第14話 悠々自適な異世界勇者
薄暗い勇者の店の中に一歩入ると、酒の匂いが漂ってくる。
勇者曰く、バーと言うらしいこの店のそれは、酒場と比べて品がある。冒険者たちの体臭や、稀に吐瀉物すら混じる安酒の臭いではない。素人でもすぐに違いがわかるであろう色香のような高級酒の香り。ここが大人の世界か、と自然と背筋が伸びる。
落ち着いた灯り。静かな時間の流れ。客層も別世界だ。所謂荒くれの姿はなく、身なりの整った者たちが多い。
その一角、テーブル席で飲み交わす二人組の男性客が、ミルに目を向ける。
「やあ、可愛いお嬢さん、一人かい?」
「バーは初めて? 俺たちと一杯どう?」
首を横に振り、ミルが華麗にスルーしても、しつこくしない。〝フラれちゃったな〟と爽やかに笑い合っている。女性の扱いにおいても、酒場の男たちと違って余裕がある。
ミルと並んでカウンターに座ったラットは、声を低めて注文した。
「マスター、いつもの」
ブフォッと酒を噴き出す音が背後でした。先程の二人組である。
(おいおい、いつからいた!?)
(危うく叫んで出禁になるとこだったぜ……)
蝶ネクタイを結んだ黒髪のバーテンダーだけが、何事もなかったかのように、
__コクリ
と頷く。厳かな瞳は、次いで隣のミルに向けられる。
「そちらのお嬢さんは?」
「……ミルク」
「ここはバーなので、お酒を……」
「ミルク…………」
__沈黙。
後に差し出されたのは、乳白色のグラス。
甘い匂いのするそれは、紛れもなく彼女の注文品である。
ふふふ_____
険しさから一転、肩を震わせて笑いを堪えるマスターに、ラットも相好を崩した。
「相変わらずだね……、ヒーロ…………」
「このやり取りは欠かせないかな。ごめんね、バーときたらこうなんだ、ラットの彼女さん!」
「かっ……!?」
「違う……」
ミルがきっぱりはっきり否定する。その通りなのだが、なぜか喉がからからになる。
__コトリ。
ラットの前にグラスが置かれる。いつものお酒。慰めるように差し出されたそれで口を潤すと、ようやく話す気になれた。
「ミル、彼はヒーロ。噂の勇者だよ」
ミルに笑いかけ、
「ヒーロ、彼女はミル。ヴィントミューレで出会って、訳あって一緒に旅をすることになったんだ」
そのままヒーロにも笑いかける。
「〝ヒーロ・ドラグニル〟だ。初めまして、ミルさん」
「……ミル・テクノ」
「ミルさんは、ラットの旅仲間なんだね」
ミルは頷く。
「だったら勇界での名前も名乗っておこうかな。〝久龍 勇希〟だ。ヒーロ・ドラグニルは精霊界での名前だね。勇界の名前ってさ、聞いただけで勇界の人間ってわかるみたいで。名乗るたびに大騒ぎになるから、こっちの名前を名乗っているんだよ」
「どうして、わたしに教えたの?」
「ラットとは旅仲間ってだけじゃなくて、それなりに信頼関係はあるんだろう? ラットの反応を見ればわかるよ」
二人は同時にラットを見る。
咄嗟のことで、つい目を反らしてしまった__。
「ラットが信頼している相手なら、名乗るようにしているんだ。でも、呼ぶときは〝ヒーロ〟でお願いね」
__コクリ。
ミルは再び頷いた。
会話をしながら、ミルはミルクを口に運ぶ。
ミルクがおいしいのか、応えるミルの雰囲気は無表情ながらも柔らかい。
「君はミルクが好きなのかい?」
「ミルクは嗜好……」
言葉のトーンのせいだろうか、どこかドヤ顔に見えなくもない。
「ラットがチーズ好きなのは知ってるかい?」
「旅の途中で聞いた……」
「ミルクにチーズ。おいしいコンビじゃないか」
「うまくないからね!?」
ふふ____
「冗談はこれくらいにして、と」
ヒーロは笑いながらに引き下がる。
「ラットは元々商人の息子で味の良し悪しがわかるから、町を周ることがあったら訊いてみるといいよ。おいしいミルク料理を出す店に連れていってくれるはずさ」
含み笑いを残しながらミルに話す。
「ラット……」
ミルの眼差しを感じる。
何かを語り掛けてくる、どことなく煌めいた、眼差しを__。
このままでは話が進まない。
そう感じたラットは、話題をすり替えた。
「勇者はニホンから来たって話したでしょ? ヒーロは元の世界に戻るために、昼は加護の能力の一つである〝転移門〟で各地を周って、帰還方法を探しているんだよ」
「夜はこうしてバーのマスターをしながら情報収集、という訳さ」
ヒーロが片目を瞑って補足する。だから、勇者は夜にしか会えないのだ。
「それで……。わざわざ会いに来たのは、シールの件かい?」
まだ何も言っていないのに、見抜かれる。見抜いてくれる。
「ラットは仲間のことになるとほっとけないからね。噂を聞いたら、いずれ駆けつけてくると思っていたよ」
酒のせいではない温かさでじんわりとすると同時に、がっくりともする。ヒーロの一言で、噂が真実であることが確定してしまったから。
「やっぱり、大怪我をしたのは、シールなんだね。〝地の国で〟って噂だったから、そうじゃないかと思ってたけど」
パーティの一人、〝シール・ボア〟はドワーフの男性であり、騎士団の将軍として、地の国に定住している。彼なのだろうと想像はしていたが、間違いであって欲しかった。
「顔を上げて、ラット」
言葉の通りに顔を上げ、ヒーロを見る。
「シールなら大丈夫。連絡をもらって駆け付けた時は確かに重症だったけど、俺が回復魔法で治療して山は超えたから。時間はかかるだろうけど傷は塞がるし、体力も回復するよ」
向けられる笑顔に、暗闇が取り払われていく。ヒーロがそう言うなら、信じられる。シールは、無事だ。
「ただ気がかりなのは、相手は魔族って噂になってるけど、人間族だったって、シールが話してたんだよね」
「ヒュー……マ? 相手は魔法職なの?」
「いや、剣で戦っていたって話だったよ」
「接近戦でシールを!?」
人間族が、百戦錬磨のシールに深手を負わせた__。
もちろん、人間族が弱いという訳ではない。ただ、シールは防御を得意とする前衛職だ。パワーで勝るには種族としての壁がある。スピードは__人間族が出せる速度程度では、シールは難なく防いでくるだろう。可能性があるとすれば魔法だったのだが、ヒーロは違うと言う。
「最初はもちろん、シールが圧倒してた。けど、途中から力を得たかのように強くなったらしいよ。ラット、この状況に思い当たることはないかい?」
知っている。忘れられるわけがない。
「……ヒーロが、〝加護〟を授かった時……でしょ」
「そう。俺の時と状況が似てるなって思った」
「でも、加護はヒーロが受け継いでるでしょ。現在もヒーロが受け継いでいる以上、他の人間が加護を授かることはあり得ないよね」
「……魔族の……力?」
ミルに視線を移す。
魔族が相手と噂になっているのならば、その人間は魔族といた可能性がある。ミルもそこに気付いたのだろう。
「俺も同じ考えだよ、ミルさん。魔族には特殊な能力を持つ者もいる。その中でも強力な力。魔族側にも加護に匹敵する力があるのかもしれない。魔王の力とか……ね」
「……なるほど。あり得なくはないかも」
魔族が何かを授け、圧倒的な強さを得た。それなら、シールが打ち負かされたのも納得できる。
「その人間族の行方は?」
ヒーロは、首を横に振った。
「魔族に利用されているようなら、助けてあげたいけど……」
確かめる術は、ない。
「……実は、ヴィントミューレで、魔族に会ったんだ。それも、魔王の関係者の……」
「魔王の関係者……? 詳しく聞いてもいいかな」
ラットは頷き、伝えた。
魔王城で見た、白髪の少女の話を。
一年前。
魔族との戦いも終盤になり、魔王城にパーティで潜入したときのことだ。大きな戦闘が始まることを察した魔王城にいる使用人たちは、避難を始めていた。
勇者パーティとしても、不要な犠牲は出したくないという思いから、彼らには関与せず、一直線に魔王の元に向かっていた。
そのときだ。
出会ったんだ、白髪の少女に。
ラットとはまた違う透明な雰囲気を纏う少女。
似ているけれど違う。
そんな印象を持ったからこそ、記憶に残っていた。
ヴィントミューレで彼女とすれ違った時、引っかかった。
「……一人じゃない」
呟くミル。すかさず付け足す。
「〝トゥーロ・グリード〟と名乗った、死霊系の魔物と一緒にいて……」
死霊系の魔物。火の国にいる魔族たちは、近い存在である魔物と共存している。魔物である少年。正確には少年の死体を操る魔物と共にいたことで、気が付いた。ヴィントミューレで再会した彼女は、火の国の関係者で、あの時魔王城で出くわした少女だったことに。
さらに話す。
トゥーロに突然襲われ、ミルと二人で戦ったこと。
撤退後、特級魔法を仕掛けられたこと。
ヴィントミューレでの戦いのすべてを、ヒーロに語った。
「大変だったね」
労った後、ヒーロは状況を整理してくれた。
「フレアベアは魔王軍が扱う〝魔獣兵器〟だ。魔王軍の関係者が回収しにきたのはわからなくもない。わからないのは、なぜ戦争が終わったこのタイミングなのかだね」
「確かに……。今、魔獣兵器を回収したところで、一体だけでどうこうできるような代物でもないし。事実、僕たちは倒している」
「あと気になるのは、なぜ襲ってきたのか、かな。こじつけかもしれないけど、最近は騎士たちや強い冒険者が襲われているからね。つい、関連づけちゃうよ」
ヒーロが肩をすくめる。
「特級魔法を撃った存在も無視できないよね。流れやその前に聞こえた声を考えると、その二人以外にも仲間がいたんだと思う」
「ん……」
ミルも同意した。
「予言士の少年に、消える能力。それに特級魔法の使い手かあ。いやぁ、怖いね」
「ヒーロの能力なら相性はいいんじゃない?」
「そうかな? うーん、そうかもね!」
一見軽く見えるが、きっと深刻になり過ぎないようにしてくれているのだろう。さすが勇者だ。
「問題は、そんなものたちが集まって行動していることかな。シールを倒したヒューマのことも踏まえると、魔族側が何かをしようとしていることは疑いようがない。いや、もしくは、既にしている……?」
だが、その何かまでは、突き止められない。
その後も意見交換は続いたが……
「この件については、俺も調べてみるよ」
__ヒーロのその言葉を最後に、調査の方向で打ち切った。
「それにしても、魔導機械人形が実現していたなんてね。ラットは大はしゃぎだったんじゃないかい?」
「当たり前だよ! だって魔導機械人形と言えば魔導科学の集大成みたいなもので、そもそも魔導機械だけでも__」
「ははは、ラットこそ相変わらずだなあ」
__おかわり。
聞こえた声の主は、ミル。
継ぎ足されたミルクは何杯目だろうか。ほんわかと飲む彼女の隣で、魔導機械人形について、魔導機械について、語る。語る。語りつくしたんだ。
そのときだ。
__バタン。カタカタカタ____
開け放たれたバーの扉と武装した騎士の歩く音。
客の酔いを醒ます来訪者。
「もう少し静かに……とは言えない様子だね」
ヒーロの読みは当たった。
「勇者様、国王陛下がお呼びです」
騎士はヒーロへとそれを告げた____。
*
その頃__
「準備は整いつつあります」
「各地から有力な騎士、兵士はもちろん。冒険者。それに__裏の者の手配も」
「三日後には__」
「それだけ集まれば、如何に勇者と言えど問題あるまい」
「それに……〝勇者パーティ〟のお前がいればな」
影から現れる赤い髪の男。
「今から楽しみだぜ。お前はどんな顔で驚くかな」
赤い髪の男はほくそ笑む。
『ヒーロ!!!』
※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ラットです。
今回は、この方に来ていただきました。
ヒーロだ!
とうとう登場できたね。
タイトルにも出てくる〝勇者〟だからね。
物語の根幹に関わる人物って明らかでしょ。
もう少し早く出てもよかったんじゃないかな?
そうだね。
まあ、その分これからたくさん活躍するから!
任せておいて!
……あ、でも、陛下からの呼び出しって何だろう?
あんまり良い予感しないよね。
他種族との抗争に駆り出されて。
思い知らせてこい!
……なんて言われてもね。
ヒーロは受けるには受けたけど、結局みんな和解させてたよね。
大臣なんて、なんで和解なんだ…… って怒ってたし。
そこまで言うなら、別の人に頼めばいいのに。
実力的にヒーロじゃないとダメなんじゃないかな。
そのせいで、いろんな面倒ごとも押しつけられてたけどね……。
ちょっと憂鬱だよ。
次回は、そんなヒーロが大変なことになります……。
なんだろ、こわっ!




