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第104話 一撃への道筋

 ミルとシールの戦いは、まさに紙一重だった。


 盾を構えれば鉄壁。

 勇者パーティの一人と呼ばれた実力は、怪我で長く戦線を離れていた今も健在だった。


 だが最後。

 ミルの放った一撃が、その巨大な盾を弾き飛ばした。


 重い金属音が響く。

 宙を舞う大盾。


 ガーハッハッハッ____


 豪快な笑い声が響く。

 予想を超えたミルの勝利に、シールはむしろ上機嫌になっていた。


「見事じゃ!」


 そう言って笑いながら、吹き飛ばされた盾を拾い上げる。

 ミルは肩で息をしていた。


 勝った。

 だが、決して余裕のある勝利ではなかった。


 あと少し噛み合わなければ、負けていたのはミルだった。

 それほどまでにシールは強かったのだ。


「次は坊主の番だぞ」


 シールが視線を向ける。


「おう……」


 リオンは静かに返事をした。


 相手は格上だ。

 そんな相手へ自分一人で挑めと言われている。


 しかし、不思議と落ち着いていた。


「リオン!!」


 その時だった。

 ラットが魔具ルーリックを差し出した。


「これを」


「ん?」


 受け取ったリオンは首を傾げた。


 銀色の小さな首飾り。

 中央には紋様が彫られていた。


「これは?」


「〝リーサルガード〟っていう魔具だよ」



 __リーサルガード

 相手を殺さず無力化するための魔具。

 斬撃なら魔力が刃を覆い殺傷力を低下させ、

 打撃なら衝撃を緩和し威力を逃がす。


 リーサルガードから放たれる魔力が武器を包み込み、

 それが相手へ触れた瞬間、

 その威力に応じて性質を変化させる。

 そして、攻撃を無力化するのだ。


 ただし、万能ではない。

 性質の変化にはコンマ数秒のラグがある。

 あまりにも早い戦闘では効果を発揮しない。



 リオンは受け取った魔具をまじまじと見ている。


「リオンが本気で戦えるように、魔法都市で買っておいたんだ」


「本気で……?」


 ラットは頷いた。


 リオンは強い。

 だが同時に、相手を殺してしまうことを恐れてもいた。


 ロック、ベルゼル、護衛隊……。

 いずれも魅了により、敵対してしまった者たちだ。


 本来なら全員が信頼できるいい人たちだ。

 魅了されなければ、敵対する存在ではない。

 そんな者たちへ、やむを得ずとはいえ、刃を向けた。


 一歩間違えれば、相手を殺してしまったかもしれない。


 今までは、なんとかギリギリで加減できていた。

 致命傷だけは避けてこられたし、早急に治療することで一命を取り留めることができた。


 だが、これから先も同じように上手くいく保証はない。

 そういう恐怖が無意識に力を抑えてしまうことはあり得る話だ。


 相手が強くなればなるほどに余裕はなくなる。

 しかし、全力を出さなければ自分が死ぬ。


 そんな場面も増えていくだろう。

 だから、ラットは用意した。


 リオンが迷わず本気を出せるように。


 致命傷だけを避けるための魔具を____。



 ミルが一人で、シールとの戦闘をはじめたとき。


 おいおい、一人でやるのか?

 勇者パーティの一人で、防御を最も得意とする男だぞ。

 いくら何でも無茶だろ。


 リオンはそう思っていた。


 特につい最近まで、自分はB級程度だと言われていた。

 そんな自分が、シールへ一撃でも入れられるのか。

 まして勝つなど無理だ。


 ついさっきまで本気でそう思っていた。

 だが、リオンはミルの戦いを見た。


 真正面から挑み。

 旅をした経験を活かして。


 そして勝った。



 それにラットは自分へこの魔具を託した。

 本気で戦えるようにと。


 魔法都市で買ったということは、自分の成長を常日頃から気にかけていたということだ。


 応えたい。

 リオンはニヤリと笑った。


「……燃えてきた」


 勝てる保証はない。

 だが、それ以上に。


 ミルに負けていられない。

 ラットの気持ちに応えたい。


 そう思うと心が熱くなっていった____。



 リオンとシールの戦闘が始まる。

 だが、立ち上がりは静かなものだった。


 リオンはすぐには飛び込まない。

 シールもまた大盾を構えたまま待っていた。


 重い緊張感だけが場を支配していた。

 先に動いたのはリオンだった。


 踏み込み。


 斬る。


 ガギィン____


 鈍い衝突音。


 当然のことのように、シールは防いできた。

 盾は微動だにしない。


 リオンはすぐに距離を取る。


 再び踏み込み。


 突く。


 ゴッ____


 やはり止められる。

 リオンは何度も攻撃を繰り返した。


 斬る、突く__。


 角度を変えて、さらに踏み込む。


 力加減も変えた。


 一つ一つ確かめるように打ち込んでいく。


「……硬ぇ」


 思わず呟く。


 抜ける気がしない。

 しかも、ただ防がれているわけではなかった。


 打ち込んだ瞬間。

 シールはこちらの力に合わせるように盾を押し返した。

 押し込むことで、衝撃と勢いを相殺したのだ。


 それだけではない。

 絶妙に盾の角度を変え、力を逸らした。


 ありとあらゆる防御方法を熟知しているようだった。

 これでは、どれだけ攻めても崩せない。


 かと言って、リオンには魔力を纏うほど魔力がない。


 純粋な膂力だけで押し切るには、相手が悪すぎた。

 相手は力に優れた土人族ドワーフの中でも特異な存在だった。


 しばらく打ち込んだところで、リオンは一度距離を取る。


 浅く息を吐いた。

 そして、ミルの戦いを思い出す。



 突進力、速度__。


 それにより、無理やり隙をこじ開けた。


 ギリギリだった。

 だが、確かに突破したのだ。


 でも、自分にはできない。

 それはミル自身の強みを最大限に活かしたものだ。


 ミルだから成立した戦い方だった。



 リオンは思考した末に__。


「あんたは攻撃してこないのか?」


 シールに尋ねた。


「ほう……」


 シールが口元を吊り上げた。


「いい判断だ」


 その声は、先程までの豪快さとは違った。


 軍人として。

 歴戦の戦士として。


 実感のこもった声だった。


「当てもなくただ闇雲に突っ込む。そうやって死んだ奴をワシは何人も見てきた」


 戦場は、勢いだけでは生き残れない。


 焦り。

 過信。


 そこからくる無理な攻め。

 簡単に命取りになる。


 もちろん時には大胆に攻めることも必要になることはある。


 だが。


「命が懸かっとるんじゃ」


 戦うことだけが勇気ではない。


「絶対に無理だと思うなら、引くことも考えねばならん」


 生き残るために退く。

 それもまた戦士に必要な判断だ。


 だからこそ。

 シールはリオンが無理に突っ込まず、一度立ち止まったことを評価した。


 冒険者や騎士の中には、無駄だと分かっていても突っ込む者がいる。


 逃げない。

 退かない。


 最後まで前へ出続ける。

 それは精神面として立派なのかもしれない。

 戦士としての華だと語る者もいる。


 だが、そうやって命を散らしていった者たちを何人も見てきた。

 そうして若い命が消えていく。

 残されるのは、後悔と涙だけだ。


 だからこそ、シールは指南役となってから、何よりも命の重さを教えてきた。


 戦うこと。

 勝つこと。

 それ以上に、生き残ることを。


 無理だと判断したなら退く。

 勝てないなら時間を稼ぐ。

 仲間と合流する。

 態勢を立て直す。


 そうした判断もまた、強さなのだと。



 それに一撃を当てるまでの道筋は決して一つではない。

 真正面から突破するだけが戦いではないのだ。


 シールはラットのことを思い出す。

 ラットは決して自分を強いとは思っていない。


 腕力も。

 速度も。

 魔力だってそうだ。


 純粋な戦闘能力だけなら勇者パーティは愚か。

 A級冒険者にすら満たないだろう。


 それでもラットは魔族との戦いを生き抜き。

 果ては魔王戦にまで参戦し、確かな功績を残してきた。


 なぜか。


 それは自分に何ができるのかを考え続けていたからだ。

 戦闘中だけではない。

 戦う前から常に思考している。


 どんな展開へ持ち込むか。

 どんな状況が危険か。

 敵は何を狙ってくるか。

 どう動けば仲間が動きやすいか。

 撤退するならどこを通るべきか。


 戦闘の展開を何通りも想定している。

 そして、上手くいかなかった時は必ず戦いを見直していた。


 何が悪かったのか。

 どうすればよかったのか。

 そうして少しずつ積み重ね、ここまで来たのだ。


 目の前の坊主もそれを理解しているらしい。


 先程の打ち込みも悪くなかった。

 ただ力任せに斬りつけるのではなく、きちんと探っていた。


 相手の重心。

 力の逃がし方。


 何をされているのかを見ようとしていた。

 つけ入る隙はないかを考えていた。


 そして何より。

 無闇に突っ込まない。


 それらができる時点で、正直すでに戦場へ出してもいいと思えるほどだった。

 だが、リオンの目からまだ闘志は消えていない。


 何かを考えている。

 だからこそ、シールは興味を持った。


 この坊主は、ここからどう崩してくるのか。

 それを見てみたくなっていた。


「いいだろう」



 シールは盾を強く握り、ゆっくりと振り上げた____。




※このあとがきはキャラ同士の雑談コーナーです。本編には関係ありませんので、気軽に読み飛ばしていただいて大丈夫です。



ラットです。


リオンだ!


とうとうリオンの腕試しが始まったね。


そうだな。


どう?

いけそう?


どうだろうな。

斬り込んでみた感じ……

これは無理だと思った。


その判断でいいと思うよ。

あの防御は、人間族とは相性が悪すぎるから。

アイテムもないしね。


やっぱりな。

あの力が強すぎるんだよ。


斬り込んでも、押し込んだ感覚がなかったでしょ?

そうなんだよ。

弾かれるだけなんだ。

壁を斬ってるみたいだったぜ。


でも、よくそれをすぐ判断できたね。


そりゃまあな。

まったく崩すイメージができなかったから。


次回は、シールが攻めてきます!


これからが本番だな!

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