第200話 強さの意味
アルトヴェルが倒れた。
戦場にはわずかな静寂が生まれていた。
アルフェンは、倒れたアルトヴェルへと視線を向けた。
国王を無力化するための最大の障害は倒れた。
もうすぐこの戦いも終わる。
そう思った、そのときだった。
背後から、気配が迫る。
視線を移すと、剣を構えたルーファル王子が迫ってきていた。
そして。
その剣先が、アルフェンの脇腹へと突き立てられる。
「油断したようだな! 賊め!」
王子は、勝利を確信したように口元を歪めた。
確かに、剣先はアルフェンの身体を捉えている。
アルトヴェルですら手をこまねいていた相手を、自分が倒した。
そう思ったのだろう。
だが。
「……油断? してませんよ」
「な……!?」
王子の目が見開かれた。
剣先は、アルフェンの身体へ届いていなかった。
いや、正確には白衣を貫くことができていなかったのだ。
刃は白衣に食い込んでいる。
しかし、その先へ進もうとはしていない。
「あなたが近づいてくるのは、ちゃんと分かっていました」
アルフェンは、王子の接近に即座に気づいた。
そして、アルフェンの白衣は魔力布でできている。
剣を受ける直前に白衣へ魔力を流すことで、それを硬化させていた。
「こんな未熟な剣で……」
アルフェンは、自分の脇腹へ突きつけられた剣を一瞥する。
未熟な太刀筋。
それだけではない。
剣には、魔力すら込められていなかった。
白衣は硬化されているとはいえ、武器による攻撃を完全に防ぎきれるわけではない。
あくまで補助的に使用する程度の代物だ。
もし、剣に十分な魔力が込められていたなら。
もし、しっかりと体重を乗せ、力を込めて振るっていたなら。
この白衣を、斬り裂くことができただろう。
「それに……」
アルフェンが身体を翻す。
剣を受け止めた白衣を軸にして、王子の懐へと踏み込む。
「油断しているのは、あなたでは?」
次の瞬間。
ドォッ____
魔力を込めた蹴りが、王子の急所へと叩き込まれた。
「がはっ……!」
完全に虚を突かれた王子の身体が、大きく弾き飛ばされる。
砂の上を転がりながら、王子は腹部を押さえた。
何が起きたのか。
理解できていないようだった。
アルフェンは、そんな王子を静かに見据えた。
「……戦闘中ですよ」
声に、怒りはなかった。
ただ、憐れむような響きがあった。
「一人倒したからといって、そこで油断すれば命取りになるんですよ」
アルフェンの言葉に、王子は奥歯を噛みしめる。
不意を突いた。
確実に仕留めた。
そして、動揺して動きを止めた。
その瞬間こそが、王子にとって最大の隙になっていたのだ。
「……なぜ…………」
不意打ちだけじゃない。
なぜこれほどまでに自分が一方的にやられているのか。
王子は、それが理解できないようだった。
変貌した肉体に、ただの蹴りが通るはずがない。
アルトヴェルやシルロスの身体でさえ、ナイフによる攻撃を容易に弾いていた。
それほどまでに強固だったはずだ。
その上、自分の身体は、それ以上により大きくより強大なものへと変貌を遂げている。
それは見れば、一目瞭然だ。
なのに、なぜ。
王子は答えを見つけられないまま、腹部を押さえ、蹲っていた。
「やはり……王子は未熟ですね」
アルフェンの言葉が、静かに響く。
「どれほど強大な力を持っていたとしても、その扱い方を知らなければ意味がありませんよ」
王子の表情が強張った。
「今のあなたが、神の力を使ったところで、たかが知れています」
王子は、戦いに必要な技術も、魔力を扱うための知識も。
そのどちらも身につけてはいなかった。
ただ神の力を得たことで、自身が誰よりも強くなったのだと、そう思い込んでいたのだ。
しかし、力を得ただけでは、強くなったことにはならない。
どれほど強大な力を持っていたとしても、それをどう使うのか。
その力を活かすために、何が必要なのか。
それを理解していないのであれば。
神の力を得たところで意味はない。
「騎士団長どころか、他の騎士たちの足元にも及ばないでしょうね」
力を得たばかりの三人の騎士が、あれだけ戦えていたのは、その力だけが理由ではない。
これまでに培われた技術があったからだ。
三人の翼を使った移動。
翼を手に入れたからといって、すぐにあれほど自在に飛べるわけではない。
本来、人間の身体に翼など存在しないのだから。
おそらく、普段からフライを使った飛行や、空中での戦闘訓練も積んでいたのだろう。
だからこそ、翼による動きを、これまで培ってきた戦い方の延長として捉えることができた。
新しく手に入れた力を、これまでの経験に重ねて使う。
それを応用して、あそこまで戦ってみせたことは、実に見事だった。
アルフェンは、王子の身体へ視線を向けた。
「あなたのそれは、ただの張りぼてですよ」
王子の身体は大きい。
見た目だけなら、アルトヴェル以上に強大な力を持っているようにも見える。
だが、見た目に反して、その身体は軽い。
中身がない、と言ったほうが正しいかもしれない。
魔力が、ほとんど身体へと行き渡っていない。
まるで、中身のない風船のようなものだ。
これほどの巨体なら、本来、アルフェンの蹴り程度で大きく動くことなどない。
だが、実際には、その巨体が大きく吹き飛んだ。
それだけではない。
アルフェンは、王子の背に生えた翼へ目を向けた。
この翼になんの意味があるのだろうか。
おそらくまともに動かすことすらできないだろう。
人の身体からあまりにもかけ離れた姿を、王子は神の力によって手に入れた。
しかし、あまりにも違いすぎるがゆえに、実際にどう動かせばいいのか分からないのだ。
王子は、何も言い返せず。
その言葉を聞きながら、砂の上に蹲ったままだった。
*
エアリスは、その場から動けずにいた。
ルーファルが蹲っている。
そして、これまで利用していた相手に諫められている姿を、ただ呆然と見つめるしかできなかった。
アルトヴェルが敗れるなんて思わなかった。
あれほどの力を持つ騎士団長が。
あれほどの異形の身体を手に入れたというのに。
それだけではない。
ルーファルも、あれほどあっさりと敗れるなんて。
「この力……」
エアリスは、自らの変化した身体へと視線を落とした。
この力は、いったいどれほどのものなのか。
アルトヴェルを倒した侵入者を前にして、自分はどこまで戦えるのか。
そう考えていた。
ザッ__
エアリスは、息を呑んだ。
目の前には、利用してきた男の姿があった。
アルフェンだ。
その背後には、倒れた騎士たち。
ルーファルも蹲ったままだ。
もはや立ち上がれる者など、残っていないのだろう。
それでも、エアリスは周囲へと視線を走らせた。
「何をしている! 立てっ!」
返事はない。
「誰でもいい! まだ戦える者はいないのか!」
倒れた騎士たちは、身動き一つしない。
「我が直属の騎士団だろう! その誇りを持てっ!」
声を張り上げても、応える者はいなかった。
「情けない。……ならば!」
エアリスの変化した肉体が、大きく動く。
ルーファルと同じように、巨大な身体。
人のものとはかけ離れた、異形の姿。
その姿だけを見れば、圧倒的な力を持っているように見えた。
そして、その目の前に立つのは、細身の優男。
その光景だけを見れば、勝敗は明らかであるだろう。
「この私がお前を倒してやる!」
エアリスは、ドラゴンを思わせる巨大な右腕を振り上げ、そのまま男へと振り下ろした。
だが、男は動じない。
表情一つ変えることなく。
迫る腕を躱し、緩やかにその懐へと入り込む。
「……弱い」
次の瞬間。
男の蹴りが、エアリスの身体へと叩き込まれた。
「ぐぅ……」
エアリスは、よろめきながらも踏みとどまった。
再び、巨大な腕を振り上げて、反撃を試みる。
だが。
振り下ろすよりも早く、男の拳が身体へと叩き込まれた。
さらに一撃。
また一撃。
攻撃を受けるたびに、エアリスの身体が後方へと押し込まれていった。
「ぐぁ……あ……」
巨体が大きく揺らぐ。
身体を立て直そうとするが、もはや思うように動かなかった。
エアリスは、なすすべなく砂の上へと崩れていく。
「なぜだ……。なぜ、力を得たというのに……私は勝てない」
あれほど強大に見えた肉体が。
世界の頂点に立ったとさえ思えた身体が。
ただ一方的に、なすすべなく地へと伏した。
戦いを知らないエアリスの胸に、初めて明確な恐怖が生まれていた____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




