捉え、店主は切り出す。
「さっき、騎士がやってきて、あんたの居場所を訊かれた」
戦慄がラットの背中を駆け抜ける。追手。もう街中に。
「けど、ただごとじゃねぇのがわかったから、事情を聞いてから判断しようと思った。匿うべきか、突き出すべきか……」
店主の瞳が、ヒーロをじっと裁く。
見守るラットの額に冷や汗が滲む。
今、騎士たちに知らされたら。今度は、逃げられない。王城の時とは状況が違う。あの時は、人数差からくる圧倒的優位、そんな立ち位置だったからこそ、騎士たちの心には隙があった。
包囲を突破された彼らにもう油断はないはずた。厳戒態勢となった騎士たちが街中に巣食っている状況で、大立ち回りは難しいだろう。
知らされたら最後、街中で大きな戦闘になる。
騎士たちに大勢の怪我人が出てしまう。
もしかしたら住民にも__。
まずい。
ヒーロの喉仏が、ゆっくり動く。
冷や汗が、ラットの頬を伝った。
張り詰める空気の中で、店主がとうとう、判決を告げる。
「……俺の親友が、あんたの世話になってな」
聞こえたのは、予想外の言葉。
「大戦の時に、命懸けであいつの命を助けてくれた奴が、多くの犠牲をよしとするような行動を起こすなんて、俺にはどうしても思えねぇ」
すなわち、店主の答えは。
「話を聞いて、確信したぜ。……やっぱり、無実なんだな、勇者様」
にっと浮かんだいつもの笑みで。彼が、前者を選んだことを、知った。
緊張が解ける。
「寿命が縮みました」
「……味方」
「ありがとうございます」
ヒーロが代表して頭を下げる。
「礼をしてくれるって言うならよ。リオンの奴も、連れて行ってくれないか?」
その名に、緩んでいた表情が再度締まった。
「それは……」
無理だ。
楽しい旅ではない。過酷な旅だ。連れて行けば、必ず危険にさらす。
助けてくれた恩人のリオンを、これ以上巻き込むことは……
「……でき、」
「最近、大量の武器の発注が入ってる」
ラットを遮るように、店主は声を低くして言った。
「他の鍛冶屋も同じだ。嫌な噂が回ってる」
鍛冶屋に舞い込む大量の武器の発注。それが意味するところは、考えたくなくてもわかってしまう。
「戦争……、ですか…………」
ラットは重々しく口にした。
「近々、大きなのが来るんじゃねぇかってな」
否定できなかった。
現時点で、陰謀が蠢いているのだ。敵の目的がわからない以上、戦争が起きないとは、言い切れない。
「街に被害が出るかもしれねぇし、それ以前に招集もあるだろう」
店主の手が握られる。爪が手のひらに食い込むほど。
「リオンは、魔導関係はからっきしだ。でもそれなりに腕は立つ。年齢的にも戦場に立てる」
ラットは視線を落とした。
「駆り出される、ということですね」
自分で言っておいて、後味の悪さに唇を噛む。出会ったばかりの自分とて、こうなのだ。リオンの師である店主の胸中は、いかほどだろう。
「もうわかってるだろ? リオンは、戦死した親友の子供なんだ。死なれたら……あいつに顔向けできねぇ」
歯を食い縛った店主は、頭を下げた。
「この通りだ! 連れて行ってくれ! そうすりゃ、……」
「戦争から逃れられる……ってことですね」
ヒーロが呟いた。
「ああ。けど、それだけじゃねぇ」
頭を上げた店主は、ミルを見つめた。
「嬢ちゃんには、夢があるか?」
「……ゆめ?」
「叶えたい願いさ」
自らの胸をそっと押さえた彼女は、言った。
「……ある」
店主が微笑む。
「リオンにも、あるんだ」
答えた彼は、次いでラットへ眼差しを移す。
「聞いただろ? 兄ちゃん」
頷く。
そう。ラットは聞いている。
初めて出会った時、笑って話してくれた。
「一人前の鍛治師になって、あんたら勇者パーティのような極上の使い手を守り抜く最高の武器を造ることだ」
それこそが……リオンの〝夢〟。
彼の、叶えたい願い。
「いつか絶対、ドワーフの国で修行する。それが、リオンの口癖さ。兄ちゃんと嬢ちゃん、地の国に……ドワーフの国に行くんだろ? いい機会だと思ったんだ」
店主は再び、頭を下げた。
「頼む。リオンを想うなら、連れて行ってくれ」
「……安全な旅ではありませんよ」
「わかってる」
彼は言う。
それでも……
「それでも、町に残すよりマシなはずだ」
ヒーロを見る。
笑みに促され、ラットは一歩、近付いた。
「頭を上げてください、店主さん」
「協力する……」
ミルもなにか感じるものがあったのだろう。ラットに続いて呟いた。
店主の顔が、みるみる和らぐ。
「恩に着るぜ」
笑った彼は即座に振り返り、扉へと急ぐ。
「外がうるせぇ。すぐ出た方がいい。急いで準備させるんで、少しだけお待ちください!」
ラットは大きく息を吸った。
「待ってます。新たな旅の仲間を」
店主が立ち止まる。
大きな背中を向けたまま、目元を乱雑に擦った。
「本当に……ありがとな」
足音が走り去っていく。
新たな旅の仲間を連れてくるために__。
*
数刻の後、足音が戻ってきた。
扉が開き、店主と、リオンが入ってくる__。
いつもと違う店主の雰囲気から何かを感じ取ったのか、リオンからはいつもの陽気な雰囲気が感じられない。
部屋に入り、ヒーロやラットと目が合ったリオンは、軽く会釈だけをした。
「おい、師匠。どうしたんだ急に……! 〝来い〟だけじゃわかんねえよ」
「いいからこっちだ!」
促されるまま、ヒーロたちの前まで移動していた店主の近くでリオンが立ち止まる。
「リオン!!」
「はい師匠!!」
弟子の本能なのか、店主の呼びかけにリオンは背筋をまっすぐに伸ばした。
店主は腕を組み、リオンを鋭く見つめる。
「ここでの修行は終わりだ。お前はアートベーベンに行け!!」
ぱちくりと、リオンが瞬きをした。
「え?」
一歩前に出ようとするラット。
それを店主は手で制し、続ける。
「ドワーフの国だ。そこで鍛治を学んでこい」
「ドワーフの国!? っじゃなくて、え、え!? なんで急に!?」
憧れの国の名前に一瞬目を輝かせたリオンだが、すぐに止まらぬ瞬きに消える。当然の反応だ。この状況でこの話……。話がまったく見えないだろう。
「今の勇者様の状況は何となく察しているな? こっちのラットくんたちが勇者様を助けるためにアートベーベンに行くそうだ」
瞬きは減り、次第に真剣な目付きになっていく。
「ラットくんの手助けをしてやれ。勇者様に、恩を返すんだ」
店主の眼差しが、ふっと和らいだ。
「いい機会だ。向こうで修行してこい」
店主の笑みにリオンは口を開き、しかし閉じた。少しの間を置き、再度、口を開く。
「いいのか……?」
「どういう意味だ?」
「俺みたいな未熟者が鍛治の最高峰、ドワーフの国に、行っていいのかなって……」
リオンは目線を逸らす。
「俺はここで修行している身だ。その看板を背負っていったことで、師匠の顔に泥を塗らないか心配で……わっ!?」
店主の大きな手が、リオンの赤茶の髪を掻き回した。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ! 俺が何も知らないとでも思っているのか?」
髪を、リオンの心配を、店主は笑ってぐしゃぐしゃにする。
「仕事が終わってからも毎日毎日寝る間際まで試行錯誤。休みといえば出かけるでもなく、一日中鍛冶鍛冶鍛冶鍛冶……。違うことやってるなと思ったら、使用感を試すための素振りや試し斬り__」
手を離すと、優しい瞳で告げた。
「とっくに、認めてる。俺がお前に教えることは、もう何もねぇ」
「師匠……」
「それに、お前の鍛治に対する貪欲さは、ここだけじゃ収まらねぇと思ってんだ」
そして笑みを消し、腕を組み直す。
伝える。
彼の師として、最後の命令を。
「改めて言うぞ。いい機会だ。向こうで修行してこい!」
リオンは一度だけ鼻をすすった後、姿勢を正し、返事をした。
「はい!!」
笑みを浮かべたラットに店主は視線を向け、頭を下げる。
「嬢ちゃん、ラットくん、リオンをお願いします……」
「……任せて」
「死なせません。決して」
その瞬間だった。
店の入り口の方から、騒がしい声が響いてくる。
「おい、出てこい!」
騎士の声に、空気が一変した。
店主が舌打ちする。
「入るのを見られていたか? 慌ただしくてすまねぇが、すぐに裏口から行ってくれ」
目を合わせて頷き、示された裏口へ動く。
「師匠……」
リオンだけが、ついてこない。
「言い訳は任せろ。俺の教え、忘れんじゃねぇぞ」
店主が振り返らずに店へ戻ろうとした時、
「親父!」
店主の足が、止まった。
「ありがとう……」
リオンへ振られる、大きな手のひら。店主と別れ、リオンもまた、ラットたちを追ってきた。
裏口を四人で抜け、外へ静かに出る。冷たい空気と一緒に、声が流れ込んできた。
「ここに勇者が入るのを見たと聞いたぞ! いないんじゃなかったのか!?」
ヒーロが足を止めた。
うまく誤魔化し切れるならば、いい。だがもしも、誤魔化し切れなかったら、匿った罪として、店主も……。そんな風に揺れるヒーロの肩を叩いたのは、リオンだった。
「勇者様、ここは師匠に任せましょう」
「リオンさんの言う通りだよ。行こう」
ヒーロはまだ揺れていたが、リオンとラットの言葉、そしてミルの頷きに促され、走り出した。
*
「ここに勇者が入るのを見たと聞いたぞ! いないんじゃなかったのか?」
「何だ、藪から棒に。嘘なんて吐いてないさ」
「見間違いだと言うのか? あの勇者を誰と見間違うと言うんだ?」
「確かに勇者は来たさ。だがそれは、あんたらが来る前の話だ。預かっていた装備を受け取ったら、すぐに出ていったよ」
「装備?」
「うちは鍛治屋だぞ。調整を依頼されていたんだ。何かおかしなことがあるか?」
「……勇者はどこに向かうか言っていなかったか?」
「知らねぇよ。客の行き先なんて、いちいち聞かねぇしな。……あっ……」
「何か思い出したか!?」
「そう言えば、窓の外を見ながら、西って呟いてたか……?」
「西……西門か!」
騎士は勢い良く振り向き、叫んだ。
「西門だ! 兵を集めろ!!」
遠ざかっていく騎士たちの背中を、店主は見送った。
やがて足音が消えた頃、息を小さく吐く。
「ありがとう、か……」
思い出すのは、弟子の最後の言葉。
(こっちの台詞なんだよ)
ありがとよ、リオン__。
最初は、死んじまったあいつのためだった。
けど、お前のおかげで、俺の鍛冶屋は賑やかになった。
お前の成長が、楽しみだった。
毎日毎日、笑って暮らせた。
だから、死ぬなよ。
叶えてこい、お前の夢____。
「頑張ってこいよ……リオン!!」
弟子へ__
息子へ__
そう呟き、青空を見上げた____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
今回は、この方に来ていただきました。
リオンだ!
一緒に旅へ出ることになりましたね。
これからよろしくお願いします。
こちらこそ!
よろしくっす!
それにしても、楽しみなんだよなぁ、〝アートベーベン〟。
鍛冶師にとっては夢みたいな街だからね。
そういえば、〝アートベーベン〟まではどれくらいかかるんだ?
移動手段にもよるけど、歩きだと一年くらいかな。
一年!
結構かかるんだな……
そりゃ、世界の反対側だからね。
ってことは、一年間まともに鍛冶できないのか!?
あ……
うわぁ~、それはきついっす……
旅の途中で道具の整備くらいはできるんじゃない?
それだけじゃ足りないんだよなぁ……
……
次回は、とうとうヒーロと別行動になります。
ドキドキするな。




