第194話 流れを導く魔法
身体を変化させる力。
ラットはその詳細を理解できていなかった。
通常、擬態することのできる魔物は、姿を変える際に魔力を消費しない。
例えば、周囲の景色に紛れ込むために、身体の色や模様を変える魔物がいる。
木々の中では木の葉に似た色へ変わり、岩場では岩肌に近い姿へと変化するのだ。
そうした変化は、彼らにとって特別なものではない。
手足を動かすことと同じ。
意識するだけで、自らの身体を自在に変化させている。
その程度のこと。
よって、そこに魔力が介在することはない。
このことを知っていたからこそ、ラットは見落としていた。
擬態する魔物と同じように、身体が変化する際には魔力を消費していないものだと思い込んでいた。
だが。
本来、そのような力を持たない者が、身体を変化させている。
その力を与えているのは、王幹だ。
そして、王幹は魔力を動力源としている。
加護と同じような神の力なら、おそらくそれは間違いないだろう。
ならば。
肉体を変化させるために、魔力が使われているのではないか。
ラットはそう予想した。
「……予想があってるなら、これが効くはず」
ラットは、薬品の入った瓶を鞄から取り出した。
それを空気銃へと装填する。
狙いを定めた、その先。
シルロスはゆっくりと立ち上がり、アルフェンへと視線を向けていた。
ラットには、気づいていない。
「これで、確かめる!」
引き金を引く。
空気銃から放たれた薬品が、一直線に飛んでいく。
そして。
シルロスの身体へと、叩きつけられた。
パシャッ____
液体が弾け、シルロスの身体へと降りかかる。
「……なんだ?」
身体を巡っていた魔力が、行き場を失ったように外へと漏れ出していく。
ラットが放った薬品。
それは、〝放魔の水〟だ。
魔力を強制的に散らすことができる代物である。
もし、これがただの擬態なら。
魔力を散らしたところで、身体の変化そのものに影響はない。
しかし、王幹によって肉体を変化させているのなら。
魔力を失えば、その変化を維持することはできないはずだ。
ラットは、その様子をじっと見つめていた。
*
アルフェンもまた、その様子を見ていた。
彼が身につけているモノクル。
それは、〝マジックモノクル〟と呼ばれる魔具だ。
__マジックモノクル
映るものの魔力量や、魔力の流れを視ることができるモノクル。
人間や魔物だけでなく、草木や鉱石など、魔力を多く含む物質を識別することも可能。
魔力の濃淡や流れを視ることで、目視では判別しにくい素材を見つけることができる。
そのため、素材の採取などを目的とする冒険者にとっては、非常に重宝する魔具の一つとなっている。
普段、アルフェンは、このモノクルをアプリアの容体を確認するために使っていた。
身体を巡る魔力の流れを見れば、目では分からない異常を読み取ることができるからだ。
薬屋を訪れる客の診察にも、この魔具は役立っている。
魔力の状態から分かることも多く、薬を選ぶ際の手掛かりにもなるのだ。
そして、暗殺者として動くときも。
罠を探したり、相手が使う魔法を見極めたりする際に重宝していた。
今ではアルフェンにとって、なくてはならないものとなっている。
このモノクルが、異変を捉えていた。
ラットが放った薬品がシルロスへと当たった瞬間。
シルロスの身体を巡っていた魔力が、大きく乱れたのだ。
身体を覆っていた魔力が薄くなり、ところどころで流れが途切れていた。
「くそっ……なにが起きている?」
シルロス自身も、身体に起きた異変を理解できていない。
しかし、アルフェンはその異変を見逃さなかった。
魔力が薄くなった箇所へ、一気に滑り込む。
「ぐっ……!」
先ほどまで、ほとんど通ることなく弾かれていたナイフ。
その刃が、シルロスの身体へと深く突き立った。
魔力が薄れ、王幹による肉体の変化も維持できなくなっている。
そこにあるのは、鍛え上げられているとはいえ、人間族の肉体だ。
もはや、ナイフを弾くほどの強固さは残っていなかった。
深く食い込んだ刃から、痺薬が傷口へと流れ込んでいく。
これまで、アルフェンのナイフによって何度も傷を受けている。
その度に、痺薬が流れ込んでいった。
深い傷。
大量に注ぎ込まれた痺薬。
さらに、魔力までもが乱されている。
シルロスの身体が、大きくよろめく。
「……くそっ」
そして。
そのまま、砂の上へと倒れ込んだ。
アルフェンは、倒れたシルロスからすぐに視線を移し、走り出した。
その先にいるのは、騎士団長アルトヴェルだ。
「魔法は、撃たせませんよ!」
騎士団長が魔法の詠唱を始めていることは、アルフェンにも分かっていた。
そして、集められている魔力の量から、それが上級魔法であることも察していた。
上級魔法。
特級魔法には及ばないものの。
それでも、その威力は戦場の流れを、一気に変えてしまえるほどの力を持っている。
だからこそ、アルフェンはシルロスとの戦いを即座に終え。
真っ先にアルトヴェルを止めるつもりだった。
しかし、シルロスは強かった。
鍛え上げられた身体だけではない。
得た力によって肉体を硬化させ、空を飛ぶ。
その強化された身体を存分に振るい、アルフェンたちを追い詰めた。
思った以上に時間を取られてしまった。
それでも。
上級魔法の詠唱には、まだ時間がかかるはず。
今なら、まだ間に合うはずだ。
そう考えていた。
だが。
<無数の光よ。幾千の刃となりて、眼前の敵を穿て__アストラ・エアレイ>
アルトヴェルの口から、最後の言葉が紡がれた。
*
アルトヴェルの詠唱が終わる。
掲げられた剣の先へ、風が集まっていく。
渦を巻く風は次第に勢いを増し、今にも解き放たれようとしているようだった。
ラットもまた、それを見ていた。
「これほど早く……?」
息を呑む。
まだ間に合うと思っていた。
上級魔法を完成させるには、もう少し時間がかかるはずだった。
だが、見誤った。
思っていた以上に、詠唱が早かったのだ。
「あれは……」
ラットの視線が、アルトヴェルの首元へと向けられる。
遠目では分かりにくい。
それでも目を凝らすことで、掲げられた剣の近くに、小さな光が浮かんでいるのが分かった。
「そうか……」
ラットは、それが何なのかを理解する。
「……向こうもヘイストスペルを」
詠唱にかかる時間を短縮する魔具。
非常に貴重な魔具であり、誰でも簡単に手に入れられるものではない。
しかし、王直属の騎士団長ともなれば、こうした魔具を持っていてもおかしくはない。
その可能性を、ラットは考えていなかった。
完全に、想定から漏れていた。
「……見誤った」
ラットは、アルトヴェルへ視線を向ける。
すでに魔法は完成している。
今から、同じ規模の防御魔法を用意しても間に合わない。
相殺することができない。
なら、どうする。
ラットが考えを巡らせていた、そのときだった。
「大丈夫よ!」
隣から、アリエスの声が聞こえた。
「アル兄! 戻って」
アルトヴェルへと向かっていたアルフェンを制止する。
「ここは私に任せて!」
ヘイストスペルが、強く輝いている。
すでにアリエスは、何らかの魔法の詠唱に入っていた。
魔具が輝くとともに。
詠唱に必要な時間が、急速に短縮されていく。
さらに、もう一つの魔具も淡く光っていた。
次の瞬間。
アルトヴェルが、剣を振り下ろす。
大聖堂を埋め尽くすほどの光が、一斉に放たれた。
ビュオォォォ________
無数の閃光が、あらゆる方向からラットたちへと襲いかかる。
まさに、逃げ道を塞ぐように。
アルトヴェルは、こちらに回避する隙を与えないよう、広範囲へ魔法を展開していた。
「魔法職でもないのに、これほどの魔法を……」
ラットは迫りくる光を見つめる。
これほどの規模の魔法。
しかも、同じ上級魔法であっても、一般の魔法職が放つものとは比べものにならないほど洗練されている。
威力も、速度も。
その一つ一つが、明らかに一線を画している。
この魔法は、上級魔法でありながら限りなく特級魔法に近かった。
王直属の騎士団長。
その肩書きが、決して飾りではないことを思い知らされる。
無数の閃光が降り注ぐ。
ドドドドドォォォ________
大聖堂の床を、壁を、天井を、次々と光が貫いていく。
轟音が響き、砂煙が巻き上がる。
逃げ場など、どこにもない。
そう思われた。
だが。
<巡る力よ。螺旋となりて。その流れを導け__ソル・スパイラルム>
アリエスの魔法が発動する。
瞬間。
その足元に、魔法陣が浮かび上がった。
アリエスは付与した。
自身の足元へ。
地面に付与された流れの力が、迫りくる光へと干渉する。
ラットたちへと迫っていた無数の光。
直撃するはずだった閃光が、軌道を変えた。
一つ、また一つ。
まっすぐに進んでいた閃光が、螺旋を描くように流れを変え。
ラットたちの脇を通り抜けていく。
まるで、避けているかのように。
その無数の閃光は。
次第にラットたちから遠ざかっていった______。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




