第199話 王子の思惑
六本の剣が、アリエスへと振り下ろされようとする。
その、まさに寸前だった。
アルトヴェルの眼前へ、無数のアイテムが放り込まれた。
それは、音玉。
強烈な音を発するためのアイテムだ。
突然、目の前に現れたそれに、アルトヴェルの動きが一瞬だけ止まる。
アルトヴェルは、力により強化した嗅覚と聴覚を頼りにアリエスの接近を察知した。
姿を隠すカメレオンマントであれば、その二つから居場所を見つけ出すことができる。
だが、ラットが使っていたのはハイドマントだ。
姿を隠すことはできない。
その代わり、匂いや音、さらには魔力の発散までも抑えることができる。
ハイドマントは、本来なら視覚によってその姿を捉えられてしまう。
アルトヴェルもまた、姿が見えないことから、アリエスと同じようにカメレオンマントを使っているのだと思っていた。
だが、それは誤りだった。
ラットは、ただその存在感の薄さによって、まるで姿を消しているかのような状態を作り出していたのだ。
接近したラットが、無数の音玉を放っていた。
アルトヴェルが動きを止めたその一瞬。
そこへ。
<捕らえよ__アクアプリズン>
アリエスの魔法が、アルトヴェルの身体を水の檻へと閉じ込めた。
その直後。
投げ込まれた音玉が、炸裂する。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィ________________
音玉から放たれた轟音が、水の檻の中を激しく駆け巡った。
水の檻に閉じ込められた音が、内部で幾度も反響する。
強烈な音が、水の檻の中へと一気に広がった。
アルトヴェルが、わずかに顔を歪めた。
だが、すぐに肉体を変化させる。
強化していた聴覚を閉じ、音そのものを遮断する。
水の檻から轟音が漏れ出す中。
間髪入れず、アリエスは次の詠唱へと移った。
<鳴り響け__レゾナンス>
それは、音を増幅する魔法だ。
その力によって、音玉が発した音を、さらに大きく膨れ上げていった。
__レゾナンス
音の発生源付近に付与することで、その音を大きく響かせることができる付与魔法。
声や楽器など、音を広い範囲へ届ける必要がある場で使われる一般的な魔法であり、
演説や祭事、音楽などにも利用されている。
なお、使用する際は魔法文字を刻み、魔具として用いることが多い。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ________________
増幅された音が、水の檻の中を激しく反響する。
その音圧は、水の檻に覆われた内側だけに収まらなかった。
水の檻そのものが、大きく震える。
周囲の床にまで衝撃が伝わり、砂が大きく跳ねた。
そして、大聖堂全体へと伝わっていった。
ビシッ____
水の壁に、亀裂が走る。
次の瞬間。
バシャァァァンッ____
内側から弾け飛んだ。
床には、いくつもの亀裂が刻まれている。
それほどまでの音だった。
「……効いたのか?」
音玉は、以前カリューに使用した際、身体そのものを揺さぶり、その振動を内部へと響かせた。
その結果、動きを一瞬止め、隙を作ることには成功している。
だが。
作り変えられたアルトヴェルの身体は、どうだろうか。
硬化した外皮だけではない。
その内側まで、音の振動は届いているのか。
ラットは、アルトヴェルの様子を見つめていた。
アルトヴェルの身体が、ぐらりと揺れる。
先ほどまで揺るぎなかった身体が、明らかにふらついていた。
「……ぐっ」
それでも倒れまいと、震える足に力を込め、どうにか身体を支えていた。
明らかに、立っていることさえ限界に近づいている。
「まだだ……」
荒い息を吐きながら、アルトヴェルは立ち上がろうとする。
「まだ、負けるわけにはいかない」
騎士としての意地だった。
ここで倒れるわけにはいかない。
国王を守るためにも。
自らが戦うと決めた以上、最後まで立っていなければならない。
それが、騎士としてのアルトヴェルの意地だった。
だが、その身体を覆っていた魔力は、すでに大きく乱れていた。
纏っていた白銀の鎧は、ところどころ崩れ始めている。
「いえ、これで終わりです!」
ラットが、放魔の水をアルトヴェルへと向ける。
水が身体へと触れた瞬間、そこに留まっていた魔力が周囲へと発散していった。
すでに鎧を維持していた魔力は失われ、白銀の鎧も崩れ落ちている。
遮るものはなにもない。
放魔の水がそのままアルトヴェルの身体へと浸透していった。
アルフェンが、マジックモノクル越しにアルトヴェルを見据える。
その変化を、見逃さなかった。
硬化した外皮を。
変化した身体を。
それらを維持していた魔力は、ところどころ薄くなっていた。
「もう、意識を保つことすら難しいようですね……」
アルフェンが、静かに告げる。
しかし、アルトヴェルは答えない。
「……終わりです」
アルフェンは、特に魔力が薄くなっている箇所を見定めた。
そっとナイフを構える。
地面を蹴り、一瞬で距離を詰めた。
ザッ____
魔力の薄くなった箇所へと、アルフェンはナイフを振り抜いた。
「ぐっ……」
アルトヴェルは、倒れまいと足に力を込める。
だが、身体を支えていた力は、すでに限界を迎えていた。
膝から力が抜ける。
アルトヴェルの身体が、ゆっくりと傾いた。
そして。
ドサッ____
砂の上へ、アルトヴェルは倒れた。
その姿を見届けるように、静寂が戦場を包み込んだ。
*
上空では、ストラトールとミルの戦いが続いていた。
幾度となくぶつかり合い、二人の姿が空中を縦横に駆ける。
そのときだった。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィ________________
部屋全体を揺るがすような轟音が、響き渡った。
ストラトールも、当然その異変に気づく。
「……何の音?」
視線だけを、音のする方向へ向ける。
その先には、水の檻に捕らわれたアルトヴェルの姿があった。
さらに、魔法によって増幅された音が、水の檻の中で幾重にも反響していく。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ________________
水の檻が、内側から弾け飛ぶ。
地上ではアルトヴェルが倒れようとしていた。
「団長っ!」
ストラトールは、すぐさまそちらへ向かおうとした。
だが。
「……よそ見していいの?」
相対する少女の声が、すぐ近くから聞こえた。
ストラトールが振り返る。
目の前には、すでに少女が迫っていた。
咄嗟に剣を構える。
ギィンッ____
振り下ろされた拳を、どうにか受け止めた。
だが、その衝撃で身体が大きく弾かれる。
ストラトールにとって、空中での戦いは決して得意なものではなかった。
それでも、身体を変化させる力を駆使し、少女の攻撃を受け止め、躱しながら、どうにか食らいついていた。
余裕があるわけではない。
むしろ、限界はすぐそこまで迫っていた。
それでも。
自分が少女を抑えていれば、団長は下の侵入者たちを倒すことができる。
そうすれば、二人でこの少女を追い詰めることができる。
まだ勝機はあると、そう考えていた。
だからこそ、アルトヴェルが倒れたことは、この空中での戦況を大きく変えた。
「くっ……!」
ストラトールは、再び地上へ視線を向けた。
団長は、倒れたままだった。
その事実を理解した瞬間、胸の奥に焦りが生まれる。
ほんの一瞬。
だが、そのわずかな動揺が致命的だった。
空気の流れが変わる。
少女の手には、風が渦巻いていた。
そして、ストラトールへ向けて、一直線に踏み込んだ。
「しまっ……」
ストラトールは、身体を硬化させようと力を込める。
これまで少女が行使する嵐槍は、力を使うことで、なんとか防ぐことができていた。
だが、間に合わない。
咄嗟に、手にしていた細剣を構えた。
ギィンッ____
凄まじい衝撃に腕が弾かれる。
防御を崩された。
体勢を大きく崩したストラトールへ、間髪入れずに追撃が迫る。
次の一撃が、ストラトールの身体を正面から捉えた。
その身体は大きく弾き飛ばされ、そのまま地面へと叩き落とされた。
ドォンッ__
砂煙が舞い上がる。
身体が動かない。
もう力は残っていなかった。
とうとう限界を迎えたのだ。
そして。
ストラトールの意識は、深い闇へと沈んでいった。
*
侵入者の男のナイフが、アルトヴェルの身体を捉えた。
それを最後に。
アルトヴェルの膝が崩れ、その巨体が砂の上へと倒れた。
変化していた身体も、力を失ったように次第に元の姿へと戻っていく。
そして、静寂が戦場を包み込んだ。
父である国王も、大臣たちも、言葉を失っていた。
アルトヴェルが敗れるなど、誰一人として予想していなかったのだ。
目の前で起きた結果を受け入れられず、誰も口を開こうとはしなかった。
決着__。
そう思っているのだろう。
アルフェンは、倒れたアルトヴェルへ視線を向けていた。
その背後。
ルーファルは静かに戦況を見つめていた。
これまで、手を出すつもりはなかった。
手を出してしまえば、国王や大臣たちから、アルトヴェルが追い詰めた相手を横取りし、自分の手柄にしようとしたと思われるかもしれない。
それは、ルーファルの望むところではなかった。
自分の力を示すなら、自分の力で勝てるところを見せなければならない。
だからこそ、待っていた。
そのときを。
そして、アルトヴェルが敗れた。
その瞬間、ルーファルは確信した。
ようやく、この力を試すときが来たのだと。
王子としての自分の力を、父に、大臣たちに、そしてこの場にいるすべての者に示す。
口元に、不敵な笑みが浮かんだ。
アルフェンが、倒れたアルトヴェルから視線を外した。
ほんの一瞬。
その背中が、ルーファルに対して無防備になる。
「死ねっ!」
ルーファルは、地面を蹴った。
「……!」
アルフェンが、背後から迫る気配に気づいた。
振り返ろうとする。
だが、そのときにはすでに遅かった。
ルーファルの剣が、アルフェンの死角から迫っている。
アルフェンは、とっさに身体を引いた。
それでも、避けきれない。
剣先が、アルフェンの脇腹を捉えた。
次の瞬間。
鋭い刃が、身体へと突き立てられた____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




