第196話 宙に挑む戦い
嵐の守護者
その名の通り、王都を守ることを役割とするため。
籠城戦や防衛戦など、守りに徹した戦いを得意としている。
その一方で、局地戦は訓練こそあるものの、ほとんど実戦経験がない。
ラットたちが取った戦い方は、まさにそうした騎士たちの特徴を突いていた。
もちろん、弱点と言えるほどのものではない。
それでも、普段とは異なる戦いを強いたこと。
それが騎士たちの連携に、多少なりとも綻びを生じさせたのは確かだった。
騎士たちには強い精神性が求められる。
王都を守るという役割から、国王に忠誠を誓う者。
そして、何よりも王都を守ることを重んじる者。
そうした者たちが、嵐の守護者には選ばれていた。
アルトヴェル・シールドレイ。
嵐の守護者を率いる騎士団長である。
彼もまた、国王への忠誠を誓い、この騎士団に所属することを誇りとしていた。
彼には、魔法や魔力に対する天才的な感覚があった。
魔力の流れを感じ取り、その性質を見極め、再現する。
ヒーロが得意としていた風刃。
剣に魔法をまとわせ、その斬撃へと魔法の力を乗せる高等技術だ。
普通なら長い鍛錬を積んだとしても、習得できる者は少ない。
だが、アルトヴェルは違った。
類まれなる魔力操作から、短い期間でそれを自らのものとしていった。
そして、どんな魔法でもすぐに習得した。
アルトヴェルが特級魔法を使わないのは、使えないからではない。
問題は、彼が持つ魔力の総量だった。
特級魔法を使えば、一度の発動でその大半を消費してしまう。
それならば。
魔法の規模を抑え、その分精度を高めたほうが有用だと考えた。
強い忠誠心と卓越した魔法の才能に恵まれた。
そんな彼だからこそ、騎士団長へと抜擢されたのだ。
そして、今。
新たに得た、肉体を変化させる力。
その力の特性を瞬く間に見極め、どう使えば最も効果的なのかを理解していた。
身体を変化させる力。
どのような状況であろうと、それに合わせて自身の身体を変化させられることが強みだ。
空という優位を最大限に活かす。
それが、今のアルトヴェルにできる最適な戦い方だった。
*
ラットは、必死に思考を巡らせていた。
この状況で、使えるものは何がある。
相手は、各国でも名の知れた騎士団長だ。
正面から戦って対抗できるのは、こちらではアルフェンくらいしかいない。
だが、問題がある。
足場だ。
アルフェンには、空中で戦う手段がない。
ならば、地形を変えるか。
「いや、それはダメだ」
先ほど砂漠を作り出す魔法を見せたことで、アリエスの魔法は警戒されている。
詠唱に時間を要してしまえば、集中的に狙われるだろう。
そう簡単には使わせてもらえるとは思えない。
ならば。
初級魔法や、手持ちのアイテムを組み合わせるしかない。
「アリエス。あそこまで足場を伸ばせるかな?」
アリエスは、ラットの言葉を受け、一瞬だけ上空へと視線を向ける。
「できるわよ。だけど、知ってるでしょ。魔法を撃ち出したりするのって苦手なの」
アリエスは、攻撃魔法を使用しない。
その理由は、魔法を撃ち出すことが苦手だからだ。
それは、地面から何かを隆起させたりする場合も同じ。
撃ち出すよりはまだましだが、それでも得意とは言えないらしい。
「私の生成速度だと、あそこまで伸ばしている間に、壊されちゃうと思う」
当然だ。
有利な状況を、手放す必要などない。
わざわざ相手が足場を作るまで待つ理由などないのだ。
「大丈夫。考えがある」
ラットは鞄へと手を入れると、あるものを取り出した。
「僕が、みんなを支えます!」
ラットが手にしていたのは、一枚のマントだった。
それをアリエスへと差し出した。
「これを使って」
アリエスは、言われるがままに、それを身に着けた。
そして。
ラットは腰の鞄から煙玉を取り出すと、足元へと叩きつけた。
次の瞬間、煙玉が弾ける。
白い煙が一気に広がり、周囲の視界を覆い尽くしていった。
三人は煙の中へと身を隠した。
姿を眩ませながら、その隙に跳び距離を詰める。
そう思ったのだろう。
「どうした? 煙はここまで届いていないぞ」
煙幕の向こうから、アルトヴェルの声が響く。
煙は十分な広さに広がったものの、アルトヴェルのいる場所までは届いていない。
ラットは走り出した。
手にしているのは、ゴム弾。
空気銃を構え、アルトヴェルへ向けて、次々と放っていく。
真っ直ぐに撃ち出すだけではない。
天井へと向けて放ち、跳ね返ったゴム弾を別の角度からも叩き込む。
ドドドドド_____
走りながら、煙幕に紛れながら、幾つものゴム弾を放った。
「小細工を……!」
身を翻し、迫り来るゴム弾を避ける。
ただのゴム弾だ。
当たったところで、大した影響はない。
だが、ラットは騎士たちとの戦闘で、捕縛玉や粘性玉、回転玉など、いくつものアイテムを見せていた。
アルトヴェルに、当たれば厄介だと思わせることに成功していた。
「こっちですよ」
さらに、ラットは壁へと飛び移る。
スティックブーツで壁面に張り付くと、そのまま走りながらゴム弾を放った。
その状態から放たれたゴム弾は、壁や天井にぶつかることで大きく角度を変え、アルトヴェルへと向かっていった。
幾つものゴム弾が縦横無尽に襲いかかる。
<守れ__エアバリア>
アルトヴェルを包み込むように展開された風の障壁が、ゴム弾を弾いていく。
それらを防ぐことに意識を向けることで。
アルトヴェルの意識は、煙幕から遠ざかっていった。
そして。
<形を成せ__クリエイト>
アリエスは、足場を作り出すため、魔法を使用する。
土と岩がせり上がっていった。
一本の岩の足場が上空へ向かって伸びていく。
その先端。
突き出した岩の上に、アルフェンが立つ。
煙幕を抜けると。
アルフェンの白衣が風を受け、激しくなびいていた。
アルトヴェルが、その姿を捉える。
「来たか。煙幕で多少は距離を稼いだみたいだが、それでは足りないぞ」
アルトヴェルは、すぐさま剣を構えた。
<切り刻め__エアカッター>
刀身が風の刃を纏っていく。
アルフェンを迎え撃つつもりだ。
アルトヴェルが剣を振り下ろそうとした、その瞬間。
ラットは、ポラリスグローブを身に着けた左手を掲げた。
アルトヴェルの剣が、強い磁力に引かれる。
「なっ……!」
それにつられ、アルトヴェルの身体がわずかによろめいた。
咄嗟に腕へ力を込め、剣を握り締める。
武器を手放すことはない。
しかし、放たれた風の刃は、大きく狙いを逸れていった。
「今です!」
ラットが叫ぶ。
その瞬間。
アルフェンの足元に付与されていた〝リパルス〟が発動した。
__リパルス
反発する力を付与する付与魔法。
魔法陣の中心から、触れたものを遠ざけることができる。
込める魔力によって、反発する力の強さや効果範囲などを調整できる。
アルフェンの身体が、岩の上から勢いよく弾き出される。
向かう先は、アルトヴェル。
ラットもまた、それと同時に鞄へと手を入れ、空気銃を紐銃へと持ち替えた。
ワイヤーガン。
それはワイヤーを射出し、即座に洗濯紐を取り付けることができる魔法機械だ。
紐銃の引き金を引くと、鋭い音とともに、ワイヤーが射出された。
アルフェンは、一直線にアルトヴェルへと迫っていく。
空中で身体を前へと倒し、ナイフを構えた。
「速いっ!」
アルトヴェルは、迫り来るアルフェンを見据える。
そして、直前で身体を翻した。
ナイフの刃が、僅かにアルトヴェルの身体を掠める。
「……惜しかったですね。ですが、残念です」
足場はない。
空中へと投げ出されたアルフェンには、もう一度踏み込む場所は残されていなかった。
アルトヴェルは、再び剣を振ろうとする。
だが、次の瞬間。
アルフェンの身体が、空中で大きく横へと流れる。
「なに……?」
アルフェンは、先ほどラットが放ったワイヤーを掴んでいた。
それを支点にして、身体を引き寄せ、軌道を変える。
アルフェンはワイヤーから手を離すと、その勢いのままアルトヴェルへと向かっていった。
「くっ……!」
アルトヴェルは、咄嗟に身を引く。
「次は、逃がしませんよ」
アルフェンは、ナイフの柄に魔力紐をつけると、それを投げ放った。
ヒュン____
魔力紐が伸び、ナイフを繋いだまま空中を走る。
アルフェンは魔力紐を操り、ナイフの軌道を自在に変えた。
逃げ道を塞ぐように、鋭い一撃がアルトヴェルへと迫る。
さらに。
「追いつめましたよ!」
ラットは、再び空気銃を構えていた。
引き金を引くと、弾丸が次々と放たれる。
アルフェンの攻撃と重なるように、幾つもの弾丸がアルトヴェルへと襲いかかった。
前にはアルフェン。
横からはラットの放った弾丸。
「このままでは、避けきれないか……!」
アルトヴェルの身体から、魔力が一気に膨れ上がった。
腕を変化させ、背中からはさらに翼を生やす。
何枚もの翼を広げ、その力を使って空中で姿勢を立て直した。
飛来する弾丸を、変化させた腕で薙ぎ払う。
続けて迫り来る魔力の鞭を、もう片方の腕で打ち落とした。
さらに身体を捻り、追い打ちをかけようとしていたアルフェンのナイフを、紙一重でかわす。
幾つもの攻撃が、アルトヴェルの周囲を駆け抜けていく。
すべての攻撃を凌ぎきったように思えた。
__だが。
<均衡を崩せ__ディスバランシス>
アルトヴェルの背後。
その翼の一つへ、アリエスの手が伸びていた。
「なっ……!?」
アルトヴェルの身体が、大きく傾いた。
翼の動きが噛み合わない。
片方へ傾いた身体を戻そうとしても、思うように姿勢を保てない。
「ぐっ……!」
平衡感覚を失ったアルトヴェルの身体が、空中で大きく揺れ。
そのまま、落下していった。
アリエスもまた、無理に空中へと飛び出していたことで、落下を始めていた。
「アリエス!」
アルフェンは、すぐさま魔力の鞭を伸ばす。
鞭の先端がアリエスの身体へ絡みつくと、アルフェンは力を込め引き寄せた。
そのままアルフェンは、アリエスを抱き抱え、身体を捻る。
そして、衝撃を逃がすように着地した。
その一方。
アルトヴェルの姿は煙幕の奥へと消えていた。
しばらくの静寂。
ミシ__
ギチギチ____
次第に。
骨が軋み、肉が膨れ上がる音が響き始める。
煙幕の中で、影が蠢いていた。
やがて。
煙幕が吹き飛ばされる。
アルトヴェルが姿を現した。
その姿は、先ほどまでとは大きく異なっていた____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




