第198話 神授異形の騎士
煙幕の中から、異形の姿が現れた。
四本の足で大地を踏みしめ、身体を支える。
その肉体はオーガ族を思わせるほどに大きく、分厚い筋肉に覆われていた。
そして、その上半身には六本の腕。
それぞれの腕には、作り出した武器が握られている。
一人で複数人を相手取るために、すべてが異なる構えを取っていた。
さらには、白銀の鎧がその身を包み込む。
ただ異なる特徴を寄せ集めただけではない。
戦うために必要なものだけを選び、組み合わせ、作り上げた姿。
人と獣。
魔族の特徴を併せ持ちながらも、その姿に醜さはない。
むしろ。
白銀の鎧を纏ったその姿は、神々しく。
神の力によって生み出された神獣を思わせるもののように見えた。
それが、アルトヴェルだった。
<切り刻め――エアカッター>
六本の腕に握られた剣。
その刀身へ風がまとわりつき、鋭利な刃となっていく。
次の瞬間。
アルトヴェルの六本の腕が、一斉に動いた。
六本の剣から、次々と風の刃が放たれる。
それはまるで、地の国が保有する砲台のようだった。
足はその場に根を張るように地面を捉え、身体を微動だにさせない。
その状態から、絶え間なく風の刃が撃ち出されていった。
ラットとアルフェンは、それぞれ身体を翻しながら攻撃を躱していく。
一方アリエスは、その場に留まり魔法を使用した。
<その流れを導け__スパイラルム>
魔法陣へと迫った風の刃は、その進路を横へ横へと流されていく。
それを見たアルトヴェルが、口元をわずかに上げた。
「来ると思ったぞ!」
その言葉と同時に、アルトヴェルのヘイストスペルが淡く輝く。
巡る魔力が活性化し、その力が即座にアルトヴェルの手へと集まっていった。
そして。
<墜ちろ。風の巨塊__ソル・エアフォール>
アルトヴェルの声が響く。
「これは……」
アルトヴェルは、アリエスがスパイラルムを使うことを読んでいたようだ。
スパイラルムなら、防御魔法では受けきれない風の刃をも受け流すことができる。
だが、それこそがアルトヴェルの狙いだった。
魔法を使用するために、動きを止めたところで、その一帯ごと圧し潰すつもりだ。
巨大な風の塊が、頭上から押し寄せてくる。
その場にあるものすべてを、押し潰すほどの圧力を伴って。
ラットは、アリエスの表情が変わったことを見逃さなかった。
これは対応できないのだと、直感した。
「アリエスっ!」
すぐさま鞄から紐銃を取り出し、引き金を引く。
そして、射出されたワイヤーがアリエスを捉えた。
「……っ!」
一気にワイヤーを引き寄せる。
アリエスの身体が、ラットのもとへと弾かれるように飛んだ。
その直後だ。
ドン____
アリエスがいた場所へ、風の巨塊が叩きつけられた。
砂地が大きく沈み込む。
「いたた……」
急に引っ張られたアリエスは、着地の体勢を崩し、そのまま地面へ身体を打ちつけていた。
「ごめん。あまりにも咄嗟で……」
ラットが手を差し伸べる。
アリエスはその手を取りながら、押し潰された砂地へ視線を向けた。
「かまわないわ。あのままだったら、やられてたもの……」
その視線の先には、深く抉られた砂地が残っている。
もしラットに引かれていなければ。
そう考えると、背筋が冷える。
「……このままじゃ、いけない」
ラットは、アルトヴェルを見据えた。
風の刃で動きを制限してからの、範囲魔法。
あまりにも的確だった。
守りに徹していては、押し切られる。
それをラットは直感した。
「アルフェンさん!」
ラットの声に、アルフェンが応える。
その手から、ナイフが放たれた。
魔力紐によって繋がれたナイフが、真っ直ぐアルトヴェルへと飛んでいく。
アルトヴェルは、正面から迫る刃を見据えた。
キィンッ____
弾かれる。
だが、アルフェンは即座に魔力紐を操った。
弾かれたはずのナイフは、その場で軌道を変えると。
魔力紐に引かれて、大きく旋回する。
正面から背後へ。
ギィンッ____
再び、弾かれる。
それでも、アルフェンはナイフを戻すことはない。
弾かれた勢いすら利用するように魔力紐を操り、ナイフをさらに遠くへと飛ばした。
そして。
大きく回り込んだナイフが、今度は斜め上から落ちてくる。
アルトヴェルは腕を振り上げた。
ガキィンッ____
またしても弾かれる。
しかし、その瞬間にはもう、ナイフは軌道を変えていた。
弾かれる度に、軌道を変えて。
右へ。
左へ。
大きく距離を取ったかと思えば、次の瞬間には一気に間合いへ飛び込んでいく。
アルフェンは、その防御の隙間を探すように魔力紐を操り続けた。
そして、アルトヴェルに攻める隙を与えなかった。
その間、ラットも動いていた。
魔導釣竿を操り、アルフェンの攻撃に合わせて仕掛けていく。
ラットはその先端には〝放魔の水〟を取り付けていた。
神の力による身体の変化を打ち消すために。
ワイヤーの先端が、低い軌道を描いてアルトヴェルへと迫る。
ヒュンヒュン__ヒュン______
ラットは釣竿を操り、ワイヤーを大きく振り回す。
先端がアルトヴェルの横を通り過ぎ、そのまま背後へ回り込む。
正面にはアルフェンのナイフ。
背後にはラットの放魔の水。
二人が、同時に別々の方向から攻める。
そこへ、アルトヴェルの六本の腕が動いた。
一本がナイフを弾く。
別の一本が放魔の水を叩き落とす。
だが、終わらない。
弾かれたナイフが、空中で反転した。
放魔の水も、ラットが釣竿を引くことで軌道を変える。
アルトヴェルの横を通り過ぎた二つの攻撃が、大きく軌道を変え、再び襲いかかる。
それでもアルトヴェルの六本の腕は、そのすべてに対応した。
ラットたちとアルトヴェル、そのどちらも決定打を与えられない。
そんな攻防が続いていた。
しかし、その均衡を崩したのは、アルトヴェルだった。
<切り刻め__エアカッター>
六本の腕による手数の多さを利用した。
攻撃を防ぐために一方の腕を動かしながら、別の腕に握られた剣へと風を纏わせていく。
そして。
ガキィンッ____
アルフェンのナイフが、風を纏った剣によって破壊された。
「くっ!」
魔力紐の先からナイフが失われる。
その瞬間、アルフェンの動きがわずかに止まった。
そこへ、アルトヴェルが剣を振り抜く。
風の刃が、アルフェンへと放たれた。
しかし、その攻撃が届くよりも早く。
ラットが操っていたワイヤーが、大きく軌道を変えた。
そして、その先端にある放魔の水が切り離される。
突如、軌道を変えたそれは、六本の腕の防御をすり抜け、アルトヴェルを捉えた。
パシャッ____
アルトヴェルの身体へと、叩きつけられる。
それと同時に、魔力が周囲へと発散していった。
その一瞬を、アルフェンは見逃さなかった。
迫り来る風の刃を、身体をひねって紙一重でかわす。
さらに、そのまま距離を一気に詰めた。
別のナイフを取り出し、アルトヴェルへと迫る。
ナイフを突き出したかと思えば、直前で軌道を変える。
そのまま横へ流し、再び正面へと戻す。
フェイントを織り交ぜ、不規則に軌道を変えながら、六本の腕の隙間を狙っていく。
アルフェンは、マジックモノクル越しにアルトヴェルを視界に入れる。
そこには、魔力が発散している様子がはっきりと捉えられていた。
アルフェンは一度、ナイフを大きく引く。
すると、アルトヴェルの腕が、その動きを追った。
その瞬間。
ナイフが跳ねるように軌道を変えた。
防御をすり抜け、アルトヴェルの懐へと入り込む。
「ここだっ!」
踏み込み、ナイフを振り抜いた。
だが。
ギィンッ____
「なっ!?」
ナイフは、その身体に弾かれた。
硬い。
まるで鋼鉄でも斬りつけたかのような手応えだった。
アルフェンの表情が変わる。
魔力は、確実に発散していた。
身体の変化は、消えつつあるはずだった。
それなのに。
その部位は、まるで変わらない。
硬いままだ。
「……なぜ」
弾かれたナイフを、アルフェンが見つめる。
「不思議そうだな。この鎧、身を護るためだと思ったか?」
アルトヴェルが、静かに問いかける。
たしかに、不自然だ。
変化させたアルトヴェルの身体は、鎧がなくとも刃を弾くほどに強靭だ。
わざわざ全身に鎧を身につけて、防御を固める必要などないはず。
それなら、なぜ鎧を纏っているのか。
ラットは、再びアルトヴェルの身体を見た。
魔力が発散している。
だが、それは肉体ではない。
魔力が失われて消失しているのは、鎧だけだった。
「……放魔の水を、浸透させないため……」
ラットが呟く。
「ご名答」
放魔の水が肉体に触れれば、神の力による変化を打ち消すことができる。
だからこそ、アルトヴェルは鎧を身につけていた。
鎧そのものに放魔の水を受けさせ、肉体へ届く前に、その効果を失わせるために。
アルトヴェルは、シルロスとの戦いを見ていた。
その戦いから、放魔の水が力に与える影響を理解していたのだった。
「そして、まずは一人だ」
アルフェンのナイフが弾かれた、その瞬間。
すでにアルトヴェルは、六本の腕を振り上げていた。
最初から、アルフェンの攻撃を防ぐつもりなどなかった。
硬化した肉体で、あえて攻撃を受け止める。
それにより生まれる一瞬の隙を狙い、六本すべての腕を攻撃へと回すために。
そして、それらは一斉に動いた。
左右から剣が迫る。
正面からも、別の刃が振り下ろされる。
さらに、その隙間を縫うように別の腕が襲いかかった。
逃げ道がない。
アルフェンは、とっさに判断した。
すべてを防ぐことはできない。
迫る刃の中から、致命傷になり得る攻撃だけを見極めるしかないと。
アルフェンは身体をひねった。
ザッ____
刃が身体を切り裂いていった。
「ぐっ……!」
さらに別の一撃が肩を掠め、もう一つの刃が脇腹を深く斬り裂いた。
致命傷には届かなかった。
それでも、決して浅くはない。
アルフェンの身体が、大きくよろめいた。
ナイフを握る手にも力が入らない。
そのまま片膝をついた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
息を荒らしながら、アルフェンは顔を上げる。
目の前には、アルトヴェルが立っていた。
六本の腕。
そのすべてに握られた剣。
アルトヴェルは、倒れたアルフェンを見下ろす。
そして、一本の剣を高く振り上げた。
だが。
「……気づいているぞ」
その言葉と同時に、アルトヴェルが振り返る。
何もないはずの場所が、わずかに揺らぐ。
その中から、人影が浮かび上がった。
カメレオンマントによって姿を隠していたアリエスだった。
アルトヴェルは、その姿を捉えた。
そして、口元に笑みを浮かべる。
「助けようとしたのだろ? 近寄らせるために、泳がせていた」
奇襲を仕掛けるために近づいてきたアリエスを、先に仕留める。
それが狙いだったようだ。
「おまえで、二人目だ」
アルトヴェルの剣が、アリエスへ向けて振り下ろされる。
その瞬間だった。
アルトヴェルの眼前に、無数のアイテムが現れた。
ギイイイィィィィィィ________________________
それは炸裂する。
強烈な轟音が、大聖堂内を震わせた______。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




