第193話 変貌する肉体
変貌していく国王と王子、そして三人の騎士。
その光景を目の当たりにして。
ラットは言葉を失っていた。
「……ラット」
ミルが、隣から小さく声をかける。
「うん……。イオーネの力で間違いないと……思う」
目の前で起きていることは、すぐに理解できた。
ラットもまた、神の力を宿したスクロールを使ったことがある。
それにより、いくつもの窮地を乗り越えてきた。
だから、この現象そのものに驚いているわけではない。
気になっているのは、別のことだ。
身体が変化したこと自体は、イオーネの力で説明がつく。
だが__。
なぜ、ヒーロを模したのか。
変貌したエアリスの顔には、確かにヒーロの面影がある。
さらに、ルーファルの顔。
あれは、旧魔王軍の四天王であるソルドのものだ。
どうして、その姿なのか。
それだけが、どうしても理解できなかった。
そんなラットの疑問をよそに、肉体の変化が終わる。
エアリスも、ルーファルも、三人の騎士も。
それぞれが、新たな身体を得て立っていた。
息を吞む。
「みんな来るよ!」
ラットが叫んだ。
次の瞬間、三人の騎士が一斉に動いた。
砂に覆われた大聖堂。
足場は、依然として悪い。
だが、先ほどの騎士たちとは違う。
三人の背には、翼が生えている。
大きく広げ、羽ばたきながら、砂の上を飛び越えてきた。
その速度は、フライによる飛行を上回る。
翼を力強く羽ばたかせるたびに加速し、凄まじい勢いで空中を駆け抜けた。
砂煙を巻き上げながら、二人の騎士がラットたちへと迫ってくる。
正面から向かってくる一人。
そして、もう一人は大きく回り込み、側面から襲いかかろうとしている。
ラットたちは、すぐに迎撃の態勢を取った。
その一方で、アルトヴェルだけは動かない。
仲間の二人を先に飛び出させ、自らは上空に留まっていた。
アルトヴェルの身体から魔力が立ち上る。
全身から噴き上がるように魔力が溢れ、周囲の空気までわずかに震えていた。
身体に集めた魔力を少しずつ高めながら、静かに詠唱を始めた。
*
側面から襲いかかろうとしているのは、ストラトールだった。
「……わたしが止める」
ミルが、それを迎え撃つ。
ストラトールは、細剣を構え、一気に距離を詰めてきた。
ミルは、嵐槍を構える。
ギィンッ__
嵐槍が、ストラトールの細剣を一方的に弾き飛ばす。
「くぅ……。なんなの。この魔法はっ!」
体勢を崩したストラトールへ、ミルが追撃を仕掛ける。
嵐槍が鋭く突き出される。
ストラトールは、身体を捻って紙一重でそれを躱した。
「しかも、速いっ!?」
ミルは止まらない。
空中を駆けながら、間髪入れずに嵐槍を突き出していく。
ストラトールは翼を大きく羽ばたかせ、空中で身体を翻す。
迫りくる嵐槍を避け、さらに一撃を躱す。
それでも、ミルの連続攻撃から逃れることができない。
「それならっ!」
その瞬間。
ストラトールの全身から、鋭い針が突き出した。
「っ!」
ミルが咄嗟に身を捻る。
無数の針が、頬を掠めていった。
だが、それで終わりではない。
ストラトールの腕が、不自然に伸び始める。
そして、その腕が形を変え、鋭い刃へと変貌した。
その刃が、振り下ろされる。
ミルは、嵐槍の回転を利用して、それを受け流した。
「これもっ……。だったらっ!」
ストラトールは、さらに身体を変化させる。
今度は腕が大きく膨れ上がった。
太く肥大した腕。
さらに、握り締めていた細剣を変化された身体が覆っていく。
そして、細身の彼女には似つかわしくない大剣へと作り変えた。
そのままミルへと距離を詰め。
肥大化した腕を利用して、勢いよく振り抜く。
ミルは嵐槍を構え、真正面から受け止める。
嵐槍と大剣が、空中で激しくぶつかり合った。
ギャギャギャァァァ______
激しい金属音が大聖堂に響き渡る。
弾かれた二人の身体が、同時に後方へと流れた。
「あなた、やるわね」
「……ん」
二人の攻防は終わらない。
ストラトールは、次々とその身体を変化させた。
腕が膨れ上がったかと思えば、今度は鋭い刃が伸びてくる。
肩から、背中から、腕から。
身体の至るところから針や刃が現れては、ミルへと襲いかかった。
その異形の攻撃を、空中を駆けながら躱していく。
迫る刃を避け、時には嵐槍を振り抜いた。
空中を、縦横無尽に駆け回る二人。
何度も何度も。
激しくぶつかり合った。
*
その一方で。
大剣を構え、正面から向かってきたのはシルロスだった。
その視線の先にいるのは、アリエス。
翼を大きく広げ、一直線に迫ってくる。
この大聖堂を砂漠へと変えてから、戦場が大きく変わった。
それだけではない。
アリエスは、騎士たちにとって初めて見るであろう魔法を駆使して戦っている。
他にも、戦況を大きく変えられるような脅威となる魔法を持っていてもおかしくない。
ならば、先に倒しておきたい。
それに、アリエスは魔法職。
接近されれば、単独での戦闘力は高くないはず。
そう考えたからこそ、狙いをアリエスへと定めたのだろう。
「いくわよ!」
アリエスが声を上げた。
「いつでも!」
ラットがその声に応え、空気銃を構える。
<勢いを重ね、一瞬で駆け抜けよ__リパルト>
二人の目の前に、魔法陣が浮かび上がった。
ラットは、魔法陣越しにシルロスへと狙いを定める。
そして、引き金を引いた。
放ったのは、捕縛玉。
弾丸が魔法陣を通り抜ける。
次の瞬間。
捕縛玉が加速した。
「なっ!?」
一瞬でシルロスの眼前を、網が覆いつくす。
このままでは避けきれない。
そう判断したのか、シルロスは翼を大きく広げ、足を地面につけた。
ザザザッ____
砂を大きく削りながら、強引に速度を落とす。
そして、大剣を振り下ろした。
広がった網が切り裂かれる。
網がシルロスを通り過ぎ、砂の上へと落ちていった。
だが、アルフェンは大きく減速したその隙を逃さなかった。
ナイフを構え、一気に距離を詰める。
その刃に刻まれた魔法文字が淡く輝く。
ファントムエッジ。
武器の軌道や速度、その性質までも変化させるアルフェンの技だ。
ナイフが、シルロスへと迫る。
シルロスは大剣でそれを受けようとするが。
スゥ____
次の瞬間、その軌道が突然変わった。
右へ。
そう思った瞬間には、左へ。
さらに急加速し、予測できない角度からシルロスへと襲いかかる。
ズババババッ______
「くっ!」
大剣を素通りし、シルロスを斬り裂いていく。
しかし。
「浅いか……」
アルフェンが呟く。
傷は、確かに刻まれている。
それでもその傷は、シルロスの動きを止めるようなものではなかった。
シルロスの身体は、もともと鍛え抜かれている。
そこへ、神の力による強化まで加わることで、人間のそれを遥かに超える硬さになっていた。
さらに傷口が、見る間に塞がっていく。
肉が寄り集まり、裂けた部分を塞いでいった。
「……なるほど、これはいいじゃないか!」
シルロスは笑う。
そして、改めて大剣を握り直した。
ここからが本番だとでもいうように、シルロスは再び翼を広げた。
翼での加速に合せ、アルフェンに向かって大剣を振るう。
だが、その刃が振りきられるよりも早く、ラットは左手をかざした。
ポラリスグローブにより、シルロスの大剣を引き寄せる。
「なにっ!?」
大剣の軌道が、大きく逸れる。
それでも、シルロスは手放さなかった。
咄嗟に身体へ魔力を巡らせ、筋肉をさらに肥大化させる。
引き寄せられる大剣を、強引に振り抜いた。
「この程度で止まるかっ!」
だが、それにより、一瞬の遅れが生まれていた。
アルフェンが、ナイフを滑り込ませる。
さらに踏み込み、立て続けに刃を走らせた。
「効くものかっ!」
シルロスは、それを意に返さず、大剣で周囲を薙ぎ払う。
傷は、いずれも浅い。
強化された身体にとって、その傷は致命傷にほど遠かった。
だが。
シルロスの身体が、わずかに揺れる。
「……?」
足元がふらついた。
踏み出そうとした脚に、力が入らない。
「どうやら、効いてきたみたいですね」
アルフェンの言葉に、シルロスは自身の体に目を向ける。
「なに……?」
その手は、僅かに震えていた。
「このナイフには、痺薬を仕込んであります」
アルフェンは鞄に手を入れ、薬瓶を取り出す。
手にしたナイフに、それをかけた。
「少しの傷からでも、全身に巡っていきますよ」
__痺薬
一時的に体を痺れさせて、行動を阻害する薬。
取り込ませた分量によっては、完全に自由を奪うことも可能。
「くそっ……!」
シルロスは歯を食いしばる。
「だが、まだ戦える!」
シルロスは翼を広げた。
地面を蹴り、空へと飛び上がろうとする。
「アルフェンさんっ!」
ラットが声を上げた。
今、空中へ逃れられては不利になるからだ。
ラットたちの中で、空中を主戦場として戦えるのはミルだけ。
そのミルは、ストラトールと戦っている。
空中へと逃れられてしまえば。
こちらから攻撃を仕掛けることが困難になる。
仕掛けようとすれば、高く跳ぶことになるのだ。
飛行能力がない以上、その攻撃を避けられてしまえば、追う手段はほとんどない。
その上、空中にいる間、相手の攻撃を避けることもできず。
的になってしまう。
それだけじゃない。
地上で待ち受けるにしても、シルロスは身体を変化させることができる。
空中にいるままに、腕を伸ばし、攻撃することができるのだ。
わざわざ地上に下りる必要がない。
一方的な展開になる。
だからこそ、それを避けたかった。
「分かっていますよ!」
アルフェンは、すでにシルロスの上を取っていた。
手にした短剣へ、魔力を流し込む。
刻まれた魔法文字が、淡く光を放った。
ハンマーエンチャント。
鋭利さをなくし、強烈な打撃力を生み出すことができる付与魔法。
シルロスへ向け、アルフェンは短剣を振り抜いた。
ドンッ____
短剣から放たれた衝撃が、シルロスの身体を襲う。
「ぐっ……!」
砂の上へと叩き落とされるシルロス。
とはいえ、シルロスの身体は、神の力によって硬く変化されている。
アルフェンが撃ち込んだ衝撃もまた、効果が薄かった。
ウォルもそうだった。
カリューもだ。
そして今度は、シルロス。
こうも頑強な相手が続くとは。
強力な攻撃方法を持たないラットたちにとって。
それは大きな壁だった。
「ウォル……」
その名を口にした瞬間、ラットの脳裏にあることが過った。
確かに、ウォルの身体は、もとから並外れて硬かった。
だが、それだけではなかったはずだ。
ウォルは、その身体へ膨大な魔力を流し込んでいた。
身体を巡る魔力が、その硬さをさらに引き上げていた。
そして。
「……イオーネ」
国王たちが使用したスクロール。
その力のもとになっているのは、イオーネの能力で間違いない。
フルーテンで、イオーネと戦ったときのことだ。
切り離された身体の一部が、魔力を帯びている間は動き続けていた。
ラットは、目の前のシルロスを見る。
「もしかして……」
ラットは、ある可能性にたどり着く。
もし、この予想が正しければ、シルロスを倒せるはずだ。
そして、この先で立ちはだかる夜明けの焔。
彼らにも通じる可能性がある。
それを確かめるために。
ラットは、鞄へと手を伸ばした____。
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。




